幕間三 白球追う系ガールズ
中間テストを終え、僕たちの高校では体育祭が行われた。
「へえ。結構みんな、張り切ってるな~」
普通学校ではあるものの、もともと体育会系ノリが強い校風の我が高校。こういうイベント事もみんな好きなんだろう。体育館に、校庭に、とそこかしこでワイワイと賑わいを見せている。
「ツヨポーン……! もう俺ら暇だし、女子見に行こうよ! 女子!」
そう。体育祭開始一時間で僕はもう、役目を終えたのだ。全員が何らかの競技に参加が原則なので、僕は、これなら、と思って卓球にエントリーした。余裕で一回戦敗退でした。
僕もヒドかったが、ダブルスの相方としてあてがわれた切田もよっぽどだった。
手持ち無沙汰もいいところなので、ここはおとなしく切田の提案に乗って校庭に向かった。
「あ~、ヨッシー! ワタシの雄姿、見に来たの?」
すいが僕の姿に気づき、駆け寄ってくる。あとからはソフィーと詩織も。
「私たち、一回戦目は勝ちましたよ」
そりゃあ、そうでしょうね。
すい、ソフィー、詩織が揃って参加している競技はソフトボール。全学年混合でトーナメント方式。バスケ、バレーと並んで、女子の花形的競技である。
僕は、すいの耳元に顔を近づけた。
「……変なことしてないだろうな?」
「はぅん、ヨッシー……。耳元でささやかないでぇ~」
「キモチワルイ声を出すな」
「イチャイチャしてんなよ~」
他の女子に笑われる中、僕は詩織に顔を向けた。もちろん、「コイツらは常軌を逸した動きをしていないか」と確認する意味を込めて。
「あ、ああ……。ダイジョブよ。それなりにやってる」
やっぱり、詩織は頼りになるよ……。
その後、僕たちはお昼も挟んで、女子のソフトボールを観戦した。すいとソフィーの常識の範囲内での活躍の甲斐あって、我がクラスの女子は学年の差などモノともせず、順調に勝ち進んでいく。
そうして、競技を終えた他のクラスメイト、別のクラスまでもが観戦者に加わり、最高潮の盛り上がりで決勝戦を迎えた。
「よーし、優勝まであと一勝! 張り切って行くよー!」
「おーッ!」
「決勝の相手は……えぇっ! ……鬼ババアのクラスだよ!」
なんと、決勝のカードは一学年同士――鬼ババアこと、針田先生が担任を受け持つ隣のクラスだった。
「おーほっほっほっ!」
颯爽と現れた人物の高笑いが、校庭に響く。その人物……鬼ババアである。
生徒の間で「ババア」とは呼ばれているものの、針田先生は三十路なだけで、美人ではある。だが、それ以上に口やかましいのだ。とにかく口がやかましいのだ。
その鬼ババアが、高らかな笑いを続けながら、校庭の隅で腰を下ろす僕のところまでやってきた。
「ついにこの時がきた! 逢瀬強!」
「……はい?」
「私はアナタを倒すためにこの学校に赴任してきたのよ! この時を……待っていた!」
え……。僕を……倒す?! まさか……針田先生は……襲撃者?
マズい! こんなに人が……生徒が大勢いる状況で! ソフィー兄の時の二の舞になる!
「逢瀬強! アナタにソフトボールで勝って優勝はいただくわよ! そして私は裏世界に名を売るの!」
え……? ソフトボール?
「……なんで逢瀬くん?」
「『名を売る』ってどういうこと? 『裏世界』?」
僕と鬼ババアのやりとりに、周囲がザワつきだす。
「あの~……先生」
「なに?! この期に及んで、まさか逃げる気? 私がこの時をどれほど待ったことか! 赴任と称し学校に潜入して早三か月目……クソがきどもの相手がどんなにつらかったことか……!」
「いえ、言いにくいんですけど……。これ『女子』ソフトボールなんで、僕、出てませんよ?」
僕の言葉に固まる鬼ババア。
数瞬後、彼女は周りを見渡すが、観衆も、選手たちも、みんなウン、ウンとうなずいて彼女の間違いを諭す。
「え、アレ? 逢瀬くんは……」
「出てません」
「優勝したら……」
「僕を倒したことにはなりません」
「なんてことッ!」
鬼ババアはその場で膝をついてしまった。
なんだろう。なぜだかスゴイ勝利した感じがする。
「ぬわっはっはっ! まさか鬼ババアがヨッシーを狙っていたとはね!」
鬼ババアを取り囲む輪の中で、すいが大声を上げた。
「鬼ババア打ちのめされてる。ウケる」
「狙ってたって、教え子をってこと?」
「え、ちょっと……事案じゃない?」
ヤバい。変なウワサがまた増える! なんとか収拾しないと!
「ちょ、先生、立って。立ってください」
「もうダメ、死ぬしかない……」
「死ぬな!」
「じゃあ帰る……。おウチ帰る……」
「帰るなッ! 勝てばいいんですよ! 僕のクラスに勝てば僕に勝ったことになる!」
鬼ババアが顔を上げる。マスカラとれた黒い涙のあと……。泣くな、いい大人が。
「……ホント?」
「ホント、ホント。だから、頑張って」
なんで僕、自分を狙いに来た襲撃者をなぐさめてるんだ?
