KOUMORI
「KOUMORI」
作 六六
峰打良人…ホームレス。
一等七子…女子高生。
巡屋将太…フリーター。
居斜凛…ミュージシャン。
貝摘圭介…先生。
神々神神…仕掛人。
羽成実夏…死んだ悪人。
1 一度目の横断歩道
幕が上がる。自らを嘲笑するような良人の語りが聞こえてくる。
良人『――幸せになりたくなかったなんて言ゃあ、そりゃ嘘になる。それくらい俺の人生は失敗だらけだった。幸せになりたいと思ったのは一度や二度じゃねぇし……誰かを幸せにしたかった気も、しないでもない。ったく、我ながらとんだワガママだぜ』
人々のがやがや、車の音。
うすぼんやりと証明が付くと、手前に正面を向いた良人。そして奥に後ろを向いた七子。
二人の間は車道、横断歩道がある。かっこー、と信号のSE。
二人は振り向き、お互いに気付くことなく横断歩道を渡る。七子と良人の位置が逆転する感じ。
泣きそうな声の七子の語りが聞こえてくる。
七子『本当はスゴい怖かった。この先の無限通りの道の中で、ちゃんと一通りの道を見つけられるのかなって。失敗ルートに進むかもとか、成功ルートはどことか、靄が張ってるみたい。怖かった。助けてほしかった。進むべきところに導いてほしかった』
また二人は振り返って横断歩道を渡る。今度は二人がすれ違った辺り、横断歩道の真ん中で二人は止まる。
そして人々のがやがやも消える。かっこーは消え、歩行者信号は赤。
七子『未来を恐れるワタシ』
良人『過去を悔やむ俺』
七子『先行きは不安定真っ逆さま』
良人『既にある事実はひっくり返らない』
七子『ワタシの将来を教えて』
良人『俺の罪はどう足掻こうが消えねぇ』
七子『怖い……怖いよ。誰か、誰かワタシを、助けてよ』
良人『一度でいいから、いい人ってのになってみたかったぜ。――俺が幸せになっても良いんなら、な』
二人に同じ自動車が突っ込む。
暗転。かっこーが鳴り始める。
神神『――へぇ。じゃあ、それ、叶えてあげるって言ったら……どうする? ……ウチに、罪滅ぼしさせてよ』
2 死にかけ女子高生
明転。先程と同じく横断歩道があって、人々のがやがや、車の音。歩行者信号は青。かっこー。
良人は準備体操のようなものをしている。そこへ、歌を歌いながら下手から凛が歩いてくる。凛は片手にラジカセ、片手に紙二枚。
凛「――あっ、お兄さん! はいこれ、どーぞ」
良人「……? 何だよこれ」
凛「あたい、居斜凛っていうんだ! この無茶苦茶治安悪くてどうしようもなく燻ってる呆れたこの町を音楽で変化させるべく! 変換させるべく! 変革させるべくやって来たさすらいのミュージシャン! 近くのライブハウスを借りてる!」
良人「いや、そりゃ結構だが……イナナミさん?」
凛「否、居斜!」
良人「居斜さん。だから、これは何だっつってんだよ」
凛「あたいが予め買ってた宝くじ(今日発表!)と、明日やるライブのチケットさ! しかも! まさかまさかの無料配布……っ! いやぁー、こんなこと道行く通りすがりのお兄さんに暴露しちゃうのもアレアレのアレなんだけどね……あたい、最近結構ヤバイんだ」
良人「ヤバイって?」
歩行者信号が点滅して赤になる。かっこーストップ。
凛「実のところ、収入っぽい収入が……ねぇ。うん、えへへ。お腹空いて倒れそう。どうしてもライブに来て欲しいんだ」
良人「……だから宝くじで客を釣ろうと?」
凛「そういうことだよ! そうだ、あたいは例えホームレスでも客が欲しい! でないと知名度上がんないからね! あ、ワンドリンク制だから! メニューは公園で汲んだ水orアルルで汲んだ水! 500mlが今だけなんと500円!」
良人「クソ高けぇよ。……つーか、ホームレスってわかってんなら俺に関わるんじゃねぇ。この金属バットが見えねぇか? 見えねぇならその代わりに痛い目見る羽目になるぜ」
凛「既に痛い目見てるからこそ、こんな最終手段、捨て身の作戦、決死の覚悟で臨んでるんだけどね!」
良人「……お前どうしようもねぇバカだな、イナナミ」
凛「否、居斜! あとさん付けは!?」
良人「お前にさん付けする必要はねぇな。文無しって意味じゃ立場は同じだしよ」
凛「……へーんだ、夢なしで根なし草のホームレスには言われたくないね。あたいだって流石に家くらいはあるよ。悔しかったらギターでも弾いてみたら?」
良人「興味ねぇ」
しばらくピリピリとした雰囲気で二人は睨み合う。
凛「……まぁいいや。時間あったらチケットに書いてるとこに来なよ。人生変えたげる」
良人「もう俺に変わる人生も何もねぇよ。まぁせいぜい頑張れや、ミュージシャン」
凛は上手にはけ、おざなりに手を振る良人。チケットを軽く読んで、宝くじに目をやる。近くにあったゴミ箱から新聞を引っ張り出し、当選番号を確認。そして新聞を戻し、くじをポケットに突っ込んでため息。
横断歩道の奥側に七子が上から来る。深呼吸をしている。歩行者信号は赤。
七子はいびつな笑みを浮かべながら、横断歩道を渡り始める。
良人「――!」
良人は七子に気付き、横断歩道に飛び出す。その瞬間暗転。
自動車が良人と七子に突っ込むみ、事故のSE。
かっこー、と音が響いて明転。
七子は腰を抜かして呆然としている。良人は持っていたバットで自動車のフロントをぶっ叩き、七子が轢かれるのを防いだ。自動車は停止している。
七子「あ…………あ……」
良人「はぁ……はぁ…………? 何で、助けた? 助けれ、た……?」
将太「ぬぁあああああぁあぁぁあ!!」
車から降りてきた(上から出てきた)自動車の運転手、将太が二人の前に駆け寄る。
将太「てめぇふざけんなよ! 僕の愛車をよくもよくもよくもよくもよくもっ!! この金属バット野郎っ! てめぇ――――!!」
良人は将太に胸ぐらを掴んで振り回される。それで我を取り戻した良人は将太に頭を下げる。
良人「……すみませんした。これは俺の責任です」
将太「ったくよぉ……ここボコボコにしたてめぇもだけど、この子もホント勘弁してくれだ! 危ねぇだろうが!」
七子「え、あっ……ご、ごめんね! よく、見えてなかったや」
良人と将太「見えてなかったぁ……?」
七子「うん、ホント! よそ見しちゃってたんだ。ごめんなさい」
将太「……ったくよぉ。まぁお嬢ちゃんは分かればいい。問題はてめぇだよ鉄バット野郎。なぁ? 僕のブレーキがたまたま間に合ったから、あるいはこの車の性能が良いから良かったものの……一歩間違えばてめぇも巻き添えだ」
良人「失礼ながら言わせてもらえるなら、俺の名前は峰打良人と言います。良人と呼んでください」
七子「良人! よろしくね!」
良人「ん? あぁ……よろしく」
将太「勝手に友達になってんじゃねぇよ鉄バット野郎!」
良人「えっと、すいません」
将太「……これから三人で警察行くぞ。きっちり弁償してくれるんだろうな良人?」
良人「……ちゃんと呼んでくれるんすね」
将太「僕は人をあだ名で呼ぶことは嫌いなんだ」
良人「はぁ、そうすか。……いや、弁償のことなら大丈夫っす」
良人はポケットから宝くじを取り出す。
七子「あ、今日発表のやつじゃん!」
良人「三十万当たってます。あげますよ」
将太はそれを奪うように手にとって、スマホで番号を確認。
将太「……今までの無礼を許してくださいますか?」
良人「態度変わりすぎだろ!」
七子「人ってお金でどこまでも丸くなれるんだねっ!」
将太「三十万なら車を直してもお釣りがくるからね。それだったら僕は気にしないよ」
良人「愛車だったんじゃないんですか?」
将太「愛車っていう響きが好きなだけだ。そこまで思い入れはない」
良人「あ、そうですか……」
将太「敬語を止めろ。僕は年下に敬語を使われるのは嫌いなんだ。……僕は巡屋将太、フリーターをしている。まぁ、将太と呼び捨てにしてくれ。さん付けはするな」
七子「将太? じゃあショタって呼んでもいい?」
良人「駄目に決まってんだろ」
将太「構わないとも」
良人「いいのかよ」
七子「じゃあ良人は……んー」
将太「ヨッシーはどうだい?」
七子「あ、それ完璧! イェーイ!」
将太「イェーイ!」
良人「イェーイじゃねぇ! 俺ァ踏ん張りジャンプ出来ねぇからな!? つーか何すぐさま事故の当事者同士が仲良しなんだよ! 過程飛ばしすぎにも程があるっつーもんだろうが!」
七子「ヘイヨッシー!」
良人「ワッフー! 次言ったらぶん殴るぞ」
七子「はーい」
将太「……それじゃあ、もう僕は家に帰るよ。君たちも帰れるね?」
良人「……おう」
七子「まぁねー」
