最終話 Happy Anniversaries!
「強、すいちゃん……、誕生日……」
「おめでとーっ!!」
詩織の口上は参加者からのお祝いの声へとつながり、僕とすいに贈られる。
「いやいや! 苦しゅうない! 苦しゅうない!」
ところはワワフポ事務所。ときは午後三時。
あまりに順延しても今度はお盆に入るからと詩織が急きょ計画した「誕生日パーティー」は本日、開催の運びとなったのだ。
「よ! ツヨポン」
切田と久留米くんが僕に近づいてきて声をかける。
「まるで結婚式だな、オイ!」
「はは……。まだ、それは早いかな」
切田、テンション高いな……。
「しかし、阿武隈と逢瀬が同じ誕生日とはね~」
「ツヨポン、付き合って結構経つのに、知らなかったのか?」
「色々……、あったからね」
実際はまあ、付き合って「結構」は経ってないんだけどね。「僕とすいが付き合っている」というクラス内でのデマ通りに落ち着いたのは、なぜだか少し、悔しいものがあります。
僕たちは三人揃って、用意されたパーティープレートから思い思いに食べ物を取る。
この「誕生日パーティー」、取り止めになってから再開催も急だったから、クラスメイトから参加してくれたのは切田、久留米くん、そして――。
「ねえねえ、すいちゃん。三穂田さんって結婚してるのかな~?」
荒井さんである。
彼女は詩織、ソフィー、そしてすいと女子の輪を作って、声をひそめる。そうしてチラチラと、フライドチキンを手に持って永盛さんと談笑するみぽりんの様子をうかがっていた。
「あ、あっちゃん……? みぽりんは……」
「あんな汚いオジサン……」
「結婚はしてないと……思うけど……」
「彼女とかは……いるかなぁ?」
「「「え……?」」」
荒井さんがみぽりんに向ける熱い視線に、すい以下三人は唖然とする。
「ちょ、ちょちょ、あっちゃん? まさか……ね?」
「ニェプの氾濫ッ!」
「え、ダメかな~? カッコいいと、思うんだけどな~」
「あっちゃん……! うん、うん! アタシは応援するよ!」
マジか……? 荒井さん、そういう嗜好だったのか……?
「なになに~? なんかまた、ボクの悪口か~い?」
みぽりんは女子が注目していることに気が付くと、何の気後れもせずにその輪に入っていった。スゴい度胸のおっさんだな。心臓にも不精ヒゲ生えてるんじゃないの?
「みぽみぽりん! おぬし、『ラブラブずっきゅん』を発動したって言ってたな!」
「ン? 『ラブラブ』……。あ、『呿入光臨拳』のことかな? うん、あるよ~」
え、「きょにゅうこうりん」ってなんか……。イヤな響きだな。
胸の発達著しい方が現れた! 拝み倒せ! みたいな……。
「じゃあもう、死が分かつまで離れないと誓った連れ合いがいるということじゃなッ?!」
みぽりんの強さの完成度からすると、まあ、そうなんだろうね……。
「呿入光臨拳」が呿入拳における「ラブラブずっきゅん」――もとい、屁吸術の「究魂」と同質で、相思相愛を条件として発動する技なのだろう。信じがたいが、このみぽりんにもそんな相手が存在するということだ。
「な? だから諦めな?」とでも言いたげに、荒井さんに振り直ったすいだけど、みぽりんは「いや~?」と首を振る。
「『光臨拳』の相手とはもう別れたよ? だいぶ前に」
「え?」
え?
「屁吸術は……『究魂』だっけ? なんか阿武隈さん、それに、逢瀬くんも勘違いしてたようだけど~、『究魂』を発動させたからといって、それは永遠の愛を確約するものではないし、強制するものでもないんだよ~」
「……マジで?」
マジで?
