第五十四話 零落の園――仕舞章――
「で、なんでこうなるの?」
「だって、四人乗りだっていうじゃないですか?」
「この不安定さが売りなのか! スゴイね! 遊園地!」
「ちょっとすいちゃん……。立たないで……。揺れる……」
僕とすい、詩織、ソフィーの四人は観覧車の――ひとつのゴンドラに乗っていた。
アルファの希望に応じた僕たち先行のゴンドラにはオメガさん、アルファ、アルファに付いていった拳一の三人が先行のゴンドラに。後続に僕たち。まだ気を失っている切田はベンチ(ごめん)。
僕はちょっと高いところが苦手だし、切田の面倒をみるため残ろうとしたけど、すいとソフィーに両脇を固められ、無理矢理なカンジで乗せられたのだ。
「強くん。どこ見てるの?」
「いや、ちょっと……。景色が視界に入らないように……上を……」
「なんだ、ヨッシー。高いところダメなの?」
「乗るときも言ったでしょ……」
「アパートの二階に住んでるのに!」
「二階と観覧車の高さを一緒にしないでくれ……」
「昔っからそうだよね~。まあ、泣かなくなっただけマシかな」
「へえ。こんなので泣くなんてカワイイわね」
詩織、そんな子供の頃の話、言わなくてもいいじゃないか……。ピエロの襲撃もあったし、もう踏んだり蹴ったり……。
「遠く見ればいいんだよ?」
「うぉう?」
すいが僕の頭を掴んで目線を窓の外に向けさせる。
「建物とか山の木の上とか走ってるときも思うけど、高いところっていいよね~。飛んでる気分になれるよね~」
「わかりみ深いわ~」
判らんわ。アンタらだけだわ。「山の木の上走る」って、一般人が同意できるか。
まあ、でも……。
「……確かに、いつもと違う視点で遠くの山を見るのは、なんか新鮮だね」
「ね? 新しいカンジするよね?」
遠く、本来は緑の山肌が、夕日を背にして黒々としている。ただの黒一色じゃなくて、濃淡が散りばめられて――。
彼女たちに無理矢理に乗せられて、すいに無理矢理に頭を向けられて、そうしなければ見れなかった景色なんだな。
「楽しいな……」
「なんか言った? ヨッシー」
う。声に出てたか……。
「楽しいんですって。香久池ソフィアさんといっしょに観覧車に乗るのが」
「ソフィー……。耳よすぎ……」
「すいと、って言ったんだよね? 言ったよね?」
「……ふん」
「みんなと! みんなとだよ……。ワワフポの記事――僕が「ダイチ」の息子だって記事のおかげでおかしな高校生活がはじまったけどさ、こうやってなんだかんだでみんなと楽しくやってると、それもよかったなぁって思ったんだよね……。ふと」
僕の言葉に、誰も何も言わないので、ゴンドラ内部に顔を向ける。まあ、予想はしてたけど……。三人ともニマニマ顔がヤバい。
「……強、いつにもましてバカね」
「……うるさい」
「今夜、もっと楽しいことしましょっか?」
「しないよ!」
「ワタシも楽しい! 『ダイチ』の記事見て、山下りてきて、ヨッシーに会えてよかった!」
「じゃあ、みぽりんに……いや、永盛さんかな? 感謝しないとね」
あ、山といえば……。
「そういえば、みぽりんが『そろそろいいんじゃないの?』って言ってたな」
「そろそろ?」
「うん、『鳴らし山』。来週くらいに行けるんじゃないのか、って言ってたよ」
「あぁ……」
三人が声を揃える。コイツら……忘れてたな? まあ、僕もちょっと忘れかけてたけども……。
「確かに……。今のヨッシーのカンジなら、ギリギリだいじょぶ……かな?」
おぉ、すいにもお墨付きもらえたよ……。
「しおりんはずば抜けてオッケーになったけどね」
「やったー!」
「……要らない比較をしないでくれ……」
みぽりんといい、すいといい、よくも人の心を抉ってくれる。
「聞き忘れてましたけど、『鳴らし山』ってどこにあるの? 近いの?」
「う~ん……。確か、富耶麻県とかだったかな? 住所上は……」
「えぇッ?!」
「富耶麻?!」
僕と詩織が揃って驚きの声を上げる。
富耶麻県といえば、水無からだと東京よりも遠いぞ……?