将太「明日の9時丁度にこの横断歩道に来い。それまでには見積りが出てると思うからね、これも何かの縁だ、お釣りの山分けをしよう」
良人「だから何でもう仲良しこよしになってんだよ、一蓮托生すぎんだろうが。……俺は別に何でもいいけどさ」
良人は承諾するが、七子は悩んだり唸る素振り。
良人「ん、お前は何か用事あんのかよ」
七子「参観」
良人「あ?」
七子「明日、午前中は高校の授業参観があるんだー」
将太「なるほど、じゃあ一時にでも」
七子「えっとー! えっとねぇー!」
七子は大袈裟に体を動かして自分のペースに持ち込もうとしている。
将太「ん、どうした?」
七子「うんとその、参観なんだけど、実は、うちの両親忙しくてこれないって言ってるんだ!」
良人「はぁん、それで?」
七子「親が来ないのは、何かちょっと恥ずかしいから……えっと……」
将太は納得したように手を叩き、良人を連れて少し七子から離れてこそこそ喋る。
将太「おい良人。お嬢ちゃんが親代わりに参観に出席してくれとさ」
良人「はぁ!? 何をそんな、突拍子も何もありゃしねぇ……!」
七子「思考を読むなぁ――――」
七子は二人のところまで走っていく。
七子「……うん、まぁそんな感じ! ごめんね、こんな見ず知らずの……しかも事故に巻き込んじゃった二人に頼んで」
将太「僕は9時より後なら1時ぐらいからしか無理だよ。車屋以前に、美容院を予約しているものでね。それに、見たところ良人は……暇なんじゃないか?」
良人「いや、だからって俺ァ……」
七子「そうだね、ショタよりも良人の方がワタシのお父さんくらいに見えるし丁度いいよ!」
良人「俺ァまだ23だ! そんな老けてねぇぞ!」
将太「まぁまぁ落ち着けよヨッシー」
将太をぶん殴る良人。それを見て「ひぇー」とか言う七子。そして両手を合わせて良人に頼み込む。
七子「お願い! ワタシ友達全然いないし親戚も全く知らないし! こうなったら良人だけが頼りだよ……っ!」
将太「その通りだ良人。こんなか弱く可憐な女子高生のお嬢ちゃんの授業参観だぞ? 行きたかった。正直羨ましい」
良人「将太てめぇそういう趣味かよ!? いや、だから……こんな見ず知らずの大人にんなもん頼むなっつーの! お前どうかしてんぞ。これから先、楽しく生きていきてぇなら常識くらい身に付けやがれ」
七子「……あぁ、うん。それだったら大丈夫!」
良人「……あん?」
七子「この先の人生で、ワタシが楽しく生きていけるなんて、これっぽっちも思ってないからさ!」
七子は少し歩いて、二人に振り向く。
七子「あははっ!」
暗転。
3 ワタシの過去を聞いて
明転すると、そこは教室。上手側に教卓があり、国語担当の先生が下手を向いて、書いてきた作文を読ませる授業をしている。
七子を含む生徒たちは先生に向かって座り、その後ろに親たちが立っている。そこには良人と将太も。
良人「……何でお前がいんだよ。床屋はどうした」
将太「正確には床屋ではなく美容院だ。そんなもの蹴ったに決まってるだろう。あとあとよーく考えたら、僕も誰かの親族に成りすませばいいだけだと気づいたのさ」
良人「将太お前……バカだってよく言われねぇか?」
将太「女子高生は趣味だからね」
良人「噛み合わせろよ話を。……ったく、ちゃっかりしてやがる。お前も、あいつも……」
先生「それじゃあ次は、一等さんの発表です」
まばらな拍手。生徒たちは明らかに七子に対して興味がない。七子は起立して、原稿用紙を読み上げる。
七子「『退学届』、一等七子」
三つのサスだけが付き、あとは暗転。七子以外はストップモーション。七子はまず中央サスに入る。
七子「『私は一等七子と言います。このクラスになってもう半年くらいは経つけど、今日初めて私の名前を知った人もいると思うので、自己紹介です。私は一等七子。一等七子という女の子です。覚えておいてくださいね」
七子は作文を読みながら歩き、今度は上サスに入る。
七子「さて、突然ですが私の過去を聞いて下さい。私の苦しみを皆さんに知ってほしいからです。実を言うと、私は友達が一人もいません。仲間がいません。むしろいじめられています。……当然知ってますよね、皆さん。皆さんが当人であって、当事者ですから」
作文を読みながらスキップして、下サスに入りに行く。
七子「なぜいじめられたのでしょう。それは、私の家がとても貧乏だからです。小学校の頃のお弁当箱使ってたり、着る服が三着しかなかったり、教科書をなくしたら隣の人に見せてもらわないとダメだったりしました。それが続くと、まぁ、自然といじめは起きるものですね。靴隠しに始まり、落書き、陰口、無視……こんなに簡単に、人って恐ろしくなれるんだなって思いました。怖かったです。こんな生活のどこに希望を見出だせばいいのか、わからなくなりました」
三つのサスが付いたり消えたりして、七子はどこに入ればいいのか迷う。一瞬全てのサスが消える。やっと弱々しく上サスが付き、七子はそこに逃げ込むように入る。
七子「そんなある日。そんなある日です。今から一週間くらい前でしょうか。私の両親が蒸発しました。同時に、かろうじて住むことが許されていた自宅からも、怖い人に追い出されました」
照明は全て消え、真っ暗になる。
七子「何も見えません。真っ暗です。くらくらするくらい暗いです。ホントに、人生クラッシュ、人生クライマックス、人生クランクアップもいいところでした。このクラスの皆さんには、そんな状況想像できるでしょうか。……すみません、言葉遊びが過ぎました。しかしそんな想像、私には出来ませんでした、余りにも衝撃展開すぎて」
中央のサスだけ付き、そこにいる七子。
七子「……と、いうわけなので、私は明日からここには来ません。退学です。休学でも停学でも留学でもなく、退学。この場所で何かを学んだとして、それが将来活きてくる気が全くしないのです。もっとも、私にまともな将来があるのかっていうと……ちょっとわかりませんけどね』」
七子は自分の席の前に立つ。
七子「これでワタシの発表を終わります! ありがとーございました!」
七子が礼をして着席した瞬間、照明は元に戻る。唖然としている全員。
先生「あ、ありがとう、ございました……」
そして教室はざわめく。先生は七子に質問を色々している。七子は目を積むって満足げに無視。座りながら足をぶらぶらさせてご機嫌。
将太「……おい。おい良人。気は確かか」
良人「あ……あぁ、すまん」
将太「少し考えることが出来た。僕は先に車で帰るから、良人は七子ちゃんを連れてこの後すぐに僕の家に来るんだ」
良人「は、はぁ!? 俺にやれってか!? んなもん出来るわけ」
将太「高田町雨細工、8の12、ロクナシハイツ10号室」
良人「……」
将太「僕の家の住所だ」
将太は足早に上にはけ、教室から出ていく。それを少し呆気に取られた風に見ていた良人。
良人「……あぁぁぁぁ」
良人は頭を乱暴に掻きむしった後、七子の席まで行き、七子の頭を手ではたく。
七子「うぇ、どしたのお父さん?」
教室は更にざわめく。全員の視線は良人へ集中。
良人「お、おおおおお父さん!? お父さんじゃねぇよ! 俺はその……親戚だ、親戚! おら、行くぞ!」
七子「んー? どこ行くの?」
良人「少なくともここじゃない場所へ、だっ!」
七子「うわわわわわわわっ!」
良人は七子の手を引っ張って立たせ、そのままの勢いで上にはけ、教室を出る。暗転して、中幕を閉める。
4 親戚と先生は嘘つきである
七子の高校近くの住宅街。七子の手を引いて上から走ってきた良人はやっと手を離し、その場にへたりこむ。
良人「はぁ、はぁ、はぁ……っあ――――とんでもねぇヤツ拾っちまったぁ――……」
七子「うん、確かにここまでくれば流石に誰もこないね! やったー! バット重そうだったけど大丈夫だった?」
良人「そして当の本人はこの調子よ……」
七子「あーごめんね良人。うん、ホントは今日は学校行かないつもりだったんだけど、良人に助けられちゃったから……頼んでみよっかなーってね。あ、自己紹介作文でしちゃったね! ワタシ一等七子っていうの! 七子って呼んでね!」
良人「んなこと二の次三の次だっつーの。……あー、七子? 何だよ、あの作文」
七子「え、何だよって?」
良人「とぼけんなよ。ありゃ本当の事なのかよ」
七子「うん、バリバリ本当。ワタシって家族も友達も家もないんだよー? 凄いでしょ」
良人「何もすごかねぇ。……それで、お前はこれからどーすんだ」
七子「どうしようねぇー。とりあえず宝くじの山分け使いきったら日本一周の旅でも始めよっかなー、なんて」
