第十八話 女の戦い
「で……どうしよっか? ソフィーのこと……」
僕たちは放課後、僕の家に集まって今日の件――ソフィーの「ダイチ」調査の仲間入りについて話し合うことにした。
集まって、とは言っても、すいは僕の家に入り浸りなので、実質は詩織が来ただけではある。
「ハイハイハイ! はんたいのはんたいのはんたいのはんたいのはんたーい!」
すいが腕をビーンと上げながら身を乗り出してくる。小学生か。
「えー……と、五回。すいは反対なのね?」
「当たりまえだっしょ! あんの金ぱっつぁん、何様のつもりやっちゅーねん、ホンマに」
「詩織は?」
「アタシもソフィーちゃんにされたことを考えると、ちょっとイヤだな……」
当然だ。詩織は彼女から、一歩間違えば命にも関わるようなことをされたのだ。そんな相手をハイ、そうですかと受け入れることは難しいだろう。
「つよしは?」
「僕は……正直、戦力としてはとても助かる……と思う」
「うぬはなにを申しておる? 此の方には万夫不当、阿武隈すいが居るのだぞ? 事足りておるわ」
「自分のことを棚に上げて言うよ? この間のサムウェイとの闘い、きつかったでしょ?」
「そりゃあ、まあ、うん、まぁ、ね……。おっしゃる通りですわ……」
「そうだね……。って強、ホントに棚に上げてるね」
「ごめん……。でも、あの場にソフィーがいてくれたら、って考えてみてよ」
「……」
「……あんなには苦労しなかったでしょうね」
ソフィーはいうなれば、僕たちの中ではすいに次ぐ実力者だ。サムウェイ戦であれだけの体術の動きを見せたすいに、いくらかかすり傷を与えたのもソフィーなのである。
「すい」
「……な~によ?」
なんか、すいが不機嫌になってきている……。よっぽどソフィーとそりが合わないんだろう。
「すいは、ソフィーと戦ってた時、何気に時間かかってたよね?」
「う、それは……そう、メガネ。メガネが壊れたから!」
「……たぶん、僕の勘では、他に何かあったんだよね?」
「……ちぇ、ヨッシーめざといなぁ。……アイツね、なんだかつかみづらかったんだ」
「つかみづらい?」
「そ。屁吸は『御霊の神髄を捉える』ってのは前に話したと思うけど、それがどうもやりづらくてね。それで、ヤツを疲れさせる作戦で攻撃させまくったの。同じ人間でも、弱ってる方が術に落としやすいから」
「なるほど。それでますます思ったよ。ソフィーは何か、純粋な強さとは違う……特別な力を持っているのかもしれない。そういう多様性こそ、本当に大変なときに強いんじゃないかな? サムウェイのときの僕らみたいに」
「……まあ、ねぇ……」
「……」
「単純にすいに負担がかかりすぎてる気がする、ってのも大きいけどね」
「やーん。ヨッシー心配してくれてるの? やっぴーうれぴー!」
「……」
「だから僕は、ソフィーの提案を考えてみてもいいんじゃないかな、とは思う」
「え~。それはうれしくな~い……」
「……」
詩織が押し黙ったままだ。自分の中で折り合いがつかないのだろう。
それでも何か意見を言わなければ、とどこか焦燥の様子を彼女から感じるのは、詩織の真面目な性格のせい。
「ただし、ソフィーに別の魂胆がないことが前提だけどね」
そんな詩織に助け船を出すつもりで僕は付け足した。すいは単に相性が悪くて渋っているから置いとくとしても、詩織が快諾しなければ僕もソフィーの提案を退けるつもりだ。
あのソフィーの様子、何か別の魂胆を疑う余地は大いにある。詩織に、ソフィーを拒む理由をそれにしてくれてもいいよ、という意味で僕は付け加えたのだ。
だが、僕のいらぬお節介は別の結果を生んだ。無謀に思えるようなことでも全力でチャレンジするのが詩織の性だということを、僕は失念していたらしい。
詩織は意を決したように顔を上げた。
「私が、確かめてみる。明日、ソフィーちゃんに」
「確かめるって……どうやって?」
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翌日の昼休み、僕たちはまたも格技場に集った。もちろん、ソフィーも呼び出して。
しかし、詩織だけがひとり、道着姿である。
「で、お話は受け入れてもらえるのですか?」
詩織の方をしきりと気にしている素振りを見せながら、ソフィーが居丈高に口を開いた。
「そのことだけど……」
「ソフィーちゃん、アタシと手合わせしてもらえないかな?」
詩織が一歩前に出る。
「……は?」
困惑の表情を見せるソフィー。
そのキモチ、判る!