「ふたりのこの反応、遠方かしら? じゃあ、お泊まりね……。ふふふ……」
ソフィーが魂胆みえみえの笑みを浮かべる。
「え? 遠くないよ? 走ったら二日で着くよ?」
「すいと一緒にしないでくれ……」
「夏休み入るから日にち的には泊まりでも、行けるかな。父さん、許すかな~?」
「いや、何だったら、ソフィーと詩織は……」
「「ゼッタイ行く!」」
さいですか。
ともかく、来週は泊まりの前提で、富耶麻県の「鳴らし山」に向かう話が決まった。
「ひさびさにお山の近くの温泉入りたいな~」
「あ、いいね~。温泉」
「温泉って……エロイベントが起こるという日本のアニメの聖地?! ぜひ行きましょう!」
……「温泉」も前提に追加で。
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「と、いうわけで、来週は富耶麻に行くことになりました」
「へえ。楽しそうでいいね~」
あくる日の鍛練でワワフポ事務所を訪れた僕は、遊園地チケットのお礼も兼ねつつ、今後の予定をみぽりんに話した。
「『オンセン』ってなぁに?」
アルファが無垢な疑問を、率直に訊いてくる。うん、よくよく考えたら「温泉」は立派な文化です。なにも恥じ入るようなものではないのです。
「ん~……。なんて説明したらいいんだろ。お風呂のおっきいバージョン?」
「セントー? 駅前の?」
「そうそう~。あんなカンジ~」
そっか。この事務所、お風呂ないからオメガさんとアルファは銭湯通いなのか。みぽりんは……いや、気にした瞬間にみぽりんを見る目がさらにひどくなるから考えないでおこう。
「いいな~。アルファもいきたいナ~」
「富耶麻県だと、ちょ~っと、気軽には行けないかな~?」
「えぇ~……」
「今度、みんなと駅前の銭湯行きなよ~」
「……うん」
しおれちゃったけど、みぽりんの言う通り、アルファは今回はムリかな……。主目的が山登りだし。
「ン?」
「……どうしました?」
みぽりんが机に寝そべりながら眉根をひそめる。
「逢瀬くんたち……永盛くんとどこかで会った?」
「永盛さんと……?」
「うん。オメガくんとアルファちゃんとキミ、三人分集まったから今気付いたんだけどね。永盛くんの気配が三人に、微かにまとわりついてるね」
「と言われても……。そもそも顔知らないですし」
僕とオメガさんとアルファ……三人に気配がまとわりつくっていったら、昨日の遊園地か?
永盛さん――僕が「ダイチ」の息子だって記事を書いた張本人。ワワフポ新聞の記者。みぽりんの部下。現在行方不明……。フルネームは……永盛氷見だったかな?
ン? 氷見、ひみ……。
「あ! 『ひーみん』?!」
カルチャーランドの受付スタッフ! なんかカルイ感じの女性スタッフ!
「みぽりん! 永盛さんの顔が映ってる写真とかあります?!」
「あるよ~」
みぽりんは手品のごとく、指先に一枚の写真を出現させる。僕はそれをかじりつくように眺めた。
写真には快活そうに笑う、二十代前半くらいのスーツ姿の女性の上半身が写されている。ショートカットと、口元からのぞく白い歯が健康的な印象。格別に美人というわけではないけれど、その姿には気取らない愛嬌がにじみ出ている。
僕には、彼女に完全に見覚えがあった。
「……やっぱり! この人、いましたよ! カルチャーランドに!」
「へえ。それはスゴい。よく覚えてたね」
「よく……覚えてた?」
みぽりんは何言ってるんだ?
「永盛くんはね~。『究極の脇役』なんだよね」
「『究極の』……『脇役』?」
「そうそ。決してキャラが薄いってわけじゃないんだけど、体質らしくてね。存在感が薄くて人の印象に残らないんだ。ボクは二年は一緒に仕事してるからなんとか覚えられたけど、最初の頃はその写真持って、目の前にいる彼女と比較しながらでないと、彼女本人が事務所内にいたとしても気づかなかったんだよね~」
なんだそれ。体質ってレベルじゃないだろ。
「記者としては便利な体質だよね~」
僕の心を読むな。
とにかく、永盛さんが見つかったなら話は早い。彼女本人に記事の真偽を確かめればいいんだから「鳴らし山」に行く必要もなくなる。
僕は鍛練を取り止めてそのままワワフポ事務所を出ると、カルチャーランドに向かった。
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息せき切ってカルチャーランドの受付ブースを訪ねてみると、「ひーみん」――永盛さんの姿はなかった……。呼吸を落ち着かせる間も置かず、僕は代わりのスタッフに訊ねた。
「永盛さん……? そんな子いたっけかなぁ?」
「あぁ……。確か、昨日辞めてったのがそんな名前の女の子じゃなかったっけ?」
「いたっけ? そんな子」
「たぶん……」
辞めた?! 昨日の今日だぞ?!
それにしてもこの、スタッフの人たちの要領の得ないカンジは何なんだ? 昨日まで一緒に働いてた仲間でしょ?! これが「究極の脇役」の体質ってヤツなのか?
「……雇ったときの履歴書とか、見せてもらえませんか?」
「ああ~……そういうのを部外者の人に見せるのはちょっとねえ……」
なんだよ! 今の今まで暇そうにしてたのに、そういうところはキチッとしてんのかよ!
「どうする? チケット買ってく?」
「いいです……。ありがとうございました……」
僕はひとまずの礼を言うと、カルチャーランドの受付ブースをあとにした。
永盛さんの消息はまたも不明状態になった……。あえて言うなら、まだ近くにいるかもしれない、ってところか……。
くそ……。こんなことなら、早くに永盛さんの写真を見せてもらうんだった……。
ともかく……と僕は気を取り直す。
目下の予定通り、来週は「鳴らし山」に行こう。永盛さんの行方探しは、戻ってきてから再開してみる。「鳴らし山」で「ダイチ」に関すること、僕が「ダイチ」の息子であることの「新しい手がかり」がなにか得られるといいんだけど。
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