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あなたの×××を吸いたい!  作者: ブーカン
最終章 あなたの×××を吸いたい
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第九十八話 長い夜が明けて

 室内が静けさに包まれる。母さんは目元を抑え、顔を落とした。


「ごめんね、すいちー。……ごめんね、つよぽん」


 母さんの謝罪の言葉はとても重く響いた。けれど――。


「ぬわーはっはっはぁ!」


 すいが高らかに笑い、立ち上がる。


「なんで謝るのさ、あいちん!」


 ニッコリと微笑んで、すいは母さんを見下ろした。


「ワタシも……あいちんにホントのことをくのが怖かった。怖くて逃げだした。そんなワタシだから判る! あいちんはなんにも悪くない! 怖がってヨシ! 逃げてヨシ! 人間万事なんちゃらがなんちゃら!」

 

 室内の空気が、それで一気に緩まる。


「……どういうことわざだよ」

「さすがのお花畑ね」

「でも……ふふ。すいちゃんらしいね」


 「すいらしい」、か。

 彼女はきっと、「ふたりだけの時間」で僕が言ったことを――「いつもどおりでいい」という僕の言葉どおりにしてくれてるんだ。

 すいは母さんに向かってビッと指を差す。


「ワタシはあいちんを愛し続けることを誓います!」


 見つめ返す母さんは「ふふ」と、可笑しそうに笑みを漏らす。


「だから、あいちんもなにも変なことを考えず、ワタシを迎え入れてちょうだいな!」

「……うん」

「よっしゃぁぁッ!」


 すいはピョンと跳び上がると、母さんの身体にダイレクトに飛びついた。そうしてグリグリと、母さんの胸に顔を埋める。


「ぅわぁぁい! なんでこの豊満ボディは遺伝してないんじゃ!」


 そこかよ。


「まったく……。どこの家族もややこしいのね……」

「ホント……だね……」


 僕の両隣で、ソフィーが呆れたように、詩織が涙声でつぶやく。

 このふたりもまあ、ややこしい家族だよね。おじさん、いつまでも裸だし。風邪ひくんじゃないですか?


「おっし。これでオールオーケーだなッ! みんなで風呂入って寝るぞッ!」


 当のおじさんがそう提案する。やっぱり寒かったんだろうか。


「わあ、嬉しい。あいちん、カワイイ子たち、お風呂でいっぱいでちゃうもんね~」


 母さんはそう言って、すい、詩織、ソフィーにと順繰りに、意味ありげな目線を送っていった。


「ニェプ。隅々まで見られそう……」

「お風呂入って、ゆっくり寝たいね~。さすがにもう限界が近いわ」

「しおりん、寝かせんぞ! ガールズトークが今宵こよいの華!」


 元気な女性陣だな。

 これでこそ彼女たちだ、と僕は苦笑する。


 こうして、僕たちは温泉でサッパリし、新しく用意してもらった部屋で男女に別れ、長い一日……八月八日を終えた。


------------------------------------------------


「はい、できたわよ~。この場にいる人以外に効力を発揮する結界呪法。前よりも少し効果強めで、隠しルートもな~し」

「すごっ。早いし……。さっすが『ダイチ』やで~」

「もう~。からかわないで~。三穂田さんと現聞げんぶんさんにお力添えいただけたからできたのよ~」


 一夜が明け、僕たちはふたたび「鳴らし山」に登った。今回の騒動の後始末をつけるためだ。

 まずはこうして山頂に赴き、母さんの主体のもと、山全体にかかる新しい結界が張られた。母さんは「できた」と言うけれど、たしかに僕たちの誰にも……頭痛も、吐き気も襲ってはいない様子。


