第七十六話 過去に戻れたらと誰しも一度は思うけど君はいつの頃にもどりたい?オレ?オレは小学生!リアル(体は子ども頭脳は大人)やってやる!
「夢占いの……上達?」
「そうです」と言うと、ローブはフヨフヨと漂うようにして近づいてきて、正面に「立った」――依然として、上下は逆さまのまま。
「私、『占い』を生業にしているのですが、新しく『逆し夢』の練習をしたいのです」
「『逆し』……『夢』……?」
僕の判然としない様子に、ローブは「逆し夢」について説明してくれた。
「逆し夢」では、占う対象の人物の「魂の記憶」を「夢」を媒介にして遡っていき、前世まで向かうのだという。現世における運命は、前世での運命――輪廻が作用して同じような運命をなぞる力が強く働くものだから、前世を知ることでより確度のある「現世の処し方」が判るらしい。
「……説明されても、よく判りませんね」
「まあまあ、前世を見る旅だと思ってもらえれば。私、まだ若輩ものでして、霊的パワーが強い方、『ダイチ』の息子であるあなたに『逆し夢』を手伝っていただいて、この占術のコツを掴みたいのです」
ひとまず、話の内容やこの人物に漂う雰囲気からは危険な様子を受けない。どうやら悪いタイプの「襲撃者」ではない、とは思うけど、残念ながら――。
「あの、言いづらいんですけど……、僕、たぶん『ダイチ』の子じゃないし、霊的パワーとやらもそんなに強くないと思うんですよね……」
「え?!」
フードを被って口元しか見えてないけど、占い師の口が綺麗にあんぐりと開いてしまった。
「ちょ、ちょっと……見せてくださいね」
そう言うと、ローブは僕の周りをフヨフヨと漂いはじめた。なにやらマジマジと眺めている様子。それでもイヤな印象を受けないのは、彼女からかすかに感じる白檀の香りが、僕を落ち着かせてくれるからだった。
「な、なるほど……。よわ……あ、いや……、ふ、普通のパワー量ですね……」
あ、これは……「弱い」と言おうとして踏みとどまり、忖度したカンジですね。余計に傷つきます。
「おかしいですね……。あなたのおうちから、私が今まで出会ったことないくらいの霊的パワーを感じたのですけども……」
「ああ、それは」と僕は言った。
「たぶん……、同居してる女の子のほうだと思いますよ。彼女が『ダイチ』の子じゃないかって話になってまして……」
「そうなんですか? う~ん……」
ローブはうなっていたが、まもなく「申し訳ない」と言って、ペコリと頭を下げた――上下逆のままなので、あんまり謝られたカンジはしない。
「無関係なあなたを巻き込んでしまって……。本当にすみません。また出直すことにします……」
しょんぼりとした声音になってしまった彼女に、僕は「待ってください」と声をかける。
「ちょっとその、『逆し夢』。面白そうなんで、僕に試してみてくれませんか?」
「前世を見る」。実のところ、なかなか出来なさそうな体験に、おおいに興味を引かれていた。
「でも、前世に遡るまでには至らないと思いますけど……」
「特に危険なこととか、デメリットはないんですよね?」
「それはその通りです」とローブはゆっくりとうなずいた。
「漫画やアニメなんかでは同じようなことをすると、そのまま前世に置いてけぼりにされたり、運命が大きく変わってしまったりなんてトラブルがありますけど、それはフィクションだけの世界。『逆し夢』は魂の記憶を見てるだけなので、そんなことは起こりません。映画を観るようなものです。今、お部屋でうたた寝しているだけのあなたは、『逆し夢』が終わってしまえば、普通に数時間、寝てただけなのと変わらずに目を覚ましますよ」
なるほど……。「前世を見る」ってだけで、充分フィクションっぽいんだけどね……。ホント、なんでもアリ……。
「じゃあ、練習のひとつと思って……」