問題はソフィーを仲間に入れるかどうかなのに、手合わせなんてどこから出る話なのか。昨日、詩織の提案を聞いた僕もそう思ったのだ。
「いや、これはね。意趣返しとかそういうんじゃなくて、ホラ、言うじゃない? 拳と拳で語り合うってやつ」
「……はあ? 詩織さん、あなた、おかしいんじゃないの?」
そう。筋肉少女らしい、実に筋肉的な提案だったのだ。
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「しおりん、やめなって! 危なすぎるよ!」
「いや、アタシは意外と、そんなこともあるんじゃないかって割と本気で思ってるんだよね」
「だからって……」
「アタシ、本気で組んでくれるよう、ソフィーちゃんに言う。何かやましいことがあって、どうしてもアタシたちに取り入りたいってことなら、はじめっからソフィーちゃんは見るからに手を抜くと思う。逆にスゴイ本気でこられて、アタシはこの前みたいに倒されちゃうかもしれない。でもその一瞬だけ、最後のトドメに彼女がアタシを気遣って少し手を緩めてくれるようなら、私たちに本気で向き合ってくれていて、なおかつ思いやってもくれてるような、そんな証拠になる気がするんだ……」
詩織は自身の考えを自身に納得させるように、小さく、コクン、コクン、とうなずいた。
「詩織……」
「まっ、アタシも本気で行くけどね。アタシが勝ったらソフィーちゃんは戦力外通告ってことで不要でしょ?」
「まあ……そうなるね」
「あ、すいちゃん。ホント~にヤバい時は、手助け……してね」
「……うん。ヤツはぶっ殺す。そして、金髪をしおりんの墓前に供えるよ!」
「詩織を勝手に殺して勝手にキモチワルイお供えをするんじゃない」
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「いい? ソフィーちゃん。本気だからね?」
「ハァ……どうなっても知りませんよ?」
格技場内でふたりが向かい合う。
この光景。同じ光景がついこの間、まさに命のやりとりの際として、僕の目の前にあったのだ。当事者としては胸が痛い。実に心臓に悪い。
「はぁッ!」
あの時と同じに、先に動いたのは詩織だ。同じ手段、まっすぐの正拳。
対するソフィーも、前回と同様、向かい来る正拳を片手で逸らせる。
が、ここからは展開が違う。
詩織は逸らされた勢いを利用して、回転蹴りを放とうとしている。スピードが乗った、左足中段回転蹴り。
これには一瞬だけソフィーも意表を突かれた表情を見せたが、すぐさま自身の左足を掲げ、すねの、骨の部分で受ける。
かち合った衝撃で体勢を崩しそうになる詩織だが、これをこらえ、今度は裏拳。
だがそれを放ちきる前に、浮いていた詩織の左足がつかまれ、ソフィーの頭上まで引き上げられる。
「うグぅッ?!」
足を取られ、板張りの床に詩織の身体は叩きつけられた。その音と詩織のうめき。思わず僕は顔をしかめた。
すかさずソフィーから、すさまじい落下速度の左足カカト落としが……。
「……すぅ……」
僕の横で一緒に詩織を見守っていたすいが構えを深め、吸気を始める。が、屁吸術が使われることはなかった。
ソフィーの、凶器とも呼べるそのカカトは詩織の顔面スレスレで止まったのだ。
「ふぅ……これでいい? それとも、最後は手を抜いたから不合格ってところかしら?」
ソフィーがくるり、と向き直って格技場を出ていこうとする。
正直、舌を巻いた。詩織の言った通りになったのだ。
「ううん……。そんなこと、ないよ」
ゆっくりと立ち上がって、ソフィーの背中に語りかける詩織。倒されたときのダメージが残っているのだろう。ヒザがガクついている。
ソフィーが振り返る。何かおかしなものでもみるかのような目。
「いたたた……。これからよろしくね、ソフィーちゃん」
緩慢ながらも、ソフィーに向かって手を差し出す詩織。
手のひらを上に向け、「クラップしてくれ」、と誘ってる。
「よろしく、ソフィー」
「ワタシャ、あんたのこと、認めとらんけどね!」
「……ホント、ニェプ。これが何だったっていうの? あなたたち、やっぱり少し変だわ。私、提案する相手を間違えたかしら?」
ぶつくさ言いながらソフィーは詩織に近づき、その差し出された手を、パン、と軽快に叩いた。
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