良人「…………七子」
七子「んー?」
良人「……何でもね」
しばらく沈黙。七子は良人の周りをうろうろして町の景色を眺めている。
良人「……やっぱ訊く。あの作文、いつどこで書いた」
七子「昨日の深夜に公園でっ!」
良人「つぁ――っ……」
良人はマジかよって感じで頭を抱える。そして軽く舌打ちしたあと、体を身軽に起こす。
良人「はぁ、しゃーねぇ。とりあえず将太の家だ、話はそれから。……ったく、まさか俺がこんなことになっちまうなんて」
七子「(食い気味で)いよぉーし! レッツゴー!」
七子が下にはけようとすると、上から圭介が二人を見つけてやって来る。
圭介「――あ! 一等さん……と、ご家族の方でしょうか? ふぅー、いやぁいやぁ、やっと、追い付きましたよ……」
良人「――!?」
七子「あ、貝摘先生!」
良人「……? ……先生だぁ?」
圭介「はい。わたくし(以下『私』)、高台高校3年6組担任の貝摘圭介と申します」
良人「……なるほど、そうか。こういう事も、ありかよ」
圭介「いやぁいやぁ、一等さんが授業を途中で抜け出してしまったそうなのでね、時間の空いていた担任の私が追いかけることになったは良いんですが……あなた、並の運動神経してませんよね。私、とっても疲れてしまいましたよ」
良人「――七子!!」
七子「うひゃい!?」
圭介「!?」
良人は圭介を押し倒して馬乗りになる。片手で口、片手で左手を押さえつける。
良人「さっき言った住所へ逃げろ!」
七子「えっと、高田町の」
良人「言うんじゃねぇ! 聞かれるぞっ!」
七子「あっそっか! えーと、じゃ、さようなら先生っ! 良人も頑張ってー!」
七子は走って下手にはける。良人は馬乗りを解除し、置いていたバットを拾って構える。
良人「……」
圭介「……はい、さようなら」
良人「いねぇ生徒に挨拶なんざしたって意味はねぇぞ。……とっとと教師の仮面剥がしやがれ。お前は良い子ちゃんの先生のフリしていいヤツじゃねぇよ」
圭介「……あなたは、一等さんのご家族で宜しいんですか? お父様にされてはお若いような気もしますが」
良人「親戚だよ、親戚」
圭介「そうですか。……いやぁ、何と申しますか」
良人「……」
圭介「どういうつもりでしょう」
良人「こっちのセリフだっつーの。七子の学校生活は貝摘先生? てめぇのおかげで無茶苦茶だぜ? おたく、生徒にどんな教育してんのよ。いじめ問題はほったらかしか? ――いや、むしろ推奨してんのか」
圭介「教育を怠った覚えはありませんがね。現に、私は自分の生徒を心配して追いかけている最中でした。それなのに、あなたは……繰り返します、どういうつもりでしょう」
良人「さーてな。未来ある女子高生を大人が守ってなぁーにがわりぃんだよって話だ。……退学くらい好きにさせてやれ」
圭介「……今のところは、あなたが一等さん……七子さんのご親族だと信じます。七子さんに、退学したければまず高校に電話をしなさいと伝えておいてください」
良人「……」
圭介「では、失礼致します。良人さん」
立ち去ろうとする圭介。怪訝そうな表情の良人に対して、圭介は妙に感じのいい笑みを浮かべている。圭介はそのまま上手へとはけていく。
良人「……どの面下げて言ってんだよ、ボケ」
良人は下手へはけていく。暗転。
5 ただのバカにバット一発
明かりがつくと、中央にちゃぶ台を囲んだ将太と良人。将太の自宅。ちゃぶ台には湯飲みが三つ置かれている。将太は目を閉じて思考中、良人はちゃぶ台の外に足を投げ出してぶっきらぼうな感じ。少ししてインターホン。
将太「暗証番号」
七子「0120-019-828♪」
将太「合言葉」
七子「天神だから、出来たこと!」
将太「よし入れ」
学校の鞄を持った七子が下から入ってくる。それをちゃぶ台の前にどすんと置く。
七子「いよいっ……しょっと!」
将太「そこに座るといい」
七子「はーい」
七子は座る。
良人「……それで手荷物は全部かよ」
七子「だねー。学校に持っていってた財布くらいしか守りきれなかったんだ!」
将太「……君たちが帰ってくるまで、僕はこの部屋で小一時間考え続けた。あの作文は全て事実なんだね?」
七子は首肯する。
将太「ならば――率直に言わせてもらうが、七子ちゃんは僕がこの家で預かる。いいな」
七子「……そっかー」
良人「俺ァ構わねぇが……大丈夫かよ。色々面倒くさいんじゃねぇの?」
将太「もちろん僕は七子ちゃんのご両親を探さなければならないんだろうが……多分探すだけ時間の無駄だ。僕がそっちに意識を割いていると、多感な高校生の七子ちゃんを放っておくことになる。それだけは避けないと駄目だ」
七子「ノンノン! ワタシもう高校生じゃありませーん」
良人「あ、七子、貝摘先生から連絡だが、退学したければ高校に電話しろとよ」
七子は笑顔で首を勢いよく横に振る。
将太「……と、いうのが七子ちゃんの主張だということは、何となく作文を聞いた時点で想像出来ていた。先の見えない生活が怖い、そしていじめの待つ学校に行きたくない……高校生としては当然の思考だと思う。となるとだ、ここからは七子ちゃん、君の意志というものを訊いておきたい」
七子「ワタシの意志?」
将太「これからどうしたいか、さ」
七子「……」
将太「僕もずっとここで君を匿っているわけにもいかない。奇跡的に君を轢きそうになったのが僕で良かったが、もしもそうでなかったら、とは正直考えずにはいられない。七子ちゃんの言い分も聞かずに、即、孤児院だとか、児童相談所行きになっていてもおかしくはなかった」
七子「……だねー」
将太「しばらくは僕がフリーターの身ではあるが、養ってやる。そして多分こいつもサポートくらいはしてくれるだろう」
良人「いや勝手に決めんなよ……」
将太「だがいつか必ず僕や良人から離れなければならない時が来る。その時、君はどうする? 七子ちゃん自身の意志を聞かないまま、僕は君を安心して匿えない。それはわかってくれ」
七子「うーん……そうだねぇ……」
しばらく沈黙。七子は立ち上がる。
七子「うん、決めた」
将太「……」
良人「……」
七子「その時はまたホームレスに戻る! 良人とお揃いだね! いやー、だって二人にはこれ以上迷惑かけれないしー、でも保護されたくなんてないしー、特にすることも楽しいこともないって感じだしー……うん、まぁなんとかなるよ!」
将太「……七子ちゃ」
良人「おい七子」
良人は七子を直視せずに力の入った声で言う。それに気圧され良人と七子は固まる。
良人「ちょっとそこに立て」
七子「……ここ?」
良人「ああ」
良人は七子の正面に向かって立ち、バットを構える。
七子「……何かな?」
良人「一発かまさせろ」
七子「……お好きにどうぞ」
良人「――」
良人はバットを捨て、七子にビンタする。
七子「っ……」
将太「良人。それ以上は僕が許さない」
良人「……言われずともだっつーの。悪かったな七子。こうでもしねぇと俺の気が済まなかった」
七子「……ううん、全然いいよ! こっちの方こそごめんね、こんなワタシに付き合わせちゃって!」
七子は健気に笑い、それを苦い目で見る良人と将太。
良人「決めた。俺はたった今、一つの大きな決断をした」
将太「……訊かせてもらおうか」
良人「七子、お前はただのバカだ。だから俺が七子に、進むべき道ってもんを教えてやる。未来を失うってことがどんだけ悲しくて苦しいことかは、もう身に染みてるんでな……お前は、俺とは違って幸せになるべきなんだよ」
七子「……っ」
七子は驚きと戸惑いが混じった、曖昧な表情。
良人「女子高生は女子高生らしく、未来への希望と夢に溢れた生活してりゃいいんだよ。七子が俺みたいにならねぇように、俺自身が導く。……ホームレスはホームレスらしく、反面教師になるだけだ」
七子「……別に、いいけどさ。どうして、こんなワタシにそこまでしてくれるの?」
良人「……何となく。……将太、今何時だ」
だんだん照明が暗くなっていく。
将太「12時くらい。お昼時だね」
良人「ならまずは腹ごしらえだな。金貸せ。カップ麺でも買ってきてやらぁ」
七子「……カップ麺」
良人「どーせそういうもんばっか食ってきたんだろ? ホームレス歴五年の俺が正しいカップ麺の食い方っつーもんを見せてやる!」
七子「な、なにそれ?」
将太「それじゃあ、はい。僕の分はシーフードにしてくれ」
照明暗くなりきって、暗転。三人は下手にはける。丸椅子をあちらこちらに設置。
6 音楽最強!ウルトラスーパーライブ!
