第七話 転校生はしばらく休みだ!悲しめ!
「なあに? ヨッシー。怒ってるの?」
登校の道を、さも当然のようにすいが並んで付いてくる。
人目もはばからずにまとわりついてくるすいを、無視、無視、無視!
僕がこんな態度を取るのも、客観的に見ていただければさもありなん、ご納得いただけることだろう。
横にいるこの方、阿武隈すいさんは確かに僕の命の恩人……かもしれないが、その特技を活かして法律ガン無視のストーキング行為を働いていたことが露見したのだから。
正直、マジで怖い。
「ヨッスィ~。そ~んな態度取ってていいのかな~ん?」
「……」
「ほい」
すいが僕の目の前、進路を阻むように何かを差し出した。安っぽいザラ半紙だ。
「……なにこれ?」
「ワールドワイドファイターズポストの日本語版。五か月くらい前のやつ」
「ワールドワイド……え?」
「世界中の格闘技流派とか、スパイ機関とか、暗殺家向けに発行されている新聞だよ」
なにそれ、怖い。
「ここみて、ここ」
すいが指差したところには、小さな見出しの記事がある。
【無双完傑に落胤発覚!】
「字が……読めない」
「むそうかんけつに、らくいんはっかく。最強の男に隠し子いたわ、みたいな意味かな」
不吉な予感が走ったが、読み進める。
【この度、本紙記者の独自取材によりかの有名なダイチ氏に御子息がいたことが発覚した。ダイチ氏は諸兄ご存知の通り、裏格闘技界、国家間諜報、テロ制圧等で活躍していたが十五年ほど前に突如として姿を消しており、現在も行方不明のまま。なお、御子息の名は逢瀬強(15)。日本の水無市に在住の中学生で元気に生育中とのこと。最強の血統の今後の活躍に期待されたい】
「……」
「ね?」
「ね、じゃないよ! ぼ、く、の、プライバシーはどこいったあぁああぁ!!」
僕は、人生で初めて路上で絶叫した。
なんだこれ。僕は動物園のパンダか何かの扱いなの?!
「はぁ……はぁ……」
「叫んで落ち着いたかしらん?」
「やばい、僕、泣きそう」
力の限りの怒りを叫びに変え、膝に手をあて屈みこんだ僕の頭に、ふわり、とすいの手が乗せられる。
「泣きんせ。私は、そんな弱いヨッシーも大好きだし」
さすがに泣くってのは少し冗談だけれど……気の沈みようはひどい。
顔を上げると、すいが慈しむような瞳で僕を見ている。
「すいは……すいもこの記事を見て僕のところに来たの?」
「そうだよ」
「……何のために?」
「倒すため。『ダイチ』の息子ならきっと強いはず。そんな相手を倒せたら、ワタシももっと強くなれるはず。周りも認めてくれるはず。そう思って」
「……」
「でもね、機をうかがってヨッシーのことを調べまわっているうちに……なんでだろうね、好きになってた」
むふふ、と微笑むすい。
「ワタシね、同年代の友だちなんていなかった。ずっと山の中で、お師匠とふたりきりだった。物心ついてからずっと、ずっと。普通の小学生がすることも、中学生がすることも、なんにも知らない。だからワタシには、普通に生きて、普通に笑ってるヨッシーが、とっても新鮮で、とっても輝いて見えたんだよ」
昨日からこちら、判りきっていたことだけど、すいはなんでだかこんな僕に好意を持ってくれている。恥ずかし混じりやふざけたりだったけど、今はじめて、面と向かってそれを伝えてくれている。
朝の光に包まれて、阿武隈すいは輝いて笑っている。
この少女を直視することが途端に怖くなり、僕は目を逸らした。
「屁吸の跡継ぎに子どもも欲しいし」
「……ん?」
「最強の血統なら文句なしだし」
「……は?」
「というわけで準備万端ばっちこーい! いつでもおk!」
「すいっ!」
「あ、無理強いはしないよ。ヨッシーがその気に、なっ、た、ら! かむぉ~ん」
あははは、と笑いながら駆けていくすい。
ドギマギさせられたこっちがバカみたいだ……。
彼女は、数歩先でクルリ、と振り返る。
「『ダイチ』のことが知りたいならさあ、その新聞社に当たってみたら? ワタシ手伝うよ~」
手元のザラ半紙に目を落とす。
発行元の住所は……なんと同じ水無市だ。……ちょっと都合よすぎじゃないか?
