01_それは、あまりにも心無い裏切りでした(セレナ)
王家主催の夜会で、予想していた限り最悪の事態が起こった。
「セレナ・アーステラッド侯爵令嬢!!お前との婚約は破棄させてもらう!お前が私の最愛のエミリーにした愚かな所業は全て分かっている。処遇が決定するまでせいぜい怯えて待っていることだな!」
婚約者のオルバ殿下は憎くてたまらないといった顔で私を睨みつけ、忌々しげに吐き捨てた。
その隣にはエミリー・ユリンマス男爵令嬢が寄り添うように立っている。
甘いピンク色の髪に、それより少し濃い色の、飴玉のようなピンク色の瞳。
笑顔を振りまき、感情のままに振る舞い、なんの気兼ねもなく殿下に触れる。
それを私がどれほど……どれほど羨ましく思っていたことか。
「オルバ殿下!どうか考え直してください!私は婚約を破棄されるようなことは何もしていません!」
「それがお前の答えなのだな」
「答えも、何も……本当に私は……」
殿下の冷たい視線に射抜かれて、言葉が続かなくなる。
結局私はそれ以上抵抗も弁解も出来ず、まるで犯罪者のように騎士に両腕を掴まれ会場から追い立てられた。
「セレナ、お前はなんてことをしてくれたんだ!!」
侯爵邸に戻ると、すでに話を聞いていたらしいお父様からの叱責が飛んでくる。
「私は何もしていません!何かの間違いです!」
「それでも、殿下がそうだと判断したことが全てだ!我が家はもう終わりだ……お前のせいで」
お父様は激高し、お母様は泣いている。
私は本当に何もしていない。けれど、お父様の言うことはもっともで、殿下が「そう」だと判断すればそうなってしまうのだ。事実がどうかは関係ない。
私は、失敗したということ。
幸いだったのは、ここにエルヴィンがいないこと。
義弟であるエルヴィンは年下でありながら殿下の側近に取り立てられるほど有能で、私を嫌い、距離を置き、私のことを避けている。
エルヴィンがここにいれば……きっと、彼からもひどくなじられたに違いない。
◆◇◆◇
「私が、処刑……?」
声が、震える。
あの夜会での断罪劇から数日後、王城に呼び出された時には、気持ちを強く持ちきっと誤解を解いて帰ろうと心に決めていたのに。
私に告げられたのは事実を問う言葉ではなく、考えもしなかった最悪の宣告だった。
「まさか……」
ぽつりと呟いた言葉は誰の耳に届くこともなく、文官の1人によって私の罪状とやらがつらつらと読み上げられている。
身に覚えもない、冤罪。あまりのことに「どうして」で頭がいっぱいになる。
信じられない思いで鉛のように思い頭を上げ、殿下を見る。
その顔を見てすぐに、私には分かった。殿下の瞳が喜びに濡れていること。
そして全てを悟った。
事実の誤解も何もない。これは全て、殿下が望み、殿下が決めたこと。
私に罪などないことは全て分かった上で、私を排除するために罪を作り上げると決めたのだ。
言いようのない絶望と虚脱感に全身が闇に飲み込まれるような錯覚を覚える。
もう、反論の声を上げる気力など残ってはいなかった。
幼い頃より婚約を結び、それなりに信頼関係が築けていると思っていた。殿下はこんな非道なことを考えるような人ではなかった。いつも穏やかで私にも優しく、多くはないが愛の言葉も頂いた。その唇が初めて私の唇に重ねられた時、どれほどの幸せに満たされたことか。
将来はこの方と生涯を共にするんだと思えば喜びに胸が震えるくらいには、私は殿下のことが好きだった。
愛していたのだ。
殿下も、僅かながらでも私に愛や情を抱いてくれていると思っていた。
──それなのに、あの女への恋心でここまで変わってしまうというの……?
そうだというなら、これまでずっとこの人を慕い、妻となることを希望に生きてきた私の気持ちはどうなるというの?
気がつけば、私は冷たい地下牢で1人、処刑執行を待つ身になっていた。
食事はカビたパンが1日に1つ。水は白湯が浅い皿に1度与えられるだけ。私は日に日に衰弱し、日のうちのほとんどを横たわり、瞼を閉じてやりすごす。
それでもなかなか眠れない。空腹と疲労で逆に目が冴えてしまっているのだ。
私が眠っていると思ったのか、監視の衛兵がぺらぺらと話しているのが聞こえた。
「オルバ殿下とエミリー・ユリンマス男爵令嬢の婚約が正式に成ったらしいぞ」
「男爵令嬢と?まさか本当に婚約者になるとは……」
「オルバ殿下が譲らなかったらしい。侯爵令嬢を過剰な処罰で排除するくらいだ、よほどエミリー嬢が魅力的な令嬢だったのだろうな」
「アーステラッド侯爵令嬢……おっと、もう元・侯爵令嬢、か。彼女も不憫だよなあ。……噂では、罪人とされたこと自体にも懐疑的な声があるらしい」
「まさか!冤罪だということか?」
「しっ!あまり大きな声で言うな!殿下の耳に入ればお前も牢屋行きになるかもしれないぞ」
とっくの昔に絶望しきっていた私は、聞こえてきた事実にもなんの感情も動きはしなかった。
殿下がそんな方だったということに気付かなかったこと。そのことには多少悔いは残るけれど、もしも気づいていたとして私に何ができただろうか。そう思えば諦めもついた。
ただ、私の罪に懐疑的な声があるらしいということだけが、やけに耳に残っていた。
誰かが……少しでも私のことを信じ、身を案じてくれているのかもしれない。
そんな小さな「もしかして」だけが、私の心を慰めた。
◆◇◆◇
「それではこれより罪人、セレナ・アーステラッド元侯爵令嬢の処刑を執り行う!」
処刑台に立たされた時、不思議なほどに心が凪いでいた。
もう、全てに疲れ果てていた。
私を裏切ったオルガ殿下も、彼を奪っていったエミリー・ユリンマスも、2人に味方した全ての人たちも、もう見たくはなかった。
1人になれるならば、処刑も悪くはない。
自分の死を目の前にして、私はそんなことを思っていた。
私の最期は斬首刑だ。麻袋を頭からかぶせられ、大きくて鋭利な刃で首を落とされることになる。
処刑を見物に来た人々は期待に満ちた顔か侮蔑の表情を浮かべているかのどちらかだ。無関係の人間にとって私の死など娯楽の1つでしかない。
ついに、刑が執行される。
ああ、神様。
これが私の人生の結末。
殿下に捧げた愛に対して、私に返されたもの。
「────!!!」
首が落とされる瞬間、誰かが私の名前を叫ぶ声が聞こえた気がした。
※あらすじにも書いてますが、もう1つの企画参加作とどちらも「死んじゃうくらいなら全部もらっていいよね」というコンセプトで書いてます。全然テイストの違う作品ではありますが、似ていると感じる部分があるかもしれませんのでご了承ください。




