幕間九 あなたが目を覚ますなら
どうも。毎度突然の小学四年生、笹原拳一と申します。
「鳴らし山」ではなんだか色々と大変なことになっているようですね。ぼくは遠く水無から、アルファちゃんとともに皆さんの無事をお祈りしておきます。
さて、この話以降、ぼくが度々ナレーション?をすることになるそうです。拙い進行ですが、なにとぞよろしくどうぞ。
幕間の今回、お送りするのは、失踪直前のすいさんの動向です。
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お財布片手にすいさんは、おうちの近くのショッピングモールにやってきていました。
「しまった……。下調べもせずに来ちゃったけど、プレゼントって何がいいんだろう……」
翌日の強兄さんの誕生日を控え、誕生日プレゼントを購入しにきたようですね。
ですが、誰かに贈り物をした経験がほとんどないすいさんは、商品を眺めて歩いていても、何を買ったらいいのか判らないようです。
「月か?」
千代のお菓子ですね。食べ物はいいと思いますよ。でも、親密な関係ならやっぱり形として残るものがベターではないでしょうか。
「圧力鍋か?」
料理をする強兄さんは意外と喜ぶかもしれませんね。ですが、ちょっと現実味ありすぎです。高校生が異性に贈るものじゃないです。
「パンツか?」
女性ものの下着は、強兄さんにはまだハードルが高いのではないでしょうか。
「じゃあ、男もののパンツか……?」
すいさんは逆に、女子高生の自分が男性用下着を買うことに抵抗がないのでしょうか。あと、ぼくの声が聞こえてでもいるんでしょうか。不思議な人です。
「むむぅ……」
男性用下着コーナーで考え込むすいさん。考え込むのはいいとしても、その場所はやめたほうがいいんじゃないでしょうか。ほら、後ろでお客さんが立ちすくんじゃっていますよ。
「買うんですか? その布きれ」
「あ、いや……すみま……ッ?!」
声をかけられて振り向いたすいさんは、相手の顔を見るなり後ろに飛びのいて距離をとりました。そのお客さんはすいさんの様子を見て、冷ややかな笑みを浮かべます。一目で異国人と判るシャープな顔立ちのそのひとは、商品のトランクスパンツを一枚、手に取りました。
「こんな布きれ、現代人の惰弱な精神そのものですね。やはり、全裸こそが崇高なる着衣……」
「せ、セなんちゃら……!」
相手は横目ですいさんに視線を送ります。不思議なことに、その手の中のトランクスパンツはいきなり炎を上げたかと思うと、消し炭も残さずに跡形もなくなってしまいました。
ヒラヒラと一枚布をはためかせ、長く赤々とした髪を振りながらすいさんのほうに向き直ると、相手は手を胸に当て「セナートス」と言います。
「我が兄、我が弟、我のための最上の場、セナートスです。お間違いなく」
すいさんは相手をニラみながら、ごくりと生唾を呑みこみました。
「……どんな手品? 『失魂』で三十年はおねんねのはずよ……」
――この顔、そして、なぜか長くなっているけど、この赤い頭髪……。アイツだ。お山でみんなしてやっとこ倒せた、セなんちゃら……。でも……なんなの? この威圧感、ひしひしと感じる力量……。前に比べても段違いすぎる……!
警戒しきりのすいさんに、相手は見下すように微笑みかけました。
「あの出来損ないと私――パトリキーたるウンデキムスを一緒にしてもらっては困りますよ。阿武隈すいさん」
「ッ?!」
――名前を知られてるッ?!
「『鳴らし山』を掌握できずに敗走した、あんな出来損ないは我がセナートスには不要です。しっかり処分しておきましたのでご安心ください」
――出来損ない……。あのとんでもない強さが……出来損ない……? こいつは……別人なの?
「誰だろうと何だろうと、どうでもいいわ。ワタシに……なんの用ッ?!」
「決まっているでしょう。交渉です。最後のね」
「最後?!」
「ええ。我がセナートスの『共有感覚』で拝見しましたが、あの程度の邪魔立てであれば、我がチームが総出でゆけば『鳴らし山』の制圧は可能だと判断いたしました。ですが、手間を省けることなら省いておきたいのですよ。例の呪法を解除していただけませんか?」
「またそれか! 何度言わせんの?! 誰が明け渡すかよ!」
「あわよくば……あなたたちを我がセナートスに迎え入れようかと考えているんですが、それも……?」
「門前払いのへっぺけぺぇーじゃい!」
すいさんは鋭い目つきで相手を威嚇しますが、「ウンデキムス」に動じる様子はありません。ふう、と落胆したようなため息を吐きます。
「テレビ放送で阿武隈すいさんを見つけてはるばる訪ねてきたというのに、つれないですね」
「テレビッ?!」
「ええ。可愛らしく、飛び跳ねていたでしょう? 行方を捜していたところに『共有感覚』で見たあなたが登場したものだから、こちらも驚きましたよ」
――ミスった……。花火大会のときのか……。ワタシがいなくなっても大丈夫なようにってしたことが、こんな裏目に出るなんて……。
すいさんはギリギリと歯噛みしました。
――どうする? どうすればいいの? ヨッシーたちに相談して、また……。
考え込んだすいさんですが、フルフルと首を振りました。
――ダメ、ダメッ! もう、ヨッシーを、しおりんを、ソフィーを危険な目に遭わせたくないッ! 遭わせないッ! そう誓ったからワタシは……!
すいさんは目を「ウンデキムス」に向け直します。
――目の前のコイツひとりにさえも勝てる気がしないのに……。今度はこんなやつがいっぱい来るッ!
