第十七話 三人目の少女
サムウェイとその一派の襲撃から一週間ほどが経った。
同じ週の週末には僕の父さん、「ダイチ」のことを調べるために千代に行く予定にしていたけど、それは取りやめになった。
あの襲撃時、情けないことに僕は左の手首を盛大にひねっていたらしく、病院で全治二週間の烙印を押されてしまったのだ。
それでも僕は千代行きの強行を考えていたのだけど、すいと詩織がふたり揃って延期を勧めてくれたのだ。ふたりの(もっと重傷に至りそうな)勢いにおされ、ついには僕もその勧めを了承した。
これで二週間は、「ダイチ」調査の方は何の進展も得られないことが確定した。
これだから弱キャラがガラにもなく張り切るとロクなことがない。
加えて……全治予定の週には、学生の本分、中間テストが待ち受けている。
これが土日を挟むものだから、千代行きはさらに一週間延びる。
やきもきしても仕方がないんだけども……。はぁ……。
それにしても、テストです。これがマズい。
すいが家に居着いてからというもの、彼女は僕に始終つきまとってきて、まともな勉強などしたためしがない。
不幸中の幸い、と言えるかどうかはわからないけど、僕の利き腕は右。物を書くのにはとりあえず支障はないのだけど……。
------------------------------------------------
高校生活というのは、ただ淡々と授業を受けるだけじゃなくて、いろいろと変化が起こるものらしい。
「ねえ、すいちゃん。今度カラオケ行こ~よ」
「カラオケ?! ワタシ行ったことない! オッケー、オッケー、カラオッケー! しおりんも誘っていいよね?」
「モチ!」
「しおり~ん」
「なにー?」
「あっちゃんたちとカラオケ行かない? 行かないという選択肢はないぞよ?」
「じゃあ何で訊いたのよ」
「あちゃペロ~」
ここ数日の変化のひとつは、すいのネコかぶりが終わり、次の段階に入ったことだ。つまり、すいはそのエキセントリックな性分を徐々にクラスメイトに明かしていったのである。明かす、というよりはボロを出す、に近かったけれども。
でも案外、クラスメイトはそんなすいを受け入れている。友だちも増えてきたみたいだ。あと、舌を出すな。
「すいちゃん、カレシも呼べば?」
「え~?」
すいがトコトコと僕の席までやってくる。
「だってさ、ヨッシー。どうせワタシたち乙女の会話、盗み聞きしてたんでしょ~? 来たいなら来たいってい・い・な・よ?」
やめろ。僕の頬をつつくな。
「行かないよ。僕、歌うのヘタだし」
ペシリと、すいの指を払いのける。
「ちぇ、いけず」
「いけず~」
「いけずヨッシー~」
「バカつよし」
女子連中が揃っての罵倒。相手にしない。
ああやって楽しんでやがるんだよ、アイツら。
これも変化のひとつ。かねてウワサになっていた僕とすいが付き合っている、というデマ。これが確定事実としてみんなに認識されたことだ。
すいが本性を現してからというもの、この調子で学校内でもカラんでくるものだから、みんなの間違った確信がより深まっていくのを、僕はただただ受け入れるしかなかった。「逢瀬、避妊はしろよ」、とは先日のフクちゃん先生からのありがたい助言でもある。
「どうでもいいけど、すい。ちゃんと勉強しろよな」
「べんきょう? なにそれ? うまいのか?」
「中間テスト! もう来週だぞ。遊んでばっかりいられないだろう」
「へへ~ん。すいちゃん、勉強できなくたって困らへんもん」
すいは来た時と同じようにして女子の輪に戻っていった。
「はぁ……」
「まぁまぁ、ツヨポン」
僕の肩を叩いてくる切田。
「ツヨポンいうな」
「カノジョがああ言ってんだから行ってあげれば、あ、いいじゃ~ないの~? あ、なんなら俺、ついて行こうか? 寂しいだろ?」
これも変化のひとつ。この切田の変貌。
僕とすいの仲が確定的に見られてきたあたりから妙に馴れ馴れしくなってきたのだ。「ヨワシ」から「ツヨポン」に格上げされたのはいいとして、正直、こいつが一番ウザい。
「うぅ?!」
プゥ
などとウザがっている間に、切田が倒れた。
そう、オナラです。
今や切田は、すいの完全なオモチャに成り果てている。
「『卒倒』がまた倒れてるぞー!」
久留米くんも毎度、連絡放送のように声を上げるのが定着した。
その声の数瞬後、切田が起きる。これで一連の流れ。
「……あぁ、もう! ツヨポン、ホントに何もしてないよな?!」
「……うん。してない」
「拓ちゃ~ん。俺見てたけど、逢瀬、マジでなんもしてないって」
そうです。やってるのはすいです。
切田は僕のところにカラみにきているときに倒れる法則性を見つけ出したものの、その先にはなかなか進めていない。
なにせ、犯人は教室内程度ならどこからでも、誰にも気づかれずに切田を倒すことができる、スナイパーすいですから。
……なんなんだ、このクラス?