明転して、下手から大量の買い物袋を持った将太、少し服装を変えてイメージが変わっている七子が疲れきった様子で入ってくる。少し遅れて、良人も「わりぃわりぃ、遅れた」と言いながら登場。
良人と将太は適当な丸椅子に座り、七子は俯瞰。
良人「……よっし、ここが今日最後のプログラムってとこだな。にしても、買った買った。助かったぜ将太」
七子「……こんなにしてもらって、ホントにいいの? 宝の持ち腐れじゃない、これ?」
良人「お前は馬子にも衣装、猫に小判、豚に真珠っつーんだろうがよ。構いやしねぇ。お前は馬子でも猫でも豚でもなく、ただの一人の人間だ」
将太「畜生っ! おかげで僕の財布はすっからかんだ! 遊園地で豪遊するのに三人でいくらかかったと思う!? 五万だぞ五万! お釣り山分けの話は白紙だ! 良人、明日からてめぇも働け! ファミマの店長が人手を欲しがっていたからな!」
良人「へいへい。こいつを助けられるならそんくらいはしてやんよ。……どうだ七子。ホームレスになっちまうと、こんな贅沢なんかできっこねぇぞ?」
七子「……あ、ありがとうね二人とも! 今日は楽しかったよ、うん! ホントに人生最高の日だったね! あははっ!」
七子の様子を見て、手応えがないという感じで見る良人と将太。七子の根っこはまだ変わっていないと確信する。
その瞬間、放送が流れる。
凛『――レディースアーンドジェントルメーン! 本日はあたいの『音楽最強!ウルトラスーパーライブ!』に来てくれてベリーベリーサンキューゥ! もうちょいで準備完了だからあとほんのちょっぴり待っててねーっ!』
良人「おっ、始まるな」
将太「良人がやたら勧めるからついてきたが……ライブだって? 僕はまた金を使わないといけないのか?」
良人「そのことなら心配無用だ。手作りの無料チケットを主催者からもらったんだが、人数に関しては記載なしだぜ。……ったく、来るつもりはなかったんだがよ……まぁ、お前風に言うなら何かの縁ってやつだ。ただしとんでもねぇバカだから注意しろよな」
将太「とんでもないバカぁ?」
良人と将太の会話に参加せず、「ライブ、ライブか……」などと呟いている七子。
凛『お待たっせ致しましたぁ~~っ! それでは! ミュージックのワールドをお楽しみあれ~~~~っ!!』
ぱちぱちと拍手をする三人。七子だけ「いぇーい!」とか言ってる。
凛『……あれ、あれれ。なんか声援が少ないような気が……まいっか。イェーイ! ……え、それマジですか? えっえっ(ぼそぼそ)……あ、あのー、すみません。カーテン、その、そっちからしか開けれないみたい……なんだ。えっとー……ねー。……イェーイッッ!!!!』
良人「そら見たことか!!」
良人はきょろきょろ辺りを見渡してから、中幕を開けに上手へはける。中幕を開けて、元の位置に戻ってため息。
凛が無駄にだだっ広いステージの中央でギターを構えている。側にはラジカセが置いてある。
凛が一回だけぎゅいーんとギターを鳴らした後、沈黙が場を支配する。
凛「……いち、に、さん…………」
全員「……」
凛「え、三人!?!?!?!?」
良人「悪かったな、二人しか連れがいなくてよ」
凛「……いや全然構わないけど、むしろあのホームレスくんがお友達を連れてくるとは思わなかったし! そもそもホームレスくんが来るとも思ってなかったし! なんか色々混乱中の居斜凛であった!」
将太「……つまり、良人が僕らを連れてこなければ客は一人もいなかったと? こんなデカいライブハウス借りといて?」
良人「だから言ったろ、こいつバカなんだって。しかしまさか一人でやってるとは思わなかったな」
凛「う、ううううううっさい! 一人で悪かったよ! ごめんって!」
凛はステージから降りてくるが、その時に盛大にこける。
凛「ぎゃっ!!」
七子「……えっと、大丈夫? おバカなお姉さん」
凛「ぐえっ、大丈夫……あー、あたいは居斜凛ってんだ! 腐れきったドブのような治安の悪さを誇るミラクルにどうしようもないこの町を音楽で変化させるべく! 変換させるべく! 変革させるべくやって来たさすらいのミュージシャンっ! 只今ライブをしておりますが残念ながらお客は三人! そして金欠中!」
凛はセリフ中に良人が持っているチケットを確認してサムズアップ。
七子「……? イナナミさん?」
凛「否、居斜」
七子「居斜さん」
良人「俺ん時と全く同じやり取りすんなよ……」
凛「あ、それじゃあワンドリンク制だから、アルルと公園、どっちが良いか教えてよ! 490円にまけといてあげる!」
良人「冗談じゃなかったのかよ!」
将太「良人ぉ……良人ぉ……(その場に崩れ落ちる)」
良人「あー悪かった悪かった、マジで冗談だと思ってたんだよ……!」
七子「アルル二本と公園一本でっ!」
凛「了解ッ!」
良人「そっちは普通に受け答えしてんじゃねぇよ!」
凛が下手にはけてすぐ戻ってくる。『公園』『アルル』とマジックで書かれたペットボトル三本を持ってきて、それをリズムよく三人に渡す。そのまま凛はステージへ。
凛「じゃあ早速だけど聞いてくれよ、あたいの魂の一曲! 言い換えてソウルナンバーってのを! せめてお三方に届けるぜー!」
凛はラジカセのスイッチを押す。すると『小さな恋のうた』が流れ、凛はギターを演奏し始める。
凛「広い宇宙のー♪数ある一つー♪」
良人「いやメンバー集めろよ!!」
暗転。すぐに明転し、曲の終わり部分まで時間が飛ぶ。
凛「――響け、恋のうーたっ!♪ ありがとぉおおおおおッ!」
三人は拍手。三人それぞれ感動している。
将太「素晴らしい歌だった、感激したよ凛さん。500円どころか一万円あげちゃうねこれは」
良人「設備がへちっこい割に歌が思ったより良かったのは認めるが、しかし将太、いくらなんでもこいつに一万かける勇気は俺にはねぇな」
七子「め、めちゃくちゃ、カッコ良かったです、凛さん!」
凛「にひひー、凛さんだなんて照れるなぁ……」
良人「お前は照れるポイント違ェだろうが」
凛「うん、今日は来てくれてありがとうね三人とも! 今日のところはタダライブで良いから、あたいが有名になるよう沢山の人に宣伝しといてくれよ! いつもは毎週同じ時間にここで歌ってるからさ!」
将太「そうだね。次の機会にはまた、他の曲を歌ってくれよ」
凛「……」
将太「あれ、なんか変なこと言ったかい?」
凛「……レパートリー増やすんだったらあっちの仲間たちに伴奏収録してもらわないとね!」
将太「いやまずはメンバーを増やせよ」
良人「……あん? どうしたお前」
七子「はぁ――――……」
七子は凛のギターを凝視してぼーっとしている。
凛「なんだ? あたいのギターが気になっちゃってる感じ? ……よっと、ほれ」
七子「えっ……! 良いんですか?」
凛は七子の言葉に笑い、ギターを七子に提げさせてやる。
七子「うひゃ――……!」
七子が興奮しているのを見て良人は笑って将太に目配せ。それに頷く将太。
凛「どーだい、かけ心地最高だろう!? このギター、名前は『シュークリーム』っていってさぁ、あっちの町では伝説扱いされてる結構なシロモノなんだぜー? あ、何なら弾いてみる!?」
七子「ひ、弾く!? ワタシがですか!?」
凛「あたいが何故この町でライブやってるかと言うと、そりゃーこの町を音楽で変えてやる為だからね! 少しでも沢山の人にあたいを知って、音楽に触れてほしいんだ……だから、これで七子も、あたいの思うツボ」
凛は七子が提げているギターを軽く鳴らす。
七子「わっ……!」
将太「なるほどなるほど、七子ちゃんは凛さんを見て、ギターに興味が湧いちゃったわけだ」
良人「そういうことか。なら、俺は先に将太の家戻ってるぜ。邪魔しちゃわりぃしな」
七子「良人……」
将太「そうだね。それじゃあ僕も外で待ってるよ。楽しんでね、七子ちゃん」
七子「あぁっ、ショタまで……!」
凛「おー君ら、あたいにこの子紹介するなんて良い仕事してくれるねー! えっと? 良人くんとショタさん?」
良人「ぶっ……」
将太「ショタではなく将太だ」
良人は笑いを堪えながら、将太は恥ずかしげにぶつぶつ言いながら下手にはける。
凛「じゃ、あたいらはあたいらでやらせてもらおっかね!」
七子「は、はいっ!」
暗転。
7 バットに守られバットに壊され
そしてすぐに上サスだけ付き、二人はその中で丸椅子に座っている。ギターは床に置かれている。
七子「――凛さん、今日は本当にありがとうございました」
凛「いやいや、いーってことよ! 七子も初心者にしては……うん、あたいから見ても光るモノを感じたね」
七子「光るモノ、ですか?」
凛「才能ってこと」
七子「……」
