宇宙人に『桃太郎』を読み聞かせてみた
『桃』という果物の説明はそんなに難しくなかった。
彼らの星にも似たような果物はあるからだ。
日本語で無理やり発音すると『スルルイルルジ(これを2音節で発音する)』という果物だが、食べてみたいと思ったことはない。
その果物の中から子供が出て来るのは彼らの文化ではよくあることらしく、説明がとても簡単で助かった。
マーク・セバスチャンズは四体文明人に『桃太郎』の物語を読んで聞かせているところだった。彼は地球人類のことを色々と教えていた。また四体文明に惹かれもし、勉強していた。
四体文明人は地球人類を滅ぼすことを宣告している。
それに対する地球人類の反応は、大きく3つに分かれた。
高度な文明とテレパシー能力を持つ四体人にあくまでも抵抗しようとする『バトル主義』、尻尾を巻いて別惑星へ逃げようとか現在の科学力では無理なことを言う『現実逃避主義』、そしてセバスチャンズは、ただただ四体人の前にひれ伏す『土下座主義』にどっぷりハマっていた。
彼らに協力し、地球人類のことを教える代わりに自分の命は助けてもらおうというのである。
四体人はそのことを約束してくれていた。
彼が今『桃太郎』を読んで聞かせているのはポモルピクミギャ(3音節で発音する。日本語の『おもち』という音に似ている)という名前の四体人で、面倒臭いのでセバスチャンズはポモルピクミギャのことを短く『主』と呼んでいた。
「では、名詞についての説明は必要ないのですね、主よ?」
「ああ、問題ない。今までの説明で理解した。我々四体人同士なら言葉で説明などしなくてもイメージで伝わるので苦労はしたが……」
そう、四体人は、頭の中が読めない地球人類を恐れていた。何を考えているかわからず、知謀策略に満ちた地球人類のことを、わからん、脅威である、よし滅ぼそう、というのである。
「では『柴刈り』と『川に洗濯』は? わかりますか?」
「我々にも山へ行き、動物の体の一部を採取して来る趣味がある老人はいる。また、老婆が川に緑色の液体を撒き散らすのは普通のことだ。同じようなものだろう」
「では、そうしておきましょう」
「しかし、出て来る単語はわかったのだが、物語の意味がさっぱりわからない」
「では、もう一度、最初から読んでみましょうか」
「そうしてくれ」
セバスチャンズは(名前が長いので以後『セバ』とする)最初から読み始めた。
「むかしむかし、あるところに」
「そこだ。そこがわからない」
頭の中に響く『主』の声とは別に、セバの前に置かれたパソコンのモニターに、
「昔の話をして何の意味があるんだ」
「今の話をしろ、未来を見ろよ」
「カビくさい」
というテロップが左から右へ流れた。
どうやら『主』の後ろで何人かの四体人がセバの話を聞き、コメントを打ち込んでいるようだ。
セバは無視して続けた。
「おじいさんと、おばあさんが、いました」
「そこ。そこもさっぱりわからない」
パソコンのモニターにまた異星人達のコメントが流れた。
「なぜおじいさんとおばあさんなんだ?」
「最初に登場するのがジジババでは作品として魅力がない」
「美少女にすべき」
「まぁ、ちょっと、黙って聴いてもらえませんか」
セバは少しイラッとしながらそう言うと、続けた。
「ある日、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
おばあさんが川へ洗濯していると、川の上のほうから大きな桃が、どんぶらこ、どんぶらこと……」
「ストップ!」
「な、なんですか?」
「そこの擬音の意味がさっぱりわからない」
パソコンモニターのコメントが激怒していた。
「なんだよどんぶらこ、どんぶらこって」
「もっとインパクトのあるカッコいい擬音が好き」
「『ギャギャギャー!』とか、どうだろう」
「桃がギャギャギャー! とか流れて来たら中の桃太郎、死ぬでしょうが!」
「そんなにヤワな桃太郎がいるのか。よくわからない」
「っていうかあんた達、桃太郎の何を知ってるって言うんですか!?」
「続けてくれ」
