第十三話 トンデモ少女の着衣事情は
「しまくら、しまくら、しまくら、しまくら~」
フニクリフニクラの替え歌で店内を闊歩するすい。楽しそうだな、オイ。
「ヨッシー、いっぱいあるよ! こっち、こっち!」
「ちょっと、走るなって」
すいが僕の手を引っ張って駆け出す。
「って、ここ……下着売り場じゃん!」
目のやり場に困る。本日二度目。
「ヨッシーの好きなの……選んでいいんだ、ゾ?」
「そうじゃなくて、服! この上に着るやーつ! こっち!」
「むぅ。せっかくヨッシー好みの勝負のヤツ仕入れようと思ったんだけどなぁ」
「いいから! そんなの、拝む予定もうないから!」
「そんなご無体な~。あちゃペロ~」
ホントそれ、マイブームなのな。舌を出すな。
「はい、女性ものエリア」
正直なところ、ここでさえ健全な男子高校生の僕には少し気恥ずかしいものがある。
「う~ん……。どれだ、どれだ? すい様に着こなされる幸せなお服は……」
「サイズ、ちゃんとみなよ」
ウンウンうなりながらひと通り見ていくすいだったが、彼女はどの服も手にしていない。
と突然、彼女はパチン、と手を鳴らした。
「そうだ! ファッションショーしようよ!」
「ファッションショー?」
「そ。ワタシがコーディネイトして、試着して、ヨッシーのハートを一番ずっきゅんした服買う!」
「ああ……いいんじゃない? すいが好きなモノを選ぶわけでもあるんだし。ずっきゅんはしないかもだけど」
「またまたぁ! じゃ、どれを選んだか見られてたら面白くないから……」
「うん。その辺、僕も見てまわるよ。選べたら呼んで」
「承知!」
それからたっぷりの時間、僕は店内をうろついた。店内の三周目にまで至ると、値札のバーコードの太さ、細さの法則性を見つけては喜ぶ術まで会得していたくらいだ。時折、遠目からすいの様子を見ると、マジマジと吟味して服を選んでいる。
あのどこにでもいそうなちょっと小柄な少女が、まさか暗殺術の使い手だとは店内の誰も思わないだろう。
普通の高校生活をすいも……本当は送りたいんじゃないのか。僕の件が片付けば、すいにもそんな時が来るのだろうか。僕は自分のために、無自覚にすいを犠牲にしてはいないだろうか……。
「ヨッシー! オッケー、オッケー、風呂オッケー!」
大声をあげて僕に向かって手を振るすい。大声すぎて店内の客がいっせいにすいと僕に注目する。
僕はそんな目に囲まれながら、うつむいてすいの元に向かった。
「すい……大声出すなって」
「準備できたよ~」
「ちょっと、前もって訊いておきたいんだけど、コーディネイトってひと組だけだよね?」
「いんや、ひとまず四つですが、何か?」
四組も……。そりゃ時間かかるわけだ。
「そいでは、ファッションショー『すいのズッキュンタイム』! 開幕、開幕~」
そう言うと、すいはニンマリとした笑顔を残して試着ボックスのカーテンの奥に消えた。
しかし、ネーミングセンスないな。なんだ、その安っぽい名前のファッションショー……。
などと考えてるうちに、すいが早速出てきた。早いな、着替えるの。
それでは、コーディネイトの一個目。
「うふ~ん。ど~お?」
「うわ……。すい、お前、それ……露出多すぎじゃない?」
僕は彼女から目を逸らしながら言った。
一瞬みたところ、ネイビーブルーのキャミソールとデニム地のホットパンツ……のみ。
「ワタシの柔肌の虜になるかと思って。ヨッシーが」
「いや……う~ん」
僕は恥ずかしさをこらえながらすいを見る。
「こんなこと言っていいのか判らないけど、すいの体型には……」
「まな板で悪かったなッ! ボンッキュッボンッでなくて悪かったなッ!」
あ……この格好。
「すい、ちょっと待ってて」
「え? ちょっとヨッシー! 彼女を置いてどこいくの~?」
