第六十五話 新感覚夏季限定アイスには合成着色料はふんだんに使われております!
「なるほど~。『ダイチ』に子どもがいたとして、千代での話、その屁吸術の『修行場』で見つけたもの、阿武隈さん自身の身の上――総合すると、阿武隈さんがその『ダイチ』の子である可能性は大いにあるよね~」
みぽりんは彼にしては珍しく、顔と目を、僕とすいにしっかりと据えて言った。
みぽりんには「鳴らし山」入山のため、僕自身を鍛えることに骨を折ってもらった――なんだかんだで体力もついてきてる――わけだし、そのことのあらためてのお礼を兼ねつつ、一昨日の「鳴らし山」での出来事、そこで僕たちが得た「真実」――「ダイチ」の子は僕でなくすいである――を報告したのだ。彼はカウボーイハットの上から頭を抑えつつ、僕とすいの話を聞いていた。
「格闘センスの面でも、そっちのほうがよっぽど説得力あるよね~。逢瀬くんより」
「……そのことは自分が一番知ってますよ」
僕は憮然として答える。
「となると、やっぱり逢瀬くんが言う通り、永盛くんが書いた記事の論拠が気になるところだね~」
「はい、そうなんです。そこさえ解決すれば、あとはひっかかるものはないんですけど……」
「前に逢瀬くんたちがニアミスして以来、彼女はまだ音沙汰ないんだけど……」
彼は少し俯くと、すぐに顔を上げた。いつもは眠たそうな目を見開き――それでも半開きに近い――、「よし」とつぶやく。
「僕も彼女を探すのに、本気を出そう。ちょっと気になることもあるしね~」
「え?!」
思ってもみない言葉だった。常軌を逸した「メンドくさがり」であるこの人、三穂田浩には、こう言ってはなんだけど何も期待していなかったのだ。いや、悪い意味じゃないよ? 僕に鍛練をつけてくれているだけでも、充分にありがたい。
「幸い、ワワフポの事務的なことはオメガくんがやってくれてるから、時間はあるんだよね~」
「あ、なるほど……」
「ボクがやるより三倍早いんだもん、助かってるよ~」
「それはみぽりんが……」
僕は言葉を切った。
「それはみぽりんがダメな大人だから」……、恩人には言うまい。
「ねえ、ダメな大人」
僕の隣で言葉少なになっていたすいが、僕の心でも読んだように無下に言い放つと、腰を上げてみぽりんのデスクに歩み寄っていった。そのまま、バン、とみぽりんのデスクを叩く。
「ヨッシーが『ダイチ』の子だって記事を撤回して、ワタシが『ダイチ』の子でしたって記事、書いてくんないかねえ? すぐにでも」
みぽりんは「ん~?」と口をもごもごさせながら、目だけをすいに向ける。
「さすがに同じ轍は踏めないからね~。阿武隈さんが『ダイチ』の子である確証が出るか、永盛くんが捕まるまで、その手のお願いには応じられないな~」
すいは苛立たしげに顔を背け、あからさまな舌打ちを鳴らした。
「それに、今その記事を出してもワワフポは日刊紙じゃないしね。世に出るのは早くて二か月後だよ~」
「インターネットニュースとか、ワワフポはやってないの?」
「裏社会寄りの内容を扱うワワフポの性質上、やってないね~。そんなハイテクな組織でもないし……。うぇへっへぇ……」
自虐なのか、単に面白がっているのか、彼は持ち前の奇妙な笑いを浮かべる。
「なに? 阿武隈さん。なにか、焦ってる~?」
そう。それは僕も感じていたのだ。
「鳴らし山」を下りて以来、彼女は時折、何か思いつめているような瞬間がある。それで僕が声をかけてもすぐに彼女はいつもの調子に戻り、はぐらかされてしまう。言葉にできない不安を少し、僕は感じていた。
「べ、別に~。みぽりんはダメな大人だって、あらためて思っただけだっちゃ~」
こんなカンジ……。そらトボけるのが下手くそなのはいつもの調子なのだけど……。
すいはソファに戻ってくると、僕の隣に腰を下ろした。みぽりんは見透かすような視線を一瞬だけ彼女に送ると、「というわけだから~」と言葉を続ける。
「永盛くん探しはボクに任せてね~」
僕は、「みぽりん」と言葉を挟んだ。
「どういう手順で永盛さんを探すのか、教えてもらえないですか」
「ん~? どうして~?」
「僕たちの方でも、探してみようと思うんです」
「そうだね……。彼女はね、『脇役』体質のくせに――いや、だからなのか知らないけれど、『賑やかな場所』が結構好きなんだよね~」
「『賑やかな』……『場所』? 人がいっぱいとか、そういうこと?」
「そうそ。だから、彼女の身内をあたったあとは、そういうところに足を向けてみようと思うんだ~」