すいさんの顔色はみるみる青ざめていきます。
――ワタシは……、ワタシなんかじゃ、みんなもお山も……守れないの?
「そうそう。テレビで、といえば……」
すいさんはほとんど注意を逸らしてしまっていたのですが、相手はそれに気付くことなく、まるで世間話のように話を続けます。
「『ダイチ』はお元気ですか?」
「……『ダイチ』?」
我に返ったすいさんは、訊き返します。
「阿武隈すいさんは『ダイチ』の子どもなのでしょう? テレビでそう宣言していたじゃないですか。どうもファミリーネームは違うようですがね」
すいさんは目を大きくみはります。
「アンタ、『ダイチ』を知ってるの?!」
「ええ。以前にとあるケースで同じチームになったことがあります。そのときの様といったら、ベロナの現身かと私も打ち震えたくらいです」
「ベロナ……?」
「ご存知ないですか? ああ……、ここ日本は極東の辺境でしたね。『ベロナ』とは戦の女神ですよ」
――……「女神」? 「ダイチ」が……「女神」?
「『オーセ』が戦場を舞う美しい光景は、今でもこの目に焼き付いていますよ……」
「『オーセ』……、『オーセ』……?」
すいさんの目からは力が無くなっていって、何度も「オーセ」とつぶやきます。復唱していくうちにふと、その言葉に続けて「アイ」と、すいさんにとっては馴染みの深い名をこぼしていました。
それを聞きつけた「ウンデキムス」は歯を見せるほどに笑みを浮かべ、「そう!」と大きくうなずきました。
「ファーストネームは確か『アイ』でしたね。『アイ・オーセ』! 『ダイチ』の別称かと思っていましたけど、子どものアナタのその様子だと、まさか『アイ・オーセ』が真名なんです?!」
「ウンデキムス」が嬉々としてすいさんの顔をのぞき込みますが、彼女は虚ろな目をして、プルプルと小さく震えているだけです。
少しの間そうしていましたが、我に返る様子のないすいさんに肩をすくめると、「ウンデキムス」は身体を引いて「ふむ」と言いました。
「本筋から逸れてしまいましたね。用件はとりあえず以上です。呪術の解除、できたら我がセナートスへの参画も、ぜひともお考えください。ああ、あの男の子は要りませんよ? 明日夜には『鳴らし山』への侵攻を開始しますので、それまでに。もし愚考を起こすようなら……」
「ウンデキムス」は片腕をゆったりと一振りします。その仕草に呼応するように、商品棚、男ものパンツが端から燃え上がり、瞬く間に消えてなくなりました。
「山もあなたたちも、こうなりますよ」
「では」と言って「ウンデキムス」は踵を返すと、悠然と歩み去っていきます。
残されたすいさんは呆然として立ち尽くしたまま。
「あいちんが……『ダイチ』……? ヨッシーは……あいちんの子ども? ワタシは……『ダイチ』の子? 」
――だったら、だったらやっぱり……、ワタシとヨッシーは……「ゼッタイに恋しちゃいけない」の?
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紙袋片手のすいさんは、アパートの玄関前、呆けたように立ち尽くしています。穴のあくほどに、玄関扉を見つめています。
――あいちんの気配は、もうない。ヨッシーは中にいるけど、このカンジは……眠ってる。
「あいちん……」
――今、あいちんに会うのは……すごくコワい。もしも本当に「ゼッタイに恋しちゃいけない」のだったら、ワタシはきっと……。
すいさんはゆっくりとドアノブを引きました。ソロソロと、室内に歩みを進めて行きます。
強兄さんはすいさんが感じたとおり、ちゃぶ台からはみだすようにして寝転がっていました。読みかけでしょうか、本を手元に、静かな寝息をたてています。
「ヨッシー……」
すいさんは強兄さんの枕元にしゃがむと、強兄さんの寝顔をのぞき込みます。
「どうなのかな? ワタシたち……。ね、ヨッシー……?」
すいさんの頬を、涙が伝います。その雫は、ぽたり、ぽたり、と強兄さんの鼻先の床に落ちて行きました。
――もしも。
「手紙を……書こう」
――もしも、もしも……。
すいさんは立ち上がると、音を立てないようにして寝室のふすまを開けました。
――もしも、手紙を書いている間にヨッシーが目を覚まして、「おかえり」と笑ってくれたら……。
すいさんは窓際の小さな机にゆっくりと腰を下ろすと、机下の通学バッグから封筒とノートを取り出しました。
――「おかえり」ってヨッシーが笑ってくれたなら、全部話そう。ワタシが心配していることをぜんぶ打ち明けて、ひとりでお山に行くこともナシにして、あいちんに全てを確かめて……。
ノートを開くとすいさんは、ペンを持ちました。
――どんなにか、ワタシにとっては辛いことだったとしても、真実を確かめよう。ヨッシーと一緒に……、確かめよう。
一番上の段、すいさんは「ヨッシーへ」と書きつけます。
――でも、そうじゃなかったら……。ヨッシーが目を覚まさないなら……。ワタシは……。
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すいさんはふたたび強兄さんのそばでしゃがみこみ、顔をのぞき込みました。
「うぅっ……うっ……。ヨッシー……」
ゴシゴシと、レースカーディガンのそでで目元を拭ってから、すいさんは強兄さんの寝顔に手を添えました。
「ホントに、ホントに……すふっ……あいちんの言ってたとおり、ヨッシーはぁ……寝つきがいいよ、ねぇ……」
名残惜しそうに強兄さんの頬をひと撫ですると、すいさんは立ち上がり、アパートの部屋を出て行きました。
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