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あなたの×××を吸いたい!  作者: ブーカン
第五章 欲は重なりいつか消える
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第四十一話 御霊の神髄

 時はだいぶ進んで、ほぼ現在になります。


 姉ちゃんは曖気あいきどう道場の前、ガタガタの石だたみの上で構えを作り、呼吸を整えています。

 そばには現聞げんぶん先生。少し離れたところに、さくの囲い……。その中には、一匹の黒いネコ。


「では行くぞい」

「はい、お願いします」


 現聞先生はその細い目をカッと見開きます。

 すると、黒ネコの様子が……なんだかソワソワと……。


クプッ


 そう、ゲップです。

 ネコのゲップです。


「クォォォ……」


 姉ちゃんは深い吸気きゅうきに入りました。


「目じゃない。鼻でもない。口で感じるんじゃ。あのネコの息吹を。曖気あいきに伴って噴出する生命いのちの糸を!」

「ォォ……」


 息を吸っているだけなのに、姉ちゃんは額にスゴイ汗を浮かべています。まるでサウナのよう。

 姉ちゃんの口元には、うっすらと赤い光が……。


「カハッ……ハァ、ハァ……」


 ですがそこで、姉ちゃんの吸気は途切れました。

 赤い光も霧散むさんしてしまい、黒ネコも何事もなかったかのように柵の中に入って来た蝶々(ちょうちょう)を追っかけまわし始めました。


「すみません、先生……」

「今日はこれくらいかのう……」


 現聞先生は柵に近づくと、「ホレ、付き合ってくれたお礼じゃ」と言ってチャOチュールを柵の中に置きました。そして、柵の扉を開け放ちます。

 みなさんは野良ネコに安易あんい餌付えづけをしないようにご注意ください。


「ゲップの誘発ゆうはつまで手伝ってもらってるのに……不甲斐ふがいないです……」


 先生が傍まで戻ってくると、姉ちゃんは少し弱音をきました。ついには地面に座り込んでしまいました。


「なんのなんの、詩織くんはようやっとるよ。もっとも初歩の型ではあるが、たった二カ月そこらで『さわり』をここまでやるんじゃからの~。ワシが教えた中では一番早いし……」


 先生はその細い目をカッと見開き、姉ちゃんを見据みすえます。


「……?」

「一番大きい!」

「大きい?」


 こんのエロじじいは……。


「まあ、曖気を『とらえる』のはコツを覚えるまでが大変じゃからの……。あせらずゆっくりやっていこうぞ」

「捉える……。『御霊みたま神髄しんずいを』……『捉える』」

「……ふむ? なつかしい言い回しじゃのう。 詩織くん、どこでそれを?」


 姉ちゃんは顔を上げて、現聞先生を見ます。


「アタシの友だちが屁吸へすいじゅつの使い手で……それで教えてもらいました」

「ほう……屁吸術……もしや、その友だちの名は、平水ひらみずというジジイじゃないかね?」

「いえ。阿武隈あぶくますいちゃんっていう、アタシと同い年の女の子ですけど……」

「ふむ。じゃあ平水め、後継あとつぎをちゃんと取れたようじゃの……」

「後継ぎ……ですか?」

「ああ、ワシとヤツは数十年来の旧知きゅうちなのじゃが、最後に会ったのが十七、八年前になるかの。そのときは後継ぎとして考えていた弟子に逃げられ、後進こうしん目途めどがなくなった、と焦っておったんじゃ。平水のクソじじい、楽隠居らくいんきょでもしくさってるんじゃなぁ、今頃」

「……いえ」


 姉ちゃんはかぶりを振りました。


「その平水さんがすいちゃんのお師匠さんなら……もう亡くなったそうです」

「亡くなった?」

「はい……。なんだかモチをのどにつまらせた、とかで」

「モチを……やわらかい、おっぱいみたいなモチを……」


 姉ちゃんの胸をチラ見するんじゃないよ、このジジイ! どういうことだよ、おっぱいみたいなモチって!


「アヤツがのう……。融通ゆうずうのきかん、いけ好かないヤツだったが……そうか……先にったか」


 現聞先生はしみじみと、感慨にふけりながらお堂へと戻っていきます。

 姉ちゃんも立ち上がって道着の土汚れを払うと、あとにつづきました。


「『御霊の神髄を捉える』というのはじゃな。詩織くんのお友達の屁吸術や、ワシが教える曖気道の『本質』ではないのじゃ」

「本質では……ない?」


 お堂の中で向き合って正座しあう現聞先生と姉ちゃん。

 姉ちゃんの反芻はんすうの言葉に、先生はウン、とひとつうなずきます。


「『御霊の神髄』とはその『本質』を一般化して対象をひろげた言い回しでな。本来は『貴様きさま心髄しんずいを捉える』というのが『本質』なんじゃ。心髄とはこころずい……平たくいうとハートじゃな」


 ヤメろ。ジジイが両手でハートマークを作るんじゃない。


「『貴様』ってのはなんだか物騒ぶっそうな言い方ですね……」

「違う、違う……。今でこそ『貴様』は相手をさげすむ使われ方しかしておらんが、曖気道や屁吸術が体系化した頃には、尊称そんしょう……相手を敬う意味じゃった。つまり、今で言うなら『あなたのハートを狙い撃ち』みたいなところじゃな」


