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第二章『青春の幕引き』 其の弐

 俺は有紗とともに自宅へと向かった。

 二人だけの、二人きりの旅行を実現させるために。

 俺は今有紗と恋人関係にあるという設定であり、やはり恋人関係であることを印象付けるために過度な演技をしていた。

 ――有紗と手を繋いでいた。恋人繋ぎだった。それだけで、俺は聖奈と出会って殺されても悔いはないと思った。

 しかしそれでも、俺は恐れているのだ、聖奈との遭遇を。

 先ほどあんな仕打ちをしてまで俺と有紗の接触を断とうとしたにもかかわらず、それからすぐに有紗を連れてきた俺は一体どんな仕打ちを受けるのだろうか。

 ――ヤンデレの対処法など、俺は知らない。

 彼女こそきっと俺の恋路を邪魔立てするもっとも強大な存在であるといえるだろう。

 はっきり言って、親父は話し合いが通じる相手だが聖奈は違う。

 そして、キレると誰にも手が付けられないチートキャラである。

 ――ていうか、ラスボス級が第二章で登場するって展開が早すぎではないだろうか。

 ――こんなメタ発言をしている余裕などない。俺は一刻も早く自宅へ向かわねばならないのである。

「有紗、ちょっと急ぐぞ!」

「うんっ!」

 ――それからどれほどの時間が経過しただろうか。しかし、なんとか妹の帰宅前に帰れたようだった。

「ただいま」

「お邪魔します」

「ちょっと待ってて」

「うん!」

 俺は徐にドアをノックし、

「親父、連れてきたぞ」

「そうか、入れ」

 俺は有紗を小声で、こちらへ来るように促す。

「「失礼します」」

「こいつが俺の彼女の佐山有紗だ」

「はじめまして、佐山有紗です」

「では、今から幾つかの質問に答えてもらう」

「「はい」」

「君たちは互いに愛し合っているのか?」

「「はい」」

「将来結婚の予定は?」

「結婚に関しては将来――具体的には社会人になってから考えたいと思ってる」

「私もこの年齢で結婚について考えるのは早いと思っています」

「なるほど」

「では、もし相手が窮地に陥った時には身を粉にしてでも相手の為に尽力する覚悟は――」

「「あります」

「ふむ、では2人の愛が本物かどうか確かめるためにここで軽いキスをしてもらおうか」

「は?」

 ――いやいやいやいやいや! さすがにここまでのことは想定していなかった! 有紗、どうしよう……

 彼女は俺のキスを待ち構えていた。

 ――え?

「いいのか?」

 彼女は小さく首肯した。

 ということは、俺は有紗と、好きな人と、付き合ってもいないのにキスをするのか? いくら軽いキスとはいえ、キスはキスである。キス以外の何物でもない。しかも、親の前でやるとは、もはや拷問である。

「有紗、愛してる――」

 おそらく本心から出た言葉であろうが、彼女にはきっと演技に聞こえているはずだ。

 まあ、事が全て済んでから伝えたいことを全部告白してしまえばいいだろう。

 では、有紗の唇を堪能させてもらおうか――

「お兄ちゃん、何してるの?」

「――!」

「せ、聖奈――」

「言い訳なんてしたって無駄だよ? その女さえいなくなれば平和になるんだから」

「聖奈、やめろ――」

 親父の制止さえ彼女の前では無駄な行為へと帰するのであった。

「やめろ――」

 俺は無意識のうちに有紗を庇っていた。とても痛かった。というか、言葉で表せるほど生半可な痛みなんかじゃなかった。こんな経験なんて一生体験なんてしたくなかったけれども、しかしそれ以上に――

 それ以上に、有紗がこんな体験をするのがとても嫌だった。それだけはなんとしてでも避けたかった。だから――

 だから、この刃は、妹の刃は兄である俺が受け止める。

 決して有紗を傷つけさせはしない。

 そう思って、咄嗟に、不意に、衝動的に、有紗の前に飛び出したのだ。

「お兄ちゃ――」

「智也くん!」

「聖奈、お前は一体なんてことをしてくれたんだ!」

 ああ、親父の怒鳴り声が聞こえる。

 それさえも今は愛おしい。

 きっと、俺はこれから死ぬのだろう。

 悔いはないが、一つだけ心残りがある。

 ――有紗とキスをしておきたかった。

 なんともまあ、ちっぽけな願いだったけれども、しかし、俺にとってはその願いはちっぽけなものなんかじゃなく、俺に残された唯一の願いだと言ってもいいほど、重要で、肝要で、切実な願いだったのである。それだけが心残りだった。

