第十四話 高校生ぐらいになって突然思い出したようにやる子供の頃の遊びってなんであんなにクソ楽しいの?鬼ごっことかかごめかごめとか
みぽりん曰くのワワフポ社を訪ねた翌日の日曜……まあ、つまりは昨日のことだけど、僕たちは彼から得られた情報である「マリア」というバーを特定するため、調査に一日を費やした。
「僕たち」とは言っても、すいはスマホやパソコンの操作が絶望的にできず、加えて、よっぽどしまくらの服が気に入ったのか、それを着て始終浮かれていたから戦力にはならなかった。
「マリア」という名のバー。
店名がアルファベット表記やひらがな表記、「マリア」をその一部に含む名前。千代市内のスナック、居酒屋、飲食店と、考えられる条件の幅を広げてネットで該当する店をピックアップ。調査時間の大部分はコレに費やされた。
とりあえず条件に該当したのは千代市内で八軒。
ネットの情報ではこれら全ての住所、電話番号も知ることができたので、すべてに電話をかけてみた。
十五年前に店をやっていたか? その頃に……あるいはいつでもいいので、「ダイチ」という名に聞き覚えはあるか?
電話が繋がったのは六軒。そのうち五軒はこの質問に「ノー」だった。
残る一軒は僕の質問に対して、「やっていた」、「ある」と答えてくれた。だけど、話をより深く聞いてみると、「大地」という名の今も通ってくれている常連さん――地元で運送業を営む、六十代のおじさんだという。この程度の調査で出てきて、現在でもお店に通うような「大地」さんが「ダイチ」ということはなさそうなので、これらの六軒はみぽりんの言う「マリア」ではない、との判断になった。
電話が繋がらなかった二軒……何度か電話をかけなおしてはみたものの、結局のところ、昨日のうちには繋がらなかった。
「じゃあ、そのお店、ふたつとも直接訪ねてみようよ」
すいの提案である。まあ、すい個人の「千代に行ってみたい」という希望が強い提案であるのは、その顔に浮かぶニンマリとした笑顔で一目瞭然だった。
懸念としては、十五年前にはあったけど今はやっていない店を取りこぼしている可能性だけど……。
ひとまず、次に僕たちができることはすいの言う通り、千代に行ってこの二軒に当たることだろう。
こうして僕たちは、今週末に千代に出向くことを決めた。
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「よぉ、ヨワシ」
授業合間の休憩時間に声を掛けてきたのは、毎度のごとくの切田である。
「やあ、『卒倒』」
この一週間、教室内で倒れ過ぎた切田は、クラス内で新しく、不名誉なあだ名を拝命したのだ。まあ、倒れても翌日にはピンピンしているから冗談で済んでいるあだ名だな。やってるのはすいだし。
「テメェ。それ、もう言うなよ……?」
「ふふ、切田も『ヨワシ』、やめてくれたらね」
それには答えず、切田はボクにより一層顔を近づけると、小声で言った。
「……お前、笹原と何かあっただろ」
ギクリ、とする。
詩織とワワフポの事務所跡で別れて以降、スマホなんかで連絡をとることもなく、この月曜日を迎えた。いつもだったら軽快に朝の挨拶をしてくれたりするんだけど、今日はそれもない。
……当然だよな。
僕は詩織の背中に目を向ける。
彼女は自席で勉強をしているのだろう、なにやら手を動かしている。その彼女の姿が、僕にどこか悲しい気持ちを起こさせた。
「お前と阿武隈が急に仲良くなって、それくらいからお前らおかしいんだよな……」
「そうかな? ……別にそんなことないと思うけど」
できるだけすいとは学校内ではしゃべらないようにしてるんだけど、結局登下校は一緒だし、そうすれば目につくのは当然で、僕たちが「付き合っているのでは?」とのウワサがクラス内で起こっているらしい。僕は徹底的に否定しているが、ネコかぶりのすいはやんわりと、否定でも肯定でもない態度をとるものだから、女子連中の話題のひとつを占めている、というわけだ。
今もすいは、二、三人の女子に囲まれた中心にいる。
「いいや、俺には判る。何年お前らと一緒だと思うんだ」
僕と詩織、そして切田が同じクラスなのは、中学の二年間とこの高校生活。まあ、そんな言い回しで威張れるほどの期間ではないと思うけど、バカにできない期間なのは確かで、実際問題、切田の直感は正しい。
僕と詩織には「何か」あった。僕はあの暗い事務所で、詩織を拒否したんだ……。
「お前、アレだぞ……。その……」
「……何?」
「あんまりスカして……笹原悲しませてみろよ? 俺がぶん殴ってやるから……う……ン……?」
プゥ
切田は大柄な彼にしては可愛らしい音をその身体から発すると、パタリ、と机と机の間に倒れた。
「おい? 切田……」
「おお、『卒倒』がまた倒れてるぞー!」
気付いたクラスメイトがやんやと騒ぐ。
