第八十三話 山の動物とのコミュニケーションの取り方講座
「マズい、マズい、マズいッ!」
僕は廊下を全速力で部屋に戻った。
失念していた!
赤毛の男は単独じゃない。「セナートス」とかいう、裏社会のグループの末端構成員だった! 自分でそう言っていた! 「組織の方針」として「鳴らし山」に先遣で来たと、そう言っていた!
確かにあの赤毛は撃退した。おそらく今も意識は失ったままに違いない。屁吸術はそういう「暗殺術」だ。
だけど、敵はあいつひとりだけじゃない、「セナートス」という「組織」だ! あの赤毛が「セナートス」に意識のないまま戻ったとしたらもちろんのことだけど、そうでなかったとしても連絡が途絶えたなら、次はサムウェイのときみたいに「組織」として動いてくるのは当然だ。「セナートス」はきっと、構成員間で同じ格好で統一してるんだ。「おんなじような顔」というのが判らないけど……。
クソ、考えが至ってなかったッ!
「マズいよッ! 詩織、ソフィー!」
大声を上げながら部屋のふすまを開けた僕に、詩織とソフィーは同時に顔を向けた。同じくお風呂に行って、戻ってきたところであろう彼女たちは、ふたりして顔を上気させながら何か黄色いモノを頬張っている。
「どうしたの? 強。このお菓子、マズくないわよ?」
「千代の月みたいでおいしいわ」
「違くて! 温泉宿の! 客室に! サービスで置かれてる! 富耶麻の銘菓の! 話じゃねえよ!」
「そんな説明口調でツッコまなくても……」
とりあえず僕も、そのお菓子をいただきながらさっきの従業員さんの話と、僕の思い至ったことを話した。
にしても美味いな、このお菓子。
「……セナートスが……」
ひととおり話し終えると、詩織は言葉を出せず、ソフィーもそうつぶやいただけで黙ってしまった。赤毛のために、僕なんかよりずっと危険な目に遭わされたふたりだ。僕以上に戦慄したのは間違いない。手にはお菓子持ったままだけど。
少しの沈黙のあと、詩織が何かに気付いたように「もしかして」と顔を上げた。そのまま、食べかけていたお菓子を全て口に放り込む。
「すいちゃんも……、このことを何かで知ったんじゃないかな?」
「……すいも?」
「うん。それで、一刻も早く『鳴らし山』の守りに入ろうと、アタシたちに黙って姿を消すことにした……」
「だとしても、すいひとりだけではキツそうなのは、赤毛との戦いで判りきってるだろうに……」
ソフィーは「はぁ」とため息を吐くと、小分けにしたお菓子をひとかけら、口に入れた。
「結局、この前と同じことをしたのね……」
その言葉に、僕は苦い記憶を思い起こした。すいの「操魂」によって僕自らの意志に反し、詩織を抱えながらに山道を歩く景色。すいが、僕と詩織を赤毛から逃がしてくれたこと。
僕はお菓子をモクモクと咀嚼しながら、テーブルを叩いた。
「……すいのヤツ。何度バカすれば……」
「それだとしても、『弱い』ってすいちゃんが思い知るようなこととは……考えらんないけど……」
「とにかく」と言ってソフィーは立ち上がると、お菓子をもうひとかけら、つまんだ。
「こうなったら、兄を呼んだのはもっけの幸いだわ。セナートスの襲撃開始がいつとも知れない中、だいぶ戦力になるでしょう」
「ソフィー兄とのキスは……ナシだからね?」
「場合によるわ」
ソフィーは僕を見ることなく遠い目で答えた。僕はもうひとつお菓子に手を伸ばしながら、「いざとなったらためらいなくキスする覚悟」でいるな、と直感した。
「……山には入れないかもしれないけど、僕たちも今から行こう」
立ち上がり、丸々一個のお菓子を詰め込んだ僕は、そう提案する。
「戦力、か……。アタシ、先生に電話してみる」
詩織もまた、新しいお菓子の包装を破りながら、僕たちを見上げた。
「先生っていうと……『曖気道』の?」
「うん。あのレベルの敵が複数となったら、たぶん、アタシたちだけじゃ対抗しきれないでしょ? もうこうなったら、頼るところは頼らないと……」
「そうだな……。僕たちは先に行くから、詩織はおじさんにも話してみて。知り合いと話し込んでて……、すぐに戻ってくるだろうから」
「判った!」
部屋を飛び出す間際、口の中に残っていたお菓子をすべて飲み込むと、僕は詩織に振り返った。
「命に関わるかもしれないってことも……おじさんには伝えて。反対されたら、詩織はムリしなくてもいいから……」
「また始まった……」
詩織は残りのお菓子を口に放り込むと、両手をパンパン、とはたいた。
「そういうのマジで、もうアタシたちの中でナシ! いい?」
「だね……。了解」
なぜだか重くなった気がするお腹を抱えながら、僕とソフィーは廊下を駆ける。
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ゆるやかな山道を駆けあがってきた僕とソフィーは、もうすっかり見慣れてしまった「鳴らし山」の観光案内の看板を見上げた。
「さて、来たはいいけど……、ここから先は例の呪術の効果範囲に入る……。どうしたもんか……」
「ここに張り付いて、襲撃の気配を感じとれる範囲で警戒するしかないわね……」
その言葉には、「ソフィーが警戒にあたる」という覚悟が見えていた。
この「鳴らし山」に「セナートス」が侵攻を開始するのか、しないのか。するとしたらいつなのか、全然わかっていないこの状況でそれだと、ソフィーにすごい負担がかかってしまう……。
