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味噌は腐れど   作者: 油井三吉
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なんて暑い日なんだろう。冷房が効いた近鉄電車の中、窓をすり抜けた熱気が僕の背中を刺す。昼に食べた賄いのカレーライスの匂いがふわっと蘇ってきて、なぜか重くるしい気分になる。車内では、異国から来た団体がやんややんやと騒いでいる。元気でよろしい。すっごい迷惑なんだけどね。ああ、しんど。早く帰ってビールを一気飲みしたい。

平城宮跡を通り抜け、列車は西大寺駅に到着した。ドアが開いた瞬間、もわっと生暖かい空気が入り込む。それを押し返すように、車内の冷気をまとった団体客が一斉に飛び出す。押し出されるようにホームに出た僕は少しため息をついて、改札に向かって歩き出した。その時、突然背後からものすごい力で押さえつけられて、そのまま前方に倒れこんだ。咄嗟に両手をついて何とか負傷は免れたが、何が起こったのか分からず、思考は乱れ、次にどう動けばよいのかわからなくなっていると、背中にかかる重みがさらに増してきて、昼のカレーが再び蘇ろうとしているのを感じた。このままでは危ないと、力の限り背後の圧力に反発して腰を持ち上げ、振り返り、何が起こっているのかを確認した。

驚いた。仰向けの人が乗っている。乗っているというか、もたれかかっているというか、おそらく僕は倒れた人の下敷きになったのだろう。直立のまま棒みたいにカッチカチに固まっていて、小刻みにぴくぴく震えた男が、四つん這いになった僕に立て掛けられて、組体操のポーズみたいになっている。何か病気の発作なのだろうか、とにかく重い。

周囲では異国の人をはじめ、多くの人がこちらを見て驚いたり訝しげな顔をしたりして、近寄ろうとする者はいない。一羽の鳩が目の前をよたよた歩き、横切った。

なんでえなんでえ、おめえさんたちよう。これがパフォーマンスかなにかにみえるってのかい、このひとでなし!と、脳内で不慣れな江戸っ子言葉を喋り、一通り周りの人間を睨みつけてから、のし掛かる男にに声を掛けた。

「大丈夫ですかー」

返事はない。うっすらと、低い、呻き声のようなものが聞こえる。随分苦しんでいるように思えるが、手を差し伸べようとする者は現れない。

「だーいじょーうぶですかー」

再び声を掛けると、呻き声が大きくなり、何か言葉を発しようとしている。

「おお、、、お、、、おみそ」

おみそ!今、確かにおみそって言いましたよね?野次馬たちがおみそにどう反応しているのか確かめたくて顔を上げると、ホームの向こうから駅員が二人小走りで駆け寄って来るのが見えた。

「どうされましたか」と駅員は二人して上の男に声を掛ける。どちらか一方は下の僕の安否を気にしてくれてもええじゃないか。と、少し嘆きつつ、臀部にかかっていた重みが消えたことに安堵した。その時、「おみそ」と微かな囁き声が聞こえた気がした。

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