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第二章『青春の幕引き』 其の壱

 今宵――4月28日、彼の人生は終わりを迎える。

 非常に悲しい結末、そして、思いがけない結末ともいえよう。

 だが、彼の人生が終わったとしても、彼の「青春」は終わらない。

 むしろ、彼の人生の終わった時こそ彼の「青春」の始まりといえるのだろう。

 けれども、彼はこの世から消えた存在となり、しかし彼死してこそ初めて気づくのである。

 ――彼女の想いに、すべての真実に。

 しかし、時すでに遅し。彼が真実に気付いた時にはすでに彼は死んでいるのである。

 だが、彼の往生際の悪さは天下一品なのである。

 ――たとえ其の身滅ぼうとも彼の願い叶わずに至らず。彼の願い其処にあり。其の願い叶わずとも其処にある限り成就の時を待つ也。

 そう、彼は諦めない。

 決して諦めない。たとえ死んでも、絶対に諦めない。

 彼が心の中で誓ったあの誓いは今も生き続けている。

 ――たとえどんなに醜かろうと、世界中の人々から嫌われようとも、絶対に諦めない。諦めてたまるものか。

 彼こそ真の勇者である。

想い人のために死後さえも奔走し、彼女との再会を望むその姿はまさに勇者といえよう。

さあ、繙くのだ。

彼の人生の終わりを、彼の「青春」の始まりを。

 彼の奇跡の物語が幕を開ける。

 ――血塗られた舞台(ステージ)の始まりだ。


 四月某日、人々は来るべきビッグイベントを前に心躍らせ、しかし憂鬱な日々を送っていた。

 ――人という生き物は大型連休を前にして普段通りの生活を送ることなど不可能なのであり、仮に可能な人間がいたとしてもごく少数の人間のみである。

 俺、神山智也もその一人であった。

 特に、今年はゴールデンウィーク中にやらねばならないこともあり、例年以上に心が落ち着いていなかった。

 ――俺はこのゴールデンウィークという大型連休を利用して、有紗との信頼関係を構築しようと目論んでいたのである。

 そして、今俺は有紗とともに下校している。

 ――千載一遇のチャンスである。

「なあ有紗?」

「なに?」

「ゴールデンウィークって予定空いてる?」

「空いてるけど、どうしたの?」

「もし有紗が空いてるなら、せっかくの休みだし一緒にどっか行きたいなって思ってさ」

「なるほど。じゃあ、どっか泊まりで行こっか」

「有紗さんお泊り大好きですね⁉」

「だって、ホテルで夜にワイワイ騒ぐやつ楽しいじゃん」

「修学旅行かよ!」

「まあ、泊まりでもいいけど――」

「やった!」

「待て、まだ行くとは言っていないぞ」

「今泊まりでもいいって――」

「それにはいろいろ問題がある」

「例えば?」

「まず、親になんて説明したらいい?」

「そりゃ、『学校の友達と旅行に行くから二日くらい家開けるね』とか」

「それで行く人とか行く場所について聞かれたらどうするつもりだ?」

「『隣のクラスのボーイフレンドと北海道にお泊りデ…旅行行ってくる』とか?」

「そんなんで許してもらえるわけないだろ…」

 ――ていうか、今こいつお泊りデートとか言いかけてなかったか? まさか――いや、ただの空耳だろう。

「え、許してもらえないの?」

 俺はこの時思い出したのだ。彼女の親の感覚が一般大衆と異なるものであるということを、彼らに常識など通用しないということを。

 俺としては彼女の要求を受け入れるのに吝かではなかったが、しかし俺の両親は元来男女関係に関して厳しい人たちだったのである。

 それゆえに、言うまでもなくこの話を彼らに伝えた時点で問答無用、情状酌量の余地なく、我こそが世界の秩序であるかの如く切り捨てるのであろう。

 ――我こそが世界の秩序であるかの如くというのは言い過ぎなのだろうけれど。

「お前の家では許可してもらえたとしても、俺の家ではなかなか許してもらえそうにもないってことだ」

「そうなの?」

「ああ。というか、普通の家はなかなかそんなこと許してくれないぞ」

「世間っていうのは厳しいもんですね」

「単にお前の家が緩すぎるだけだ!」

「そうかな? 普通だと思うけど」

「全然普通じゃねぇよ」

「というわけで、家に帰ってちょっと聞いてくる」

「いってらっしゃいっ! 無理だったらぶん殴るから」

「はい?」

「無理だったらぶっ飛ばすから」

「なんかだんだんひどくなってってません⁉」

 ――以前も言った通り、俺はM気質ではない

「とりま、行ってくる」

「うん、楽しみにしてるね」

 ――戻るのが怖い。


 急いで俺は家に戻り、しかし当然のごとく俺の要求は拒否された。

「年頃の女と泊まりでデートなど問答無用で却下だ」

「で、デートじゃ――」

「異論は認めん」

「そんな――」

「どうしてもその女と旅行に出かけたいというのか?」

 ――当たり前だ。俺は有紗のためなら何でもする。

「――はい」

「ならば、妥協点を設けよう」

「妥協点?」

「妥協点とはお前がその女と交際することで、しかし、俺が認めた女以外とは交際は認めん」

「――は?」

「お父様、正気でしょうか?」

「今まで俺が正気でなかったことがあるか?」

「なかったです、すいません」

「ってことはつまり――」

「そういうことだ」

 俺はあまりにも突然すぎて状況を飲み込むまで少しばかり時間を要した。

