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06.このままでいい

これは高1の修了式が終わり春休みに入った頃のことだと思う。啓太郎は部活仲間と練習で汗を流したあと、グランドの端でバカ話をしていた。


この片田舎の公立高校の中では、一番偏差値の高い学校にうまく潜り込めた。ただ長時間鉄道に揺られることは覚悟していた。入学して早速サッカー部に行くと、中学で全国大会に出たことがあると言うと、周りに驚かれたものだ。実際啓太郎は先輩たちより上手く強かったので、1年の最初からレギュラーのキーパーに選ばれた。


ガチガチに守備を固めて、スコアレスドローとその後のPK戦を目ざす。もちろん相手が焦ってミスをすればカウンター。そのスタイルを一年間続けたおかげで、公立にしてはウザい、そういう評価を得ることができた。


「あと5分休んだら次はミニゲームやるぞ」


キャプテンを振り向くとそこ向こう側に、校舎横の桜並木を歩く葵の姿が、啓太郎の目についた。吹奏楽部の仲間たちと時折花を見上げながら歩いている。啓太郎はその姿から目が離せない。


「ケータ、お前今、八重樫を見てただろ?」


不意に横からかけられた声に、自分はそんなにわかりやすいのだろうかと啓太郎は思った。


「見てたよ。で?」


否定すると返ってややこしそうな気がしたので、啓太郎は認めることにした。


「開き直るなよ。彼女持ちのくせに」

「別にいいじゃねーか。見るぐらい」


啓太郎の反応に友人は少し困ったような顔をした。


「俺もさ、八重樫のことをイイな、って思うこともあるよ。でもケータの目は、なんて言うのかな、魅入られているような、つぅか、目が離せないつぅか、うまく言葉にできないけど……」

「よーし、始めるぞみんな早く用意しろ!」


友人の言葉が終わるまでにキャプテンの声が響いたので、啓太郎は助かったと思った。



春休みも一日もたっぷり練習した後、学校の最寄り駅で同じ方向の列車に乗る部活仲間と話をしていた。


「いい1年生が入ってきたらいいですね」

「やっぱり全国に行きたいよな」


列車がホームに入って来たのでホームに置いた鞄を持ち上げ、列車に乗る準備をし始めた時に、吹奏楽部の女子たちが急いで階段を降りてきた。


「あぶねーな。結構ぎりぎりだったぞ」


サッカー部の誰かが、おそらく顔見知りと思われる女子に話しかけた。このあたりは列車を一本乗り過ごすと、30分以上待たないといけない。


「いやあ、途中で忘れ物に気が付いた子がいてね」


その流れでサッカー部の男子と吹奏楽部の女子たちが同じ扉から列車に乗り込んだ。これは別に初めてのことではない。なんせ列車の本数が少ないのだから、行きも帰りもかち合うことは珍しくない。そしてこんな春休み中も練習しているような熱心な部活は、わが校には少ないのだ。


吹奏楽部員の中にはもちろん葵の姿があった。啓太郎は一度ちらりとその存在を確認した後は、サッカー部の先輩とたわいもない話をしていた。葵も啓太郎が知らない女子と話していた。


