第二十八話 昔語りはバーでする、それがジャスティス
「どうだった?」
「ダメ。うろ覚えで、たぶんなかったはず……だってさ」
和泉駅に着いてすぐ、一軒目のオーナーから折り返しの連絡があり、四年ほど前まで営業していた「マリア」というお店の元店主の連絡先を教えてもらうことができた。
早速連絡をとり、十五年前について――「ダイチ」という名前に覚えがないか訊いたものの、色よい返答は得られなかった。これも空振りに終わったことになる。
残すところは、これから目指す最後の一軒。
「この辺りは高い建物あまりないですね」
「うん。千代のベッドタウンで、住宅が多いらしいよ」
「こんな感じの町の方がアタシは落ち着くな~」
それな。僕も同じ。
あまり高層ビルやオフィスビルに囲まれているようなところってなぜか、急かされてるような気にさせられてちょっとイヤなんだよな。田舎者に染みついた根性?
「次のお店はどこ~?」
「う~ん。ちょっと待ってね……。ここから二キロ弱ほど歩くかな」
駅から少し歩くと、チラチラと一戸建て住宅の数が多くなってきた。ナビアプリに従って道を折れると、そんな家々に挟まれるようにして通っている、そんなに広くない路地に入った。目的地が近い。
「あ、あれじゃない? 『まりあ』って看板ありますよ」
ソフィーが路地の入口で指を差す……。って僕にはまだ小さくしか見えないのに、あれ読めるの? 視力いいな。
逸る気持ちを抑えながら近づくと、確かに店舗のような構えの建物があり、張り出すようにして設置された看板には、「まりあ」の文字が。さらに近づくと、通り沿い、店舗の入り口と思われるところにはシャッターが下りていた。看板は色あせ、シャッター自体にもサビが目立ち、店が長らく開いていないことが知れる。
これはまた不動産関係経由かな、と沈んでいると、詩織が声を上げた。
「このおうちの人がやってたお店なんじゃない?」
彼女は隣の住宅の表札、「中村田」を指差している。
確かによく見てみると、隣の家と店とは壁続きで内部でつながっていそうな雰囲気。
「よし、行ってみる」
リンドーン
呼び鈴を鳴らすがインターホンに応答はなく、しばらく待った後、玄関口からおばあさんが出てきた。
「はいはい、はいよ、と……。あら、宅配便じゃないね」
「あの……ちょっとおうかがいしたいんですが……。隣のお店ってもしかして、こちらの方がやっていたお店ですか?」
「そうだけど……アンタら、なに?」
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「昔はね、この店も、まぁご近所さんばかりだったけどそれなりにやってたんだけどね」
そう言っておばあさんはカウンター椅子のホコリを手で払う。
玄関先で「十五年前」、「ダイチ」という単語を出すと、「ああ、アンタらもかい」などとおばあさんには何か思い当たるところがある様子だった。今までにない、好感触。僕たち四人はいっせいに顔を輝かせたが、詳しい話を訊く前に「あっち開けるから」と言っておばあさんは家の奥に消えてしまった。
しばらくしてガラガラ、とシャッターが開く音がすると、おばあさんは「まりあ」の店内に僕たちを招き入れてくれた。やはり、お店自体は今は閉めてしまっているという。
お店の内部は、イメージ的には、バーというよりかは、母さんが働いているようなスナックという感じ。充満するホコリっぽさが閉店してからの長い年月を思わせる。
「少し前だったかな。若い女の子も同じ話聞きにきてね」
若い女の子?
「二十歳かそこらじゃないかね~。あの子は」
あ、そうか。ワワフポの永盛さん……だったかな。彼女が来てるんだ。ということは、ここがアタリなのは間違いがなさそうである。
「さらにもっと前はいろんな人、こんなのっぽいのも訊きにきたりしたからね、ワタシャその話、ひとにすんのはすっかり慣れちまったよ」
「こんなの」のところでおばあさんは自身の頬をなぞるように指を滑らせた。
なるほど、「ヤ」のつく……道を極める人ですね……。ウワサを聞きつけ、「ダイチ」を調べにきた裏の勢力、ってところだろう。
「その……『ダイチ』って人の話、詳しく教えてもらえますか?」
僕は、おばあさんが僕たち全員にお茶を出してくれたのを待って、本題を切り出した。
「あの人はね、真冬の寒い夜に突然ウチにやってきてね。あ、この店の方ね。その頃はもちろんやってたから」
「……」
「とっても寒そうでさ。コート着こんで、マフラー巻いて。アンタらどこからきたんだい?」
「……水無です」
「あら、そう。水無なんだ。水無っていったらね、ウチの遠縁の子がいるんだけど、なにやら市場で働いてるっつってたね。あそこも寒いらしいね~」
このおばあさん、話が逸れて、しかもそれが長いタイプだ! 気をつけろ!
「あ、で、その人は何しにこの店に来たんでしょうかね……?」
「ん~? 人探しだってさ。ウチの孫」
「孫? おばあさんのお孫さんを『ダイチ』って人は探しに来たんですね?」
「そう、『ダイ』って言ってさ。男の子」
僕たち四人はお互いの顔を見合わせた。
「ダイ」、「男」?!