数瞬後、切田はむくりと、(当然だけど)何事もなさそうに起き上がった。
「……クソ、まただよ! いいな? ヨワシ! わかったな!」
そう捨て台詞を吐いて、切田は僕の席から離れていく。
戻った先のつるみ仲間の輪で「ホント、拓ちゃん倒れんの好きだね~」などと揶揄されている。可哀そうに、まるでオオカミ少年だな。
それを見送った視線の戻し途中に、チラリとすいを見た。
あんまり乱発するなって言ったはずなのに、コレだもの。咎める意味を込めた視線を送る。すいも僕を見て、ペロリ、と舌を出した。
アイツ……あれは「あちゃペロ」してやがるな。
ふう、と一息吐いて前に向き直ると、ちょうどチャイムが鳴り、次の教科担任が教室に入って来た。
クラスメイトたちはめいめいの席に戻る。
この一連の流れでも、詩織はコチラを振り返って見ることはなかった。
ごめん、切田。
僕はもう、十分に詩織を悲しませているみたいだ。
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「今日ね~、あっちゃんたちに髪型ほめられた!」
下校の帰り道、すいは楽し気に話してきた。
「あっちゃん」とは、すいがコンタクトに変えて以降、だんだんと仲良くなっているクラスメイトの一人で、名前を荒井敦美という。活発な子で、クラスでも目立つ存在の一人だ。
「へぇ。それはよかったんじゃない?」
「むふふ……。なんたって愛妻、ならぬ愛夫お手製だからね……。凡愚どもは崇め奉るほかない……」
「凡愚て。彼女たちの前でそんなこと言うなよ?」
「言わないよ~。ワタシ、おしとやかで通ってるんだもの」
「どこがおしとやかなのか」
「およよ。愛夫が厳しい……。およよ……」
すいは制服のスソを伸ばし、さめざめと泣く様を作る。
こういうところだよ? おしとやかじゃないのは……。
でも、僕にはだんだんとすいという女の子が判ってきた気がする。
基本は照れ屋の人見知り。だから「自分を作っている」。教室でのネコかぶり、僕に対するエキセントリックさ。でも本当のすいはきっと、しまくらの帰り道のときみたいに、ちょっとしたことをすごく喜ぶ子どもみたいな……。そんな、とっても純粋な女の子なんじゃないか。
そんなすいが、僕のことを好きだ、好きだ、と、ところかまわず人目をはばからず告げてくる。
僕は……どうなんだろう。すいのことを、どう思えばいいんだろう……?
「ヨッシー」
などと、赤面ものの考えにふけっていると、すいが声をかけてきて現実に引き戻した。
気づけば帰り道途中、いつも歩き過ぎる総合公園内まで僕たちは来ている。
呼びかけてきて以降、言葉がないので、僕はすいの顔を見た。その表情が険しい。
「これは……やられたね」
僕は、すいの言葉でやっと、視界内で動くものがあることに気が付いた。
夕暮れ時、僕たちの足元に伸びるいくつもの影、影、影……。
いつのまにか、周りを……ガラの悪そうな男たちに囲まれている。十人や二十人どころじゃない……。
彼らは僕たちの方を見ながらニヤニヤとした笑みを浮かべ、その手にはそれぞれ、バットや鉄パイプ――。
「チッ、この気配……サムウェイか……。卑怯なヤツめ」
「……サムウェイ?」
「んっふっふっ……」
僕たちを取り囲む男たちの輪から一歩出たところ、不気味な笑いとともに作務衣姿の男が突然姿を現した。
あいつだ……。忍者のスカウトしてきたヤツ。
「やはり、匂いを覚えられていましたか。ですからこうして、今度は私どもが数の力を使わせていただきましたよ」
「人材不足で悩んでるって割にはこれまた大勢でお越しあそばせまして。ワタシたち生憎、ムサい男たちと『かごめかごめ』なんてする趣味はなくてよ」
「ほとんどはこのために一時的に雇い入れた者たちですよ。もちろん、我が一族の手練れも含まれておりますがね」
「あらら……そこまでしてくれたなら『かごめかごめ』、付き合ってあげるのもやぶさかではないわよん……」
「いいえ、そんな児戯など、こちらも毛頭するつもりはございません……」
男はニヤリと口を歪める。
「逢瀬くん、転ばぬ先の杖、濡れぬ先の傘……。まことに申し訳ないが我が一族の未来のため、後の憂いは絶たせていただきますよ!」
その言葉と共に作務衣男の姿は消え、代わりに周囲の男たちが一斉に僕たち目掛けて突進してくる。
クソ……。
この喊声に集団の圧。足が震えて今にもこの場に座り込んでしまいそうだ。
不甲斐ないけれど、またもすいの屁吸術に頼るしかないのか?
そう思ってすいの様子をチラと見ると、夕日に照らされて赤みを帯びたその頬に一筋の汗が流れている。
「ちとコレは、マズい……かも……なんちて。あちゃペロ……」
すいが……焦ってる?
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