第八十八話 最初で最後かもしれない彼の見せ場
父さんの拳撃を受けた赤毛は一歩後ろに退いたあと、さらに飛び退いて父さんとの間合いを取りました。相変わらず、父さんの姿――一糸まとわぬヒゲおじさんには目を向けようとしません。
「ヴェンニ!」
赤毛のその叫びに呼応して、姉ちゃんたち、そして、ソフィーさんのお兄さんに対していた三人の赤毛は戦いを中断し、彼の周りに瞬時に姿を移動させました。
「どうした?」
父さんの相手をしていた赤毛が、わなわなと震え、顔を背けながら父さんを指差します。赤毛たちも父さんを見、嫌悪の表情を浮かべてすぐに目を逸らします。
「もう少しでコーラフロート……! 出来上がるところだったのに……」
相手を失ったソフィーさんのお兄さんが、父さんに白目をむきながら歩み寄ってきます。彼の変貌に、さすがの父さんも「うぉっ」と、驚きの声を上げました。
「はぁ……はぁ……。小休止と……、いうところかしら?」
「え……? ちょっと、父さん!」
お兄さんよりはだいぶ消耗した様子でソフィーさんとウチの姉ちゃんも近寄ってきましたが、姉ちゃんは大声を上げて顔を覆いました。
「なんで裸なのよッ?!」
「致し方なくッ!」
ウソです。父さんは自ら服を破り裂いていました。勢いだけで、特に意味もなく。
「どういう状況なの!」と姉ちゃんは身体ごと父さんから目を背けますが、隣にいるソフィーさんはなにがそんなに興味惹かれるのか、ガン見してます。
なんだかしっちゃかめっちゃかになってきましたが、父さんの特に意味のない行為は、赤毛たちにとっては何か意味のあることだったようです。
「み、醜いッ!」
「吐き気がするッ!」
「仕方ない。我が同胞の目を汚すわけにはいかない……」
赤毛の四人は円陣を組むと、なにやら口々に唱えはじめました。
姉ちゃんたちもなにが始まるのかと身構えます。
「何か……、呪法を使うつもりかしら……?」
「ソフィーさま、お下がりを……」
「父さん! なにか着てよ!」
「詩織ちゃん、昔は一緒に風呂も入ったろう! 何も恥ずかしがることなどないッ!」
警戒するソフィーさん兄妹ですが、ウチのアホ家族は緊張感ゼロです。
「「「「ムンッ」」」」
赤毛の四人はいっせいに顔を上げると、それぞれの片腕を姉ちゃんたちの方に――正確には、父さんの下腹部に差し向けました。そうして、まるでビームのような光が彼らの腕から伸び、父さんの身体に直撃します。
「ま、まぶしッ!」
「うぉおぉおぉッ?!」
「なに、なんなの?!」
父さんは目がくらむような光に包まれました。
「父さん、大丈夫ッ?!」
「大丈夫だ、詩織ちゃん! 光だけだ! なにもダメージはないッ! 父親の股間は不滅だッ!」
「うっさいわ!」
しばらくすると、父さんから発せられているようなまばゆい光も止み、あたりに夜の山中の暗さが戻ってきました。赤毛たちも姉ちゃんたちも、さしてなんの変化もないように一見できますが――。
「お、終わり……? 誰かケガしたわけでも……なさそうね……」
「あ、父さん……。なにソレ?」
「ン?」
姉ちゃんは父さんの下腹部を指差します。ソフィーさんもお兄さんも、姉ちゃんが指差す先に目を向けました。もちろん、父さんも自身の自信ある股間とやらを見下ろします。
「ンン?!」
父さんの下腹部を、なにやらモヤモヤとしたものが覆っていました。
「アイツらと同じ……?」
「モザイクね。チッ、余計なことを……」
舌打ちをするソフィーさん。中年の下腹部に、彼女はそんなに興味があるのでしょうか。
姉ちゃんは赤毛たちへと顔を向けました。なにやら四人とも、肩で息をして疲れている様子……。