 ヤメろ。ジジイが片目をつむって指でピストル撃つ仕草しぐさをするんじゃない。


「『あなたのハートを狙い撃ち』……それって……」


――まるで……恋をしているような……。


「ま、これは曖気道を完全におさめるためにはいつか通る道じゃ。覚えておくといいよ」

「はい……。あ、そうだ……」


 姉ちゃんは何かを思いついたような顔をします。


「現聞先生がすいちゃんのお師匠……平水さんのお知り合いということでしたら、その……『ダイチ』のことについて、なにか聞いたりしたことないですか? 平水さんから」

「『ダイチ』……これまた懐かしい名じゃのう。いいや、聞いたことはないが……。なにかその、『ダイチ』のことについて知りたいことがあるのかい? 詩織くんは」

「はい……。実は……」


 姉ちゃんは、つよし兄さんが「ダイチ」の息子かもしれないということ、その真相を知るべく姉ちゃんたちが調べていること、次の手がかりが、すいさんが修行をしていた「鳴らし山」……すなわち、すいさんのお師匠にあることを、簡単に説明しました。


「はぁ……。詩織くんもなかなか青春しとるのう……」

「青春、ですか?」

「例の好きな子がその強ってガキなんじゃろう? ええのう、ええのう~」

「え、いや、ええぇ……。まぁ、その……えぇ……」

「な~にを恥ずかしがっとるんじゃい。ワシと詩織くんの仲じゃろうて」


 ジジイと姉ちゃんは変な武術を教える、教えられるだけの関係ですよ。それ以上でも、以下でもない。思い上がるな。


「それに、いつかはその想い伝えるつもりなんじゃろう? だったら恥ずかしがっとる場合じゃないわな」

「……先生のおっしゃる通りです」


――そうだよなぁ……。いつかは……ちゃんと……。


「……話は戻るが、残念ながらワシは平水からは何も聞いとらん。さっきも言った通り、十七、八年前を最後に連絡はとってなかったからのう。『ダイチ』についてもワシより君たちのほうがおそらく詳しいじゃろうて」

「……そう……ですか」


 その後、姉ちゃんはいくらか落胆の色を残したままお堂の掃除をこなし、帰路へとつきました。


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「今日はなんだか懐かしい話をしたのう……。屁吸術か……。ん? 阿武隈……すい……あぶくま……。ヤツの逃げた弟子というのも『阿武隈』とかいう男でなかったかのう……。ん~……。ま、いいか。詩織くんも帰ったことだし、『女だらけの水泳大会マイセレクション』のビデオでも見ようかの~」


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 姉ちゃんは鍛練(たんれん)からの帰り、もうだいぶ暗くなってきた山道を歩いています。


――「貴様の心髄を捉える」……か。曖気道や屁吸術をマスターするために、通る道……。


 ふと、姉ちゃんの脳裏に、すいさんはこのことを知っているんだろうか、という疑問がよぎりました。

 その時です。


リーン リーン


 姉ちゃんのケータイが鳴ります。着信表示は……強兄さん。

 ジジイにいじられたこともあって、姉ちゃんは一瞬ドキリとしましたが、すぐに電話に出ました。


『もしもしッ! 詩織!』

「強? どうしたの? 何かあったの?!」


 強兄さんの焦ったような声音こわねが姉ちゃんに悪い予感をさせます。


拳一けんいちが……拳一がマズいッ!』

「……拳一? 拳一がどうかしたの?!」

『僕を狙ってきた襲撃者に、人質にとられたみたいなんだッ!』

「人質にとられたって……拳一が?!」


 姉ちゃんの顔が青ざめていきます。


『ごめん、ごめん、本当にごめん! 詩織!』


 姉ちゃんは謝る強兄さんの声にわれを取り戻すと、ブンブンと頭を振ります。


「強のせいじゃない! 謝るな!」

『……ッ。詩織……ごめん』

「あやまるなってーのッ!」


 姉ちゃんは電話を耳にあてたまま、山道を駆け出しました。


『相手に呼び出されたんだ! すいとソフィーも一緒で、今向かっているところ!』

「どこ? どこに呼び出されたの?!」

『僕たちの下校道の途中、開星かいせい三丁目の空き地!』

「わかったッ! アタシも向かう!」


 電話を切ると、姉ちゃんは暗い道を全速力で駆け下りていきます。


――開星三丁目の空き地……あそこか! あの、変な二人ふたりぐみをよく見かけてたところ!


 姉ちゃんはあのふたりがもしや、強兄さんを狙っていた襲撃者か、と考えます。


 バスの停留所につきました。姉ちゃんは息を切らせながら時刻表を見ます。


――あと二十分……。ダメだ、遅い!


 姉ちゃんはしびれを切らし、電話でタクシーを呼ぶことにしました。


十分じゅっぷんくらいでそちらに行けます』


――十分も遅いッ! だけど!


「お願いしますッ!」

『え、あ、はい……では、お待ちになっていてください』


 電話が切れると、意味がないのにその場で駆け足をする姉ちゃん。


――早く来て、早く来て、早く来て!


 姉ちゃんはふと、煌々(こうこう)と明かりのく、バス停そばの自販機に目を止めました。


――アタシの……曖気道がなにか役に立つかもしれない……。


 姉ちゃんは自販機に小銭こぜにを押し込むと、コーラのボタンを押しました。

 その直後、ヘッドライトが姉ちゃんを照らします。


「どちらまで……「開星三丁目まで! 全速なるはやで!!」


 姉ちゃんの勢いにおされて、運転手さんはタクシーをすぐに発進させました。

 みなさんはタクシーに乗っても全速なるはやは要求しないようにご注意ください。事故の元です。


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 次回、お話は今章の冒頭ぼうとうのつづきから、となります。


 さて、笹原拳一はどうなってしまうのでしょう。

 ナレーションは笹原拳一が務めさせていただきました。では、また。

ご感想、ご罵倒、ご叱責、お待ちしております!

もちろん大好物は褒めコメです!

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