幕間八 小さく花開く
突然ですが、ぼくの名前は笹原拳一。小学四年生です。
今日、ぼくたちは「牟尼堂川」というところの花火大会に来ています。
「ホラ、アルファちゃん。クリーム、ほっぺにつけちゃってるよ」
この、ガラでもない真っ赤な浴衣を着ているのはぼくの姉ちゃん――笹原詩織です。弟に暴力を振るうことに何の躊躇もない、危険な人物です。
「詩織チャン、アリガト!」
その姉ちゃんにほっぺを拭いてもらっているこの子は、アルファちゃん。ぼくよりひとつ下の小学三年生。少し前に、まったく何の咎もないぼくを取り込もうとした、オメガさんの妹さんです。でも、それはこのアルファちゃんと一緒に生きていくため、仕方ないことでした。それもこれも、このアルファちゃんが可愛らしすぎるから、仕方ないことなんです!
まだ花火大会は開始していません。それまでの間、ぼくたちは屋台がズラーッと並んでいるところをたくさんの人波に揉まれながらブラついています。屋台なんて利益率がバカ高くて損しているだけだというのに、何の疑いもなく怪しげに光る腕輪をつけたり、可愛げのないビニール人形を背負ってる人たちを見ると日本の将来が危ぶまれますね。
「あ、ここで出店終わりだね。引き返そうか。なにか気になるのとか、食べたいものあったら遠慮なく言うのよ、アルファちゃん」
アルファちゃんがその小ぶりな鼻をくん、くんとさせながら、並びの一番端の屋台で足を止めます。
「いい匂い~。これ、なんの食べ物カナ?」
「お好み焼きだね。ソースのいい香り……。食べる?」
「ウン!」
姉ちゃんは「すみません」とお店の人に声をかけました。
「いらっしゃいっス! 『ひーみん印のお好み焼き』、どうぞどうぞっス!」
「『ひーみん印』ねえ……。なにか特別なんですか?」
「特別も特別っス! 焼いたお好み焼きに、この、野菜と果物エキスたっぷり凝縮のひーみん自家製ソースをたっぷりと……」
屋台のおねえさんは焼き上がったばかりのお好み焼きに黒々とソースを塗ります。お好み焼きとソースの香りがあたりに拡がって、ぼくもアルファちゃんもグゥ、とお腹が鳴りました。
「仕上げにこうやってマヨネーズで……。はい! 『ひーみん印のお好み焼き』の完成っス!」
おねえさんはソースがかかったお好み焼きの上に、マヨネーズでなにやら文字――たぶん「ひ」――を書くと、白い歯をのぞかせて、ニッと笑いました。
「これは……間違いなく『買い』ね! ……三つ。いや、六つください!」
「ありがとざーっス! 青のりとかつおぶしはお好みでどうぞっス!」
姉ちゃんがお好み焼きを六つ買ったのは、この花火大会にぼくたちは六人で来ているからです。
この場にいないうちのひとりは、花火を観る場所取りをしてくれてるすいさん。あとのふたりは、いつの間にかどこかへ消えてしまった強兄さんとソフィーさん。皆さんは姉ちゃんの高校の同級生で、最近やたらと変態ワールドに巻き込んでくれる人たち。でも、強兄さんはもちろんですが、変に気遣いしなくていいし、愉快な人たちなので、ぼくは結構好きです。口には出しませんけど。
「歩きながらだと食べづらいわね……。ちょっとそこのハジで食べよっか」
ぼくたちは屋台の並びの一番奥、土手道の終わりになってる柵に体を預けながら、お好み焼きに箸をつけはじめました。
「なにコレ、うま!」
「おいしいネ!」
「いやに美味い!」
いやはや、花火で浮かれたトンチキ客目当ての粗悪品だと思っていたけど、案外おいしいですね。
「は、箸が止まんなくて……全部、食べちゃった……」
「アルファも!」
「あ、アルファちゃん、ちょっと……」
ソースやマヨネーズをつけたアルファちゃんのほっぺを、今度はぼくがハンカチをとりだして拭いてあげました。それを、「ふーん」とほくそ笑みを浮かべながら見下ろしてくる我が姉。
「拳一、アンタ。まだ小学生には早いからね?」
「なにがだよ……」
