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 婚約者が浮気をしているらしい。


 相手は男爵家の長女。継母や義妹の反感を買い、追い出された所を偶然私の婚約者が保護したそうだ。


 別館で使用人たちに世話をさせていたそうだが、様子を見に行くうちに情が湧いたらしい。


 男爵令嬢の容姿は美しいものだった。義妹と並べば、その差は歴然だった。男爵夫人の厳しい目があるので、表面上義妹の方を褒め称えていたが、内心姉の方が何倍も美しいと、誰もがみな思っていた。


 同じ女として、私は義妹の気持ちがよくわかる。

 どうみたって姉の方が綺麗なのに、自分ばかりが褒められる。客観的に物事を捉えることができる義妹は、人々が母の目を恐れて、嘘をついていることにきちんと気がついていた。


 目は口ほどにものを言う。

 口で褒め称えても、その目は姉の方へ引き寄せられていた。


 屈辱とも言える感情を義妹は胸に抱いた。美しい姉が疎ましい。


 義妹に紹介された婚約者は、みな姉の方に恋に落ちた。どうか結婚して欲しいと姉に迫り、それを目撃した義妹や継母から手酷い報復を受けた。


 そんなことが何度も続けば、義妹が姉を嫌うのは当然とも言えた。少なくとも、私はそう思った。だって愛した人を奪われるのだ。たった一度でも許せるはずがない。



 その姉である彼女が家を追い出された。


 あるいは彼女が辛い状況に耐えかねて、自分から逃げ出したのかもしれない。


 どちらにせよ、行く宛もなく、ふらふらとさ迷い歩いていたところを私の婚約者が発見した。


 そこが婚約者が治めていた領地で、彼がたまたま視察に訪れていたのは、果たして本当に偶然だったのだろうか。私は疑問に思った。


 だが私の婚約者は着の身着のまま追い出された彼女を不憫に思い、とりあえず屋敷で保護することにした。


 身元がわかり次第、いや、それはすでにわかっていたのだ。彼女の美しさはすでに社交界で知れ渡っていた。婚約者の彼も、一目見て彼女がどこの誰だかわかった。


 だが彼女が、自分の素性を頑なに明かさなかったのだ。


 身元を明かせば屋敷へ帰され、また継母たちに虐げられる日々が繰り返される。それにこんなぼろぼろになった自分がどこの誰であるかなど言いたくなかったようだ。


 まあ、その気持ちはわからなくもない。他に逃げる場所はいくらでもあったはずだ、とも思ったが悲しむ彼女を強く責めることはできなかった。


 それで婚約者の彼は、ひとまず様子を見ることにした。今後彼女をどうするべきかということを、彼女が落ち着いて物事を考えうることができるまで、彼女を自分の屋敷に置いてやることにした。


 男爵令嬢は美しかった。

 憂いに満ちた表情は、男の心をざわつかせ、なんとかしてやりたいという庇護欲をかきたてた。彼女がほんの少し微笑んだだけで花開いたように周囲が華やく。


 それを周囲に自慢したいような、自分だけのものにしておきたいような、矛盾した感情が彼の胸に芽生えた。


 婚約者の中で、最初は同情だった気持ちが、いつしか抑えがたい愛へと変化していくのにそう時間はかからなかった。



 婚約を破棄して欲しい。

 そう言われた時には、もう手遅れだった。


 私は最初、泣いたり取り乱したりはしなかった。ただ静かに説得を試みた。


 本当にあの男爵令嬢と一緒になるつもりなのか、今ならまだ気の迷いで済ますことができると。これまで通り、私たちは仲の良い婚約者でいようと。


 私のことを愛していないのかと。


 彼は理性的な人だったから、こちらも理性的に説得を試みなければ望みはないと思ったのだ。

 それに私はまだ心にいくらかの余裕があった。


 この結婚がどれだけ突拍子もないもので、私と私の両親、そして彼の家族を傷つけるか、わかりやすい言葉を選んで論理的に説明した。


「わかっている。だが、もうどうにもできないんだ」


 理屈ではなかった。

 彼が彼女に恋をしたのは、理性とか言葉では説明できない、もっと本能的なものらしい。


 彼がそんなことを言うなんて――


 私は許せなかった。そんなんじゃ納得できないと、感情を露に泣き崩れた。


「お願い。どうか、考え直して下さい」


 彼の足下に跪き、みっともなく縋りついた私は、なんと滑稽で憐れな姿だったろう。


 それでもなりふりかまっていられなかった。これから訪れる絶望と苦しみに比べれば、この一瞬にどれだけ自分が恥をかこうが構わなかった。


 けれど彼は、ただすまないと繰り返した。


 涙で彼の心を取り戻すことはできなかった。

 私は婚約者に捨てられたのだ。




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