凛「ま、活かすも活かさないもあんたの自由だけど……あたいは、あたい個人としてはこう七子に言っときたいね」
七子「と、いうと?」
凛「音楽の道に来ちゃわない?」
七子「そ、それは……」
凛「七子はまだ高三なんだよね? じゃあ……あたいは四年後、七子が22歳になるまで返事を待つよ。それまでに返事があったら、あたいは喜んであんたを受け入れる。一緒にこの町を変えるって夢を追いかけよう。返事がなかったら、あたいは潔く諦める」
七子「……音楽の、道」
凛「ま、あたいは七子の才能あるなしに関わらずあんたと一緒に音楽やりたいなぁーって思うけどね! 話してて楽しいし、なんか気が合いそうなんだ! あたいだって一人だと寂しいんだよ!」
七子「なんで四年後なんですか?」
凛「ん? そりゃー七子、あんたが大学入ったなら、そこを出るまでって意味だよ」
七子「……そうですね、確かに、凛さんの言う通りです」
凛「あれ、もしかして大学は入んないの?」
七子「……わからないんです。ワタシには、どんな未来が待ってるかが、全く見えない」
凛「んん? よくわかんないけど……まぁー、高校生なんて悩んで当たり前の時期だからねぇ。そういや、あたいもこの道を選んだのは高校の頃だったかな……だからって、七子も今未来を決めなかゃいけないってわけじゃないんだよ。あたいはその時に音楽の道を選んだ、それだけなのさ」
七子「……ワタシは、どんな道を選べばいいんでしょう?」
凛「あたいに聞かれてもね。あんたが選ばないと意味ないさ……ま、そういうわけで、お誘いはしたからね!」
七子「……ありがとうございます」
七子は安心したように笑う。それに凛は笑い返す。
七子「……こんなことになるなんてなぁ」
凛「あー、良人くんと将太さんでしょ? あの人ら凄いよねー、七子のためにめちゃ頑張ってるじゃん!」
七子「ですよね! なんか、良くされ過ぎてて少し不安です」
凛「良人くんなんてさっきもあたいに気を回すよう言ってきて……」
七子「え?」
凛「あっ! ……えーと」
七子「……(じとー)」
凛「あー、さっきのライブ前に一人で楽屋に来てさ、『七子がこれこれこういうわけだから、明るくしてやってくれ』とか言ってきたんだ。……ちょっと不気味なくらい優しいヤツだよ、良人くんは」
七子「……良人。どうして、そんなに」
凛「大事にされてるよね、七子は。あたいも事故りかけよっかな! そしたら金属バット持ったホームレスが偶然助けてくれたりね!」
七子「……ワタシは幸運ですね。良人がいなかったらワタシは確実に生きてませんよ。良人はワタシの恩人で……大切な人です」
凛「おっ、おっ? なんか良さげな感じじゃーん!?」
下手から、顔を隠した人物が金属バットを持って七子と凛に近づいてくる。二人は気付かず会話を続ける。
七子「ち、違いますよ! そんな簡単に、その、そんな風に思うわけないじゃないですか! あくまで良人は恩人で……っ!」
凛「あっはっはー、将太さんは可哀想だね! なんか美味しいとこ取りされてるし!」
七子「あーえっと、ワタシ、ショタコンではないんです」
凛「はははは! じゃ、良人くんはいいんだ? ヨシコン? ヨシコンなのー!?」
七子「ち、違いますって――っ!」
謎の人物が七子をバットで後ろから殴り付ける。七子は倒れ、しばらく苦しんだ後に気絶。
凛「七子! こ、この野郎――ッ! ……がっ!」
凛は立ち向かうが、正面からバットに殴られ、気絶。謎の人物は息が荒い。上サスは消える。
下サスが付くと、そこにはうつ伏せに倒れている将太。そしてその前に良人が佇んでいる。
良人「大丈夫かよ、将太」
将太「……すまない。本当に、すまない」
良人「七子と凛はどこだ」
将太「バットを持った、男に連れ去られた」
良人「どこ行きやがった」
将太「わからない……」
良人「……そうか」
将太「お前じゃ、ないよな」
良人「……あん?」
将太「誘拐犯の顔は見えなかった……お前じゃ、ないよな。お前だけではないと、そう、言ってくれ……。僕は、良人を信じたい。お前は良いヤツだからさ……頼む、言ってくれ」
良人「――俺じゃねぇ。ったく、バカかお前。何なら神に誓ってもいいぜ」
将太「……ありがとう」
将太は泣きそうになりながら気を失う。
良人「……俺に任せとけ。ぜってぇに許さねぇからな」
良人は怒りを抑え込んだどすの効いた声で呟く。下サス消える。
8 不良と教師の同窓会
明転。下手から良人が走ってくる。ライブハウスから近い廃墟の中で、月の光が差し込んでいる。鈴虫の鳴き声。地面がコンクリートなので、良人の足音がよく響く。
良人「――」
圭介「はぁ、はぁ、はぁ……っ。あ、良人さんではないですか!」
良人「……貝摘先生」
良人が中央に来たくらいで、圭介が走って良人の後ろからやって来る。圭介は先程の笑みを消し、疲れていて、真剣な表情。
圭介「いやぁいやぁ、奇遇ですね……まさかあなたも、七子さんを探して?」
良人「まぁ……そんなとこだな」
圭介「でしたら話が早い。私も七子さんを探しているんです。ご存知だとは思いますが……行方不明でしてね」
良人「……何故それを知ってる?」
圭介「実は……目撃者から聞いたのです。『女子高生を脇に抱えて走っていく男を見た』と……その関係で、高台高校に勤める職員に連絡網が回ってきましてね。そして特徴を重ね合わせた結果、七子さんではないかと思いまして。あんな作文もあったので、何かが起こってはいけないと」
良人「は、そうかよ。お勤めご苦労さんってところだが……もう走り回る必要はねぇぞ、貝摘先生」
圭介「……? そう言われますと?」
良人「他に心当たりのある『隠れ家』は全部探した。俺が……いや、俺らが使ってた隠れ家はあらかた潰したよ。だがまさか、こんな一回しか寝倉にしなかったみてぇな廃墟に連れ去るとは思わなかったぜ。そのせいで時間食っちまった」
圭介「……良人さん?」
良人「貝摘」
良人は振り返り、圭介の近くまで歩いていく。そして圭介の目の前で止まり、右手でバットを構える。
良人「――七子と凛を返せ」
圭介「いや……そう申されましても私は……」
その瞬間、圭介は良人に右手の拳で殴りかかる。
良人「――貝摘、圭介」
圭介「……どうして殴るのがわかったのかなぁ」
良人は左手の手のひらで拳を咄嗟に防いだ。圭介は後ろに跳び、ポケットから拳銃を取り出して良人に向ける。
圭介は教師の仮面を剥がし、悪人の顔になる。口調もねっとりとした、生々しいものに。
圭介「あの頃のように圭介と呼んでくれないのか、良人?」
良人「……あの事をきっかけに俺はグループを抜けたはずだ。いや、コンビ解散っつーべきか」
圭介「……出てきても良いよ。ゆっくりこっちに来い。君たちが待ち望んだヒーローのご登場だ」
圭介がそう言うと、上手から手と胴を縛られた七子と凛が出てくる。
圭介「座れ。一言でも喋ったら撃っちゃうぞ?」
七子と凛は圭介の言うとおりにし、一瞬だけ良人を見た後に俯く。
良人「……あれ以来俺も、お前も互いに交わした約束を守ってたはずだろうが。忘れちまったのかよ」
圭介「先に約束を破ったのはキミだよ、良人」
良人「……」
圭介「キミは昨日の内に自殺すると……五年前に誓ってくれたよなぁ? 何故守れなかったんだい? ねぇ、何故? 実夏を殺したキミがさぁ、責任くらいきちんと取るべきなんじゃないのか? おい、黙るなよ」
良人「……だからって、罪もねぇ女二人を拐うか? 俺が昨日中に死ねなかった程度で、何の脈絡もなくこんな行動に出れるのか? ……変わってなさすぎだ、このバカ野郎」
圭介は空に向かって発砲。発砲音が響き渡る。
圭介「口答えすんな。殺すぞ。そこのハーレム要員二人もろとも」
良人「……っ!」
圭介「なぁ良人? 俺がどうして憎くて憎くて堪らないお前なんかとの約束を、誓いを昨日まで守っていたのか分かるか?」
圭介は良人の回りを銃を向けながらゆっくり歩き回る。
圭介「真面目に俺はゼロから勉強して! 小1ぐらいの頃だったか? そんくらいの時の夢だった教師になったぞ!? 全部実夏のためだ、実夏があの世で俺を見て笑ってくれるならと思ったさ! それなのに、俺に比べてどうだキミは!? 実夏を殺して!『ナイトバット』から外れて以来! 五年間ずっとホームレスだ! 夢なしで根なし草で、おまけに向上心も希望もない! ないない尽くしなんだよ、キミは!!」
良人「……けっ、お前だって真っ当な高校教師してんなら、クラスを自分用に模様替えすることもねぇだろうよ。いじめは解決せず、生徒たちを無意識の内に弱者を見下し蹴落とすように扇動してる。馬鹿馬鹿しい。あの世で実夏が聞いて呆れるな」
圭介「……黙れよ。……おい、バット持ってこい」