「その時その時に好き合った人と、いくらでも発動できるんだよ~。ボクは都合、三人の違った人で発動させてるし~。まったく、人間ってのは業が深いよね~」
なん……だと……? この昼行燈のようなみぽりんが、三人と……だと?! そっちもビックリだ。
「詩織さん……。これは私たちにも、強くんとワンチャン……」
「いやいやいや、ソフィーちゃん……。いやいやいや!」
わっるい笑顔を浮かべるソフィーと、ブンブンブンと手を振る詩織。口を開け、プルプルと震え、そんなふたりを恨めしそうに見るすい。そっちのけで会話に花を咲かせはじめた荒井さんとみぽりん。
僕はいつもどおりのドタバタ劇場に、顔をほころばせた。
「強クン!」
「強さん……」
「強兄さん!」
三様の呼び声に、僕は振り返った。
アルファ、オメガさん、拳一。山の字のように並び立つ三人が僕に笑顔を向けてくれている。
「強クン、オメデトー!」
アルファが一歩前に進み出て、何かを差し出す。
僕は屈んでアルファに視線を合わせてから、この小さな天使の手の中にあるものをのぞき込んだ。
「これは……、押し花のしおりかな?」
「ウン! 強クンとすいチャンにプレゼントだヨ! オメガとアルファで作ったヨ!」
薄青とピンクの朝顔、二葉のしおり。花弁の先にしわが残って、決してカンペキってわけじゃないけど、その素朴な作りにふたりの思いやりが込められているようで、僕の胸はほっこりと温められる。
「ありがと、アルファ」
聞きつけたすいが「なになに?!」と僕の肩から顔をのぞかせる。僕はアルファの手からしおりを受け取ると、一葉のしおりをすいに見せてあげた。
「ソッチじゃないヨ! すいチャンは青いので、強クンはピンクのほう!」
え? そうなの? それは、僕の頭の中がピンク色とか、そういう意味なのかな?
「キレイ……、キレイだよ……」
薄青の朝顔のしおりを捧げるように持ったすいは、笑いながらポロポロと涙を流す。そうして不意に、アルファに抱きついた。
「わぁっ? あははッ!」
「アルファっち~っ! あんがと、あんがと~っ! アンタが大将ッ!」
抱き合って頬をすり寄せ合うふたり。それを微笑ましく、同じように眺めていたオメガさんと僕は、目を合わせた。
「ありがとうございます、オメガさん」
「いえ……強さんたちには……助けられてばかりですから……」
そうなのかな? でも、僕たちのドタバタがオメガさんたちの助けになったのなら……、嬉しいことだと思う。
「ちょっと、強兄さん」
不満気に眉をひそめ、拳一が僕を呼ぶ。
「どうした? 拳一少年」
「ぼくにはお礼、ないの?」
「え……?」
僕はピンクの朝顔のしおりに鼻を近づける。
「このしおりからはお前の匂いを感じない。お前はこの件にノータッチだろう?」
拳一は軽く首を振ると、「ちっちっちっ」とキザに舌打ちを鳴らす。そうして、人差し指を自身の額にあてる。
「ぼくはブレイン……。しおりというアイディアは、ぼくのものなんだよ……。姉ちゃんの名前からヒントを得て、ね」
どうでもいいけど、なんだ? その言い回し。ウザいな。
「これからはアイディアを形にしていく時代だよ、強兄さん? マーケティングとアナリシスからカスタマーニーズにオプティマイズされたプロダクツをアウトプットする……。このパーティーのように、センシティブなオポチュニティをバンドルしながら、ね。『手に職』なんてのはもう古いんだ」
「うっさい。何言ってるか判らんが、とりあえず全国の職人に謝れ」
「ごめんなさい」
「よし」
存外に素直に謝った拳一の頭に手を乗せ、僕は立ち上がる。
「ありがと、拳一」
離す際についでにひと撫でしてやると、拳一は照れくさそうに「へへ」と笑った。
「あ、プレゼント、渡してるの?」
ソフィーと詩織が僕たちのやりとりに気付いてやってくる。
「それじゃあ、これ、つけないとね……」
詩織が僕とすいにマフラーを巻く。
すいが編んだ青い毛糸のマフラー。ひとつのマフラーを僕とすいが共有する。彼女が思い描いた通りの「カップル巻き」。けれど――。