 もう一度、やり直せるのなら、有紗との口づけを済ませてから妹の刃を受けたかったけれど、しかしもう遅い。

 俺はあと数分もしないうちに死んでしまうだろう。

 さらば日本。さらば地球。さらば、この世界。

 この15年の人生も思えば一瞬で、とても楽しかった――

「――っ!」

 有紗だった。有紗が俺に最後の、最期の、別れの口づけをしたのである。

「あ、有紗――」

「智也くん、実はね――」

「これが私のファーストキスだったの。それにね――」

 どうやらここまでのようだ。

 有紗の言葉の続きがもう俺には聞こえなかった。

 彼女が最期に俺に伝えたかったことが何なのか――それさえも、もはや知る由もない。

 彼女は最後に、俺の最期に一体何を伝えたかったのか――

 そんなことを考えながら、俺、神山智也は死んだ。


 俺が目を覚ましたのはどこか見知らぬ場所であった。

 神聖な空気が辺りを包み、なぜか懐かしい香りだった。

 ――こんな香りなんて今まで嗅いだことないはずなのに。

「ここは一体――」

「ここは黄泉と呼ばれる場所。死者の魂はまずここに集うのだ」

 ――そうか、俺は死んだのだ。妹に、聖奈に殺されたのだ。

「ここは一体何をするところなんだ?」

「無教養な人間め。お前は一体現世で何を学んできたというのだ? 教えてやるから感謝するがよい」

 ――お前は一体何様だ。というか、お前は誰だ。偉そうな口を叩いているが、実は下っ端じゃないのか?

「ありがとうございます」

 ――まあ、ここは逆らわずに従う方が吉だろう。

「ここは死者に審判を下すところである。ここで、死者は天国か地獄か、転生かを決められるのだ。お前も早くその列に並んで審判を下されるがよい」

「分かりました。わざわざ教えて下さり、ありがとうございます」

「ふん、精々地獄の底で苦しむのだな」

「心配されなくとも、俺は善行しか行ってきませんでしたから間違いなく天国行きですよ」

「さあ、それはどうかな?」

「まあ、精々審判が下されるまでの間に楽しんでおくがよいわ」

「ええ、きっと楽しい天国生活が待っているはずですよ」

 俺がそんな会話を門番と交わしているときには、後にそんな運命が待ち受けていることなど知る由もなかったのである。

 そういえば、俺が死んだのなら今頃聖奈は兄を殺した殺人者として捕まっているのだろうか。

 有紗にも酷なものを見せてしまったが、きっとクラスの友達とうまくやっていくだろう。

 俺のことなんか忘れて楽しい学校生活を送っていけるだろうから、俺が心配する必要もなさそうだ。

 ただ、有紗に自分の想いを伝えられなかったのが唯一の心残りだ。

 ――俺のあいつへの想いは最期に届いただろうが、しかし自分の口から伝えなければやはり意味がないのである。

「もし、やり直せるのなら、俺は何だって――」

「もう、智也はそんなんやから彼女の一人もできひんねんで」

「有紗、なのか?」

 ――違う、空耳だ。いや、関西弁?

「お前は――」

「誰だ?」

 俺と彼女の関係は確かにそこに存在していたが、しかし互いにその関係を忘れていたならばその関係というものはそこに存在していないようで、だけどやはりそこには忘れ去られたとしても関係というものは間違いなくそこに確かに存在しているのである。

 二人を結ぶ関係は永遠で、不滅で、不朽で、そして――人の記憶の中でしか残り得ないものなのである。

 だから、たとえ関係というものがそこに確かにあったとしても、二人がその関係を忘れてしまったらそこにある関係はそこにあるけれどもそこにはないのである。

 そして、愚かな人間はその状態を「二人を結びつける関係などもとよりなかった」というのである。

 しかし、それはただの虚言であり、やはり関係というのは不滅で、だけど脆弱で、軟弱で、華奢で――つまり、脆いのである。

 関係は決して消えないけれども、しかし脆く、弱く、柔い――そういうものなのだ。

 そして――

「なんでやねん! これってうちとの感動的な再開シーンとちゃうん?」

 そして、幸いにも彼女が俺との関係を覚えていて、関係の消滅は避けることができたのである。

 いや、きっと俺は声を聞いた瞬間に彼女だと気づいていたんだろう。

 しかし、俺は想定していなかったのだろう、彼女がここにいることに、彼女が死んでいるということに。

 俺は彼女のことを知っていたけれども、しかし、彼女がここにいるなんてきっとこれっぽっちも思っていなかったんだろう。

 彼女の美しさは、俺が今黄泉にいることさえ忘れさせるほどにどこまでも可憐だった。可愛かった。そして、俺の幼馴染だった。

 だけど、一体どこの高校生が自分の幼馴染が死んでいると思うのだろう。

 仮にいたとしても、ぜひともそんな考えは即刻捨て去ってほしいものである。

 そしてまあ、きっと俺は彼女の説明をしなければならないだろう。

 する義務があるのだろう。

 桜咲(さくらざき)美紗(みさ)