ローブは、アゴに手を添えてしばらく考えていたかと思うと、おもむろに「判りました」と言った。
「お客様が乗り気なのであれば……。私も場数を踏むに越したことはないですし……」
「では」と言って、ローブは空中に、腕を大きく回して円を描き始めた。彼女の手の軌跡に沿って、光の筋が残る。まるで、ソフィー兄のときに作った「円陣」のようだと、僕は思った。
頭の上、足の下、前、後ろ、右手にふたつ、左手にふたつと、合計八つの「円陣」を僕の周りに作ると、ローブは今度こそ上下を僕に合わせて、正面に立った。胸の前で両手を合わせ、複雑な「印」を結んでいる。
「逆し夢、まどろみのぼりてみるたまわ。うつしよのぼりてよむたまわ……」
小さいけれども、不思議と耳に残る呪文を彼女は唱えはじめた。時を追うごとに、その呪文が僕の耳の中で何重にも反響されていく。まるで、「円陣」を反射して言葉が何度も僕に届いてくるようだった。
「……さかしてまわりてはむことば……たまゆくとことわとこやみなくひさしくさかえもなく……」
呪文が唱えられるごとにだんだんと、僕は眠気を感じてきた――夢の中なのに眠くなるとか、どういうことだ?
「……たまゆめまわりてうつしよの、たまゆくさきをしらんとねがう……」
次第に周囲の白いモヤモヤが晴れてくる。すっかり晴れきってしまうと、急に僕の眠気も吹き飛んだ。モヤが晴れた景色を見渡す……。
「ど、どこだ? ここ……」
どうやら屋外。星空の下、時刻は夜だろう。たくさんの人垣に周りを囲まれ、皆、こちらを注目している――。
「『逆し夢』、入りました……」
詠唱をやめたローブが言った。
「ここはどこなんです? 僕たち、外にいるんですか?」
「いえ、この景色はあなたの記憶に基づいて『再現』されたものです。あなたの印象に残っている記憶で、もっとも最近なのがこの場面なのでしょう」
さらに周りを見渡してみると、ソフィー、詩織、僕、拳一、アルファ、すいの姿。周囲の人々は、どうやら彼女たちに注目を集めているようだった。ソフィーは金色の残光を纏いながら舞い踊り、詩織とすいは、その美声を夜空に高らかに響かせている。
「最近の記憶……。牟尼堂川花火のときの『パフォーマンス』か……」
それにしても、自分自身の立っている姿を客観的に見るってのは……なんだか不気味な感じを受けるな……。
「ここから、記憶を遡っていきますよ」
ローブが言うと、景色は一転した。夕暮れ、きらきらと光る川面、ロボットの上に座る、僕とソフィー……。
「こ、これは……」
「あれ。私はこれは、見ないほうがいいですかね……」
「そうしていただけると……」
それから、僕たちは「僕の記憶」を次々と巡っていった。
「鳴らし山」、温泉、カルチャーランド、オメガさんとアルファ、千代……。まるで、物語を終わりから読むように、変わっていく景色。
「なかなか最近から遡りきらないみたいですね。どの記憶も、よほど印象に残っているのでしょう……」
「そう……ですね……」
場面は格技場になった。ソフィーの蹴撃に怯んだ僕をすいが庇ってくれた、あの時……。
ここから今まで、日にちにしてしまえばたったの四か月弱。それしか経っていないけど、この場面から始まった僕の「非日常」の時間は、僕の人生でもっとも濃密な四か月だった。きっと、これからの時間も――。
感慨にふけっていると、次の場面は高校の入学式。それもすぐに転換し、景色がめまぐるしく変わっていく。
「あらためて眺めてると、僕って……生きてるんですね……」
変わりゆくどの景色にも「僕」がいて、その体格は少しずつ小さくなっていく。そんな変化を見ているうちに、僕はそうつぶやいていた。ローブが「ふふっ」と可笑しそうに笑ったことで、自分が、とんでもなく素っ頓狂なことを言っているのだということに気付かされる。
