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08.八重樫葵、かく語りき

啓太郎がまだ会社で契約手続きをしていた頃、八重樫葵とその友人たちは、ちょっとしたレストランの個室にいた。


「それでは葵の結婚を祝ってかんぱーい」


乾杯といっても女の子だけの、ランチからティータイムにかけての軽いパーティだからお酒は少しだけ。明日結婚式を迎える葵のために、小中学校時代の友人達がこうやって祝ってくれる。なお高校時代の友人たちとは、明日の式後に二次会を予定している。


「いやあ、すごいよね。葵と五島君。まさか本当に結婚するとは思わなかったわ」

「何年付き合ってるんだっけ?」


この質問には、葵は答え慣れている。


「お互いの母親が元々の友人同士、でご近所同士。0歳の時に会っているから、出会った頃のことは覚えてないわ」


今日のメンバーは中学の時の親友たちなので、当然彼女たちはこのことを知っているはずだが、わざとここで話を切る。


「違うわよ、付き合うことになった時の話よ」


中学の時の親友たちの半数は小学校も同じ。だからそれも知ってるでしょ? 葵が答えないと別の友達が話し始めた。


「わたしはあの時その場にいたからよく覚えているわ。あれは小4に上がったばっかりの時ね。五島君が男子たちに葵との仲を冷やかされてたのよ。あの頃から葵は目立ってたからねえ」


葵自身、あの時のことはもちろんよく覚えている。だが、友人視点からあの時のことを第三者に語られるのを聞くのは初めてだ。


「それで五島君がね、ちょっと切れ気味に、葵のことを嫌いだ、みたいなことを言ったのよ。ちょうどわたしは葵と一緒に教室に戻ってきてそれを聞いちゃったの」

「えー。それでそれで」


『俺だって八重樫のことうっとうしいって、思ってるし』


あの時のケータの言葉を、葵は今も正確に覚えている。あの時、葵は自分がとても悲しかったのを覚えている。


「そしたら、葵が五島君のところに行ったの。『私のことをそんな風に思ってたのね』って。あの時の葵、すごく怖かったわ」


そこで別の小学校出身の子が尋ねる。


「その話はもちろん知ってたけど、ここまで詳しく聞くのは初めてだわ。それでどうなったの」


葵は手元の皿にあったお寿司を掴んで、それを口に含んだ。この店はランチタイムとティータイムで、取り放題の品が変わる。今のはランチタイムが終わる前に確保しておいた品だ。


「五島君は青い顔をして、葵に頭を下げてこう言ったのよ。友達にからかわれてあんな風に口走ってしまった、ゴメン。本当はずっと葵のことが好きだったんだ、って。あれはあの時代の田舎の小4男子の行動じゃないわね。あれは衝撃的だったな」


「今思うと、五島くん、すごく勇気があったよね。でそこから付き合い始めたんだよね?」


葵は半分齧って自分のお皿に戻したお寿司を、再び口に運ぶ。あれは葵の大切な思い出。ここで自分が語ることはない。


元々幼稚園に入る前から何度も何度もずっと一緒にいようね、って話をしていた仲だ。だから今更好きだと言われても、もっと昔から互いにわかってたことで、ふたりにとって当たり前のことを再確認しただけだ。


でも、確かに「うっとうしい」と言われた時は悲しかったし、その直後にみんなの前でケータが葵に謝って、好きだと言ってくれたことがとても嬉しかったのは覚えている。あの小4の時までは、ふたりだけの時にしか話したことがなかったから。


「小4ってことはもう15年以上、ずっと付き合ってるってことよね。改めて信じられないわ」


葵自身の感覚では、生まれてこの方ずっと付き合っているわけだが、それは口にしない。


「中学になったら、同じ学年だとみんなこのふたりが付き合っているのは知ってるわけよ。でも違う学年の人は知らないから、部活の先輩とかに葵を紹介しろって頼まれたことが何度もあったわね」


葵自身のことを良く知っている男の子は、当然コータのことも知っているので、告白などしてこない。告白してくるのは葵のことをよく知らない男だ。


「わたしも何回かあったわ。3年になったら後輩から頼まれたこともあったわ」

「五島君自身が、頼まれたことがあったわね。確かサッカ部ーの後輩のスゴイ男の子がいたじゃない。あの子はちょっと良かったわね。なんだっけ、『五島先輩と付き合ってるって聞きました。幸せになってください』だっけ」

