幕間一 今日はワタシの(ストーキング)記念日
突然ですけれど、こんにちは! こんばんはの方もいるのかな?
ぼくの名前は笹原拳一といいます。小学四年生です。
初めましての方は初めまして!
この幕間編では本編の裏側とか、どうでもいいキャッキャウフフの内容なんかをお送りする予定ときいています。
今回は強兄さんは事情により意識がない、とのことですので僕のナレーション? でお送りしますね。
でも、そんな需要あるようには思えないのに、全くムダなスペースですよね。
え? あぁ……。あ~うるさいなぁ……。
いえ、違うんです。
なんか隣に人がいてですね。余計なこと言うな、だとかメタは少なめに、とか、ゴチャゴチャうるさいんですよ……。ごめんなさい!
では今回の幕間。舞台は本編より少し前の、逢瀬家らしいです。
------------------------------------------------
そろそろ冬も本番という頃、まだまだ暗い未明の路地を、ひとりの女性が跳ねながら進んできます。
「るんたった、るんたった~。つよぽ~ん、今帰るからね~」
強兄さんのお母さん、逢瀬愛さんです。とても高校生のお子さんがいるようには見えない、お若くてキレイな方です。
ふわふわとした黒髪を跳ねさせながら、なにやら楽しそうにスキップの帰路途上のようですね。
「たっだいま~……って、あらら~?」
強兄さんの家は、六畳が二間のアパート。玄関からお台所を挟んですぐに居間になっています。
愛さんは暗がりの中、その室内で人影が動いていることに気づきました。
「どなた~?」
「あ、え……アレ?」
パチン、と愛さんは電灯のスイッチを入れます。
そこにはメガネをかけ、ボロボロのティーシャツにこれもまたボロボロのハーフパンツを履いた、ボサボサ髪のひとりの少女が立ちすくんでいました。
「あらら。おはよ~」
ペコリ、とお辞儀をする愛さん。
「お、おはよう……ございます」
つられて、少女もお辞儀を返します。
と、思いきや、彼女はダダダッと窓に駆け寄っていきます。
「帰っちゃうの~?」
窓枠に足をかけ、一瞬だけ愛さんの方を見る少女。
その時、彼女のお腹が、グゥ、と鳴りました。
「お腹空いているのね。食べていきなさいな。ほら、おこたに入って入って~」
なかば強引に愛さんにこたつに押し込められ、少女は呆気に取られています。
「はいはーい。おまちどうさまでした~」
「え……あ……」
こたつの上には、ごはんに卵焼きにお味噌汁、お漬物が並びます。
「簡単なものでごめんね」
少女のお腹がまた、グウ、とひと鳴きしました。
「あらら。よっぽどお腹が減ってるのね。さあ、お食べなさいな」
ついには眼前の食卓によだれを垂らすまでになっていた少女は、愛さんの言葉を合図に、すごい勢いで目の前の皿を空にしていきます。それをニコニコと眺める愛さん。
「つよぽんのお友達でしょう? ごめんね~。まだつよぽん起きてないみたいで」
「つよぽん?」
「あ、やっぱりおかしいかな~? よく言われるんだよね。自分の子どもをそんな呼び方するのは、おかしいって」
愛さんはそう言って、ペロ、と舌を出します。
「子ども? あなた、あの子の……」
「お母さんでーす。あいちんって呼んでね」
すいさんにピースサインを送ります。
「あいちん……」
「うふふ……な~に? ……そういえば、あなたのお名前、なんて言うのかしら?」
「すい……。阿武隈すい」
ほう、と息を呑むような様子の愛さん。ニコリとすいさんに笑いかけます。
「可愛いお名前ね。すいちゃん、すいちゃん……。すいちーって呼んでもいい?」
「すいちー……。いいけど、なんでそんな変なふうに呼ぶの?」
「変かしら?」
「だって名前があるじゃない。ワタシにはすいって名前が。あの子には強って名前が」
「う~ん……。大好きだからかなぁ」
「大好き……」
「そう~。とっても大好きで、特別に大事だから、特別な呼び方で話し掛けるの。それは、大好きだよ~っていつも言っている印」
「……あいちんは強のこと、大好きなの?」
「もう、すっご~い……」
愛さんは腕を大きく広げて、大きい輪っかを作ります。
「大好き!」
「じゃあ、私のことをすいちーって呼ぶのは……」
「すいちーのことも大好きだからだよ~」
「大好きって、今日はじめて会ったばかりなのに?」
「はじめても何も、私が大好きって思ったら関係ないと思うな~。ダメ?」
すいさんは少し口を尖らせてそっぽを向くと、「ダメじゃないけど」と言いました。
そうこうしている間に、食卓の上の料理はすべてキレイにすいさんのお腹の中に入ってしまいました。
