第七十五話 夏の昼下がり、うたた寝の果てに
詩織『じゃあ明日は環状線のカラオケに二時に集合だよ!』
すい『合点承知!』
敦美『りょ!』
坂上『アレ、見せてくれるんだろ? 期待爆上がり』
ソフィー『最上級の祝福と耽美の時間を強くんに捧ぐ』
クラスのグループトークに今回の仕掛け人の詩織がメッセージを投げると、次々とメッセージが投稿されていく。さて、何の呼びかけなのかというと……。
詩織『当の強が遅れないようにね!』
強『了解』
僕の誕生日パーティーである。
明日、八月八日は僕、逢瀬強の誕生日なのだ。意気込んだ詩織は、僕たちいつものメンバーだけでなくクラスを巻き込んでカラオケパーティーを企画。参加者は僕も含め、実に十二人にも及ぶこととなった。嬉しいんだけど……気恥ずかしい。
これまでの学生生活では誕生日が夏休み中にあたるということもあったから、そもそも触れられないということも度々あったし、何かあったとしても「おめでとう」と一言もらえることが関の山だった。ここまでの大仕掛けになったことはない。どうも今年の詩織、ノリノリである。
敦美『暗いな! 逢瀬くん、食らいな!』
荒井さんが誤変換で、ツッコミしたくなるようなメッセージをくれる。
まあ、僕のメッセージが短めというのはいつものことなんだけど、あまり乗りきれていないのはその通り。
ちょっと話が大きくなりすぎて気後れしているというのがひとつ。そして、もうひとつ――。
「ヨッシー! 暗いのかい?! 百ワットに変えようか?!」
トイレから出てきた、このすいのことが少し気掛かりなのである。
彼女の片手にはスマホ、もう一方の手には電球の箱。
「……トイレの備蓄を持ってくるなよ」
「明るいナショナル!」
とりあえず今はいつもの調子ではあるんだけど……。先日の花火以来、僕はすいの態度から感じる微妙な違和感を強くしていたのだ。
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「あちゃペロ~……。やっちまいました~……」
花火の次の日、僕たちのクラスのグループトークではふたつの話題が沸騰していた。
ひとつは例の「パフォーマンス」の件。観客の中にはやっぱりスマホで撮っていた人がいたらしく、それがSNSにアップされ、ネット上でちょっとした話題になったのだ。それを見つけたクラスメイトがグループトークにアップし、「すいちゃんたちだよね?」となった。
幸いというべきか、屁吸術そのものではなく――オナラを誘発しての演奏だったから、僕たち関係者全員が「コッソリ練習してたかくし芸だよ!」と言い張ることで、そこまで大きな騒ぎにはならなかった。ネット上での話題も、クラスメイトのグループトークでは口止めをお願いし、動画という形では判りにくい「オナラ」ということもあって、一時的なもので終わったことには胸を撫で下ろした。
もうひとつの話題は、切田に教えられたとおり、「すいがテレビに映っての」、「自分が『ダイチ』の子であるという告白」。この話題に対するクラスメイトたちの反応は、「浴衣可愛かった」、「目立ってた」といったものが強く、その「告白」の内容には大きな関心を寄せてはいなかったのだが……。
「いや、みぽりんも煮え切らないしさ。早いほうがいいかな~と思って~……」
この話題がクラスのグループトークで始まったことを自分のスマホで確認したすいは、求めてもいないのに、僕に弁解のようなことを言い始めたのだ。
「よ、ヨッシー……。怒っとる?」
「怒っては……ない」
「じゃあ……なんでそっぽ向いてるの?」
「……」
「こっち向いて……欲しいな……?」
彼女の方に向き直った僕は、憮然とした顔だったらしい。すいは、少し怯えるような顔つきをした。
「言ってもらいたかったんだよ。後ででもいいから……」
「……ごめん……」
しょんぼりとしたすいに、「何をそんなに焦ってるの?」とまでは訊けなかった。
僕自身も胸が締め付けられるような、すいとの沈黙の時間を破ってくれたのは、すいと僕のスマホ、両方から流れた新しいメッセージの着信音だった。
詩織『誕生日パーティーやろう! 強の!』
詩織から、僕たちいつものメンバーのグループトークに投稿されたものだった。僕とすいがクラスのトークに発言しなくなったことから、何かを察して投げてくれたのだろう。