圭介は凛に銃を向けて冷たく言う。凛はびくっと震え、そして恐怖で固まる。
圭介「持ってこいっつってんだろうが!! ぶち殺されてぇのか!!」
凛「――!」
凛はあわてて上手にはけ、すぐに金属バットを持ってくる。それを乱暴に受け取り、見つめる圭介。
良人「……まだ持ってたんだな、それ」
圭介「知らなかったか? 俺は『ナイトバット』って三人で組んでたチーム名と、その象徴である金属バットが好きだったんだよ。『ナイトバット』は周りのどの不良グループよりも強かった……まだ俺はあの頃の栄光が忘れられずに、こうして夜はこれを眺める。キミも、どうやら捨ててはいないらしいな」
良人「俺の場合は戒めだ。栄光なんかのために持ってるんじゃねぇ」
圭介「は、どうでもいいさ。キミがここまで真っ当な善人になってしまうとは、流石に俺も予想してなかったけどね」
良人「……実夏を殺して初めて、今まで自分がやってきたことが間違ってたって分かったんだ。目が覚めたんだよ。……お前はまだ寝てるな」
圭介「違うね。俺は夜行性なんだ。『ナイトバット』の名の元に」
圭介は拳銃を地面に捨て、七子と凛を見る。
圭介「一応言うけど、逃げようとしても無駄だ。その縛られようじゃ、俺を撒くなんて出来っこないよ。――さて、本題だ。良人、キミが『昨日の内に自殺する』という五年前の約束を破ったので、俺も『悪事から足を洗う』という約束を破らせてもらった。ここまではいいよね?」
良人「……ああ」
圭介「だから俺は偶然にもキミと繋がりがあるらしかった七子さんと、近くにいた女性を拐った。はは、久しぶりに法を犯したよ。やっぱり気持ちいいね、こういうの」
良人「そうかよ」
圭介「じゃあ、ここで質問ターイム。なんで約束破っちゃったの?」
良人「……タイミング逃したんだよ。勇気がなかったとか、決心が鈍ったとか、そういうんじゃねぇ。自殺しようと横断歩道に飛び出そうと意気込んでたはいいが……その瞬間に宝くじが当たって、轢かれそうになってた女子高生を逆に助けちまって……そっから後は、ずるずると、な」
圭介「ふーん? で?」
良人「――償いは何だってする」
良人は圭介の前で土下座する。その背中を踏みつけ、バットで頭を押さえ付ける圭介。
圭介「……そう言わせようと思ってたけど、手間が省けて助かるよ」
良人「今お前にここで殺されたっていい。……だから、頼む。七子と凛を解放してくれ」
圭介「あぁ殺すさ。でも、解放するかは、知らないけどね――!」
七子「――止めてよ!!」
圭介がバットを良人に振りかざそうとした瞬間、七子が絶叫する。驚く全員。
七子「良人を傷付けないで。良人は、傷付こうとしないで!」
良人「……七子」
七子「良人はこんなところでボッコボコにされちゃうような人じゃないでしょ! それに、ボッコボコになろうとするようなドMでもないよ! ねぇ! そうでしょ!? 約束とかよくわかんないけど、そいつぶっ飛ばしちゃえ!」
良人「そうもいかねぇんだよ……わかってくれ七子!」
七子「嫌! わかりたくない! ワタシ反抗期だし!」
良人「七子っ……!」
七子「死んだら、元も子もないよ……良人が悪い人だったとか関係ない! ワタシが見てきた良人は優しい良人だけなんだから!! ワタシを助けといて、勝手に死なないでよ!!」
圭介は七子を横目で睨む。そして良人を踏む足とバットの力を強める。
七子「貝摘、さん」
圭介「喋るなと言っているだろ。……良人の言う通り、これはどうにもならないのさ。良人は今まで、善人のフリをしてただけだ。キミたちは夢を見ていただけに過ぎない……良人は五年前からずっと、根っからの悪人なんだよ」
圭介は七子と凛に近づき、凛を力任せに蹴飛ばす。凛は吹っ飛ばされ、大きく咳き込む。そのまま七子の首根っこを掴む。
良人「……止めろ」
圭介「じゃあまずは謝罪だな」
良人「……昨日に死ねず、申し訳ございませんでした」
圭介「はっ、良くできました」
圭介は七子の腹を殴り始める。何度も何度も、殴る。
良人「……止めろよ」
圭介「ははははは! いいねぇ、そうだよ、その顔が見たかったんだ! キミはこいつら殺した後に、ゆっくりじわじわ痛め付けてやるよぉ!」
良人「止めろ」
七子「よし、ひと……良、人……」
良人「止めろ」
七子「よし……ひと…………」
良人「止めろ――」
七子「――助け、て」
良人「――止めろっつってんだろうがぁ!!!!」
良人は地面に置いていたバットを掴み、圭介に思いっきり当てる。圭介は七子を離し、少し遠くへ転がる。そこにすぐさま走り、横になっている圭介の腹を踏みつけ、バットを天に掲げる。圭介は抵抗するが、抜け出せない。
良人「……もう、いい。圭介……俺は変わったんだよ。お前が知ってる五年前の俺じゃねぇ。道行く人を痛め付けたり、金を巻き上げたり、バイクを盗んだりして、それでへらへら笑ってた頃の俺じゃねぇ。なぁ圭介……俺たちは一体どこで道を間違えちまったんだろうな」
圭介「よ、良人っ……!」
良人「お前は全然変わらなかったんだな。先生になった以外は、丸っきり」
圭介「よせ、止めろ! うわああああああ!!」
良人は圭介にバットを振り下ろす。圭介はそれで気を失う。良人は息が荒い。
良人「……もう大丈夫だ。二人ともよく頑張ったな。助けに来るの、遅れてすまん」
良人は二人を振り返って、明るく笑う。七子は泣きそうになり、凛は良人を直視できず複雑な表情。
七子「うん」
七子は精一杯、頑張って笑う。暗転。
9 家出
明転、将太の家。ちゃぶ台を囲み、良人、将太、七子、凛が座っている。将太は貝摘から奪ったバットを持って見つめたまま、良人の反対側を向いている。
良人「――俺は実夏……羽成実夏っていう人間を殺したことがある。実夏ってのは貝摘と一緒に組んでた三人グループの、残りの一人。なんか言い訳するみたいになっちまうが、先に襲ってきたのは実夏だった。金属バット持って、突撃してきた」
凛「良人くんとか、貝摘の野郎と同じ?」
良人「そうだ。ま、バットを武器にしてた不良三人がたまたま徒党を組んだってとこか。……バットは俺たちの誇りだった。けど、実夏にアジトで襲われた時から、そんなもんどっかに行っちまった」
凛「……実夏ってやつの、目的は何だったのさ?」
良人「『試したかった』んだろうな」
凛「試したかった?」
良人「実夏は変わったヤツだったんだ。不良やってたのも、人生経験の一環とか言っててな……あいつは何でも出来た。何でもやって来た。ただし……人殺しだけは、やったことがなかった」
凛「それを……良人くんで、試したかった?」
良人「少なくとも俺はそう解釈してる」
凛「そんなの……とばっちりの理不尽もいいところじゃん」
良人「俺だってそう思ったさ。だから――反撃した」
良人はバットを持って、それを見る。
良人「こいつが真っ赤に染まるまで、な」
七子「……良人」
良人「五年前の俺はバカ一直線だった。ちょっと社会から外れた程度で粋がってたガキ……黒歴史ってやつだな。その弾みで、少しやり過ぎちまった。執拗に、ひたすら……こいつで殴り続けた」
凛「……そんなことが」
良人「でも」
良人は立ち上がって全員から少し離れる。バットを持つ手を握りしめる。
良人「死ぬ直前の実夏は俺を見て……すっげぇ、弱々しくて後悔にまみれた目で『こうなるなら、やっぱ、止めといたらよかった』って、言った。その瞬間、俺は今までの自分を責めた。どうしてもっと上手くやってこれなかったんだって。もっと普通に俺は、俺たちは生きれたんじゃないかって」
七子「……それで、貝摘さんはどうしたの? 一緒のグループだったんでしょ?」
良人「あいつは実夏のことが好きだった」
七子と凛「えっ……」
良人「そして俺は結果的に裁判で無罪って判断された。だから――襲った実夏じゃなく、襲い返した俺をなじった。あの時死ななかったのは神サマの采配ってやつかね。どうにか俺は貝摘を抑え込んだ」
凛「それで、約束をした?」
良人「俺は丁度五年後に自殺する――それが守られる限り貝摘は悪事から足を洗う。そういう約束を、互いが互いに取り付けた。実夏のためにも、そうするべきだって俺が思ったから」
七子「……そういうことだったんだ」
良人「けど、昨日俺はそれを破っちまった。七子のせいじゃねぇぞ? ましてや宝くじを持ってきた凛のせいでもない。自分勝手に動いた俺のせいだ。……貝摘は、今は拘束してるが、じきにやつの仲間が助ける。あいつはこの治安わりぃ町じゃ、ちょっとした有名人さ。復活したと聞いて不良がわんさか集まる程度にはな」
七子「……でも、それじゃあ」
