第六十四話 はじめの一歩
プププぶププッブぷブプぷぶプブぷブぶプップププ……
空中で赤毛の身体は、せき止められていたダムが決壊したかのごとく、オナラを連発する。
「バカなッ! 抑えきれていたはずッ!」
赤毛は信じられないといった表情を、空転しながら浮かべている。
すいはその姿を鋭い視線で捉えながら駆け、崖際に立った。
「これで終わりよッ!! 失魂!」
すいの口に金色の光が吸い込まれていく。赤毛の身体は放物線を描きながら、弛緩していった。
「我がセナートスの……」
ボチャンッ
赤毛の断末魔は途切れ、彼の身体はそのまま川へと落下した。少しして浮き上がってくると、仰向けの身体は下流へと流されていった……。
か、勝った……。勝てた……。
「しつこい味だったわ……」
視界の中、すいが崖際でへたりこんだ。僕は荒い息のまま、彼女に駆け寄る。
「すいっ!」
「……ヨッシー……」
すいは力無く僕の方へと顔を向けると目を潤ませ、次の瞬間には大粒の涙をいくつも零した。
「ごめん、ごめんね! ヨッシー、ごめんね!」
屈みこんだ僕にすがるすいだったけど――それさえも力が入ってない。もう余力がないのだ。
彼女がしたかったであろう分、僕が代わりに力を込めて――すいを抱きしめた。
「何を謝るのさ、すい……」
「だって、だって! ワタシ、ヨッシーを除け者にした! ヨッシーがいなかったら死んでたかもしれないのに、ヨッシーにあんだけ力をもらえたのに、ヨッシーに守ってもらったのに……除け者にした!」
「そんなの……全然、気にすることない。気にすることないよ」
泣きじゃくるすいが落ち着けるよう、僕は彼女を抱きしめる腕により力を込めた。
そんな僕たちの傍に詩織も歩み寄ってくる。
「すいちゃん……。お疲れ、ありがと」
「しおりん……」
「あは。すいちゃん、鼻水ダラダラだよ」
そう言う詩織も、頬に幾筋もの涙を流していた。
そこに、「ニェプ」と遠くからの声……。
「……あ、ソフィー……!」
「今回の功労賞はどう考えても私なのに、ぞんざいすぎませんかね!」
眼下を見やると、川岸の岩場で彼女も座り込んでいた。こっちを見上げる目が据わっている。
「ありがと! ソフィーちゃん!」
「ありがと! ソフィー!」
「あんがと! 金パツ!」
「今生の別れみたいになってんですけど! 少し休んだらそっち行くから! 強くん、私も抱きしめてくださいよ!」
望むだけいくらでも抱きしめてあげたいと、割と本気で――そう思える。
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「たっだいま~」
「おかえり~」
そろそろ三時になろうかというところ、荒れてしまった納戸を片付けていた僕たち三人の元へすいが帰ってきた。
彼女は「鳴らし山」の山頂に行っていたのだ。そこには小さな社があり、赤毛が言っていた、山にかかっている「呪術」の依り代――祭壇が据えられているのだという。「呪術」の効果が薄いルートを知られてしまったため、その祭壇を通じてすいは隠しルートの変更術式をかけてきたのだ。
「今度は『鳴らず屁つり』通っても、すんごい頭痛くなるよ~」
「そうか、残念。勝利記念の場所だから、帰りも少し足休めに寄りたかったね」
詩織がひと息吐いて、そう言った。
「こっちの成果は……どうだった?」
すいが僕たち三人に向けて訊ねる。
「目ぼしい物はなんにも……」
「文書や巻物の類も、屁吸術の当り障りのない内容や、古すぎて私も読めないようなもの……。すいさんの出生、『ダイチ』に関わるものは……」
「これ以上はなさそうだね……」
僕は、納戸のはじの方に寄せていた木箱から「青色の服」を持ち上げる。そんなことはないんだけど、まるで赤ちゃんを抱いているような緊張があって、僕の手つきは少し、恐る恐るといったものになった。
「確実な断定はできないけど……、やっぱりすいちゃんが史上最強の男、『ダイチ』の子ども……」
「強くんよりはしっくりくるわね。吸唇鬼の私の目から見ても、すいさんの身体能力は異常に高すぎるわ」
「僕も……そう思うな……」
「……」
「ダイチ」の子は僕ではなく、すいだった――。
ソフィーに格技場で狙われてすいに告げられて以来、どこか僕の中では、「何か」が違うんじゃないか、と思う胸のつかえがあった。「ダイチ」の調査をはじめたのもそれがためだ。今、その胸のつかえは綺麗に晴れた。
晴れたけど――。
「強くん、すいさんも……。浮かない顔ですね」
僕は我に返り、「あ、うん」と答えた。
「納得はしたんだけど……。結構長い間、『ダイチ』の子として命やらなんやら狙われて、みんなともこうして行動してたじゃない? それって僕が『ダイチ』の子だったからなんだなって……。それが始まりで、前提だったんだなって……。そのことがいざ覆ると、なんだか心に、ぽっかりと穴が開いた気分なんだよね……」