しかしその後暫くは、『桃から子供が出て来る』とか『成長して鬼退治に行くといきなり言い出す』とかはよくあることらしく、彼らは黙って聞いていてくれた。
「最近仕事が忙しすぎてマンガを読んでても意味が頭に入って来ない(;_;)」という誰かのコメントが単独で流れたくらいだった。
(さぁ、ここからだ)と、セバは思った。
彼が四体人に読んで聞かせるテキストに日本の昔話を選んだことには、理由があった。
セバにとっても『桃太郎』という物語は意味のわからないところが多くあったのだ。
どうせ提出するテキストを彼らがダメ出しするであろうことはわかっていた。『新約聖書』や『イソップ物語』をテキストにして、もしけなされたらと考えると、西洋人である彼には抵抗があった。
ボロクソに言われてもいいように、むしろボロクソに言ってほしくて、彼にとっても意味がよくわからない『桃太郎』を提出したのであった。
「犬は桃太郎からきびだんごをひとつもらう代わりに、鬼退治のお供をすることになりました」
(さぁ、ツッコんでくれ! きびだんご一個ごときで命を賭ける犬の不可解な行動を!)セバは思った。
しかしパソコンモニターには共感のコメントばかりが流れた。
「あるある~」
「犬さん、漢だねぇ」
「わかる~」
「桃太郎は犬、猿、キジをお供に鬼ヶ島へ旅立ちました」
(犬や猿が何の役に立つんだ~? 何よりなぜにキジなんだ~? さぁ、ツッコめ!)
パソコンモニターには称賛のコメントばかりが流れた。
「やっぱここは犬、猿、キジだよな」
「定番だよね」
「読者ウケを狙いすぎとも言えるかな」
(わからない!)
セバは頭を抱えて苦しんだ。
(俺には『主』のことが理解できない!)
そして物語はクライマックスを迎える。
セバは強く思った。
(ここだ! 俺はここが一番わからないんだ! ここなら『主』も共感してくださるに違いない!)
そう思いながら、読み上げた。
「犬、猿、キジの力を借りて、桃太郎は鬼達を成敗しました。
退治された鬼達は、もう悪いことはしませんからと、桃太郎に許しを乞いました。
桃太郎は鬼達を許し、宝物をたくさんもらい、おじいさんとおばあさんの待つ家に帰りました。
その後、3人で幸せにくらしましたとさ。おしまい」
『主』の声がセバの頭の中に語りかけて来る。
「理解できない。どういうことだ?」
「でしょー!?」
セバは歓喜の声を上げた。
パソコンモニターに大量のコメントが走った。
「なんでだよ!?」
「殺さんの!?」
「許しちゃうの!?」
「ありえねーーー!」
セバは思わず叫んだ。「ハァ!? そっち!?」
「そっち……とは、どういう意味だ?」
「殺しちゃいかんでしょーが!」セバは力を込めて言った。
「では、お前が桃太郎であっても鬼達を許すのか?」
「許すわけないでしょ!」セバは足を踏み鳴らし、言った。「占領したからにはお宝もゲットした上、鬼達を奴隷にしてトコトン絞り取らにゃ合理的じゃないでしょーがっ!」
「鬼だな、お前……」
「アンタらのほうが鬼でしょーが! 人殺し!」
「何を言っている? 私達四体人は元々お前達を殲滅すると言っているんだが」
「あー! そうか!」セバは今さらながら自分のしようとしていたことの愚かさに気づき、叫んだ。「俺、危うく自ら奴隷になってまうとこだったわ!」
「セバスチャンズ。お前、怖い……」
「『主』よ……って、俺、バカじゃね!? お前らただの人殺しなのに!」
「なんだと?」
「やんのか!?」
争いの後には静謐が訪れた。
セバスチャンズと『主』は力を使い果たして床に寝そべり、会話した。
「でも……。桃太郎って優しいよな」
「そうだな。我々も桃太郎を見習うべきかもしれない」
「なぁ、ポモルピクミギャくん……」
「なんだい、セバスチャンズくん?」
「俺達、友達にならないか?」
「うん、いいよ。なろう」
「本当に?」
「うん」『主』の声は優しかった。「桃太郎の頭の中が見えた気がしたからね。地球人類がちょっとだけ怖くなくなった」
こうして『桃太郎』の物語は、異星人にも西洋人にも理解されないまま、しかし二人を友達にした。
地球が救われたかどうかはまた別の話である。