さて、ほのぼのしている朝のショートホームルーム開始間近、クラスのみんなもだいたいは登校が済んでめいめいに過ごしている中、不意に教室の後ろの方から歓声があがった。
「わぁ~! 元気だった? って、元気じゃないかー?」
「復帰だね~! 待ってたよ!」
「うるしゃうっほほーい! 姫のご帰還だー!」
突然の騒ぎに、僕も後ろを振り返る。
歓声を受けるその人物は、教室内にすでに足を踏み入れていた。
音もなく歩く様。なびく金髪。ハーフが故の、日本人離れした整った顔。
香久池ソフィアである。
血の気が一気に引く。
すいと詩織にも目を配る。
すいは遠目にソフィーにニラみをきかせている。詩織は、なにせ為すすべなく倒された相手だ。どことなく緊張した面持ちを見せている。
そんな僕たちに、遠く、自分の席からゆっくりと目線を送って寄越すソフィー。まるで、「大丈夫よ、何もしないから」、と宥めるような目つき。微笑さえ浮かべている。
「はいはーい、おはよっさーん。おろ」
入って来た富久山先生がソフィーに気づく。彼女の金色の髪は、教室内では大いに目立つ。
「来たか、来たか、来たかー! ついに! 喜べ、クソ男子ども!」
「うぇーい!!」
「滅べ! リア充!」
「逢瀬、爆発しろー!!」
「ソフィーたん、復☆活!」
ビンと、訳のわからない直立姿勢をとる我らが担任教師。独身、彼女なし。
沸き上がる男子連中、プラス、女子の一部。
ホント、なんなんだ? このクラス……。
------------------------------------------------
昼休み。すいはソフィーを格技場に呼び出した。もちろん、僕も詩織も立ち会う。すいの陰に隠れるようにして、ではあるけども。
格技場に現れたソフィーはあいも変わらず、立っているだけで神々しさをその身にまとっている。
「ごきげんよ~う。ソフィーお嬢さま……。どういうことかしら? 三か月は眠るようにしたはずだけど?」
「さぁ? 私は知りません。神様の都合でもあるんじゃないかしら? 私がいないと困るような、そんな都合が」
「寝言は寝て言え! トンチキが!」
「ニェプ……。相変わらず口が悪いのね。屁吸使いの阿武隈さん」
「おま言う!」
このふたり、相性悪いな……。
「……目的は? 僕たちのところに戻ってきた、目的」
「あら、強くん。その後どうかしら? 元気にしてます? 詩織さんも」
「うん……まぁ」
「おかげさまで、ね」
「あら、詩織さんも怖い顔して」
彼女がフワリ、と笑う様は、「天使」という題名で絵画にされていても決しておかしくない。
「目的……目的ねえ。そんなの、皆さんとここで相対したときから変わってませんよ?」
「あの時って強を殺すのが目的だったんでしょう?」
すいと詩織が同時に構えを作る。
「いいえ、それは過程。私は強くなって、世界の裏で、誰も私に歯向かえないような、そんな力を手に入れたいの」
「……力?」
「ケッ! このすいちゃん@ヨッシーLOVEにボッコンボコンのケチョンケチョンにのされといて、よく言うわ!」
「……ふふ。そこで、私から提案をしたくて戻って来たのよ」
「はい、却下~! お帰りくださ~い! お出口アチラでーす!」
「そんなに邪険にしないでくださいよ、阿武隈さん。いえ、私もすいさん、と下の名前で呼んでもいいかしら?」
「はい、却下~! とっととお帰りくださ~い! お出口アチラでーす!」
「調べたところ、あなたたち、私のような襲撃をこれまでも何度か受けているそうじゃありませんか」
そう、実はサムウェイの件のあとも、僕を……「ダイチ」の息子を狙って、退役軍人の狙撃手がやってきたことがあった。つい四日ほど前のことだ。
その時は詩織が左手をひねって自由がとりづらい僕の周囲を警護してくれ、その間にすいが数百メートル離れた狙撃ポイントに潜んでいた相手を倒したことで撃退に成功したのである。
その他、すいが僕の知らぬ間に撃退した襲撃者も、彼女の申告では三組ほど……。
「なかなかご苦労でしょう? 人手が要りようかと思いまして」
「あぁん?! 何が言いたい? もったいぶらずにとっとと言いやがれ、金ぱっつぁんよぉ! みかんの箱にぶち込むぞ!」
「……どうです? 私もお仲間に加えていただけませんか?」
格技場に陽光が差し込む中、天使は微笑みながら、思わぬ提案をした。
ご感想、ご罵倒、ご叱責、お待ちしております!
もちろん大好物は褒めコメです!