良人「ああ――俺はもうじき殺される。警察に言ったって捕まるのはすぐじゃねぇ。きっとすぐにあいつの仲間が、或いはあいつ自身が俺を追ってきて、必ず殺す。だから、あんまり時間がねぇ」
凛「じゃあ、良人くんはこれからどうするの……?」
良人「……簡単だ。あいつらに消されるくらいなら」
良人は全員に向き直って言う。
良人「俺の方からいなくなりゃいい」
七子「ちょっと待ってよ……どういう意味?」
良人「……あー、まぁ、なるべくお前らから離れるってこった。俺がいる限り奴らは何をするかわからねぇ。また七子たちが拐われちまうかも」
七子「違う、違うよ……もっとはっきり言ってよ」
良人「いや……だから、俺は遠いところに行くんだよ。言いにくいが、多分お前らとは二度と会えねぇ。だから、七子――」
七子「――死んじゃやだよ、良人!!」
将太が、ばんとちゃぶ台を叩いて立ち上がり、良人の前へ。良人の胸ぐらを掴む。
将太「……お前さえいなければ、きっと僕らは普通に生きていける。ああ、その通りさ。僕だって普通の人間だからね、平和が欲しいんだ。お前はその邪魔になる」
良人「将太……」
将太「僕が三人を代表して、お前をこの家から追い出す。七子ちゃんは僕が面倒を見るから心配するんじゃない。そして……僕らの前に、二度と姿を現すな」
七子「……ショタ」
良人「ああ、構わねぇ……それが一番いい」
将太は良人を離す。
将太「ただし死ぬな」
良人「……」
将太「良人。お前がどれだけ僕の邪魔になろうとも、どれだけの悪人だったとしても、それは僕が良人を嫌ったり、死なれてもいい理由にはならない。昨日今日の関係だけど……僕らはきっと、友達だったから」
良人「……俺は幸せ者だな」
将太「だから、出ていってくれ……せめて僕たちの目の届かない所まで。お前が死ぬのを、見たくないから」
良人「……迷惑かけてごめんな」
将太は声が震えている。良人は将太にバットを差し出す。
良人「受け取ってくれ。その貝摘のバットと一緒に、押し入れにでも突っ込んどいてくれると助かる」
将太「……これは、大事な物なんじゃないのか?」
良人「いんにゃ、そこまででもねぇよ。……ま、これで今度から車が突っ込んできても、誰かは助けられねぇな」
良人は下手に歩いていき、家を出ようとする。
七子「――決めた。私はたった今、一つのおっきな決断をした」
すると突然七子が立ち上がり、将太の手から良人のバットを強奪、良人の手を引いて家から飛び出す。
良人「お、おい、なんだよっ……」
家には将太と凛が残される。将太は床に座り込む。
凛「……追わないの?」
将太「……別れの言葉は言わない方がいいかと思ってね」
凛「ふーん。じゃ、あたいはライブハウスに戻ってる。……良人くんの主張を全部飲み込めたわけじゃないけど、なんか、今はごちゃごちゃしてるから、音楽で誤魔化しちゃいたいなぁって」
凛は下手側に歩いていく。
凛「あんたも来る、将太さん?」
将太「……行かない。凛さんと二人でいると、僕は多分泣いてしまう」
凛「……あたいだって、一人だと泣いちゃいそうだから誘ったのになぁ。イジワルショタめー」
凛は平静を装って下手にはける。将太は呟く。
将太「……暗証番号と合言葉、一回ぐらい言ってほしかったな」
暗転。
10 私の未来を聴いて
明転。七子が良人を連れて、凛が使っていたライブハウスに来る。七子はバットを床に置いた後、無言で凜のギターを手に取り、ステージに上がる。
良人「七子、こりゃあ」
七子「私、見つけたよ、私の道。……だから、良人がどこかに行っちゃう前に、お願いがあります」
良人「……言ってみ」
七子「私の未来を聴いて。私の初めてのお客さんになって。練習したから」
良人「……クオリティの程は?」
七子「期待しないで。でも、これからの成長には期待してね」
七子は声、足が震えている。床に置いたバットを取って、頭にこつんとぶつけ、一回深呼吸する。
七子はたどたどしくギターの弾き語りを始める。お世辞にも上手いとは言えない。しばらく歌ったあと、七子は演奏を止める。
七子「……今は、ここまでしか練習してない」
良人「さっきちょっと練習したくらいなんだろ? それならすげぇ上手だったじゃねぇか。表情はちと……イマイチだったがな」
七子「女子高生の初舞台に無茶言わないでよ! 私だって目指し始めたばっかなんだよ!?」
良人「何を目指し始めたんだよ?」
七子「大学。というか、夢」
良人「……」
七子「実夏さんに習って、人生経験の一環ってこと。そこでバンドサークルに入って、しっかり四年間未来に向けて努力したら、凜さんに言うの。『あなたと共に夢を追わせて下さい』って。私はきちんと、道を選べた。……あはっ、誰のおかげだと思う?」
良人「そりゃあ凜」
七子「ぶっぶー! 正解は良人! あなたがいなかったら、私、絶対人生詰んでたよ。学校は地獄で、家が消失して、身寄りもお金もない。前途多難過ぎる……そんな時に助けてくれたのが良人」
七子はバットを拾い、良人に差し出す。それを受け取って眺める良人。
七子「そのバット、実夏さんを殺したことがあるなんて信じられないよ。私にとっては希望の象徴だもん。――私はきっと、あの時助けてほしかったんだと思う」
良人「あの時って」
七子「良人、私が跳ねられそうになってた時バットで守ってくれたでしょ? あれ、本当は事故なんかじゃないんだよ」
良人「……まさか」
七子「――未来に絶望していた私は投身自殺を図った」
良人「嘘だろ……」
七子「バリバリ本当。だけど死ぬ直前、実夏さんもそうだったんだろうけど、凄い怖かった。生きたいって、助けてって、神様にお願いした気がするくらい。でも良人が本当に助けてくれた……だからこうやって今はギターを好きになれたの」
良人「……普通に、奇跡だろ。俺だってあの時、何でお前を助けようと思ったかわからねぇんだ。俺の気まぐれ一つで、七子はあそこで、死んでたかもしれねぇ」
七子「……それは多分だけど、気まぐれじゃなくて罪滅ぼしがしたかったんじゃないの?」
良人「罪滅ぼし?」
七子「実夏さんへの。良人、根っこは優しい人だから……殺して未来を奪った実夏さんに、誰かを生かして未来を救って、罪滅ぼししたかったとか。自分を殺そうとした人にすら罪悪感を持つなんて、それでよく不良なんてやってたよね。このお人好し!」
良人「……かもしれねぇな」
七子は近くにあった丸椅子に座り、良人も続く。
七子「……死んじゃやだ、良人」
良人「急に本題だな」
七子「緩やかに持ってくなんて無理だよ、こんな話題」
良人「だからって垂直過ぎんだろ……」
七子「死なないでよ。遠くに行くとか言って、私とショタと凜さんの未来が崩れないように、どこかで死ぬつもりなんでしょ。そういうつもり、なんでしょ。そんなことお見通しなんだから」
七子は泣きそうになりながれ続ける。
七子「私に道を教えてくれた良人が、勝手に死んでいいわけない。勝手に自分の未来を消さないでよ。逃げ延びる方法だって、きっと探したらあるよ。ショタとか、凜さんに頼めばいくらでも匿ってもくれる。そしたらその内警察だって動いてくれるし、きっと――」
良人「七子」
良人は言い聞かせるように言う。
良人「それは無理だ。そんな真似をすりゃあ、警察が動く前に奴らは強行手段に出る。今だって、俺を総出で探してるんだ」
七子「よし、ひと……」
良人「ごめんな、七子。……またどっかで会えりゃあいいな。あ、ギターも頑張れよ、応援……いや、期待してる」
七子「……」
良人は立ち上がり、下手へ歩いていく。七子は、突然立ち上がる。
七子「――ヨッシー!!」
良人「……どした?」
良人は立ち止まり、振り向く。
七子「私ね! 多分、良人が好きなの!」
良人「――」
七子「返事、くれないかな……!?」
良人「……やっぱただのバカだな、お前」
良人は七子に近づき、笑いながら頭をぽんぽん。七子は泣き出して言葉が出ない。
良人「『はい』っつっても『いいえ』っつっても、七子は遅かれ早かれ悲しんじまう。だから返事はしねぇ。好き勝手に想像してろ。――じゃあな。楽しかったぜ」
良人は早足で下手へ。一瞬立ち止まるが、すぐに下手にはける。暗転。
11 否、居斜
明転。鈴虫の鳴き声。下手から良人、上手から凜が歩いてきて、二人同時に相手に気付く。
凜「……良人くんじゃん。七子とどこ行ってたの……いや、どこ行くの?」
良人「……空港」
凜「へ? 空港?」
良人「そうだ。海外逃亡だな」
凜「いや、お金はどうすんの? パスポートは?」
良人「……」
凜「……やっぱ、何でもない。で、本当はどこ行くの?」
良人「……遠いところだ」
凜「それって」
良人「遠いところだ!」
凜「…………アメリカ、とか?」
良人「――そうだ! 俺はアメリカに行く!」