僕は店内散策の経験から、目的のモノを取って戻ってくると、それらをすいに渡した。
「あはははははは! 小学生だよ! 小三の夏休みだよ、コレ、もう」
コーディネイトに追加――虫取り網・麦わら帽。
腹を抱えて笑わせていただきました。
「どチクショー!」
コーディネイト、二個目。
「次はどうじゃあ!」
やっぱり、出てくるのが早い。入ったと思ったらすぐ出てくる。
ドラマとかでよく見る、試着シーン。編集により短縮されてるんだろうけど、アレをリアルタイムで披露されている感じ。
さて、今回。今度は、見れる服装……だけど……。
ビックサイズのプリントTシャツに、タイトなジーンズ。首元には謎の赤色スカーフ。あの巻き方……どこかで……。あ、仮面ライ……。
「コンセプトは『風を感じる』」
「ぷっ!」
思わず噴き出してしまった。
「なんか、これで空を飛ぶと言われても不思議と違和感がないよ……プッ!」
「ダメか? ダメなのか?!」
「……うん。まことに残念ではございますが」
「どチクショー!」
さて、コーディネイトの三個目。
「一番自信あるヤツ!」
勢いよくカーテンを開けて出てきたすい。
あ、コレ、今までで一番ダメだ。
黒ぶちメガネ、なんかメタルパンクなジャケット、ピンクデニムのパンツ。そして、赤スカーフ(同じライダー巻き)。
なに? そんなに赤スカーフは魅力的なの? すいはスカーフにとり憑かれてるの? ジャケットととの組み合わせでライダー感マシマシだよ?
「一番自信あるヤツ!!」
僕が無言でいるのを、聞こえていないと解釈したのか、同じセリフをさらに大きな声で言うすい。
頼む。その自信満々の笑みを消してくれ。
「その……一番……ダメです」
「あちゃペロ~」
出た、あちゃペロ。舌を出すな。
コーディネイト、ラスト。
「これは一番自信なかったんだよね~……」
おずおずと出てきたすい。
いや、これは……。
グレーのワンポイントTシャツに、重ね着でトーン落とし気味のピンク麻シャツ。濃紺のデニム。そして、お馴染みの赤スカーフ。
「一番マシ、かな」
「リアリィ?! ずっきゅん来た?!」
「いや、ずっきゅんは来ない。まず、このスカーフやめて」
僕はすいに近寄ると、スカーフを剥ぎ取った。
「あぁ! ソレがこのコーディネイトの唯一の良心だったのに!」
「コイツがこのコーディネイトの最大の罪なのだよ。ちょっと来なさい」
僕はすいの手をつかみ、一緒になって売り場を見て回った。ズンズンと目につくものを取っていき、すいの腕に乗せていく。
「すいは黒髪がキレイだから、白い服がいいと思う」
「……はぁ」
「使ってなかったけど、スカートはキライ?」
「あぁ~……。うん、苦手かも」
「そっか。でも、コレなら下にレギンス履けば苦手も和らぐかな」
では、コーディネイト、僕バージョン。
「……どう、ヨッシー?」
白のノースリーブワンピースにアイボリーのレースカーディガン重ね着、薄いグレーのレギンス。
まあ、無難と言っては無難な感じだけど……。
「う~ん……。あと一歩、何か……あ、髪だな」
「髪?」
「ちょっとすい、かがんで」
「うん」
すいはいつも三つ編みお下げを二本垂らしている。
僕はそれを解くと、まずは手すきをした。
「むふふ……」
「あ、痛い?」
「いや、なんかね……。今、すっごくイイ気分……」
「……そう」
すいが口を酸っぱくして言っていた、デート。気づけば、本当にデートになってるんじゃないの? コレ。急に気恥ずかしさが出てきたぞ? コレ。僕、今、女の子の髪をいじっちゃってるよ? コレ。
三つ編みをゆったりめの一本にし、すいの肩から回し、前に垂らす。
前髪もバランスが取れるよう、三つ編みを垂らした側の逆に少し寄せて……。
