第二十五話 Kiss me tender
「無事だったんだ! よかった!」
「うふ~ん。ワタシは不死身よ~ん」
クネクネと体を揺らす、すい。
あれだけ打ちのめされてて、よくもまあ……。ホントに不死身か?
「ヨッシーとのお楽しみは今夜! まずは……」
キッとソフィー兄をニラむすい。
「このシスコンをぶっころしないとね! 屁吸参段・輪魂の壱!」
ボべビッ
またあの自己強化の術だ。そしてまた、お腹の調子が悪そうなすいの音色である。
すいの髪はふわふわと浮遊しはじめ、瞳にピンクの輪が映る。
「さらに……輪魂の弐!」
ブボプ
「本当にお腹痛いの?!」
「アレ、その……あれは大丈夫なのかしら……? 音的に」
ホラ! ソフィーも心配しちゃってるじゃん!
当の本人は僕らの心配も全く聞こえていない様子。髪の浮上がさらに上がり、瞳のピンクの輪が二重に輝いている。
おそらく、自己強化の二重がけが、この「弐」なのだろう。
「あの術、すいの力を上げてるみたいなんだ」
「そうみたいですね……」
……?
ソフィーが少し浮かない顔をしているのが気になる。
この状況――ソフィー兄が呪法陣にとりこまれ、すいの強化が二重の状況なら、先ほどの廊下での戦いより有利になりそうなものだけれど。
そうこうしてる間に、自身の屁吸を終えたすいはソフィー兄に跳びかかり、右拳を放った。
やっぱり、「弐」はスピードがさらに上がっている。きっと打撃の威力もかなりアップしているんだ。
そのすいの拳を受けようとしたソフィー兄の右手は弾かれ、空いたボディにすかさず彼女が蹴りを入れる。
ソフィー兄は呪法の壁まで飛び、火花が散る。
「グガァ!」
「スゴイ……。ちゃんとダメージが通ってるみたいだ。これなら……」
「……ダメね」
「えっ」
ソフィー兄がゆらり、と立ち上がる。
頑なにずっと持っていたストローの束を手放した。両手を使う気だ。
「ソフィイッ!」
「ボケナスのシスコンがぁ!」
すいとソフィ―兄、二人は円陣の中央で激突。お互いにボディに拳を入れ合っている。
「グッ!」
すいはうめいて後ずさるが、ソフィー兄はニタリ、と口を歪めて笑う。
「五分……にはまだ少し遠い。しかも決め手に欠けてる。このままじゃ……」
「ラララララァッ!」
すいが連打をかけている。
一発一発でソフィー兄はダメージを受けているらしきものの、その場から弾き飛ばされるほどではない。
「ヌんっ! ガッ!」
「うぉぅッ?!」
連打の合間の一瞬の隙を突き、ソフィー兄のワンツーがすいを捉えた。今度はすいが格技場の壁に叩きつけられてしまい、そのままずり落ちた。すかさず、ガバ、と立ち上がる。
「ぐッ……ちょっと寝たい気分だっただけじゃっ!」
すいは、口元にできた血のにじみを片袖でグイッと拭った。
「あのすいさんの力、そう長くはもたないんじゃないかしら……」
「そうらしい。時間の制限があるんだってさ……」
「これはどう……だッ!」
円陣内のソフィー兄に向かって、頭突き体勢で突っ込むすい。
ボディにめり込んできたすいの頭突きに、さすがのソフィー兄もグラリ、と揺れる。
だが、彼は足の踏ん張りでそれにも耐え、すいの足を掴むと、そのまま彼女を空中に逆さ吊りにした。
こんな時になんだけど……パンツ丸見えです。
「いやん、テメェに、見せるもんじゃ、ねぇぞ!」
すいは、つかまれていない方の足で、ソフィー兄の脳天にかかと落としを食らわせた。
これは効いたらしく、ソフィー兄は彼女の足を離して頭を抱えた。
「ぐヌぅあぁッ……」
「もう、いっちょッ!」
「……ガァッ!」
着地前に空中でさらに蹴りを入れるすい。
ソフィー兄の横腹に入って彼はうめいたが、二、三歩あとずさりしただけでまたすぐに拳を構えてすいに向かっていく。
着地直後のすいは、それを側転で避けた。
「すいさん!」
ソフィーが大声を上げる。
「なんじゃい、金パツぅ! こっちはテメェのシスコン兄貴の相手で忙しいねん!」
「答えられたらでいいわっ! まだ手はある? イケますか? 倒せますか?!」
「正直言うぞ……ムリっぽい! こいつぁ、ホントに、バケモンですッ!」
ソフィーの兄が伸ばしてきた足払いを、ピョンッと避けて、すいは言う。
ムリ……。すいが無理なら、あんな怪物、だれがどうできるってんだ……。
「あと、二歩って、ところ! 屁吸を、かけられる、までって……エェッ?!」
連続の足払いをピョンピョン避けていたすい。最後のひとつは足払いと見せかけたフェイクで、急に態勢を変えたソフィー兄は空中にいたすいにまたもワンツーを見舞う。
二撃目がかすり、すいはバランスを崩して変な体勢で着地する。
「この兄貴手癖がッ! 悪いんじゃないでしょうかァッ!」
今度はすいがソフィー兄の喉元目がけてワンツーを入れる。
だがそれは、すかさずに腕で作られたガードをむなしく叩いただけだった。
「二歩……か。一歩でなく、二歩……二歩……はぁ……」
ソフィーは大きくため息をつくと、僕の方を見た。
「……?」
「……ま、それもいいかもしれないわ」
ソフィーは僕を見つめたまま、ひとりごとで何か意を決したような様子をみせると、間近に迫ってきた。
「え? え?」
「すいさん! 詩織さん! あとで怒らないでくださいよね。緊急措置です!」
そう叫んでソフィーは僕の頬に手を添えると、そのまま顔を近づけてきて……キスをした。
「んむ? む?!」
「てめえェええうェッ! ゴルァ! 金パツゥッ! 何しとんじゃァ!」
視界一杯がソフィーの顔のため様子は見えないが、すいの怒号が聞こえる。
というか、なんなの、この状況……? なにしてんの、ソフィー?