「パーティーだって! ヨッシー!」
それを見たすいは俄然、元気になったけど、僕のモヤモヤは晴れきらないまま。
「……うん」
「も~う、今日の主役がそんな顔してたらダメだ、ダメだ、ダメだ!」
「誕生日は、今日じゃないし……」
そこで、すいが「あ」と声を上げる。
「忘れてた……。自分で言っといて……忘れてたわ」
そこですいは僕に対し深々と礼をする。
僕が何事かと呆気にとられていると、顔を上げた彼女はニッコリと微笑んで「おめでと、ヨッシー」と言った。
それで僕は、夜空を背景にしたすいの姿を思い出した。あの花火のとき、彼女は「毎日おめでとうを言う」と笑っていたんだっけ。
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それから僕は、毎日、毎朝、深々と礼をしては「おめでと!」と言ってくるすいに、問い詰める気力を挫かれっぱなしなのだった。
「だああああああッ!」
「ッ?!」
突然の絶叫に、僕は身体をびくんと震わせて我に返った。
「なに、なになに……? いきなりどうしたのさ、すい……。母さんもまだ寝てるから静かに……」
彼女は宙に目を泳がせ、わなわなと体を震わせている。
「わ、忘れとった……」
「忘れてた?」
「ぷぷぷ、ププぷ……」
「……オナラ?」
すいは「違くて!」と否定すると、頬を膨らませる。
「プレゼント! 誕生日プレゼント、忘れとった!」
「……あぁ~……」
明日の……僕の誕生日プレゼントか。
「まあ、いいんじゃない? すいにはいつも助けられてるし……」
「そういう問題じゃないよ! この度はヨッシーとワタシが出会って初の誕生日イベント! もう忘れられないくらいの、とびっきりのヤツ、プレゼントしないと!」
「そうかな? 僕は……その……それより……」
僕が言い淀んでいるうちにすいはさっさと寝室に消え、さっさと身支度を整えて出てきた。
「……出かけるの?」
「うん。今から買ってくる! ヨッシーはできるだけ外出しないでね!」
「いいけど……。なんで?」
「どこで何を買うか、何を用意するか、知られたらマズいじゃんよ! せっかくのサプライズなのに」
そういうものか? サプライズって、そういうものか?
「判ったよ。すいが戻ってくる頃にはすぐ食べれるように、ご飯でも作って待ってる」
「さすが、ヨッシー! 楽しみにしてるね」
「いってきます」と笑う彼女を玄関先で見送って、僕はアパートのドアを閉めた。
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ここはどこだろう。
見渡す限りの、モヤがかったような白一色。上も下も判らない。以前戦った、ピエロの暗闇の空間に似ているんだけど……。
自分が今、おかしな状況にいるというのに、なぜだか不思議と怖れや焦りはない。お風呂に入っているときのような――ゆっくりと息の吐ける、そんな心持ちだった。
「やあ、どうも」
声がした方に目を向ける。
そこには、つややかな光沢をもつ、白いローブを着た人物が立っていた――という表現であっているだろうか。僕の目にはその人物が、天井からつり下がっているように、上下反転して見えているのだ。フードをスッポリと頭に被りきって、その表情は見て取ることができない。そのフードが落ちないところを見ると、この白いモヤの中では、重力が目に見える「下」に向かって働いているわけではないようだ。実にオカシイ。
だけど、この人物のたたずまい、そしてこの人物のものと思われるゆったりとした声にも、僕は悪い印象を持たなかった。
「あの……ここは一体……」
「ごめんなさい、突然」
「ここは」と言ってローブの人物は両腕を拡げた。
「あなたの、『ダイチ』の息子の逢瀬強くん。あなたの夢の中です」
「ダイチ」の息子――。
そうか、この白いローブ――声質から、たぶん女性――は、「襲撃者」なんだ。でもやっぱり、それが判っても僕の心は安らかでいられた。
「実はですね。私の夢占いの上達に手を貸してもらいたくて」
そう言うとローブは、フードの中、唯一見て取れる口元をニッコリと緩ませた。
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