言われてみると、落ちぶれているとはいえ、テーマパークである「カルチャーランド」に永盛さんがいたことは、行方をくらましている人物にしては少しおかしな話だ。誰にも行き先を告げず行方をくらますからには、何かしら身を隠す理由があるってことだものな……。それでも「賑やかな場所」に姿を現してしまう、永盛さんの哀しい『究極の脇役』体質……。
「わかりました。僕たちも『賑やかな場所』、回ってみようと思います」
「ムリしすぎないようにね~」
「そうそ」とみぽりんは付け加えた。
「たいしたことじゃないかもしれないけど、思い出したことがあるんだよね~」
「思い出したこと?」
「ボクがキミタチくらいの年の頃、まあボクも呿入拳の修行に精を出していた頃の話なんだけど、『阿武隈』という名を聞いたことがあるんだ~」
僕とすいは、同時に色めきだった。
「ど、どういうことです?!」
「うん、その頃、裏社会のある優秀なエージェントの噂が広がってきててね。その人物が『阿武隈』という通り名で、『奇怪な武術』を使う、って話なんだ~」
「『阿武隈』で『奇怪な武術』って言ったら……」
僕はすいに顔を向ける。彼女も考え込むように顔を俯かせていた。
「屁吸術の使い手ね……。たぶん……」
「『阿武隈』っていうのは、屁吸術の世襲名なの?」
みぽりんがすいに目を向けて訊ねる。彼女は首を振った。
「そんな話は、少なくともワタシは聞いたことがない。お師匠も、単に『平水』って名を使ってたし……」
「う~ん。やっぱり、たいしたことじゃないかもね~……」
僕はひとつ思い当って、「その」と割って入った。
「『阿武隈』っていうエージェントが、もしかすると……『ダイチ』?」
「う~ん……。実は、その『阿武隈』という人物の噂の直後、さらに勢いのある『ダイチ』の噂が広がって、もう『阿武隈』のことは聞かれなくなったんだよね~」
「じゃあ、『ダイチ』とは違うのか……?」
「いやあ、コードネームが変わることはよくあることだから、同一人物――つまり、『阿武隈』が『ダイチ』である可能性はあるね~。もちろん、別人である可能性も。なんとも言えないな~」
「そうですか……。すいのことが判ると思ったんだけど……」
十数年前、「ダイチ」と同じ時期に裏社会で名を売っていた「阿武隈」……。屁吸術の使い手ということなら、「阿武隈」という名も加わって、その人物はすいに関係があるのは明白だ。すいが「ダイチ」の子という、僕たちの予想との関連は……?
ダメだ。頭が混乱してくる……。
「ワタシのことはどうだっていいよ~!」
僕の懊悩を感じ取ったのか、すいが隣であっけらかんと言い放った。そして、僕の手を取る。
「ひーみんを探して、ヨッシーが『ダイチ』の子じゃないってことを完全に、まっさらに、まるっと明らかにしよっ?! ね! そして終わりにしようよ!」
すいの言葉尻にまた、例の不安が過ぎったけれど、僕はニッコリと笑う彼女に「うん」と応えることしかできなかった。
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「まったく! みぽりんも愚にもつかない情報でワタシのヨッシーを惑わせおってからに! ぷんすこ!」
ワワフポ事務所からの帰り、バスを待つ停留所にて、すいはプリプリしながら言った。
「これアレだわ! 家に帰ってアイス食わんと収まらんヤツだわ!」
「……アイス、好きだね」
「んだ! 夏季限定、『フローズンシチリアレモン&三種のベリーごちゃ混ぜ』味がワタシを待ってる!」
そういえばそんな怪しげなカップアイスを買い込んでたな……。
一転してウキウキしだしたすいをよそに、僕はふと、バス停の掲示板に目を留める。
そこには一枚のポスターが掲げられていた。一面の夜空に拡がる、二輪の花火。「牟尼堂川花火大会」の告知ポスターだ。
この花火大会は水無市のとなりの市で開催されるもので、花火大会としては県下一の規模を誇り、会場はおおいに人出で賑わう。小学生の頃、詩織一家に連れられて僕も観賞した覚えがあるが、人混みの中で見上げた大輪の花火に、ひどく見惚れたのが懐かしく思い出される。
「ねえ、すい」
僕はほとんど無意識に――隣でよだれを垂らしている彼女に、呼びかけていた。
「ん? どした、ヨッシー」
「この花火、行ってみない?」
すいがポスターに顔を近づける。
「花火か~。遠くでやってるのを見たことしかないな~……。来週ねぇ……」
すいは、ニマニマとした顔で僕に向き直った。
「な~に、ヨッシー。もしかして、デートのお誘い?」
「…‥‥うん。そうだよ」
僕は真っ直ぐとすいの目を見つめて、そう告げた。
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