とんでもなく広いけど、地道に「鳴子」の罠でも張り巡らそうかと考えて案内地図を見上げると、一枚の紙が貼られていることに気が付いた。今朝方ここに来たときにはなかったものだ。
【ヨッシー、金髪、しおりん、ヒゲのおっさん(誰?)。即刻退去してください。もう近づかないように!】
ヨレヨレの紙に、ヨレヨレの字でそう書かれている。
「すいの字だ……」
「野暮の極みね……」
きっと、僕と詩織が倒れて山を下りたあと、すいが貼り出したものだろう。
僕はナップサックからマジックペンを取り出すと、その紙の余白に書き加えてやった。
【イヤだね! すいこそひとまず下りてこい! おいしいお菓子あるぞ!】
隣のソフィーが「ぶふっ」と噴き出した。
「お菓子に釣られて出てきたら世話ないわね。出てきそうでもあるし……」
僕は辺りを見回す。
「すいのヤツ。近くにいるんじゃないだろうな」
「……今はいなさそうだわ」
ソフィーはその紙に近づいて手を添えると、「ふふ」と笑みを浮かべた。
「まるで交換日記……。色気がぜんぜんないところがまたいいわ」
「あ、僕たちがいたら、すい、見にこないかもしれない?」
「ほとんど山の猿ね。詩織さんが来たら呪術の範囲ギリギリに沿って場所移動しましょうか。今のところ、すいさんと連絡がとれそうなのはこの交換日記だけだから、私の感知範囲からここを外すくらいに距離をとるわ。彼女も私の感知程度は熟知しているだろうし」
しばらくして、詩織とおじさんも駆けつけてきた。僕の顔を見るなり、おじさんは険しい顔で「命を大事に!」と作戦名を告げた。
「詩織ちゃんから聞いたけど、正直、俺はお前たちがやることじゃないと思う」
「……はい」
「だが、お前たちを止める権利があるのは、事態を完全に収拾できるヤツだけだ。話を聞く限り、少なくとも俺は違うだろう。悔しいがな」
「……そう言ってもらえると嬉しいです」
「いいか。お前ら全員……」
おじさんは、僕、詩織、ソフィーにそれぞれ目を向けた。
「死ぬんじゃねえぞ。もちろん、お前らの友だちもだ」
「「「ハイッ」」」
「よし。さて、これは……警察に届けたほうが……いいか……?」
『ぽい~ん。ヨッシー! 電話だよ~、電話だよ~。ワタシ以外なら出ないでいいよ~』
おじさんの言葉を遮るように、僕の携帯が鳴った。ナップサックから取り出すと――。
「みぽりんだ! 忘れてた!」
画面は「三穂田浩」からの着信であることを告げていた。色々あってみぽりんの存在を忘れてたけど、絶好のタイミングだ!
僕はコールに応じて、スマホを耳にあてる。
『やあやあ、逢瀬くん。元気~?』
「元気とかの問題じゃないですよ! みぽりん、『鳴らし山』に今すぐ来れますか?! ヤバいのが来るんです!」
僕は性急に、そう訊いた。
電話の相手は呿入拳の使い手――実力はすいを上回るみぽりんだ。「セナートス」との接触が予想される今、彼が加勢してくれたならすごく心強い。
『ああ~……。知っちゃったカンジ?』
「知っちゃったって……。もしかして、みぽりんも『セナートス』のこと、知ってたんですか?」
『うん。キミタチこの前、「セナートス」の構成員とやりあったって教えてくれたでしょ? 話を聞いた限りでは、それだけじゃあ済まないだろうなって、気になってたんだ~。それでボクのほうでも調べてたってわけ。そしたら案の定、ヨーロッパ系闇勢力がよく使う密入国ルートを、赤毛の外国人が多数で利用したって情報を入手したところなんだよ~』
いつのまに……。みぽりん、やる時はやる大人だから大好き!
『実はもう、「鳴らし山」の近くにいるんだ~。もしかすると、逢瀬くんたちもいるかな~って電話をかけたってわけ。阿武隈さん、そんなカンジだったし』
「まさしくその通り! みぽりん、どうしちゃったんです?! いつもの堕落しきったみぽりん、どこ行った?!」
みぽりんは電話の向こうで『うぇっへっへ~』と心情がよく判らない笑いを上げた。
『じゃあすぐに、ボクも向かうことにするよ~。さらに~、もうひとつ、お土産があるからね~』
「お土産?」
『うん。永盛くんを捕まえたから一緒に行くよ~』
僕は思わず、電話を取り落としそうになった。それほどに驚いた。
永盛さんを見つけ出したッ?! どうしたんだ、一体?! この電話口の相手は本当にみぽりんなのか? 違う誰かじゃない?!
「本当ですかッ?! ウソついてない?!」
『つかないよ~。今向かってる最中だから、あと一時間もしないで『鳴らし山』に行けると思う。逢瀬くん、彼女の口からいろいろ、直接聞いたほうがいいね~』
「はいッ!」
永盛さん――「僕がダイチの子ども」という記事を書いた張本人。僕を「非日常」に引き込んだキッカケとも言える人。その記事を書いたあと、何故か行方をくらましてしまったワワフポ新聞の記者さん。
僕たちは今まで二度も遭遇しておいて、そのどちらも取り逃がす結果となってしまっていた。しかも彼女は僕を見て、「殺さないで」と謎の発言をしたのだ。
なぜ永盛さんは僕を「ダイチの子ども」だと判断したのか?
なぜ彼女は僕に「殺される」と思ったのか?
あと一時間もしないうちにその答えが聞かされるのだと思うと、僕は臨戦状況下だというのに、胸が高鳴るのを感じた。
ご感想、ご罵倒、ご叱責、お待ちしております!
もちろん大好物は褒めコメです!




