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04.サッカー部のスター

五島ごしま先輩、ちょっといいですか?」


ああ、これは俺が中学3年になったばかりの頃のことだ。


啓太郎は地元の中学に進学し、そこでサッカー部に入った。普通の公立中学の普通のサッカー部、初心者がほとんどだ。入部当初は皆と同じ練習をしていたが、ある時監督でもある顧問の先生に呼ばれ、ゴールキーパーをやらないかとの誘いを受けた。監督がなぜ啓太郎に声をかけたのかはわからない。多分身長が他の同級生より高いからだと思う。啓太郎は顧問に言われるままキーパーになった。


監督には何かが見えていたのだろう。1年の夏、県大会の2回戦で負けて3年生が引退すると、啓太郎はレギュラーになった。それが嬉しくて、その頃は夢中でサッカーをして、相変わらず勝ったり負けたりを繰り返していた。


啓太郎が2年生になった時、1年生にスゴい選手が入って来た。小学校の頃からそれなりに有名だったが、プロチームの下部組織のセレクションに落ちてこの学校に来たのだという。部内で紅白試合をすると、面白いようにドリブルでディフェンスを次々に抜き、そして啓太郎が取れそうもないところにシュートを決める。この1年のせいで和気あいあいとしていた部活が、本気で汗を流す部活に変わった。


監督の目の色が変わり、練習は量が増えただけでなく質も上がった。そしてその成果は思ったよりも早くでた。啓太郎も他の選手も皆、目に見えて上手くなった。試合では相手のボールを奪い、パスをつなぎ、ゴールを決める。啓太郎も以前なら手の出なかったシュートを止めたり弾き返したり、場面に応じて前に飛び出すこともできるようになった。2年の夏は県大会を勝ち抜き地方のブロック予選まで行ったので、校内での注目度も高まった。


練習試合の相手もレベルの高いところとできるようになり、そこといい勝負をすることで、実戦慣れも重ねることができる。スポーツの世界では、試合で実践を重ねないと身につかないことも多い。そして啓太郎は3年になった。まだ3年になったばかり、今年は全国にいきたいな、そんな話をチームメイトしていた頃のことだ。


昼休み、サッカー部を激変させた例のスター君が3年の教室にやってきた。部活の中で、彼とはそれなりにいい関係を築いているつもりだが、教室まで来ることは初めてだった。下級生で、校内でも有名人の彼が来るだけで教室がざわつく。


「申し訳ないんですが、ちょっと一緒に校舎裏に来てもらえないですか。すいません。部室じゃ話せないことなんです」


真剣な顔の後輩に連れられて、普段は人気ひとけのない校舎裏に行った。だが今年は桜前線の通過が遅く、ちょうどここの日当たりの悪い桜が見ごろを迎えていた。校舎の出入り口付近の桜の周囲に、ぱらぱらと他の生徒がいた。だから少し離れたところにあるベンチに後輩とふたり腰を降ろす。桜の周りの生徒たちが気になるからなのか、スター君は中々話を始めない。


「なんだよ、この時期にケガとかいうんじゃないよな」


部員の質も量も上がったとは言え、こいつが欠けたら県大会も危ういだろう。冗談交じりに声をかけてもスター君は、いやケガとかじゃないです、としか言わない。午後の授業開始が近づき始めてようやく決心がついたのか、彼がようやく口を開いた。


「五島先輩って八重樫先輩と親しいって聞いたんですけど本当ですか?」


八重樫って葵のことだよな。こいつが先輩って呼ぶことは3年だし、そうすると葵しかいないはずだ。この時点ですごく嫌な予測がついた。予感ではなくて予測がついた。啓太郎はわざとぶっきらぼうに言った。


「まあ話ぐらいはするよ。で?」


後輩は啓太郎が言い終えると間髪入れずに言った。


「俺、あの人のことを好きになってしまったんです。だから紹介して欲しいんです。お願いできませんか?」


啓太郎の嫌な予測が当たった。葵には友人が多い。もちろん女子が多いが男子も決して少なくない。俺だけじゃなくて、あいつらもこんなことを何回もしているのかな?


