第二十一話 ドーナツ好きのあの娘のことかーっ!
「第二回! ヨッシー、はよ婚姻届準備して! 中間テストお勉強かーい!」
「いぇーい!」
「わぁぁ!」
パフパフ
「すい」
「どした、ヨッシー? 婚姻届、書けたか?」
「書くわけないだろ。ひとりで騒ぐなって言ってるの。母さんが隣で寝てるんだから」
「はい」
「あと、その『パフパフ』いうラッパ、どうした?」
「もらった。あいちんに。お店の備品のお下がりだって」
「はぁ……」
僕は頭を抱える。
中間テスト一日目、二日目、休日の土曜を経て、今日は日曜。
本当は勉強会を昨日に予定していたが、昨日は「ダイチ」の息子、僕を狙った襲撃者が現れたため、順延となったのだ。まあ、それ自体は、すいが即対応していたので問題はない。
「さてさて、皆さんの調子はどうですかなぁ~。ん~?」
パフパフ
「パフパフうるさい」
「ちょ、すいちゃん。黙って。覚えたやつがトブ」
「しね」
みんな、すいに構わず机にかじりついている。にしてもソフィー……辛辣だな。直球すぎるだろ。
テスト二日目には数学があった。これがひときわ難問が多く、テスト終了時には教室内がお葬式のような状態になってしまったのだ。
もちろん僕たち三人も打ちのめされ、挽回をしようと三日目、四日目に向けて現在鋭意勉強中なのである。
それにしてもおかしいのは、このすいだ。数学の自己採点、満点だとぬかしやがった。
「むっふっふ。いまのワタシは何を言われても平気だものね~」
その鼻メガネとたすき、どこから出した? なんだ? 「今日の主役」って。
「おい、詩織くん。お茶、淹れてくれんかね?」
「ごめん。本気で黙って。お願い」
「くんかくんか……ん? ソフィアくん、シャンプー変えた? どの銘柄? ワシもおんなじのにしようかなあ」
「はじけてまざれ」
「ホラ、強くん。今ならだれも見てないから、思う存分ワシのマウスのポインタをクリックしてくれたまえよ」
「だぁ、もう!」
僕は勉強道具を置くと、すいの両肩をつかんだ。
「頼む。すい、勉強してくれ」
「必要ナーシ」
「じゃあせめて黙っててくれ」
「チャックだね!」
「そう。チャック!」
「ジー!」
口の端から端、つまんだ手を動かすすい。それを確認すると、僕はペンを手に取り、化学式の書き取りに戻る。
「む~ふふむ~ふふふ~」
「……」
「むふふ~ふふむ~ふふふ~」
「……」
「むむふ~ふふむ~ふふ~」
「だぁ! すいッ!」
「むふ~?」
「チャック解除!」
すいはさきほどとは逆に手を動かす。
「ぷはぁ! 生き返ったぜい」
「きみは、アレかい? そんなに僕たちを苦しめて楽しいのかい?」
「あちゃペロ~」
「舌を出すな!」
「……だって、ワタシひとりだけ勉強してないのつまんないんだもん」
「じゃあ、教えてくれよ。できるんだろ?」
「うん。オッケー、オッケー、風呂オッケー!」
「たとえば、コレ、この化学反応式」
「うん」
「どうしてこういう形になるのか、いまいちよく分からないんだ」
「うん」
「……いや、うんじゃなくて、教えて」
「いいようにするからここは二つの分子式なんだよ! それが化合して右辺の式!」
「いいようにするって……何?」
「いいようにするは、いいようにする!」
ダメだ……。この子、ダメだ……。いや、解答はできるんだろうけど、「教える」ということが絶望的だ……。
「すい、アイス買ってきて」
僕はすいに二千円を渡した。
「やったー!」
「箱アイスな。いつものやつ」
「えぇ~? そしたらスーパーまで行かないとダメじゃ~ん。ヨッシーが襲われたらどうすんの?」
「詩織もソフィーもいるだろ。ダイジョブだよ」
「で~もぉ~」
「自分の分も好きなだけ買っていいから」
「やったー! いってきまーす!」
すいは嬉しそうに跳ねながら玄関を出ていった。
詩織とソフィーが無言で親指を立てている。僕たちは時間をお金で買ったのだ。二千円……学生の身分では決して安くはない。尊い犠牲だ。
「たっだいま~」
「はやっ!」
「早すぎるよ!」
「このビチグソがッ!」
三人が盛大にツッコみ。
「アイスおいしいね~」
たなからボタモチ。
食べているときは比較的おとなしいことを新発見。動物かよ……。そして、アイスを食べ終わったすいは見事にうたた寝し始めた。
僕たち三人は、互いに親指を立て合った。
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「そういえばさ~。金ぱっつぁんってお兄ちゃんいるの?」
しばらく寝た後、よだれを垂らしながら起きたすいは、周りが勉強に集中しきっているのにさすがに配慮したのか、テレビを小音量で見ていた。自由だなぁ、ホント。
旅番組のCM中、思い出したようにすいはソフィーに訊いたのだ。