「はぁ……はぁ……。やはり、四体では……」
「オプスムザイクムは……消耗が……」
赤毛たちの様子を見てとったソフィーさんは、うすく笑みを浮かべます。
「今回の功労賞は、どうやらおじさんね……」
「アイツらが……、父さんにモザイクかけたってことかな?」
「訳が判らないけど、ね」
本当に訳が判りません。わざわざ疲弊してまで敵の裸体にモザイクをかけるなんて、常人であるぼくには理解が及ばない価値観です。
「いずれにせよ、好機だわ。行くわよッ!」
まずはソフィーさんが飛び出し、続いてお兄さん、父さん、姉ちゃんが駆け出します。
「余所見してる場合じゃないわよッ!」
ソフィーさんは赤毛の輪に、光のような速さのドロップキックで突っ込んでいきます。
「ウゥッ?!」
赤毛のひとりの身体を捉えたソフィーさん。ふたりは、そのままの勢いで草藪の中になだれ込んでいきました。残された三人の赤毛も、疲労の色が濃い顔を、迫る姉ちゃんたちに向けます。
ひとりの赤毛の間合いに瞬時に入り込んだソフィーさんのお兄さん。振り上げた拳を、その顔面に叩きこみました。
「があッ?!」
「ハハァッ! コイツぅッ! 弱いッ! 弱まってやがる!」
嬉々としたセリフ、怖ろしい形相。まるでお兄さんが悪役みたいですね。
「ぐ、が、ぐぅッ?!」
「ふはッ! ふはぁッ! ふひぃッ!」
お兄さんが次々とめり込ませる拳は、赤毛の身体に確実にダメージを与えていってるようです。
「詩織ちゃんッ!」
「うんッ!」
父さんと姉ちゃんは、ふたりでひとりの赤毛に突っ込んでいきました。
「むぅ……ふぅ……。十全でない相手に拳を向けるとは……」
「知るかぁッ!」
「言ってなさいッ!」
親子は左右から同時に、赤毛に拳をめり込ませました。
それを受けた赤毛は、痛みとは別の、驚くような顔を浮かべます。力のない表情のまま、その口がぱかり、と開きました。そうして――。
ゲェッぷ
そう、ゲップです。
赤毛の口から、ゲップが漏れ出ました。
「……ッ?! 屁じゃ……ないッ?!」
「とうとう出したわねッ! 曖気・葬意の型ァッ!」
姉ちゃんの口に赤い光が吸い込まれていくと、赤毛の身体は音もなく地面に倒れこみました。
「さっすが……詩織ちゃん!」
肩で息をつく姉ちゃんは、父さんに顔をむけて、ニッと笑いました。
「これで! レオニード特製! コーラフロートの完成だぁッ!」
笑い合った姉ちゃんと父さんは、喜悦の叫びが上がった方へと目を向けました。そこでは突っ伏したように倒れ、なぜかお尻にプラスチックストローが刺さった赤毛。そして、その前で高笑いをするソフィーさんのお兄さん。変態ワールド全開です。
「なにしてんだ? アイツは……?」
「あれが……死ぬよりも怖ろしい光景よ……。ってあれ? もうひとりは……?」
赤毛のふたりは倒されました。ひとりはソフィーさんとともに林の中へ。赤毛は四人いたはずですね。
姉ちゃんは残るひとりを探してキョロキョロとしましたが、すぐに地面に倒れたその姿を見つけました。
姉ちゃんはおそるおそる近寄ります。
「のびてる……わね。アレ?」
その赤毛はなにやら側頭部に打撃を受けたようで、その部分を赤黒くさせながら倒れ伏していました。
「いつのまに? 誰が……?」
姉ちゃんが不思議に思っていると、林のなかから裸体が転がり出てきました。
「ガッ?! ごッ!」
「はぁ……はぁ……。まだ少し……手に余るわね……」
続けて姿を現したソフィーさん。彼女もまた、肩で息をしています。
「ソフィーちゃん!」
「ソフィーさま!」
声をかけるお兄さんと姉ちゃんを制するように、ソフィーさんは腕をひと振りしました。