 一校の高校一年生。

 関西弁。

 園田と同じクラス。

 幼稚園からずっと一緒。

 俺の唯一無二の親友。

 これだけの情報があれば十分だろう。

 彼女はつまり、家族以外で俺を一番よく知る人物であり、それは俺もまた然りであった。

 俺は彼女を家族以外で一番よく知る人物なのだ。

 彼女の紹介はここまででいいだろう。

 何よりも俺が疑問だったのが――

「なんでお前がここにいるんだよ!」

「なんで智也がここにいるねん!」

 ほぼ同時だった。どうやら、彼女も同じことを思っていたらしい。

「「えっとそれは――」」

 ――息がぴったりだった。

 「「どうぞどうぞ」」

 ――再び。

「「って、なんでやねん!」」

 ――またまた。

「冗談はここまでにして、智也から話し」

 ――冗談で息ぴったりにハモるなんてたまったものじゃない。

「お前が先に喋れよ」

「うちは後でええから」

「分かったよ」

「単刀直入に言うと、妹に殺された」

「え? あの大人しそうな聖奈ちゃんが?」

「俺の女友達が一緒にお泊り旅行行こうとか言い出して、その件で親父に許可を貰おうと思ってそいつと家に行ったんだけど途中で聖奈に見つかっちゃってさ。いきなりそいつを襲おうとするから俺が咄嗟に庇ったんだよ。それでこの有様だ」

「彼氏さんかっこいい~」

「付き合ってねぇよ! 今女友達って言ったじゃねぇか!」

「じゃあ、恋愛関係になる気はないん?」

「そりゃ、あるけどさ……」

「ほれみぃ」

「うちはあんたのことお見通しやで」

「残念ながら俺は簡単に見通されるような単純な思考はしていないのだよ」

「でも、うちは小さいころからずっと智也といるから大体の考えてることは分かるで」

「じゃあ、なんでお前と俺じゃ口調が違うんだ?」

「そりゃ、関西弁の方が需要あるからちゃうん?」

「違うな。やっぱりお前は何も分かっちゃいないな」

「じゃあ、なんでなん?」

「作者が関西弁だからだよ!」

「えええええええええええええええええええええええええええっ!」

「この物語って小説の世界やったん⁉」

「そこから⁉」

「うん」

「いやいや、そのくだりは一章かどこかで出てきたと思うんだけど」

「そんなこと言われても、うちはそんときおらんかったし」

「そういうのは予め知ってますよっていうパターンじゃないの⁉」

「うち、そんなに万能ちゃうから」

「いや、でもこのくだりをいちいちやってたら読者も飽きてくるんじゃないのか?」

「そう思ってるんやったらさっさとこの話を終わらし!」

「そ、そうだな。はっきり言ってここは小説の世界だ。というか、ここが本当に現実世界だったのなら俺たちは今ここにいないと思うぞ」

「え、なんで?」

「だってほら、あの世って空想上の世界だろ?」

「え⁉ 智也って死後の世界信じてないん?」

「え、お前は信じているのか?」

「そりゃ、もちろん」

「「まじか!」」

「「いや、それはこっちのセリフ!」」

 なぜなのかなんて俺も彼女もきっと知らなかったのだろうけれども、俺たちはなぜか、たまたま偶然、奇跡的にも何度も何度もハモってしまうのである。

 俺としては一番息がぴったりなのは有紗であってほしいと願うのだが、しかし、やはり年季の違いというべきだろうか、彼女、桜咲美紗こそがきっと俺のベストパートナーと言えるのだろう。

 だけど、俺はベストパートナーと男女関係を持つ気なんて全くなく、むしろ彼女とは友人関係を続けていく事こそが彼女のためであり俺のためでもあるのだろうと確信しているのであった。

 しかし、この俺の勘違いが後に彼女を傷つけてしまうことになるなんて俺はこれっぽっちも思っていなかった。


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