「お孫さんが『ダイチ』なんですか?!」
「違うよ。ウチの孫が『ダイ』。大きいって書いて『大』。その人は自分で『ダイチ』って名乗ってたよ」
「ダイチ」が「ダイ」を探しにきた……。ややこしいな、オイ。
「それで、その『ダイチ』って人はどうしたんですか?」
「うん、その孫もね……。あ、『大』のほうね。学校でたら家出てっててさ、連絡つかなくなって長いし、居場所も知らないって言ったら『別のところ当たってみる』って出ていったよ。もともとヤンチャするような孫だったからね。アンタら、高校生くらいだろ?」
「……はい」
「今はアレだろ? 暴走族とかやらないんだろ? 『大』がアンタらくらいのときがそういうのの終わりしくてさ。もう夜中ブンスカブンスカうるさいのなんのって。父親亡くして荒れてたのに拍車がかかっちまっててさ」
あぁ、また逸れてきてる! 方向修正、方向修正……。
「それで、『別のところ』ってどこだか言ってたりしませんでしたか?」
人探しで立ち寄っただけ、ということは、ここでは「ダイチ」そのものの情報は得られなさそうだけど、十五年前、「ダイチ」がこのお店のあとに向かった場所。それは重要な手がかりになるはずだ。
「ん~。『鳴らし山』ってとこだよ」
「鳴らし……山」
「なんかすごい山深いところらしいね。ワタシャよくは知らないけど。まあ、山って言うからさ、アンタ、そんな小さい子ども連れていくのかい、って言ったもんさ。真冬だったしね」
「子ども? 子どもも一緒だったんですか? その『ダイチ』は」
「ああ、そうだよ」
僕は息を呑んだ。
「ダイチ」がこの店を訪れたとき、子どもを連れていた。だったら、その子どもって……。
「おばあさん! その子どもっていくつくらいでした?」
「えぇ? 生まれたばっかりくらいの、赤ん坊だよ。真っ青の毛糸のベベ着せられててさ。この店の中でもグズッててさぁ」
やっぱり。十五年前に赤ん坊ということは……その子どもは……僕かもしれない。
「その赤ちゃんの名前って、判りますか?」
「さぁ、名前は知らないね。店の客にも可愛がられてさ。よく笑う子だったよ~。一挙にお店のアイドルになったさ。そういや、アンタらも可愛いね。男ひとりが女の子三人も連れちゃってさ。よ、色男」
そらきた。逸れてきやがった! しかもイヤな方向に!
とりあえず、ちょっと頭を整理……。
「ダイチ」は赤ちゃんを連れて、この店を訪れ、「大」さんを探していた。「大」さんはいなくて、その後「ダイチ」は「鳴らし山」に向かった……。あと、おばあさんに訊くべきなのは……。
「『ダイチ』はその後、このお店に訪ねてきたことは……」
「ないよ。その一回きりさ」
「『大』さんはその後どうしたんです? こちらに戻ってきたんですか?」
「ああ、ウチの孫? さあね……音沙汰ないからね。……生きているのか、死んでいるのか」
「そうですか……。それは……」
「あはは。な~にを暗い顔してるんだい。ウチの孫のことだもの、アンタにゃ何もそんなふうになることないよ」
おばあさんは笑い飛ばす。
ひとまず、これくらいだろうか……。僕が本当に「ダイチ」の息子なのか、直接の事実ではないけれど、次につながる糸、収穫はあった。
「お話、ありがとうございました」
逸れに逸れて地元野球球団の話題にまで至っていたおばあさんの言葉の途切れを狙って、僕は挨拶をした。
「あら、もう帰っちゃうのかい? どれ……」
そう言うと、おばあさんは奥からなにかをパンパンに詰めたビニール袋をもって戻ってきた。
「ほら、これリンゴ。持って行きな」
「な……え?」
「いいから。遠慮するな、子どもは遠慮しないのが可愛いよ」
「じゃあ……いただきます」
いいひと多いな、千代。
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「スゴイ、ちゃんと続いた!」
駅に向かって歩く道中。詩織が珍しくはしゃいでいる。
「こういうの、ドラマみたいで面白いっ! 訊き出してる強も、サマになってた~」
グイグイ、と肘で小突いてくる詩織。
「まあ、次がわかったのは収穫だね。『鳴らし山』……。次はそこだけど……。山だからな……どこをどうしたらよいものか……。ちょっとアテがないとな~……」
「アテならあるよ」
すいが口を開いた。「まりあ」を出てからずっと、すいにしては珍しくどこか思い悩んでいる風だったのが僕には気掛かりではあった。
「アテがある……? 『鳴らし山』、すいは知ってるの?」
「すごい知ってる。……そこは、ワタシとお師匠で過ごしてた……屁吸術の修行の山だもん」
僕は、すいの言葉に状況の整理ができず、しばしの間、その場で立ち尽くした。
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「あの赤ん坊、ホント可愛かったね~。こりゃあ将来ベッピンさんになるもんだってお客も何も、みんなで可愛がってあやしたもんだ……。懐かしいね~……」
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