そして列車が駅に止まるたびに、サッカー部員も吹奏楽部員も数を減らしていき、残ったメンバーは自然に一つのかたまりになった。


「最近、サッカー部どうなの? 調子よさそうじゃない」


質問したのが、この1年間同じクラスの女子だったので啓太郎が答える。


「ん-。正直、いい新人が入って来ることをお祈りする日々だね。そちらさんは?」


春休み明けにどうなるかはわからないが、現クラスメイトが笑う。


「うちも似たようなものね。特に低音パートが厳しいの。だから葵、あんたに私らの命運がかかってるんだから、頑張っていい新人を捕まえてね」


声をかけられた葵が苦笑する。


「みんなで頑張るのよ。わかってるでしょ?」


このやりとりが少し気になったので啓太郎は聞いてみることにした。


「どうして八重樫さんに部の命運がかかっているの?」


クラスメイトはチラッと葵を見たが、葵が何も言わない様子なので口を開いた。


「入学式のセレモニーに私たちがミニコンサートをするんだけど、葵がソロを務めるのよ。技量といい見栄えといい、新入生ホイホイになってくれると思うのよね」


そう言うとクラスメイトは葵を見て、それから啓太郎に視線を戻した。


「五島君もそう思わない?」


そういう難しいことを聞かないで欲しい。


「俺には吹奏楽のことは正直よくわからないよ。でも八重樫さんなら大丈夫だと思う。サッカー部とは新入生のターゲットも違うだろうから、存分にやっちゃってよ」


葵はそっけない。


「まあ、部活のために頑張るわ」


ここでようやくサッカー部の先輩たちが話に入ってきた。


「俺も入学式で、吹奏楽部の演奏を聞きたいな」

「これから吹奏楽部と兼部しようかな?」


葵は啓太郎に対してよりは、幾分愛想よく先輩に答える。


「大太鼓あるいは思い切ってチューバとかどうですか? 男子が少ないから、大きな楽器も苦しいんですよ」


葵が先輩たちと話し始めたのを見て、クラスメイトは再び啓太郎に向き直ると、唐突に話題を変えた。


「ところでさっき五島君が見てたスマホのケース、センスいいわね。どこで買ったの?」


運が悪いことに、葵と先輩たちとの会話がこのタイミングで止まった。啓太郎は少しまずいと思ったが、ここで黙るのもおかしいだろう。


「彼女にもらった。まだ中学生だしネットで買ったんじゃないかな?」


ふーん。簡単な返答の中に、啓太郎では気づけないなにかが潜んでいる気がした。


5人のうち3人が次の駅で降り、葵と啓太郎のふたりだけが列車内に残される。いくら名門公立高校でも、これほど遠いところから通っているのはこのふたりぐらいしかいない。扉が閉まり列車が動き出すのを、見計ったかのように、葵が口を開いた。


「あのさ、私、今付き合ってる大学生の彼氏と別れようと思うの」


突然の発言に啓太郎は驚愕した。はあ? こいつは何の脈絡も無く、いきなり何を言い出してるんだろう。啓太郎はその真意が掴めず、慌てて葵に尋ねる。


「ちょっと待って。葵は何を言ってるの?」


葵は啓太郎の問をはぐらかす。


「ケータの慌てた顔、面白いね」


葵はそう言って少し笑うと、一方的に話を続けた。


「安心してよ、そんな悪い話じゃないから」


そう言って。啓太郎をまっすぐに見つめる。


「だから私が言いたいのはね、ケータもその中学の後輩の彼女と別れて欲しいってことよ。それで私たちふたりが付き合うの。どう? いいことだと思わない?」


啓太郎には葵が何を言っているのかわけが判らない。だが葵の言葉に真剣なものを感じた。ここはちゃんと答えないといけないことが啓太郎にはわかった。それなのに、啓太郎は葵に真剣に答えなかった。


「俺は現状、十分に満足しているよ。今のままでいいじゃねーか。この前、葵だって中学の時よりも気が楽になった、って言ってただろ? なっ?」


啓太郎がちゃかすと、葵は真面目な顔で答えた。


「私は馬鹿なことをしたと思っているよ。やっぱりこんなの長く続かないよ」


啓太郎は自分の実体験で言い返す。


「少なくともここ1年、問題無かったけどな」


葵はため息をついた。


「男子はなにも見てないのよ。さっきスマホケースの話してたでしょ? あれがなんでかわかる? あれ、私のと色違いの対になってる、ってちゃんと気が付いて言ってるのよ。私の周りでは、私が本当は誰と付き合ってるのかを、薄々感じている子が何人かいるわ」


啓太郎もため息をついた。


「でも、俺はこのままの方がいいんだよな。だって八重樫葵と付き合ってるって言うと、いろいろ面倒くさいんだよ。今までウソをついてたことになるし」


啓太郎の言葉に、葵はうつむいたままなにも答えなかった。二人は駅を降りて、いつものように並んで歩く。そして葵の家の前で別れるまで、二人はずっと無言のままだった。


葵は自宅の門を開けたところで、ようやく口を開いた。


「じゃぁまたね」


啓太郎は、うん、とだけ答えた。

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