すいの言葉に、ハッとした様子でソフィーは顔を上げた。
「どうして……それを?」
「木曜くらいだったかな~。道でそれっぽいヤツに声かけられた。金髪の女の子、知らないかって」
「おい、すい……」
僕は例の予感があったため、あえてソフィーに訊かないことにしていたのだが、すいにも念押ししておくのを忘れていた。
「ええ……いますよ。三歳違いの、兄が……」
ソフィーの様子がおかしい。顔が青ざめ、目はうつろ。言葉に力もない。
「へえ。金髪の兄と妹とか、公国かっての。若さゆえの過ちかってーの。まぁでも似てるね、やっぱり」
「似てなんか!」
卓を叩きつけ、立ち上がりながら否定の声を上げるソフィー。
すいも僕たちも、彼女の様子の急変に唖然とする。
「……似てなん、か……」
「……ど、どうしたってんだ? 金ぱっつぁんよ」
「お、落ち着いて。ソフィーちゃん……」
「……ええ、すみません……」
ソフィーがフラフラ、と腰を落とす。今にも倒れてしまいそうだ。
「なにか……あったの? お兄さんと」
訊いてはいけないことなのかもしれないけど、僕は訊かずにはいられなかった。
「……兄は、妄想にとりつかれてるんです」
「妄想?」
「そう……私のことを、家に閉じ込めておいて、自分の好きにできる……そんな妄想。私に異常に執着して、異常に溺愛が過ぎて……」
「シスコンってこと……?」
「シスコンって何なの?」
すいが疑問を挟む。勉強もできるし、訳の分からない知識もあるのに、知らないことはホントに知らないな……。
「妹や姉を好きな男兄弟、かな?」
「へえ。兄妹は好きになっちゃダメなの?」
「一般的には、禁止されていることだね」
「そうなんだ。じゃあ、金ぱっつぁんも、『ヤメろ!』って言えば済むんじゃないの?」
「ダメなんです」
ソフィーが大きくかぶりを振る。
「ダメ?」
「私がどこに行くことも、何をすることも、全てを許さないの。力尽くであの暗い部屋に連れ戻される……」
「ソフィーちゃん、強いのに……?」
ふるふると、僕は首を横に振った。
「すいが言うには、お兄さん、スゴイ強さらしい……」
「……私たちは日本でいうところの鬼の一族ですから……」
「鬼?」
「いや、人間とそう変わりない、とは聞いています。実際、母はまったくの一般人ですし」
「鬼……吸血鬼……」
詩織の言葉に、ピクン、とソフィーが身体を強張らせた。
「ソフィーちゃんって、吸血鬼ってこと?」
「詩織、どうしてそう思うの? ソフィーが吸血鬼……バンパイアだなんて」
「ん、なんかイメージ? ほら、なんか儚いカンジしない? ソフィーちゃんって。日の光に弱そうっていうか」
「……私たちは、そんなことはありませんよ」
確かに。ソフィーは日光の元でも全然元気にしているな。
しかし、吸血鬼まで登場か……。何でもアリに加速がかかってるな……。
「かぁっ! 吸血鬼って!」
バンッ、バンッとソフィーの背中を叩くすい。
「ベタな。ホント、ベタなのな。お前、吸うモノをちょっとひねれよ! ワタシなんかオナラ吸ってんだぞ、オナラ。うら若き乙女がどんだけやっちゅーねん! うらやましいっちゅーねん!」
あ、すい……。とんでもないものを吸っている自覚はあったのね……。
「ワテもそんな、血とか飲んで神秘的になってみたいっちゅーの。でもな、金髪の吸血鬼なんてキャラ、もう枠がいっぱいいっぱいでテメェみたいな貧乳、入る余地ないのよ? 判る?」
あえて言おう。「貧乳」は盛大なブーメランですよ、すいさん。
「要は兄ちゃんが妹を連れ戻しにきたってことでしょ?」
「……間違いなく、そうです」
「ソフィーの……」
すいの発破かけに、僕も口を挟む。
「強くなりたいって理由がソレ? お兄さんから、自立するため……?」
コクン、とうなずくソフィー。
「兄が手出しができないところへ、行きたかった。強さを手に入れたかった……自由になりたかった」
なんで過去形なんだ。まだ、まだだろうに。
「……イヤなんでしょ? 金ぱっつぁんはもう、兄ちゃんのところには戻りたくないって」
「……はい」
「だったら、ワタシらが止めてやんよ」
「え?」
「シスコンアニキ撃滅作戦じゃ! ヤロウども、わかったかー!」
「オーゥ!」
詩織はすいの提案に乗って拳を上げたが、ソフィーの顔色は全然晴れない。
僕も、そんなソフィーに気を取られ、ふたりの鬨の声に乗り切る心持ちにはなれなかった。
「……ソフィー。僕たち、力になるから。僕はアレかもだけど……」
「……はい」
それでもやっぱり、ソフィーの表情は暗いまま。
「なんだか、変な空気にしてしまってすみませんね……。さ、勉強しましょう、勉強」
それは、ただの強がりにしか聞こえなかった。
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