第二十四話 佐藤じゃないけどリアル鬼と鬼ごっこ
「ソフィーとキス! ソフィーにフロォト!」
すいを無視し、こちらに向かってくるソフィー兄(狂乱中)。
僕は彼に追い立てられて全速力で走っている! 追い立てられて――ホントに言葉通り!
廊下の突き当りを曲がる。先ほどの半ケツの山だ。無残に痴態をさらす、元生徒たち。
走る僕は、そんな半ケツの山を飛び越えている間にあることに気が付いた。
「くそシスコン兄貴! 男しか狙わないのか!」
そう、寝転がっているのは学生服――男ばかりなのだ。
おそらく、ソフィーへのシスコンが高じ、彼女に手を出す可能性のある男だけをこんな目に遭わせているのである。
なんともハタ迷惑な兄である。
「キス、キス、キスぅッ!」
僕は足の踏み場を見つけては跳びながら、ソフィー兄は半ケツの山をなぎ払うようにして、この廊下を抜ける。
彼が僕に追いつくまでまだ余裕はありそうだが、着実に差が縮まってきている……。
つづけて、ひときわ幅の広い廊下。昇降口だ。格技場に向かうにはここが最短だ! けど……。
「きゃあ!」
「な、なんだアイツ?!」
人が多い! 選択を間違えたか?!
「うわぁ!」
「きゃっ、きゃああッ!」
僕の背後で次々に悲鳴が上がる。走りながら後ろを見ると、ソフィー兄が通った後には次々と半ケツストローが出来上がっている。
通りざまに作ってるんだ。コーラフロートを。何個作る気だよ。
ただ、女子は……何もされていない。やっぱり男子だけが被害に……。
いや、まてよ?
女子の……スカートが……めくれてる?
僕たちが駆け抜けたための風? いや、それほど強くはないよな……。
じゃあ、ソフィー兄が……スカートをめくってるのか?……アホすぎる。
あんな風に正気を失っていても、すいとふたりでアイツに会った時と同じ、女子には興味津々で、男子には嫌悪感しかないらしい。
ソフィーが、「誘いこむには僕が適任」と言った意味がようやく判った。
仲間うちではもっともソフィー兄の標的になるのが男である僕だから、か。
「ど変態が!」
「ソフィーキスぅ!」
それにしてもまだ生徒数が多い。これでは被害が広がるばかりだ!
何かないか。
アイツに、僕だけを狙わせて、もっとひきつけるような手立てが。
「ソフィーィィィッ!」
……これか!
「おいコラ、くそアニキ! 僕とソフィーは付き合ってんだぞ!」
僕は走りながら振り返り、力いっぱい叫んだ。
女子のスカートをめくり、立ち止まってそれを凝視していたソフィー兄は、僕の方を向いた。猛烈な怒りの感情をその顔いっぱいに充満させて。
こ、怖っ! ストローを掲げるな。
「僕はソフィーを愛してるんだ! ソフィーも僕を大好きだってさ!」
追撃とばかりに。ソフィー兄はプルプルとその身を震わせはじめた。
「この間なんか、キスしちゃったもんね!」
「がァぁあァぁあッ!!」
ソフィー兄が雄叫びをあげて僕に向かってくる。他の生徒たちには見向きもせずに。
良し! ひとまず、良し。すんごい怒らせちゃったけど、走るっきゃない!
昇降口の廊下を抜け、西棟の廊下に入る。ここの突き当りを左に曲がれば格技場につづく外廊下!
「ふぅ、ふぅ!」
僕の体力が怪しくなってきた。
逆に、ソフィー兄はすいが与えた足へのダメージが徐々に回復してきているらしく、スピードが上がってきているような気がする。などと思っていたら、手の届きそうな距離にすでに迫っていた。
「ブチコロス!!」
ソフィー兄は右手でゲンコツを作ると、僕に向かって振り下ろしてきた。
ドンッ
すんでのところで前に跳び出して避けた。
体勢を崩した僕はゴロゴロと廊下を転がり、壁にぶつかって止まった。
「てて……」
寝転んでる場合じゃない。
すぐに起き直ったが、後ろの様子を見て口があんぐりと開いてしまった。
「なんだよ、その威力……?」
ソフィー兄が叩きつけた廊下には穴が開いている。
この廊下、どうみても人の腕力で穴が開くような素材じゃないぞ? マジかよ……。あんなに陥没させるなんて……。
ン? アレ……なんだ?
穴に……直立して何かあるな……。ツヤツヤと、細長い……蛇腹があって……。
ストローだ。ストロー! ストロー刺すな!