凜は泣きかける。
凜「あっそ。じゃあ元気でやりなよ。たまにライブハウス寄ってね」
良人「……七子がそこに居るだろうからさ、早めに行ってやってくれよ……あいつを頼んだ。イナナミさん」
凛「……否、居斜。……あたいは任された」
良人「おう、お前に任せる。ありがとな」
二人はすれ違い、良人が先にはける。凛は気分を紛らわせるように『小さな恋のうた』を歌い始め、そして凛ははける。音源の方の『小さな恋のうた』がFI。暗転。
12 二度目の横断歩道
明転すると、あの横断歩道の場所。信号は青。かっこーが鳴っている。上手から良人が出て来て、中央で止まり、バットを地面に置き、車道に向かう。
すると下手から、良人でも圭介の物でもない金属バットを持った、圭介が現れる。
圭介「見つけた……見つけたぞォ……! 俺だ、峰打良人を殺すのは俺だァ! アアアアアアアアッ!!」
将太「――させるかっ!!」
良人に飛びかかろうとした圭介を、上から出てきた将太が防ぐ。二人ともバットを持っている状態。
圭介「グアァッ!? なに、しやがる! どけッ!! すぐそこに峰打良人がいる!! 殺させろ、殺させろ!! 実夏を奪ったアイツだけは許さない!! 殺させろ、殺せ! このバットで、殺すしかねぇんだよ!!」
将太「――黙れっ!!」
信号は点滅を繰り返し、赤になる。かっこーストップ。良人は車道のど真ん中まで無言で歩いて止まる。
将太は泣いている。
将太「僕たちの未来を救おうとした良いやつが! 僕たちの幸せを守ろうとしているやつが! 今それを果たすために死ぬんだぞ! お前如きが、あいつの道を終わらせるんじゃない!! あいつの覚悟を無駄にするんじゃねぇ!!」
圭介「待て……! 止めろ! そいつは俺が裁きを、下すんだ……ッ!!」
将太「――良人!」
良人は将太を振り返る。笑って、サムズアップ。
その瞬間、良人は自動車にぶつかられ、死ぬ。『小さな恋のうた』FO。暗転。
すぐに明転すると、圭介や将太の姿はなく、良人だけが横断歩道に立っている。光の感じが違う。信号は青。
神神「――やーやーやーやーお疲れちゃん」
良人「……? 誰だ」
上手から神神が歩いてくる。
神神「ウチは神々神神。まぁ神って呼んでよ」
良人「……よくわからねぇが、何もかも全部説明しやがれ」
神神「そうだね、解決編といこうじゃないか! 余すことなくざっと言うからさ、気を付けて聞いてくれたまえよ?」
良人「ああ」
神神は舞台を縦横無尽に歩き回りながら説明をする。
神神「良人はこれで二度目の死を迎えたわけだよ。一度目は――君も覚えているだろう――七子くんを、そこに置いてあるバットで助けた時のことだ」
良人「どういう意味だ」
神神「本来ならば、君はあの場面で死んでいた。そもそも七子くんを助けようとも思わなかった。それが、一度目の君の考えだった」
良人「……俺が覚えてるのは、二度目の世界ってことかよ」
神神「理解が早くて助かるよ。一応解説しておくと、一度目の世界で君と七子くんは同じ車に轢かれて死んだ。二人とも自殺だねぇ。……そして二人は、ウチの元に来た。ほらほら、ウチって一応神様やってるからね? そして一人ずつ話を聞いたのさ。神様らしく、死に悔いはないかとかね。そしたら二人とも自殺の癖に現世に悔いがあるとか言い出すの! あれは滑稽だったよ!」
良人「その時俺は、俺たちは何て言ってた」
神神「良人は『幸せになりたかった』、七子くんは『助けてほしかった』――そう言っていたよ。……だから、気まぐれにウチは君たちの願いを聞き入れてやったんだ。良人が幸せになれる世界、そして七子くんが助けて貰える世界。そう考えたら、良人が七子くんを助けるしかないじゃんと、ウチは思った! どかーん!」
神神は落ちているバットを拾い、横断歩道の中央へ。そして車を叩くジェスチャー。
良人「そうして始まったのが、二週目……二度目の世界ってことか」
神神「当ったり~。ま、二人とも一周目の記憶は消させてもらったけどね。で、それからが大変だったんだ。良人が七子くんを助けた上で幸せになれるように調整するの、ハチャメチャ難しかったんだよぉ?」
良人「……俺の意志で七子を助けたわけじゃないってことか?」
神神「いや、それは違うね。ウチはあくまで君に七子くんを助けられるチャンスを与えただけ。それに乗っかるかどうかは良人の選択次第だったのでした……ま、ことごとく乗ってきたから安心したよ」
良人「……なんか、都合が良すぎるなとは思ってたさ」
神神「たまたま通りかかったミュージシャンから貰った宝くじが三十万当たった? それで轢かれそうになってる七子くんに気付けた? 金属バットで自動車を止めた? 七子くんの気まぐれで彼女の過去を知った? 相手が攻撃してくる場所を直感した? ――偶然にしては出来すぎてるねぇ」
良人「俺の『幸せになりたかった』って願いの効果か」
神神「そそ。言い換えて『幸運バフ』だね。で、どうだった? 幸せになれたかい?」
良人「……ああ。七子に言われた、罪滅ぼしをしたかったって俺の気持ちは、どうやら本当だったらしい。一人の未来を救えた……俺はもう、過去にも生きることにも未練はねぇ。すっきりだ」
神神「にひひー、それは良かったよ」
良人「……七子は、これからも……俺が死んでからも、幸せに生きていけるかな」
神神「んー、それは大丈夫だと思うよ? だってだって、あの子がギターに嵌まっちゃうなんて想定外だったからさ」
良人「あ……? 想定外?」
神神「そーそー。七子くん、助けてほしかったとは願ったけどさ、生き甲斐を見つけさせてくれなんて言わなかったもん。あの子の道は、あの子が選んだ。それだけだったんだ。これは……滑稽じゃなく、ただ単に面白かったね」
良人「そっか……そりゃあ、良かった」
神神「にっひひー、君は正真正銘、七子くんの幸せを守ったヒーローというわけだね! いや……『幸せを守る』と書いて『幸守』と言った方がいいのかな?」
良人「俺はもう夜行性じゃねぇよ。生活リズムだけはきちっとすんのが俺のホームレス流儀だ」
神神「……五年間も、よくそんな生活してたよねぇ」
神神は適当な場所にぐだっと座り、金属バットをじっと眺めている。
神神「五年間、ずっと実夏くんのことを考えていたのかい?」
良人「……」
神神「あ、図星だー! にひー、ウチの勘も捨てたもんじゃないねぇ」
良人「……なぁ、一つだけいいか?」
神神「ん、何だい?」
良人「お前って……実夏に、似てるんよな」
神神「……」
良人「いや――勘違いだ。すまん」
神神「そう? ならいいけど」
神神は立ち上がり、良人はそれを見つめる。信号が点滅を繰り返す。
神神「――そろそろ時間切れだ。君は本当の死を迎える。覚悟はいい?」
良人「覚悟なら、丁度固めてきたとこだよ」
神神「そ。……じゃあね。よかったね良人、最後には『良い人』になれて。――ウチは嬉しいよ」
神神は言いながら、下手にはける。その瞬間、信号は赤に変わり、良人は倒れる。ホリは赤く、シルエットになるように。
13 DAYBREAK
下手からバットで一進一退の攻防を繰り返し、将太と圭介が出てくる。将太が上の方へ圭介を押していき、圭介がバットを地面に落としたことがきっかけで、遂に打ち負かす。
将太「――良人はもういない。残念だったな、悪党」
圭介「――ッッッッッ!!」
圭介は聞き取れない捨て台詞を残し、自暴自棄で上へ走り去る。下手から七子と凛が走ってくる。七子は落ちている良人のバットを見つけて駆け寄り、それを拾う。
七子「よし、ひ、とぉ……」
凛「……七子」
七子「……道は、わかったよ。返事くらいは、欲しがったけどさ……わかってるよ、良人。うん、大丈夫――大丈夫、だから――よしひ、と――大丈夫だから! 私、ちゃんと、幸せに生きるから! 良人……助けてくれて、ありがとね……っ」
しゃくりあげる七子を見つめる凛。そこへ、二本のバットを持った将太が近付き、一本を差し出す。
将太「持ってくれ。二本分の重みは、僕じゃ背負いきれない」
凛「……誰のバットなのさ、これ?」
将太「わかるだろう」
凛「……」
信号は青になり、かっこーが鳴り始める。ホリは明るいオレンジに。
凛「……夜明けだ」
下から実夏が出てくるが、誰も気付かない(神神と同じ役者だが、衣装が全く違う)。
実夏「――三本揃うと『新生ナイトバット』って感じするね。……あーでも、なんか、雰囲気、ウチらと全然違うなぁ。にひひっ」
実夏はすっきりと笑い、上にはけていく。そして幕が下り始める。
一本ずつバットを持った七子、将太、凛は、昇っていく朝日を見つめている。
かっこーが鳴り響く中、幕が下りきる。
END