『やめろー!』
舌足らずに叫ぶ声に、僕はハッとした。
今現在の周囲の景色は、小さな公園……? いや、あの鉄パイプでできた、車みたいな遊具……。覚えがある。ここは、僕が通っていた幼稚園の園庭だ……。
『なんだぁ、おまえ~!』
『女の子が泣いてたら、なにがなんでもタスケルのが男の子のセキニンだって、ママが言ってたんだから!』
三人の男の子に向かって吠えている小さな男の子。その後ろには、腕で顔を覆っている女の子――。
そうか。ここは……詩織と仲良くなったキッカケの場面。いじめっこにからかわれていた詩織を助けようと、僕が割って入ったところだ。
「ふふふ……。可愛らしいですね」
「まあ、この頃は無鉄砲でして…‥‥」
あ~あ……。幼稚園児の僕、ボコボコにされちゃって……。この園児たちも、三人で寄って集ってエグいな……。
完膚なきまでに「僕」を叩きのめしたいじめっこたちは満足したのか、場を去っていった。
『いた……。いたい……』
『ぐすっ……。あ、ありがと……』
目元をこすりながらお礼を言う「詩織」に対し、ボロボロの「僕」は、それでもニカッと笑う。乳歯が抜けてて、すきっ歯なのがまた恥ずかしい。
『泣くなって。僕、強。また泣かされたら、いつでもタスケルから!』
『……あは。ヨワイのにつよしって、ヘンなの』
『いつかゼッタイ、ツヨクなるから、強でいいんだ!』
……そうだった。この頃の僕は、自分の名前を――「強」という名前を、誇りに思っていた。こんなに弱くても、ボロボロになっても、いつか強くなる、強い人になるんだと、信じていた。そんなことさえも……忘れてしまっていた。
『アタシ、詩織。仲良くしてね、つよし』
『うん』
幼い手を取り合う「詩織」と「僕」。
今の僕はどうだろう?
僕が「強くなってる」という、詩織の――少し前に「みむら食堂」で「今の」詩織に言われた言葉と、彼女のはにかんだような顔を思い出す。「強くん」と微笑えむソフィーを思い浮かべる。「ヨッシー!」と笑って手を振る、すいを……。
今の僕は……少なくとも、前ほどは自分の名前がキライではない。でも、それでもまだ、今の僕には、何かが足りないような気がする――。
「あら。やっぱり……」
物思いから僕を引き戻したのは、ローブのひとりごとのようなつぶやきだった。
「どうかしました?」
「『逆し夢』はここまでのようです。この記憶の『再現』が終着です。この先――前世まで行くには、やはりパワーが足りない……。私がもっと習熟してたら行けそうなんですけど、申し訳ない……」
「いえ、スゴい体験、させてもらいました」
ローブに向かってペコリとお辞儀をしてから、僕は辺りを見回した。
「終着……僕の印象的な記憶の、最後か……」
どこだろう、ここは?
畳敷きの和室。そんなに広くはない。部屋の電灯はついておらず、薄暗い。夕暮れか、宵の口といったところだろうか。
見たことない部屋だけど……なんだろう? どこかで見た覚えがあるといえばある気が……。
部屋の中央には小さな布団が敷かれていて、そこには赤ちゃんがふたり寝そべっている。僕は、そのうちのひとりに目を奪われた――。
「青い服の……赤ちゃん?」
すやすやと寝入ってる赤ちゃんが纏っているのは、僕たちが「鳴らし山」で見つけた、「青の毛糸の服」。すいのものと思われる、あの服だった。すっかり色あせてしまっていた「鳴らし山」のものとは違って、鮮やかな真っ青ではあるんだけど、留め具の配置などから間違いなさそうだった。
「え? それじゃあ、この赤ちゃん……すい?」
とすると、この和室は、あの「鳴らし山」の庵の和室か?
なんで「僕の記憶」に、こんな景色があるんだ……?
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