「はぁ……」
やっと離れてくれたが、まだ顔は近いまま。
目の前のソフィー。とろけるように潤んだ瞳。肌は上気して赤みを帯びている。
「私たち一族は、吸血鬼なんかじゃないんです……。唇を吸う鬼……。吸唇鬼とでも言いましょうか……あむっ」
ソフィーがまた唇を重ねてくる。ちょっと、もう……もう!
「ハァッ……異性の唇を吸うことで、身体能力が、爆発的に高まる、おかしな一族なんですぅ……ふむぅ」
また! 今度は僕の唇をハミハミまでしてくるっ。あぁ、もう!
「いい度胸じゃワレェヤァッ!! こっちの金パツぬっころしたら、次はテメェだァッ!!」
「ぷはっ……はぁ……大好き、だいすきぃ……。はむっ」
ああああぁぁあ! もう! なんて日だ!
いや、まあコレはコレでアレではあるんだけど……もうッ!
「もがも……もう、いいだろ! ソフィーッ!」
僕はソフィーをなんとか引きはがした。
ソフィーは上気しきった頬の上にうっとりとさせた瞳を浮かべ、呆けている。はぁ、と悩ましげなため息を何度も、何度も吐いて……。
「はぁ……そうですね……ふぅ……」
胸に手を当てて、深呼吸をするソフィー。
すいを見る。
ソフィー兄と乱打の応酬を演じながら、こっちをすっごいニラんでる。器用だな。
詩織を見る。
ものすっごいニラんでる。呪文唱えながらだからなお怖い。呪法ってのは目を閉じる必要はないんだね。
僕は、まったく効果がないことを知りながら、ふたりに向かって首を振った。
「よし」
ソフィーはようやく落ち着いたみたいだ。
赤みがさした頬はそのままで、凛とした眼差しですいとソフィー兄を見据える。気のせいじゃなければ、彼女の金色の髪がキラキラと輝いている。
「行くわよ、クソ兄貴!」
そう叫ぶと、ソフィーは一瞬にしてソフィー兄の背後まで跳び、その背中に蹴りを入れた。
彼女も円陣内では弱体化するという話だったが、その動きは僕が見る限り、すい、ソフィー兄、どちらをも凌駕しているようだ。
「ぐびぃ、そふィぃいえキィスッ!」
そして、その蹴撃の威力もすさまじい。
蹴りを受けたソフィー兄が弾丸のようにして呪法の壁まで飛び、彼の体をかつてない激しさの火花が襲った。
ソフィー兄はよろめきながら起き上がろうとするが、それにも難儀しているみたいだ……。これまでで一番のダメージ……。
「ゴラァッ! キンパツぁッ! テメェ、なめとんのかいッ!」
すいがソフィーに詰め寄り、胸ぐらをつかむ。
対するソフィーは赤みさす頬の上に浮かぶ、据わりきった目ですいを見下ろす。
「おま、ヨッシーに何しくさっとんじゃッ! テメェの屁、もっかい吸うぞ!」
「うっせぇェェッ!! クソアマがッ!!」
「ッ?!」
すいが一瞬たじろぐほどのソフィーの怒声。
「あとでいくらでも戯言は聞いてやるから! 今はアッチ!」
「……チッ」
ソフィーがまだガクついてるソフィー兄を指差す。すいはいかにも不服そうに舌打ち。
だが次の瞬間には、ふたりは同時に、ソフィー兄に向かって跳んでいた。
「グォウッ?!」
すいとソフィーからの両ばさみの攻撃を、彼はなんのガードもなくその身に受けた。
「どういう手品か知らないケド、ちっとマシになったからって、いい気になんなヨッ!」
「お互いさまでショッ!」
「変態くせえキスしやがってヨォッ!」
「うらやましいんでショ!」
ふたりは言い合いをしながら、交互に拳打、蹴撃を入れつづける。ソフィー兄には体勢を立て直す暇も与えない。
「ヨッシーが傷ついただろうガッ!」
「けっこう楽しんでたわヨッ!」
「ウソ抜かせこのドぐされガァ!」
「ハン! これだから元陰キャはイヤなのよネッ! ねちっこくてサッ!」
陰キャなんて言葉、どこで覚えたんだ、ソフィー……。
もはやソフィー兄は、ボロボロの雑巾みたいになりつつある。しかも、自身には完全に注意が向けられていないままのコレであるから、なんだかちょっとかわいそうになってきた。
「オラァッ!」
ソフィーのひときわ力の入った蹴りがソフィー兄の身体の中心を突く。
吹き飛ばされた彼は大の字になって、またも呪法壁に張り付いた。バチバチッ、と火花が激しく散る。
「グギャァアアアァッ!!」
「今よ! すいさんッ!」
「わかってるよ! 失魂ッ!」
ぷ
悲しいまでの小さな音。
そう、オナラです。
金の光がすいの口に吸い込まれていく。
「……兄妹そろってゲス味がキツイぜ……」
「バイバイ、兄さん……」
ソフィー兄のその白目にかろうじて灯っていた意識の光が消え去ると、彼はその身を格技場の床に音もなく横たえた。
おやすみ。ゆっくり眠りな、ソフィー兄……。あ、まだ名前も知らない。
ご感想、ご罵倒、ご叱責、お待ちしております!
もちろん大好物は褒めコメです!