「でも、行くからにはトコトン行くのよ? いい?」
「姉ちゃんに言われたくないな……」
ホント、このお節介おばちゃんは自分のことをすぐ棚に上げます。
「ケンイチ、どこか行くノ?」
「……遠い、遠いところさ。きっと、人間なら誰しもが求めてやまないところへ……。できることなら、アルファちゃん、一緒に……」
「ちょっと、何言ってるかわかんないデス」
詰め寄るような真顔で、見事に逸らされました。
アルファちゃん、最近はインターネットでお笑い動画を観るのが好きみたいなんですよね……。
「さて、拳一も爆死したことだし、腹ごなしに遊ぼうか」
けしかけといて、ヒドい姉ですね。
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「次は何しよっかね~」
「何しよっかネ~」
ふたりして水風船をポンポンとつきながら、アルファちゃんと姉ちゃんは屋台の並びを眺めています。浴衣を着て並ぶ姿は姉妹のようですね。いずれ、本当に姉妹になるかもしれませんよ。
アルファちゃんは何か目についたらしく、「アレ!」と屋台を指差しました。
「射的かぁ……。いいね。やってみようか!」
「ふふふ。射的とな……?」
ぼくたち三人は、射的屋台の前に立ちます。
「へい、らっしゃ~い。三名さまですかいね! ひとり二百円! 弾は六発! 撃ち落とした景品はぜんぶ持ってけ、ドロボー!」
ねじりはちまきをしたゴワゴワの虎ヒゲのおっさんが、ニマニマと応対してくれます。浮かれトンチキの代表みたいな風貌ですね。
ぼくは財布から二百円を取り出します。
「オヤジさん。これで一丁……」
「お、ぼっちゃんスナイパーのご登場だ! 頑張りなよ!」
ぼくは空気銃を構えます。
「あ、拳一……。そういえばアンタ……」
ふふふ。姉ちゃん、思い出したようだね。ぼくが「射線の向こうがわの貴公子」と自称するほどの銃の腕前だということを!
「アルファちゃん、なにか欲しいのある?」
「ん~……。アレ!」
アルファちゃんは片目に眼帯をつけたウサギのぬいぐるみを指差しました。正直、アルファちゃんの趣味を疑いますが、彼女が欲しいというのなら、男であるぼくは黙って撃ち抜くのみ――。
パコンッ
ぼくが放ったコルク弾は眼帯にクリーンヒットしました……が。
「ええ! 落ちない?!」
ウサギのぬいぐるみは微動だにせず、棚から落ちる気配がありません。
「あっら~、残念だね! あたりどころが悪かったのかねぇ!」
ニマニマとしたおっさんが、そのニマニマを深めます。
完全に頭部を射抜いたのに、ぬいぐるみが揺れもしないって……。
パコ
パコ
パコン
全弾命中させても結局、ウサギは落ちてきませんでした……。
「拳一、残念だったわね。なんとかの貴公子、だっけ? 名折れもいいところね」
「いや、姉ちゃん……。姉ちゃんの目は節穴だよ」
ぼくは、ニマニマ顔のおっさんに背を向けながら、目線で姉ちゃんに訴えました。
「?」
ダメだ。理解してくれない。この姉は、人間はみな素晴らしい善人だと思ってるクチでした……。
「アルファもやる!」
「そうだね。アルファちゃんも楽しまないとね」
「あ。え、やめといたほうが……」
ぼくの小声の制止は聞こえなかったみたいで、姉ちゃんはお金をおっさんに渡してしまいました。アルファちゃんは嬉々として、コルク弾が六発入った皿を受け取ります。
「それがなくなったら、終わりだからね~」
ぼくはすでに確信していました。
親切そうにアルファちゃんに語りかけるこのおっさん……。ゼッタイになにか仕込んでる……。でも、それをここで暴露しても興がそがれるだけですし……。ううむ……。
などとぼくが悩んでいると、アルファちゃんは長机の上に置かれている空気銃の一丁一丁に弾を詰めていきます。全部で六丁の銃にコルク弾が装填されました。
「ちょ、ちょっとお嬢ちゃん、なにしてんの?」
「アルファちゃん、銃は一個だよ?」