「ソソソソソフィーとキスキスキス、キスキスキース!」
ソフィー兄がすかさず追いすがってきて、また一撃。僕は今度は後じさって避ける。ストロー穴完成。
なんとか立ち上がったところに、また一撃。飛び込み前転でギリギリ避けられた。ストロー穴完成。
背後に次々にできていく、ストロー穴、ストロー穴、ストロー穴……。田植えか!
「クソガキャアぁァッ!」
西棟の廊下をほうぼうの体で駆け抜け、外廊下に出る。
しめた! 外廊下につながるところに戸がある!
僕は駆け抜け際にそれを閉めた。
これで時間が少しは……。
バギャンッ
「うわぁぁお?!」
「ただイマぁ~」
ソフィー兄は扉に盛大に穴をあけ、そこから顔を出した。歯をむき出しにして笑う。
「ウソだろ?!」
全然時間なんて稼げなかった!
格技場まで続く石畳を走り出す。あと少しだ!
「強くん!」
ソフィーの声!
「こっち! 格技場の奥まで来て!」
ソフィーが格技場の入り口で僕を待ち受けてくれていた。こちら、こちらと手招きをしている。
「兄を格技場の中に誘い込んでね!」
「ソソそソふぃいイいィい!」
ソフィー兄もソフィーの姿を見つけたらしく、背後で一層大きな雄叫びを上げた。
「誘い込むって、どうやって?!」
「なんとかして!」
そんな無茶な。
ソフィーと一緒に僕は、格技場に飛び込んだ。
格技場の床一面には石灰粉で不思議な文様が描かれている。これが呪法の陣か。
奥では詩織が、円陣の外枠に寄り添うような位置で瞑想をしている。
「奥です!」
円陣をぐるりと周り、詩織のそばまで駆け寄る。
「ふぅぅ……。ソフィー……キィス」
ちょうどそのとき、ソフィー兄が格技場の入り口に姿を現した。
吊り上がった白目。怒りをはらんだ荒い息を漏らす鼻。不自然に歯をむき出しにした笑み。まさに鬼面といってよかった。
「引き寄せて! 円陣の中に!」
「って言われても……」
アレしか、ないか……。
「おい、クソ兄貴! 僕とソフィーは昨日、夜一緒に寝たんだぞ! あれはキモチよかったな~!」
すごい勢いで僕の方に顔を向け、ニラんでくるソフィー。あなたの面も怖いですよ。
「ブチブチブチころすッ!!」
そして兄貴の方も、その鬼面に一層の激しさを加えてこちらに突進してくる。よく似たご兄妹ですこと。
バチン
ソフィー兄が円陣のなかにすっぽりとその身を収めた瞬間、火花のようなものが走った。
「詩織さん! 今よ!」
ソフィーの呼びかけに、詩織が目をカッと見開いた。
「うん! 縛ッ!」
詩織が叫ぶと、石灰粉の円陣から光が伸び、ドーム状の膜が形づくられた。
場の変化にかまわず突進してくるソフィー兄だったが、そのドームの壁にぶち当たると、これもまた火花のようなものが散り、彼はあわてて壁から離れた。
「グガァあ?! ソフィーキス!」
「……これは?」
「結界呪法。私たち一族を閉じ込めるため開発されたものらしいです。私たち自身では呪法術は扱えませんから、詩織さんに術式をかけてもらっています。ある程度の闘気を持つ人なら術式をかけること自体はそれほど難しくないから」
詩織の方を見る。
彼女はふたたび目を閉じ、胸の前で手を合わせて印を組み、なにやらブツブツと唱えている。これが術式なのだろう。
なるほど、僕より暗記が得意で、武術の心得がある詩織のほうがこっちは適役になるわけだ。
「けど……所詮はにわか仕込みですし、彼女も正式な術者ではない。そう長くはもたないでしょう……。この結界呪法の中で、早目に決着をつける必要があります」
確かに、詩織はダラダラと汗を流している。立って呪文を唱えているだけなのに、まるで全速力で走り抜けたあとのようだ。心身に負担が大きくかかっているに違いない。
「……決着をつけるって、ソフィーが?」
「私じゃないわ。私もこの中に入ってしまえば結界の効力で弱体化してしまいます……」
ここで、ソフィーは何かに気付いたような顔をした。そして、「ふふっ」っと可笑しそうに微笑む。
「……ソフィー?」
「やっとご到着ね」
バリィン
その時、格技場の明かり取りの窓を盛大に割りながら、何かが飛び込んできた。その、艶やかな黒髪をなびかせて。
「すい!」
「すいちーコンティニュード! お・ま・た~!」
「決着をつけるのは、もちろん彼女…………私たちのヒロインよ」
陽光でキラキラと光るガラスの破片をまといながら、すいが円陣内にフワリと降り立った。
ご感想、ご罵倒、ご叱責、お待ちしております!
もちろん大好物は褒めコメです!