「あの子、J3だけど今プロの試合に出てるよ」


葵はそのサッカー部の、コータの後輩のことは覚えていなかった。


「それで、その後も同じ高校に並んで通って、大学は東京に出て親公認で同棲、卒業後就職3年目で結婚。お話だとしてもできすぎでしょう。五島君とケンカとかするの?」


葵は少し考える。葵とコータ、小さな衝突はそれこそ幼稚園の時からあったが、大きなケンカをしたことは無かった。


「そうね、コータとこれまで大喧嘩したことはないわ。でも大きな失敗は何度かしているわね」


もう子持ちの友人が興味深げに食いついてきた。


「ケンカじゃなくって大きな失敗ってなに?」


大きな失敗と言ってとりあえず思いつくものはふたつある。一つはもう完全に過去のことだが、もう一つは今も葵に大きな不安をもたらしている。


「うーん。あんまり話したくないことなんだけど、あんたたちにならいいかな? 一つは高校の時の話。私とコータって結構遠い高校に通ってたでしょ? 中学の同級生が他にいないようなところにいったじゃない。そこで馬鹿なことをしてしまったのよ」


小中学校で、ふたりは十分にからかわれ続けてきた。特にコータには、葵と別れろと馬鹿なことを言ってきた男も何人かいたという。


だから葵とコータはある計画を立てた。中学の時の知り合いはいない。だから二人とも別に彼氏、彼女がいることにする。そうすればからかわれることもないだろう、という計画だった。


「そんな小細工しても、わかる人にはわかっちゃうのにね。結局2年からは、ニセ彼氏の話は止めたし、コータとの関係に気が付いた人には二人の関係を認めることにしたの。これはもう過去の教訓みたいなものかな」


あの計画を始めようと言ったのも、やめることを言いだしたのも葵だ。どちらの時もコータはすぐに葵に同意してくれた。


「そしてもう一つは、これは大学の時の話だけど、今も結婚することの不安になってるんだよね」


友人たちは驚いたような目で葵を見た。多分今の自分は本当に不安そうな顔をしているのだろう。


「それだけ長いお付き合いしていて不安ってなに?」

「同棲してから、相手の嫌な面が見えてくるってやつ? でも、解消されてなかったら結婚しないよね」


葵は少し考える。


「似たようなものなんだけど、たぶんみんなが思っているのとは違うの。その、なんというか……」


葵は言葉を濁そうとしたが、思い切って言ってしまうことにした。


「実はね、大学に入って同棲を始めた時にね。コータに押し倒されたことがあるのよ」


一部の友人たちは驚いていた。


「えっ。高校の時はまだやってなかったってこと?」


葵はうなずいた。


「そう。高校時代は清い関係を続けてきたのよ。そして二人とも大学へ進学が決まった時、うちの親がさ、独り暮らしするより、コータ君と一緒に住んだ方が安心なんじゃないかとか、バカなことを言いだしたのよ。それで東京で、一緒に借りた部屋に住み始めたのね」


友人たちは興味深げに葵の話を聞いていた。


「そこに引っ越して二日目かな。コータが夜私の部屋に入ってきて、抱きついて来たのよ。私はさ、もう高校の時から覚悟してたつもりなんだよね。だけどやっぱりいきなりすぎない、もうちょっとゆっくり行こうよ、ってコータに話をしたのよ。それでコータがその時落ち着いてくれたのは良かったんだけど、その後は、ちらちら物欲しげな視線は感じるんだけど、手は一切出してこなくなったのよね。夜は普通に一緒にご飯食べて、リビングで一緒にテレビを見たりして、そのままそれぞれの部屋で寝る、なんかこっちから言い出すのも恥ずかしいしさ。そういう生活が卒業まで続いたの。それはそれで幸せだったからよかったんだけど、でもちょっと違うじゃない。卒業してからは、それぞれの会社の寮に入ったのよ」


葵は話を聞き続けるたびに、友人たちの顔が呆れたものに変わっていくのを感じた。


「じゃあ、あんたたち、実はその、もしかしてまだ、その……シてないの?」


葵は神妙にうなずいた。流石に結婚すれば次のステップに行くよね。そう思うのだが、既に熟年夫婦のような関係になってしまったのではないか、とも思ってしまう。


「みんなどう思う?」


友人たちはなにも答えてくれなかった。


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