「ダメですか?」


啓太郎を見つめる後輩の真剣なまなざしが痛い。どう対処するのが正解なんだろう? 啓太郎にはわからない。


「悪いけど気が進まない。始業式が昨日だったから、八重樫を紹介しろ、って頼まれるのは今年度はまだ初めてだ。でも中学になってからの累計だと10回は軽く超えていると思う。これだけで、俺が嫌だと言う理由になると思わないか?」


啓太郎が言い終わるや否や、後輩が言葉を返す。


「確かに先輩にご迷惑をおかけするのだと思います。でも俺、もう自分を止められないんです」


そっか止められないか。サッカーでも恋愛でも純粋なんだな、こいつは。


「お前は止まらないかもしれないけど、俺を巻き込むのはやめてくれ。いいか?」


後輩が何を考えているのかはわからない。他の3年に頼もうと考えているのかもしれない。俺はその誰かに面倒ごとを押し付けているんだ、それをはっきりと自覚したが、それでもそう言うしかなかった。


昼休みが終わろうとしているので、啓太郎がベンチを立つと後輩も立ち上がった。気まずい雰囲気のまま校舎に戻ろうとすると、校舎を出たところの桜の下に葵が友人達と談笑しているのが見えた。裏庭に出る時にはいなかったはずだ。


啓太郎だけじゃなくて後輩も葵に気が付いたのだろう。啓太郎が止める間もなく後輩は葵に向かって駆け出した。


あっ。


仕方がなく啓太郎は後輩についていくが、足がやけに重い。啓太郎が追い付いた時、既に後輩の自己紹介が終わったところのようだった。


「うん、サッカー部のエースだって聞いているよ。試合を見に行ったことも何度かあるから、鮮やかなドリブルも、県大会決勝の、鮮烈なシュートでゴールを決めたのも覚えているよ」


後輩は頭をかいていた


「八重樫先輩も試合を見ててくれていたんですか。ありがとうございます」


啓太郎は、葵とその友人達の視線が後輩から離れ、遅れてやってきた自分の方に移ったことに気が付いた。彼女達の目には明らかな非難が込められていた。啓太郎だけではなく、彼女達にもこの後の展開の予測ができているのだろう。だが既に啓太郎にできることはなにもない。


「で、私になんの用かな?」


啓太郎への視線の冷たさとは別に、明るい声で葵は後輩に聞く。


「実は僕、八重樫先輩のことが好きになってしまったんです」


何人もの先輩に囲まれながら、後輩はその言葉を言い切った。だが、葵もその友人達も、その顔には変化がなかった。良い意味でも悪い意味でも。彼女達はこういったことに慣れているのだ。


「そっかあ。ゴメンね。私もう付き合っている人がいるの」


葵ができるだけ軽い調子で言おうとしているのを、啓太郎は黙って聞いていた。


「そうですか。そうですよね。失礼します」


部活の後輩が足早に立ち去るのを見て、啓太郎も彼に続いて立ち去りたかったが、それは問題の先送りに過ぎない。だから啓太郎はその場に残った。


「で、五島君は彼になんて言ったのかな?」


葵の目は冷たい。その葵のすぐ横を、残り少ない桜の花びらが風にさらわれて流れ落ちていった。


「彼から八重樫先輩を紹介してほしいと頼まれた。俺は断った」


嘘はついていない。だが葵に追及される。


「断った理由は聞かれなかったの? それにどう答えたの?」


啓太郎は言葉に詰まったが、観念して答えた。


「面倒だからって。そう答えたよ」


葵とその友人達の視線がより険しいものになるが、啓太郎はそれを甘受するしかない。


「それって不実だと思わない? あの子にはもちろん私に対しても」


啓太郎は少しだけ間をおいて言葉をなんとか紡ぎだす。


「確かにそう思う。でも俺にはそれしかできなかったんだ」


啓太郎はそれだけ答えると、彼女たちに背中を向けてその場を逃げた。

次話以降、週3回ペースを目標に投稿します。

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