ソフィーは言葉を失っていたようだけど、しばらくすると「ニェプ」とため息を吐いた。そして、僕を直視する。
「強くんは私に言ってくれたじゃない? 『私に』……『私たちに普通の高校生でいてもらいたい』って。私、今では結構、普通に女子高生しているつもりですよ? 父親が『ダイチ』であろうと、誰だろうと、強くんは強くんじゃないですか。吸唇鬼の私にだってできるんだから、強くんは普通に高校生、できるんです。私たちと高校生活、これまでと変わらずに過ごしていくの」
「うん……、そうだよね」
詩織が僕に歩み寄ってくる。そして、大きく振りかぶると、「パーン」と勢いをつけて僕の背中を叩いた。
い、イタいです……。でも、詩織がこんなふうにかけてくれる発破は、いつも僕を前に進ませてくれる。
「ソフィーちゃんの言う通り! アタシたちが過ごしてきた時間は無駄じゃないし、これから過ごす時間もきっと楽しい。なにを悩むことがあるの! それに……」
詩織はすいに目を遣った。僕も、つられてすいを見る。
彼女も――、どこか思い悩んでいる顔が晴れていない。
「すいちゃんが今度は襲撃されるようになるかもしれないんだから、アタシたちがサポートしないと!」
「そっか……」
そうだ。そうだよな。
自分のことばっかり気にしてて、僕と同じくらい、いや、それ以上に驚いたかもしれないすいに気を回せていなかった……。
僕はすいに歩みを向ける。
「ヨッシー」
彼女は、目の前に立った僕に、満面の笑みを広げた。
「安心してよね! ワタシがヨッシーを大好きなのは、ヨッシーが『ダイチ』の子どもだからじゃない、ヨッシーがヨッシーだからだよ!」
「うん。そこは……特には心配してない」
「逆にあれだよ?! ワタシ以外と子ども作ると、その子は最強の遺伝子を持ってないんだからね! 不倫しちゃダメだよ!」
「うん。そこも……なに言ってるか判んない……」
「あちゃペロ~」
舌を出すな。
「すいは……すいは大丈夫なの? 自分の父親が『ダイチ』かもしれないってこと……」
「うん。ワタシはもともと、親とかよく判んないしね! そこは全然。それよりも……」
すいは僕の顔色をうかがうようにモジモジしだした。
「いちお、アレじゃない? ワタシがヨッシーの家で、あいちんにもヨッシーにも迎えてもらって一緒に居るのって、襲撃者が来た時のためも大きいじゃん? それをまだ許していただけると……」
「ああ、それは……別にいいんじゃない? 母さんには『ダイチ』のことも襲撃者のことも、何も言ってないんだから、このままで……」
「あ、じゃあ私も一緒に暮らしたいです」と挙手するソフィー。
「ソフィーには自分の家あるでしょ」
「……ちっ」
「むふふ……。ありがと、ヨッシー。できるだけ早く出て行けるようにするからね」
すいのその言葉に少しイヤなものを感じたけど、彼女のニッコリとした笑顔が崩れないものだから、僕は何も言えなかった。
「それと」とすいは詩織、ソフィーに目を向ける。
「しおりんが言ってくれた通り、『ダイチ』の子ってことで、ワタシを狙いにきた襲撃者を倒すのに、しおりんにもソフィーにも、ヨッシーにも手伝ってもらうときがあるかもしれないけど、よろしく!」
詩織は大振りに「うん、任せて!」とうなずいた。
一方、ソフィーはなんだか唖然としている。
「どうしたの? ソフィーは……」
「いや……、初めてすいさんに、まともに名前呼ばれた気がするわ」
「もう言わんからな、金パツ」
「呼んで! 私の名を呼んでよ!」
ソフィーのおちゃらけた調子に、僕たちはみんなで笑い合った。
これは「元サヤ」と言うものだろうか。「ダイチ」の子に関する真実が明らかになったけど、僕たちの関係は結局、そんなものに振りまわされるシロモノではなかった。
ひとつ気になるとすれば、ワワフポの記事――永盛さんが僕を「ダイチ」の子と報じた根拠。
永盛さんは、なんで僕を「ダイチの子」と考えたのだろう……? 永盛さんに直接訊くしかないだろうな……。「ダイチ」の調査は「永盛さんの捜索」に切り替えて、今後も続けていきたいということを、宿に戻ったらみんなに話してみよう。
「応急処置だけど壊れた壁も直したし、宿に帰ろうか」
「ヨッシー、なにげに手先器用だよね」
「性格は昔から、すんごい不器用だけどね」
「私、早くお風呂入りた~い!」
すいが育った場所――「鳴らし山」で僕たちはまたひとつ、強くなることができたと思う。
さらに僕個人で言えば、「ダイチ」の子の真実に加えて、ひとつ重要なことにも気づかされた。
僕は……いや、僕も――恋をしている。
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