「手出しはいらないわよ! ひとりくらい、私が片付けるッ!」
肘をついて身を起こす赤毛。荒い息遣いの中、「ふふっ」とほくそ笑みをこぼします。
「威勢がいいのは結構ですが……。我がセナートスを甘くみないほうがいい」
ソフィーさんは歩を進め、色白の美しい顔で赤毛を見下ろします。
「我がチームは……ウンデキムス率いる我がチームは、今回、総出……」
「まだ沢山、アンタみたいな赤頭がいるということね?」
「そうです……。その数、七十人余り。この山にかかる厄介な呪術をウンデキムスが解除次第、ふもとの各所から侵攻をはじめる……」
「なるほどね……。さっきのヘリは、そのウンデキムスとやらが乗っていたのね。それで?」
「そうなれば、こんな山の制圧など、我らには造作もないこと。あなたたちの負けは明白です」
「それは……、そうでしょうね。この私たちの優勢な状況も、棚からボタモチみたいなものですし、たったの四人相手で結構もう、ボロボロだわ……。七十人なんて数……」
「そこで、提案です……。私も無様な姿をさらしたくはない……。今、このまま、引きさがってくれれば、あなたたちには今後一切かかわらないと誓いましょう」
「本当っ?! その誓いは本当なのッ?! あなたたち、セナートスが本気になったとしたら、私たちなんてひとたまりもなさそうだもの……」
「ええ、誓いますッ! ウンデキムスには、私から口利きしましょう! ですから、この場は……」
「だが断る」
「えっ……?」
ソフィーさんは無下に言い放つと、赤毛の身体をサッカーボールのように蹴り抜きました。
「ゲぇッ?!」
木の幹にしたたかに打ちつけられた赤毛は、そのままずり落ちて沈黙します。
「もっと気の利いた提案しろや……。ビチグソが」
「ソフィーちゃん……。それ、やりたかっただけでしょ……」
ソフィーさんは姉ちゃんに向き直ると、「あら」とイタズラっぽい笑みを浮かべます。
「いい情報が引き出せたでしょ? まだこんなのがあと七十人もいるっていう、絶望の情報……。ほら」
ソフィーさんは暗がりの林に目を向けながら言います。同じところへ目を向けた姉ちゃんは、その顔を青ざめさせました。
「もう次のお客様のご入店よ……」
暗がりの中から現れたのは、またも赤毛。その人数が何かを意味しているのか、またも四人。すでに臨戦態勢で、全裸状態です。
「こ、こんなのって……」
姉ちゃんが震えていると、さらに異状が――「ババババ」といった音が、姉ちゃんの耳に届いてきました。
「この音……まさか、さっきのヘリ?」
「最悪ね……」
その場の全員が上空を見上げます。ほどなくして、轟音と吹きすさぶ風とともに、真っ黒のヘリが現れました。
姉ちゃんたちの真上に滞空したヘリから、黒い影がひとつ、飛び出します。
「アレが……セナートスのリーダー格……ウンデキムスッ?!」
「ホント、最悪……」
影は舞い降りて、段々と大きくなっていきます。
さすがの姉ちゃんも今回ばかりは、と固唾を呑みこみました。ですが、事態にまたひとつ、変化が――。
「う、ふ、ふぁあ……ッ?!」
「ふぁ、あぁ……」
新参の赤毛四人組がいっせいにあくびをしだしたのです。そしてそのまま、眠るように倒れ込みました。その直後、影は地面にふわりと降り立ちました。
「こんな汚いおっさんに助けられるなんて、ホント、最悪だわ……」
ヘリから降りてきた影――三穂田浩さんは、頭に乗せていたカウボーイハットを整えると「汚いってひどくな~い?」と、口を尖らせました。
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