「いょっしゃあ! 優勝はいただくわよー! 観念しなさい!」
鬼ババアはがぜん勢いを取り戻し、立ち上がった。
この人、こんなんで大丈夫なんだろうか。
「カモーン、マイクラス!」
鬼ババアの呼び声を受け、校庭の端から横一列になった女子の一団が現れた。
なんか、あんなの……映画で見たことあるな。たしか、隕石の映画。
「え、鬼ババアのクラスの子……だよね?」
「ちょっとアレ、ヨーコだよね……? どうしちゃったのよ、アレ……」
登場した鬼ババア女子チームは、傍目にも尋常でない様子であることが判った。
みな、肩を切って歩いている。体操服から伸びた彼女たちの腕や足は筋肉隆々、うら若き女子高生にあるまじきムッキムキさ。なにより、彼女たちの表情。ほとんど白目をむいて、口から煙を出している。
何、コレ。何、この子たち。
「おーっほっほっほっ!」
女子チームの中央位置に鬼ババアは立つと、すっかり元気を取り戻した様子で高笑いを放つ。
「化学教諭は仮の姿! 私の真の正体は世界に名を馳せる予定のマッドアルケミスト! 私がこの三か月、ソフトボール競技のためだけに丹精こめて精製した特製ドーピング薬、それを打ったカワイイ生徒たちが優勝をいただくわよ!」
意味わかんないよ! 自分で来ないのかよ! カワイイ生徒にドーピングすんなよ!
……クソっ! なんて……対抗心を燃やしづらいんだ……今回は!
「え……これ、どうなるの?」
「……中止じゃない?」
我がクラスの女子チームも、観衆も、事態の把握が追いつかず、困惑を見せている。
「ぬわーはっはっはっ!」
そこで、すいも高笑い。
「みんな、あわてるような時間じゃない! 要は勝てばいいのよ、勝てば!」
「そうよ。逢瀬くんに勝利を捧げるのよ!」
「とにかく、強は置いといて、勝とうっ!」
「う、うん……そうだよね。やろう!」
「おーッ!」
すい、ソフィー、詩織の呼びかけに、我がクラスの女子チームの面々も平静を取り戻す。
「プレイボール!」
こうして、決勝の幕が開けた。
が、我がチームのせっかく盛り上がった意気は、瞬く間に砕け散った。
「ストライッ、アウト」
「ストライッ、アウト」
二者連続見逃し三振。それも全て、ボール判定ナシ。
「なにあの球速。マジムリ」
「訳わからん変化したんだけど!」
一番、二番バッターの嘆きの声が僕の耳にも届く。
そして、三番バッターに配置されていた詩織さえも……。
「ストライック! アウト!」
「みんなゴメン……。ちょっと、あれは……キツイ」
ソフトボールは専門外とはいえ、運動神経抜群の詩織が手が出ないピッチャー……。
「おーっほっほっほっ! 優勝はいただいたようなものね! このドーピング薬をスポーツ賭博の運営組織に売りつけるのよー!」
相手側ベンチで鬼ババアが図に乗っている……。
鬼ババアが誇るだけあって、ドーピングは十分に効果ありと認めざるを得ないようだ。
攻守交替。
我がチームのピッチャーはソフィーが務めている。彼女はこの決勝にいたるまで、ヒットを三本許したのみで、無失点の好投を続けていた。が。
キィン
キィン
キィン
キィン
四者連続ホームラン。
モクモクと口元から息を吐いた四人目の女子が悠々とダイヤモンドを周り終えた瞬間、ソフィーはマウンドの上で、「ニェプッ!」と叫んで地団駄を踏んだ。
ソフィーもソフトボールはまったくの初心者だったとはいえ、吸唇鬼の異常な運動能力の持ち主だ。その彼女の投球をいとも簡単にホームランに持っていく、鬼ババア特製ドーピング薬の効果……。すげぇ。
「何しとんじゃぁ! 金パツゥ! テメェ、目ん玉ついとんのかい!」
セカンドのすいが見かねてソフィーに詰め寄る。
「うっさいわ! クソアマが!」
「まあまあ、すいちゃん、ソフィーちゃん……落ち着こ」
詩織もマウンドに赴き、ふたりをなだめる。
「今度ホームラン打たれたら、テメェを兄貴とともに本国に送り返したるぞ!」
「抑えりゃいいんだろ! 抑えりゃ! このビチビチヤローが!」
ホント、ソフィーってこんな口悪かったっけ……。もっと神秘的な子だったはずなんだけど。アレ、なんだろ。涙が……。
「こうなればこっちもドーピングよ!」
そう聞こえたかと思うや、ソフィーの姿がマウンド上から消えた。と、校庭の隅で観戦していた僕の目の前にソフィーが……。
「あれ、ソフィーちゃん。え?」
僕の隣で一緒に観戦していた切田も、突然のソフィーの出現に困惑を見せる。
「切田ごときがこの神聖な儀式を見れると思うなッ!」
目にもとまらぬ速さのソフィーの当て身をくらった切田は、その場でコロン、と寝転がってしまった。つづけざま、ソフィーは僕の顔をガッシとつかむ。
彼女はグローブつけたままだから、僕はなんだか、ボールになった気分に襲われた。
「はぁ……。強くん……」
ソフィーの上気した顔。……まさか。
「あぁ! ゴルァ! 何する気だワリャア! 約束が違うだろッ!」
「ソフィーちゃん、ズルいよ!」
すいと詩織が遠く叫んでいる。
「む……むぐっ!」
だが、その声むなしく、ソフィーは、彼女の言うところ、「神聖な儀式」である僕とのキスを成し遂げた。僕にとっては幸か不幸か、ソフィー兄のときとは違い、表面をなでるだけのキスだ。
「ぷはぁ……はぁ……」
唇を離したソフィーは、トロンとした目をさせて一瞬僕を見つめたが、すぐにマウンドの方へと向き直る。
「ゲーム再開よ」
口元をグイッとグローブで拭うと、輝き出した金髪の残像を残して、彼女は瞬時にマウンドの上に移動した。
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