第二十九話 師事するって言葉、初めの頃意味がちんぷんかんぷんだったよね
帰りの高速バスの車中、僕たちは状況を整理することにした。小声でね。コレ大事。
「『ダイチ』は『大』さんを探していたが、『まりあ』では見つからなかったので、『鳴らし山』に向かった……でいいかな?」
「そうですね。強くん……と思われる赤ちゃんを連れていったかどうかは、まだ判りませんね」
「うん。それで……」
僕はチラリ、とすいの様子をうかがった。いつになく沈んだ面持ち。
「『鳴らし山』は屁吸術の修行の場で、『すい』と『すいの師匠』はそこで暮らしていた……で、合ってる?」
すいは顔を上げて僕を見つめると、コクン、とうなずいた。
「『ダイチ』が向かったのが『鳴らし山』の屁吸術とはまったく関係がないところってことはないかな?」
「お山はまったくと言っていいほど人が住んでないよ。建物らしい建物もない。なにより、史上最強の『ダイチ』がお山に来たっていうんだったら、暗殺術である屁吸術の修行場以外、行き先は考えられない……」
「そっか……そうだね」
「すいは何か『ダイチ』のことを知ってることがあるの?」
彼女はかぶりを振った。
「『ダイチ』は史上最強の男、裏世界で名を馳せていた。お師匠に聞いた、それくらいのことしか知らない」
「山に来ていたなんて話も……」
「聞いたことない」
「ふぅ……。なんだか頭がこんがらがってきますね」
ソフィーがため息をついた。
「でしたら、『鳴らし山』に行ってすいさんのお師匠さんに話を聞くのが次の手になりますね」
すいは、これにも力なく首を振った。
「もういない」
「え?」
「お師匠はもういない。半年以上前に死んでしまったの」
「死んでしまったって……」
僕はイヤな想像をした。
「まさか……殺された?」
「んーん。ワタシがいない間に季節外れのモチ食ってたら喉につまらせて」
「モチて!」と大声でツッコミたかったのを必死にこらえた。公共のバス車内だしね。実際に亡くなってるしね。正月の恒例ニュースになるほどのケースだしね。
「それでワタシ、ひとりになっちゃって。どうにかして身を立てなきゃ、と思って裏世界で名を売るために、お師匠のところに配達されてきてたワールドワイドファイターズポストの記事を頼りにヨッシーを狙いに来たの」
「そっか……」
「十五年前にはすいさんはもちろん、『鳴らし山』にはいなかったのよね?」
「わかんない。聞いたことない。物心ついた時には、ワタシはお師匠とふたりきりでお山で修行をしてた」
「ってことは、十五年前に『ダイチ』がお山に来てたとしたら、応対したのは『すいちゃんのお師匠』なんだろうね……」
「亡くなられてしまっているのでは……。これは……手詰まりですかね」
「うーん……」
「あ!」
すいが何か思いついたように声を上げる。その音量が大きかったので、僕たち三人は、すいにシーッと促した。すいは、目顔で、「ごめん」とかしこまる。
……。
こういうときこそあちゃペロしろ。舌を出せ。
「あるかも……。何か」
「手がかり?」
「うん。お師匠に『ぜったい開けるな』って言われてた納戸があって、ワタシ、お師匠が死んでからもそこには一切入らないまま山を出てきたの」
「そこに、何かがあるかも?」
「うん。ワタシ、あそこが開いたところ、一度も見たことがない」
「つまりは、十五年近く開いたことがない納戸……。あるかもですね。手がかり」
「決まりだね。次は『鳴らし山』の『開かずの納戸』だ」
「いや、ちょっと言いにくいんだけど……」
すいがおずおずと切り出す。
「行けないかな~……なんて」
「なんで? すいは場所、知ってるんだよね?」
「知ってるけど、ちょっとヨッシーは行けないかなぁ……」
「僕が、行けない?」
「うん。あのね、お山……『鳴らし山』ってね、霊峰って呼ばれるくらい霊的パワーの源の場所でね。その力を悪用しようとするいろんな連中も、時代変わらず多かったらしいの。それで代々、屁吸術の使い手が修行に明け暮れながら守ってる場所だった」
なんともスピリチュアルなお話だなぁ。
「当代ではもちろんお師匠がそのお役目を務めてた。でも、ワタシはまだ、屁吸術を完全には修めてなかったから、お師匠は自分に何かあったら発動させろって、あらかじめ用意をしてた呪法があるの。ワタシはお山を出るとき、その呪法を発動させた」