「だから、無視はしないで。お願い」
すいのことはちょっと置いておくことにしよう。考えると頭痛がするようになってきた……。
まずは、この新聞社。この記事について、問い合わせてみることにしよう……。
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僕とすいが揃って教室に入ったのは、ショートホームルームの直前だった。
いつもはもう少し早く教室に入れてるけれど、今朝は色々あったから……ね。
教室に足を踏み入れた一瞬、数人から注目を浴びた気がしたけど、僕とすいがそれぞれの席につくと、その注目はすいに向けられたものであることが判った。
彼女をチラチラと窺いながら、ささやき合っているクラスメイト。
そうか。
すいは今朝から、コンタクトにしている(昨日は結局、すいは午後からサボったらしく、教室に戻ってこなかった)。
すいの素顔は、喋らなければ香久池ソフィアに劣らずの美少女だ。喋らなければ、ね。ここ大事。
クラスメイトからの注目は、昨日の突然のサボりと、突如発覚した美少女の素顔、その二つに因るものだろう。
「はいはーい、おはよう」
チャイムの音に数秒遅れ、富久山先生が教室に入って来た。
「えー。先生は昨日、クラス内から二人も急病人を出して怒られたんで今日は機嫌悪いでーす。切田ぁ!」
「……うぃーす」
気だるげに切田が手を上げる。
「もう倒れんじゃねーぞー」
「……うぃーす」
「そして、転校初日から話題をかっさらいまくりのソフィーちゃんはしばらくお休みすることになりまーす。お前ら悲しめ~」
「フクちゃん先生、しばらくってどれくらい? ソフィーちゃん、大丈夫なの?」
「んん、命がどうとかはないみたいなんだけど、新しい環境の疲れもあるだろうから大事をとるみたいなことらしい」
そう。昨日の格技場、すいが立ち去ったあとに不思議だったのは、ソフィーが生きていたことだ。
詩織の話では、すいが使う屁吸術は暗殺術だというのだから、倒れたソフィーに近寄ったときには僕は少し覚悟をしていた。
けれど、ソフィーはまるでいい夢を見ながらスヤスヤと眠るように倒れていただけだった。救急車で搬送されるまで、起きるかもしれない、と大声で声を掛けたり、体を揺らしたり、いろいろと試みてはみた。でも、どれも全く効果はなかった。
僕は、担架の上の安らかなソフィーの顔に、ただ相手を殺すだけではない、屁吸術の怖ろしさの片鱗を見た気はした。
「じゃ、ホームルーム終わり~。逢瀬、笹原、阿武隈。ちっと来い」
詩織が不安げに僕の方を向きながらおずおずと立ち上がった。うなずきを返すと、僕も立ち上がる。ワンテンポ遅れてすいがやってきて、三人で教卓の前に並ぶ。
「逢瀬、笹原。一日経ったけど、昨日の件、やっぱり変わりないか?」
「……はい。アタシが練習してたところにソフィーちゃんと、彼女に校内を案内してまわっていた強とが来て、彼女が急に倒れました……。間違いありません」
詩織が昨日と同じ言い訳を答える。
まさか、乱闘騒ぎがあった上でこうなったとは言えず、二人で示し合わせた内容だ。
「……そうか。勘ぐるようなマネしてすまんな。わかった、お前らは戻っていい。阿武隈」
「はい」
「あれ、お前……阿武隈か?」
「阿武隈ですよ」
「なんか可愛くなったな」
すいは微笑みで応える。だけど、僕にはそれが愛想笑いであることはすぐに判った。
すいのヤツ、学校ではネコをかぶるつもりらしい……。
「わかってるな? サボりの件だ。ちっと体育準備室来い」
「……授業は?」
「一限目の鬼ババアには言っとく。俺は職員室回ってからいくからな。ちゃんと来いよ」
「……はぁ」
そう言うと、富久山先生は教室を出ていった。
すいはそれを見送ったあと、僕の席までスタスタと歩いてきた。
「体育準備室……行かないの?」
すいがそれに応えるようにニコリと微笑んだ瞬間、彼女の身体からすごい早さで拳が飛んだ。
その拳の向かう先には、僕の席の隣の女子、富田さんが。
当たったかどうか、僕の目では見切れなかった。とりあえず、富田さんにはなんの損害もないようでは、ある。
すいは、一体何を……?
「あ……んっ、んん?」
富田さんが少しうめくと、彼女の身体から、プ、と申し訳程度の音が鳴った。
これはやはり、アレでしょうか?
オナラでしょうか。
すかさず僕たちの方を見る富田さん。頬が赤らんでいる。
見開いた目で、聴いた? 聴いた? 聴いてないよね?、と訴えかけられているような気がして、僕は小刻みにかぶりを振った。
その否定は効を奏さなかったようで、富田さんの紅潮はより増してしまった。
一体、どう答えるのが正解だったの、コレ?
一方、すいは、その小さな口をすぼめて仁王立ちしている。
まさか……?
「屁吸弐段・操魂」
すいの口に、金色の光が吸い込まれていく。
屁吸術! 富田さん相手に?!
マジで何をしてるんだ、すいっ!
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