「呪法のしろはこのネックレスにしたから、……はい」

「……あいちん?」


 母さんがすいの首に、きれいな青色の石がついたネックレスをかける。


「あいちんからのお誕生日プレゼントよ。山と離れてても依り代としての効果は衰えない、あいちんオリジナルよ~」

「誕生日、プレゼント……?」

「あ……」


 そこで僕は思い出した。

 昨日の夜、母さんはすいの誕生日が「八月八日」だみたいなこと、言ってたな。


「つよぽんの正確な誕生日は判らなかったから、すいちーの誕生日と一緒にしたのよ。だから昨日、八月八日はふたりのお誕生日だったの。十六歳、おめでとう。つよぽん、すいちー」


 僕とすいは顔を見合わせる。


「おめでと、ヨッシー!」

「おめでと、すい」


 ホント、なにからなにまでややこしい関係だな、と僕は笑った。


「なに勝手にふたりで完結してるのかしら?」

「アタシ、誕生日パーティーはまた企画するからねっ! 今度はふたり分よ! 倍プッシュよ!」


 勢いづくソフィーと詩織にも笑顔を送って、僕はすぐそこで意識を失ったまま倒れている長髪の赤毛に目を移す。


「セナートスはどうしようか?」

「埋める?」

「ソフィー、ゴミじゃないんだから……」


 いや、ゴミでもそこらに埋めちゃあダメだけども……。


「また警察署の前に置く?」

「詩織……、結構な人数、赤毛いるから、それはちょっと……。なんか、組織がらみだと変な協定もあって警察では対処しきれないらしいし……」

「全部、みぽりんの事務所に連れ込めば……」

「阿武隈さん、それはちょっと~……ホントにやめて~」


 母さんは「うふふ」と笑うと、電話を取り出した。


「ちょっとまってね……」


 スマートホンの画面を操作して、どこかに電話をかけはじめる母さん。みんなは何事かと母さんを見守る。

 すぐに電話の相手は出た様子で、彼女は話しはじめるが――。


「え? 何語……?」


 母さんは聞き慣れない言葉で、ペラペラとまくしたてている。英語じゃなさそうだし、ちょっと声音も……いや、ちょっとどころじゃないな。いつもの母さんの声じゃない。変に高くなったり、逆に男声みたいに低くなったり……。

 「ラテン語ね」とソフィーがつぶやく。


「言ってること、判るの?」

「ニェプ。聞いたことのある単語がいくつか出てきたってだけ。内容は判らないわ」


 僕たちが見守っていると、母さんの電話が終わった。


「オーケーで~す。ふもとにまとめて置いといたら、回収にきてくれるって~」

「回収って……」


 やっぱり彼らは、ゴミかなにかなの?


「ついでに、もう来ないでねって念押ししたから」

「もう来ないでってことは……、今の電話、セナートスなの?!」

「そうよ~。セナートスの本局。今度日本で変なこと考えたら、『ダイチと愉快な仲間たち』が全力で潰すって、言っておいたわ~。あちらさま、押し黙っちゃった」

「あ、はは……。そう……」


 身バレしてから母さん、全開だな……。


「それじゃあ、コイツらをまとめ上げたら帰ることにするか!」


 詩織のおじさんが声を上げるが、僕はそれに挙手で応えた。


「どうした、強。なにか気になることでもあるのか?」

「ちょっと寄りたいところが……」


------------------------------------------------


 僕とすいはヨレヨレの「平水」と書かれた墓標の前にふたりで並んで座って、手を合わせた。

 

 セナートスの身柄を手分けして回収しおわった僕たちは、また山を登り、この庵に来ていた。

 僕たちの境遇に大きく関わっていたすいのお師匠。すいの育ての親で、僕の命名をしてくれたひと。

 僕は「鳴らし山」を下りる前に、庵の庭先の、彼が眠るこの小さなお墓に手を合わせておきたかったのだ。


 となりのすいが「お師匠はね」とつぶやく。

 

「昨日のあいちんの話のような……、荒々しいひとじゃなかったよ。そりゃあ修行のときはすっごい厳しかったけど……、普段は優しい、面白いおじいちゃんだった……」

「そっか……」


 それはすいを見ていれば判る。こんなにも奔放ほんぽうなすいを育てたひとだ。

 後継者への焦りが平水さんを一時的に変えていたのか、あるいはすいとの生活が彼を変えていったのか、今となっては僕には判りようもない。以前も思った気がするけど、一度でいいからお会いしてみたかった。