「呪法……」
ソフィー兄のときのような、ある範囲に影響を及ぼす術式か。
「それが、お山全体に?」
コクン、とすいがうなずく。
「ある程度の抵抗力……まあ、精神力とでもいうのかな。それが一定以下の者が呪法の範囲内に入ったとき、スゴい頭痛と吐き気を引き起こさせるヤツ」
「それで、僕はダメか……」
「その呪法、アタシは大丈夫そうってこと?」
「うん。しおりんでギリギリセーフって感じかなぁ」
なるほど。詩織は自他ともに認める空手少女だ。一般人の物差しからすれば、実力も精神力も僕の比でない。それでギリギリのセーフだというならば僕は論外になるわけだ。
「それじゃあ、アタシたちだけで行ってみる?」
「いや、それは……」
僕は口を挟んだ。
「ゴメン。完全にエゴなんだけど、自分のことなのにみんなにただ任せてしまうってのは、ゼッタイにイヤなんだ」
「じゃあ……どうするっての?」
「すいさん。呪法の解除はできないんですか?」
「ムリ。ワタシに手に負えるシロモノじゃない。山一個包んじゃうような強大なやつだよ? 発動だけはスイッチを入れるようなもんだったからできたけど」
「そうですか……」
「……簡単な話だ。僕が強くなればいいんだ」
そう。ソフィーに最初に狙われてから、すいに初めに助けてもらってから、詩織をひどく悲しませてしまったときから、僕は心の奥底で僕自身が強くなることを望んでいた。これは絶好の機会なのかもしれない。
「簡単ったって……。肉体的に強くなれば大丈夫なの? すいちゃん」
「うーん……。武術の鍛練って意味なら、当然精神力も鍛えられるから、いいのかもしれないけど……」
「……すい。僕に屁吸術を教えてくれない?」
ハッとして三人が僕に注目する。
「ゴメン……。そうしてあげたいのは山々だけど、なんならワタシの全てを教えてあげたいけど、ムリ。さっきも言った通り、ワタシの術はまだ完全じゃない。それで門下をとるのは屁吸のご法度に触れる」
そうか……。第一のアテではあったんだけど。
こんなことでもなければ「オナラを吸う」気にはならないだろうから、どこかホッとしている自分がいることも否めない。
それにしても、いつものすいの調子に戻ってきてくれている。よかった。いや、内容は全然よくないよ?
「アタシんちの道場、来る?」
「詩織が十年近く鍛練を続けててギリギリっていうんだと、それはちょっと時間がかかりすぎるかもしれない」
「……そっか。まぁ、うちの父さんもどこか抜けてるところあるしね……」
いや、あのおじさん、めっちゃ怖いぞ? なに、娘に甘いの? あの髭ヅラで。
「あ……じゃあ……」
「ん? なに? 詩織」
「……いや、何でもない」
なにか言いかけた詩織だが、すかさずソフィーが前の席で手を上げる。
「私が夜、手取り足取り色々教えてあげましょうか?」
「遠慮します」
「即答かーい」
「乱れんな、金パツ」
ソフィーは絶対ダメ。マジでダメ。
……とりあえず、アテはもうひとつある。
「ワワフポ社、行ってみようと思うんだ。明日」
「例の新聞社ね」
「ちょっとヨッシー……まさか」
「うん……。みぽりんに頼んでみたいと思う」
すいを、一般人目線でいえば破格の強さを見せてきたこのすいを、文字通り、難なく地に落とした、僕が知る限り最強の人物。ワワフポ社の局長、三穂田浩(みぽりん)。屁吸術と同系統の、呿入拳の使い手。
人間性は大いに疑うところがあるけど、すいの話を聞いて、僕はあの人の気だるそうな姿が頭に浮かんだのだ。
「みぽりん……って、また女の子?」
「またって……なんだよ!」
「強くんも大概女好きですよね」
「え、ちょっと……なにそのイメージ。本気でやめてほしいんだけど」
「アイツはワタシの絶対コロスリストに入ってるからおすすめしないよ」
「殺さんといて。これからのキーパーソンなんだから」
あのむっさいおっさんに、明日、会いに行こう。
女好きとしてはあんまり気が進まないけど。って、女好きじゃないやーい。
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