「三つ編みなんかもできるんだね、ヨッシー」
「母さんの身支度手伝う時あるしね……。ハイ、できた。自分でも見てみて」
すいは鏡に自分の姿を映すと、キラキラと瞳を輝かせた。
「わあ……」
「どう?」
「可愛いね! ワタシ、可愛いね!」
「……うん、いいんじゃないかな」
「ずっきゅん来た?」
「とりあえず、すいのコーディネイトよりは、ね」
すいはコーディネイトを気に入ってくれた様子で、そのセットを丸々購入した。
しめてお会計、七千五百四十円。さすがしまくら安心価格。
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「しまくら、しまくら、しまくら、しまくら~」
例の替え歌を、すいはしまくらを出ても唄い続ける。
「二千円で千代、いけるかな~?」
「ちょっと厳しいかな? ……って、母さんからもらった一万の残りで行く気なの?」
「うん」
「すいって……お金……もしかして……」
「ないよ!」
「え、食事とか……どうしてるの?」
「ヨッシーの家でいっつも食べてるじゃん」
確かに。すいは朝夕とうちで食事をとっている。当たり前のように。
最初のうちは出ていこうとさせたり、呆れたりしていたけど、ここ二、三日はそれにも慣れきってしまっていた。
「そういえば……すいの家は? どこに住んでるの?」
「ヨッシーの家に住んでるじゃん!」
「あぁ~、うん……。あれは、住んでると言えるのか? てっきり僕が寝たあと、すいも家に寝に帰ってるもんだと……」
「ヨッシーの枕元で寝てるよ~。ワタシ、鍛練の成果で二時間ごとに三十分寝れば問題ないから。眠ってても襲撃の気配があれば起きるし」
「それ……母さんは知ってるの……?」
「あいちん、夜はだいたいお仕事じゃん。たまの休みのときはワタシたち、寝ないでずっとおしゃべりしてるし。知らないんじゃない?」
知らぬ間に僕たちは同棲していたらしい。まあ、その内実は一般的なモノとは程遠いけども。
「……すいの親は? 何も言わないの? そんな生活してて……」
「ワタシ、親なんていないよ」
「え?!」
「ずっとお山でお師匠と二人だったって、言わなかったっけ?」
「いや、それは……屁吸術の修行のためだと思ってたから僕はてっきり」
「ううん。ワタシ、みなしごって言うのかな? それでお師匠に拾われたらしいから」
「そっか……」
いたたまれなくなった僕は、それ以上言葉が出なかった。
少し前までは僕にも、「父」という存在がいないことで淋しい気分に襲われる時があったけれど、すいはそれよりももっと過酷な環境にいたのかもしれない。それでも目の前の少女は、夕暮れの中で楽しげに鼻歌を鳴らしている。フニクリフニクラ、いや、しまくらの唄か?
「ヨッシー」
すいがつぶやくように僕に呼び掛ける。
「……何?」
「今日、ありがと~」
「……うん」
「服、大事にするね」
「……うん」
「あいちんにもあらためてありがとうって言わないとな~」
「そうだね」
「髪型、コレに変えよっかな」
「うん。制服にも合うと思うよ」
「……むふふ。色々あったけど、今日は楽しかったぁ~」
グィ、と伸びをするすい。
「カエルが鳴くからか~えろ~、ワタシとヨッシーの愛の棲み家に、か~えろ~」
語呂悪いな。
僕は立ち止まって、少し先を歩くすいを見つめる。
彼女の足元から伸びた影法師が楽しそうに踊っている。なんだか、胸の奥が少しだけ痛んだ気がした。
……もう認めよう。
今日、僕は女の子と初めてデートをした。その相手は、オナラを吸う少女、阿武隈すい。
デートと言っても、過言ではなかったわけだった。
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もちろん大好物は褒めコメです!