彼女の感傷
「別れてほしい」
ある日、彼は前触れもなくそう言った。
「なんで急に」
「ずっと前から言おうと思ってたんだ。その、もっと早く言うべきだった」
ずっととはいつくらい前なのだろう。
私たちは物心つくころには一緒だった。
幼馴染は私たち2人だけ。
誰に言われるでもなく、私たちは2人で1組だった。
兄弟みたいな関係が恋人と名を変えたのは、自然の成り行きだったと思う。
気心を知りすぎていたから、余計な気を回さずにすむのはありがたかった。
自慢じゃないけれど、告白されたことはあった。
でも、何も知らない赤の他人と隣り合う自分が想像できなかった。
正直、彼以外からのアプローチは鬱陶しくもあって、私は彼に受け入れてもらえたことが嬉しかったのと同時に、他人から言い寄られなくなることに安堵していた。
その安寧も、今日で終わりを告げられた。
「どうして?」
「だってお前、俺のこと好きじゃないだろ」
「そんなこと……」
「あと、お前といても楽しくないんだ」
「…………」
それはそうかも、と納得してしまう。
私は彼が隣にいてくれさえすればよかった。
会話なんかなくたって通じ合える、唯一の存在だったから。
でもそれは私の思い違いだったみたい。
高校が別々になったせいで、私と彼の時間は減っていた。
中学までは同じ時間を共有していたけれど、離れてしまえば見る世界は別々になる。
彼はきっと〝楽しいこと〟を見つけたのだろう。
なら、ここで彼を引き止めるのは、ただのワガママになってしまう。
飽きられたのは悲しいけれど、嫌われたくはない。
「……わかった」
「やっぱ、引き止めないんだな」
「引き止めてほしくないんでしょ?」
「そうだけど……そういうとこが、やっぱいい」
なんとなく、彼が飲み込んだ言葉が想像できた。
彼も、私が何を言われそうになったかを悟ったと、わかった顔をしている。
「悪い。そういうことだから」
「うん」
「彼氏彼女は終わりだけど、相談とかなら乗るから」
「うん、私も」
「……じゃあな。皐月」
「うん、元気でね」
そうして彼は私の隣からいなくなった。
心にぽっかりと穴が空いた気分、にはならない。
私が彼を知るように、彼も私のことを見透かしていた。
彼の言うとおりだ。
私は彼に恋をしていなかった。
愛なんてまだ知りもしない。
だから喪失感なんて生まれるはずもない。
とても未熟な恋人ごっこは、2年ともたずに終幕したのだ。