「また来よう」

「うん」


 僕とすいは揃って立ち上がり、背後に振り向く。


「さて、それではそれでは……、やり残したことは、ないかな~?」


 みぽりんは庵の和室のなかで横になって、いつもどおりに眠そうにしている。


「大丈夫じゃ……ないっスかね?」


 そんなみぽりんの傍で、正座をしている永盛さん。


「ワシもそのうち、また来るとしよう。平水ひらみずめに線香のひとつでも上げにな。ゆっくり目の保養……、いや、湯治も兼ねて」


 現聞先生は、手を合わせた姿勢から直ると、なにやら詩織に目を向けてヒゲを撫でている。


「すいちーとつよぽんがいつでも使えるよう。このおうちのお布団も干しとかないとね~」


 母さんは縁側に腰掛けて、ニコニコしながら言う。どういう意味かは置いておこう。


「ニェプ、そんな垂涎すいぜんイベント、たとえ槍が振ろうが……」

「アタシたちももれなくついてくるわよ! お忘れなく!」


 僕たちのすぐ後ろにいた詩織とソフィー。ふたり揃って笑顔をくれる。


「詩織ちゃん……、今後は危ないのはほどほどで頼むッ!」


 おじさん、今日は服着てて判んないけどモザイク解けたんだろうか。昨日のお風呂の時点ではずっとあったんだよな……。


「すべてソフィーさまのご随意のままに……」


 で、ソフィー兄さまはなんで平水さんの墓にストロー差した? ロシアには墓にストローを差す宗派があるの?


「ふぅ……」


 僕は大きくひとつ、ため息をく。

 個性強いし、統率悪すぎるし、超人すぎるひとばかりだし……。なんなんだ? この集団パーティ? 

 呆れながらも笑って、僕は口を開いた。


「帰りましょうか。水無に」

「カエルは鳴いてないけど、かっえろー!」


------------------------------------------------


 水無に戻った僕たちは「非日常」ないつもの「日常」へと帰る。

 

「ヨッシー! このお菓子、んめえ!」

「ホント~。おいしいわね~」

「ふたりとも。富耶麻とやま銘菓はいいけど、食べ過ぎないようにしてよ? 夕飯食べられなくなるよ?」


 すいと母さん、そして僕――三人の家族には、当然ながら大した変化はない。生活スタイルはもとのまま。元からすいはウチに完全に住んでたし、母さんは普通に仕事に行っている。

 すいと僕は一応のところ「彼氏」、「彼女」という関係性になったのだけれど、そっち方面もたいした進展もすぐに訪れるわけもなく。まあ、これが「そばにいる」ということかな、と思ってみたりもする。

 でも――。


「あいちん……、『ラブラブずっきゅん』のコツというか、調整の仕方、知らない? 動かなくならないように、とか光が出ないように、とか……」

「ああ~。なるほど。うふふ~。考えることはみんな同じね~」


 すいと母さんは声を潜めて、なにかよからぬことを企んでいる様子だ。なにか変なとばっちりが来なければいいけど。

 などと考えていたら、その日の夕食後、早速に「とばっちり」が来た。


「むっふっふ~。ヨッシーもこれで、大満足でしょ?」

「いや、まあ……その、否定はしないけど……。なんか悪いコトしてる気分……」

「あら~。いいじゃない。そこらで見せびらかすようにしてるカップルより、よっぽどカワイらしいと思うわ~」


 まあひとまず、その「とばっちり」の詳細は置いておくとして――。


 鳴らし山から帰ってきて二日後、詩織があらためて企画した僕とすいの「誕生日パーティー」が開かれることになった。ワワフポ事務所にて。

 なんでそこなのッ?!

ご感想、ご罵倒、ご叱責、お待ちしております!

もちろん大好物は褒めコメです!

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