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さまでした~。ふふふ、今日は記念日になっちゃった~」
「きねんび?」
「そう、記念日~」
「きねんび、って何? あいちん」
「記念日っていうのはね。嬉しいことや楽しいことがこの日にあったんだよ~って、そういう日のこと」
「なにか嬉しいことや楽しいことがあったの?」
「すいちーに出会えたわ」
すいさんは少し口を尖らせてそっぽを向くと、頬を赤く染めました。
「記念日があるといいことがあるの?」
「そうね~。毎年、毎年、同じ日が来るたびに、ああ、今日はつよぽんが初めて「ママ」って呼んでくれた日だな、今日はすいちーに出会えた日だなって嬉しくなるよ。毎日が、毎日楽しいの」
「そっか……あいちんは幸せなんだね」
「すいちーは幸せじゃないの?」
うつむくすいさん。
「……わかんない」
愛さんは立ち上がると、化粧台からクシを持ち出し、すいさんの隣に座ります。
「な、なな、なに?」
「ホントはお風呂入れてあげたいけど」
そう言うと、愛さんはすいさんの髪をとかしてあげます。
少し警戒していたすいさんですが、次第に表情が緩んできました。
「ど~お? すいちー」
「ン……なんか、変なカンジ……」
「気持ちいいでしょ~」
「うん……。そうかも」
「ね? これが幸せ」
「これが、幸せ……」
「きれいな髪だね」
「いや、最近ぜんぜんお風呂入ってないし、ベトベトだよ」
「ううん、そんなことないわ」
ハイ、と言われて鏡を見るよう促されるすいさん。
そこには、三つ編みお下げのすいさんが映っていました。
「はあ……」
「ね? 可愛くなったでしょう?」
愛さんに向き直るすいさん。
「これも幸せ?」
「うん。そうだね」
愛さんは立ち上がると、こっちこっち、と声を出さずにすいさんを手招きます。
ふたりは隣の部屋につづくふすまを、少しだけ開きます。差し込む光によって、中の様子はかろうじて見て取れます。
二組の布団が敷かれ、そのひとつにはすいさんと同年代くらいの少年が、掛け布団をはだけさせて寝ています。強兄さんです。
「あいちん、大丈夫? 起こしちゃうよ?」
小声で心配をするすいさん。
「うふふ。つよぽんのいいところのひとつは、すごい寝つきがいいこと。一度寝たら、ぐっすり眠ってるの。赤ちゃんの頃からそう。ちょっとやそっとじゃ起きないよ~」
愛さんも小声です。
さらに手招きして、強兄さんの顔のそばまでふたりは近づきます。
「こうやってね、お仕事終わって帰ってきたらつよぽんの寝顔を見るの。これも私の幸せ」
「あいちんの……幸せ……」
「すいちーもいつでも見に来ていいからね。つよぽんの寝顔。私の幸せ、おすそ分け」
「……記念日」
「ん?」
「今日はワタシの記念日だ」
「記念日?」
「なんか……よく判らないけど、今、ちょっと嬉しかった」
すいさんは愛さんに顔を向けます。
「嬉しかったら記念日になるんだよね?」
「そうよ~」
「じゃあやっぱり、今日はワタシの記念日だ」
その時、さすがの強兄さんもふたりのやりとりに反応したのか、う~ん、とうなって寝返りをうちました。
ふたりは顔を見合わせましたが、強兄さんにまだ起きる気配がないので、顔だけで笑い合いました。
「最近、受験勉強頑張ってるからね~。お疲れかな」
「受験……?」
「そう、学校にいくためのテスト。それをね、頑張ってるんだよ」
ふたりは音を立てないよう、忍び足で寝室を出てくると、ゆっくりとふすまを閉めました。
「……あいちん、学校って……ワタシも行けるかな?」
「行ける、行ける~。人間、やってやれないことはない、って言うわよ~」
「……強はどこの学校に行くの?」
「水無高校だって」
「じゃあ、ワタシもそこ行く」
「うんうん」
「あいちん、その……勉強……できたら教えてくれると……」
「うん、いいよ~。ワタシでよければ」
外はもう明るくなり始めています。
すいさんは窓を開けると、片足をかけて愛さんに振り向きます。
「今日は帰るね、あいちん」
「あらら。つよぽん起きるまで、いいの?」
「うん。帰る」
「そ~。じゃあ……」
愛さんは室内の奥にいくと、すぐ窓際に戻ってきました。そして、手に持ってきたモコモコの、羽織のパーカーをすいさんに着せてあげました。
「寒いから、ね。すいちー、また来てね」
「うん。また来るね」
すいさんはニッコリ微笑むと、冬の朝の空気の中に飛び出していきました。
「あらら~。今どきの若い子は屋根の上を行くのね」
愛さんは、すいさんが見えなくなるまで手を振って見送りました。
ご感想、ご罵倒、ご叱責、お待ちしております!
もちろん大好物は褒めコメです!