おっさんと姉ちゃんが慌てたようにアルファちゃんに言いますが、彼女がニコリと愛らしい笑顔を返すと、ふたりはほっこりとした顔をして、それ以上なにも言えないようでした。怖ろしい威力の「カワイイ」です。
「ぃよ~シ……」
小さい舌でぺろりと唇を舐めると、彼女は銃を右手に取りました。その銃口は、ウサギのぬいぐるみに向けられます。そして、引き金を――。
パパパパパパ
「え? え? え?」
おっさん、姉ちゃん、そしてぼくの三人は、目の当たりにしている光景に、口があんぐりと開いてしまいました。
アルファちゃんは一丁の銃を撃つと、もう片方の手――左手で別の銃を構え、撃つ。その間に右手を別の、弾が装填されている銃に伸ばし取って、撃つ。彼女は目にも止まらぬ速さで銃を持ち替えては撃ってを繰り返し、まるでマシンガンのようにウサギの脳天にコルク弾を命中させていきます。しかも、それだけでは済まず――。
パパパパパパ……
「えぇ?! ろ、六発だよね?! どういうこと?!」
アルファちゃんが撃っている弾数は、明らかに六発を越えていきます。
よく見ると、ウサギの頭部に当たったコルク弾は跳ね返り、撃ち終わって机に置かれた銃の先に、スッポリと収まっていくのです。アルファちゃんは自動装填されたその銃をふたたび手に取って、弾を撃ち続けているのです。そんなバカな。
パパパパパパ……
ぼくの銃では鎮座しきりだったウサギが、グラグラと揺れはじめました。ブランコを漕ぐように、揺り返しの絶妙なタイミングでアルファちゃんの弾が当たるのです。ぼくたち三人は彼女の流麗な銃さばきと、揺れを大きくしていくウサギにただただ見惚れていましたが……。
「こ……こらっ! お嬢ちゃんったら!」
おっさんが我に返ってアルファちゃんを止めようとします。――だが、もう遅い。
「ラストだヨッ!」
アルファちゃんがその言葉とともに放ったコルク弾は、ウサギの眼帯を捉えました。ぬいぐるみのバランスが、完全に崩れます。
ポサッ
ウサギのぬいぐるみは遂に地に落ちました。そして、このおっさんの悪しき罪も露呈させます。
「あれ……。テープ貼ってあるっ?!」
ウサギが置かれていた棚にはやはり、「転倒しづらいように」仕掛けがありました。結構な量のぬいぐるみの毛が残っていることで、そのテープの粘着力が推し量れますね。
「ちょっとおじさん! コレ、どういうことですか?!」
「え? いやぁ……、へへ。なんのことだか、おじさんにはひとつもわかりゃぁしねえや……」
「トボける気ですかっ?! 子ども相手になんてあくどい……。そういうことなら、こっちにも『考え』がありますよ!」
姉ちゃんはスゴむと、まるで道場で鍛練でもしているみたいに、息を整え、拳を脇に構え、目を閉じました。まさか、この姉ちゃん……。
「『考え』だって? あんまり大人を……ん?」
うすら笑いを浮かべていたおっさんの表情が一変しました。なんだか困惑といった表情を浮かべたかと思うと……。
ゲェェッふ
そう、ゲップです。くっさいゲップをしました。
「障の型ッ!」
姉ちゃんがすかさず叫ぶと、彼女の口に赤い光が吸い込まれていきます。
おっさんは今度は苦しそうに口元を抑えると、屋台の裏に姿を消しました。まもなく、「ゲェゲェ」とえずく声……。あと、酸っぱい臭いが漂ってきて……クサイです。
姉ちゃん、どうやらおっさん相手に、最近覚えた「曖気道」なるトンチキ武術を行使したみたいです。まあ、これで悪徳おっさんも少しは懲りるでしょう。
アルファちゃんは戦利品のウサギを小脇に抱えて、銃口にふっと息を吹きかけます。
「つまらぬものを、撃っちまったゼィ!」
得意気に笑う彼女に、ぼくも笑顔を返します。
残念ながら彼女にも、変態トンチキワールドの住人たる才能があったようです――が、可愛いので、オールオッケーッ!
ご感想、ご罵倒、ご叱責、お待ちしております!
もちろん大好物は褒めコメです!