「夏はコレ、暑いね……」
「当たり前でしょ……」
「ふふ」と笑って、詩織が僕たちふたりにラッピングされた袋を差し出す。
「コレ、しおりんからの……?」
「うん、プレゼント。開けていいよ~」
チェック柄の袋から出てきたのは、これもまたキレイにラッピングされた透明の袋。中には――。
「クッキーだ! おいしそう!」
「ふふ……。ちゃんと焼き直したんだからね! おばさんとみんなで食べて」
ひとくち大のハート型のクッキーが、これでもかと袋いっぱいに詰められている。
「詩織、ありがとう」
「ありがと! しおりん!」
「それじゃあ、私からは……、コレを」
ソフィーが差し出してくれたのは、ノートほどの大きさの、これもまたラッピングされたもの。
「金ぱっつぁん、これは……?」
「ノートよ」
マジでノートかい。
「あなたたち、『鳴らし山』で交換日記をしたじゃない? お別れの手紙と見せかけて、下手なラブレターも書いてたじゃない?」
「うっ……。イタイところをつきよる……」
本人は赤面ものかもしれないけど、僕はその「下手なラブレター」を、大事にしまっておくつもり。
ソフィーがふわりと、優しく笑う。
「スマホでやりとりするのと違って、ああいうのもいいな、って。相手のことを考えながらペンを走らせてく。それもいいなって思ったの。だから、これで交換日記をしなさい。あなたたち四六時中いっしょだけど、やりなさい」
「命令かい」
「そうして、二度とあんなバカなマネはしないように。言いづらいことでも、このノートの中だけでは本音を晒し合いなさいな」
「金ぱっつぁん……」
ソフィーは優しい笑顔のまま、「ただし」と人差し指を立てる。
「私と詩織さんも混ぜること!」
「「えぇっ?!」」
僕とすいは同時に声を上げた。妙にほくそ笑んでる表情からすると、詩織はすでにこのことは承知済みだったらしい。
「当たり前でしょ。アタシたちもどれだけ心配したと思ってるの?」
「……本音は?」
「強とすいちゃんの交際の経過をのぞき見たい!」
「あられもない情動のやりとりに茶々を入れ、イジメたい!」
ソフィーはともかく、詩織も汚れちまったなぁ。
「うぅ……う……」
僕はまあ、いいかなと思ったけど、すいは迷っている様子で、僕と詩織たちとを交互に見る。
少しして彼女は僕を見つめ、ウィンクを寄越してきた。
これは……、この合図は――。
とりあえずこの状況では、「アレ」ではないだろうけど……。
僕もひとつ、すいにウィンクを返す。
------------------------------------------------
「わかった! やろうじゃないの、交換日記!」
承服したすいを制止するように、「ちょっと待って」とソフィーが声を上げる。
「あなたたち……『ふたりだけの時間』に入ったでしょう?」
うっ?!
「ギクゥッ!」
「え? え?」と戸惑っている詩織の横で、ソフィーがスンスンと鼻を鳴らす。
「私にはお見通しよ。すかしで音を鳴らさないようにしたんだろうけど、この香しい匂いは間違いなく、強くんのオナラね」
なんで君は僕のオナラの匂いを知ってんだよ……。
「愛の為せる業よ」
「心を読むな」
「え? ソフィーちゃん、どういうこと? 光ってなかったし、強たちも全然動けてるじゃない。強がすかしっぺしただけなんじゃない?」
「詩織さんもホントお人よしね。見なさいよ、このすいさんの様子」
ソフィーの言う通り、すいは口を開け、ガクガクと震えている。
判りやすすぎでしょ……。
「巻いてるマフラーにも、立ち位置にも、微妙に変化が起きたわ。おおかた、強くんのお母さんに光らないように、術後の疲労も出ないように、『ふたりだけの時間』発動のコツでも聞いたんでしょ」
その通りです……。
すいは、「究魂」――もとい、「ラブラブずっきゅん」をいつでもどこでも、バレないように使えるようにしたいと画策し、母さんに指導を受けたのだ。「ダイチの子」が「ダイチ」から指導を受けて、すいはわずか二時間ほどで「ラブラブずっきゅん」の調整をモノにした。効果を絞ることで発光を抑え、目的を為すのに充分な時間だけの「ラブラブずっきゅん」を、すいはマスターした。