 要するに、付き合ってない男女が二人でお泊り旅行をするなどあるまじき行為であり、その相手の女性は父が認めた相手でないといけないという何とも理不尽な話である。

 ――第二章で告白とか無理ゲーじゃん。

 しかしそれでも、俺はこの一縷の望みに賭けるより他に方法など残されていなかったのである。

 俺は最後まで足掻き続ける。

 ――たとえどんなに醜かろうと、世界中の人々から嫌われようとも、絶対に諦めない。諦めてたまるものか。

「だいぶてこずってるみたいだね、お兄ちゃん♡」

「――せ、聖奈!」

「聞いてたのか?」

「そりゃ、聖奈の大好きなお兄ちゃんが聖奈以外の女の子と付き合うかもしれないという危機的状況を察知して飛んで帰ってきたんだよ」

「お前にはレーダーか何かついてるのか⁉」

「センサーが3台、レーダーが1台、追跡装置が1台ついてるよ」

「どこかの軍事兵器か何かですか?」

「あ、あと予備電源もついてるよ」

「どうでもいいわ! あと、お前の体は一体どうなってるんだよ!」

「ま、全部嘘だけどね♡」

「張り倒すぞ!」

「聖奈ちゃんはお兄ちゃんと話せて幸せなのだ!」

「相変わらずのブラコンっぷりだな」

「テヘペロ♡」

「さっきから『♡』を連発しているが、今すぐそれをやめろ」

「え~、かわいいのにぃ」

「お前にとってはかわいいかもしれないけどな、俺にとっては大変目障りなんだよ!」

「そんなっ……お兄ちゃんひどいっ! こんなに好きなのに――」

「ああ、悪かった悪かった!お詫びに俺にできることなら何でもするから!」

「お、なんでも要求していいんだぁ……むふふ……」

「顔が完全に不審者になってるぞ!」

「あ、やば……」

「とりあえず聖奈とハグして!」

「とりあえずの要求がハグなの⁉」

「さあ、お兄ちゃん。妹のおっぱいを堪能できるまたとないチャンスだよっ!」

「確かにお前は大きいが、しかしそんなものに惑わされていたかつての下劣な俺は死んだのだ! 新・神山智也の成長ぶりをとくとご覧あれ!」

「妹のおっぱいを下劣とかいうな!」

「お前のおっぱいを下劣だと言った覚えはないぞ⁉」

「罰としてお兄ちゃんには聖奈と1分間ハグした後に3分間聖奈の頭をなでなでしなさい!」

「ハグ1分⁉」

「ていうか、なでなで3分⁉」

 ――一部の特殊な人間にとっては御褒美でしかないのだろうけれども、しかし、俺にとっては大変耐えがたい苦痛であった。

「ありさっ――」

 そしていきなり、妹が兄である俺に向かって刃を向けた。

「ナニコレ怖い!」

「お兄ちゃん、私のこと裏切った……!」

「すいませんでした!」

 ――首筋にナイフを向けられて、怖い。

「お兄ちゃん、一つだけ質問するから正直に答えてね?」

「『アリサ』って誰?」

「高校入学してからの初めての友達です!」

「本当にそれだけなの?」

「この前家に泊めさせてもらいました!」

「えっ?」

「そんな――」

「ごめんなさい聖奈さんの方が大好きです!」

「もしもその女とお兄ちゃんが結ばれるのなら、聖奈はその女を絶対に殺す!」

 はっきり言って、彼女のブラコンは常軌を逸していた。

 ――もはやヤンデレである。

 というか、この強大な敵にどう立ち向かっていけばいいのだろうか。

「とにかく有紗に報告だ……」


 まずは、俺の妹について話さねばならないだろう。

 神山(こうやま)聖奈(せな)、13歳、中学二年生である。

 彼女の大きな特徴は主に2つ、豊満な胸とブラコンである。

 俺はあまり下ネタを出すのを好まないが、しかし彼女の巨乳はやはり彼女を彼女たらしめる大きな要因であってそれなしに彼女を語るのは許されないのである。

 彼女は自らが中学生にしてFカップなのだと自慢していたが、しかし俺にはその凄さが理解し難かった。

 おそらく有紗ならどのようなものなのかわかるのだろう。

 今のは俺の感情移入を除けば有紗に話した我が妹、聖奈の紹介とほとんど合致する。

 彼女に結論を伝えた後、彼女は思いがけない結論に至ったのである。

「じゃあ、付き合おっか」

「――へ?」

「だから、付き合ったら行けるのなら付き合えばいいじゃんって話」

「そんなことで俺と付き合ってくれるの⁉」

 ――願ったり叶ったりである。そもそも、愛なんてものは後々育んでいけばよいのだ。

「もちろん演技だよ?」

「ええ⁉」

 ――さっきの発言を撤回します! 愛のほうが大切です!

「出会って1ヶ月にも満たない男女が交際って、電撃すぎるでしょ」

「確かに」

「ていうか、そんな理由で付き合うのやだよ」

「俺も同じだ」

「で、俺の親父に認めてもらえなかったらどうするんだ?」

「男なんてぱふぱふでイチコロっしょ」

「俺の親父はそんな手に乗るタイプじゃないぞ⁉」

 彼女はDカップだそうだが、やはり俺にはその価値、規模が分からない。

 ――見ていて大きいとは思っていたが。

「あと、聖奈に出会ってしまった時の対処法を考えなければならないよな」

「あー、そこが問題だね」

「じゃあ、作戦会議始めますか」

「うんっ!」

 そして、俺の青春が終わりを迎えるのである。「青春」を見ないまま、始まったばかりの青春のうちに。

 ――青春の終焉だ。


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