以来、すいはところかまわず、僕にウィンクを――「今、ふたりだけになりたい」という合図を送ってくるようになった。
「言いなさい! 何してたの?!」
「ひぃッ!」
ソフィーがすいに詰め寄る。
すいの求め、その主要な目的は――キスだ。ここ二日ばかり、すいから送られるウィンクは、「キスしたい」という合図になっていたのだ。まあ、実を言うと、僕からも二回ほどウィンクを送ったけども……。
「及んだの?! 私たちを尻目に、及んだのね?!」
「ぷひゅひゅぅ~♪」
「口笛、ふけてないよ! すいちゃん!」
「あ……、あちゃペロ~」
「そんなのでごまかさないで!」
とりあえず、今回の「ラブラブずっきゅん」は、キスが目的ではなく、「交換日記、どうしようか」の相談だった。ちょっとした話し合いの末、僕たちは「オッケー」の合意となったのだが……。
そのあと、少し余らせた時間で僕たちは……。
「言いなさい! 相思相愛のキスの味はッ?! 強くんのオナラの味はッ?!」
「ぴ~ぴぴゅ~♪」
「この短時間で口笛吹けるようになってんじゃないわよ!」
「あちゃペロデラックス~」
「なにそのデラックスって! ヤダ、ベロがすんごい小刻みに動いてる!」
すい、詩織、ソフィー。三人の少女のわちゃわちゃに僕だけでなく、パーティーの参加者がみな注目し、苦笑している。
すいはとぼけるのを止めると、観念したように、ふぅとため息を吐いた。
「仕方ない。ワタシとチミらの仲じゃ。キスはムリでも、オナラの味は教えてしんぜよう」
「御託はいいから早く言え!」
そんなに詰め寄るほど、オナラの味って知りたいモンか?!
「ヨッシーのオナラはね……」
「強くんのオナラは……?」
「強のオナラは……?」
「すっごい甘い!」
ニッコリと微笑むすい。
「ベリー、スウィート! 極上スイーツここにあり!」
満足そうなすいに、ソフィーと詩織のふたりは菩薩のような優しい笑みを返すと――。
「ノロけんのもたいがいにしなさい!」
「すいちゃん、ちょっと調子のりすぎじゃない?!」
「え? あ、あは! あははははッ! ちょ、やめてぇ!」
すいの身体をくすぐりだした。
彼女は耐えきれずソファーに逃げるように倒れ込むが、ふたりは拷問にかける手を緩めない。
「あははは! ちょ、マジ、マジ!」
マフラーの僕の側が、引っ張られるようにして解け、すいをくすぐる詩織とソフィーの首元にはらりと乗る。まるで、三人が仲良くマフラーをしているみたいだ。
「そもそもオナラが甘いって何なのよ!」
「甘いゲップなんて、ないんだからね!」
「あは、死ぬ! 死ぬって! ゆるしてぇ~!」
僕のオナラの味……、か。
そういえばすいはよく、屁吸術が決まったあと、「ゲスい味」だとか「しつこい味」だとか、相手のオナラを評してるな。
僕のオナラは「甘い」のか? すいは……彼女のは、どんな味なんだろう?
何年後になるか判らないけれど、僕が「呿入拳」の鍛練を続けて、あくびを吸えるまでになったなら。「光臨拳」を発動できるまでになったなら。
この記念日にふと湧いたささいな疑問を思い出して、僕のとなりにいるはずの彼女にウィンクを投げてみよう。
そして言ってみる。「これからは僕も、すいのあくびを吸いたい」と。
彼女はきっと、「オッケー、オッケー!」って笑って応えてくれる。
(おわり)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
強たちの物語、お楽しみいただけたでしょうか。読んでいただけた今、あなたの中になにか少しでも感じるものが残せていたなら幸いです。
あとがきのような物もありますので、よろしければそちらも。
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/2785820/
本当にありがとうございました。