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第一章『勉強合宿』 其の参

 勉強を開始した俺は、ふと園田の進捗状況が気になって、

「で、お前はどこまで進んだんだ?」

 と言った。

「まあ、基本問題は全部できるようになったぐらいかな。智也はどう?」

 果たして、彼の状況は危機的であった。

「今日は佐々木先生の授業でやった問題をやろうと思ってる」

「あの鬼難しい問題を⁉」

「まあ、一応頑張ってみる」

 ――佐々木先生の問題には入試問題も含まれていて、入学したての俺たちにとっては鬼難しい問題だったのである。そもそも、彼の問題で高得点を取ろうなんて、劣等生の俺にとっては夢のまた夢、だったのだ。

 しかし、

「一応、じゃだめだよ。智也くん」

 ――それでも彼女は俺を信じていた。

「しっかりと頑張らなきゃ!」

 ――俺を励まし続けていた。ならば、俺もその期待に応えなければならない。だから――

「確かに有紗の言うとおりだな。できる限りやってみるよ」

 だから、俺は彼女の期待を裏切らないように、努力を惜しんではならない。

「うんっ!」

 俺が彼女のために粉骨砕身しようと心に誓った瞬間、園田が有紗へ問いかけた。

「ところで有紗さん?」

「なに?」

「僕は何をすればよろしいのでしょうか?」

「うん、教科書レベルの問題だね」

 即答だったが、適当だったろう。彼はきっと一からやり直した方がいいのだ。

「そんなに実力差開いていたのか、あんな短時間で」

「園田くん、確か昨日22時くらいに寝落ちしてたよね?」

 ――そういえばそうだった。人が必死で勉強している横でこいつは寝落ちしていたのだ。それならば然るべき結果といえよう。

「さ、さぁ、何のことかな?」

 彼は必死で誤魔化していたが、しかし、口笛を吹きながらそう言った彼のその姿は「その通りです」と言っているようにしか見えなかった。

「うまくない口笛はやめろ」

「は、はいっ!」

「はい、じゃあこれやって」

 先程の俺たちのやり取りなんてまるでなかったかのように、彼女は本棚から取り出した問題集を彼に渡した。

「はい、分かりました姉貴」

「園田くん、今なんて?」

 彼女は笑顔で彼にそう告げたが、しかし、彼女の周りには怒りと苛立ちのオーラで溢れかえっていた。単純明快に言おう。彼女――佐山有紗はいつになくキレていた。

 何度も何度も言うが、彼女は童顔JKで、付け加えるならば、彼女はアニメ声であった。

 そんな彼女のセリフが俺はただただ怖かった。今の有紗はどこかの暴走族の頭のような――そんな恐ろしさだったのである。

 そんな彼女を恐れて、果たして彼は逃げ出した。

「あれ?園田くんどっか行っちゃった」

 そして、厄介なことに彼女は自分のしでかしたことに全くもって気付いていないのである。

 果たして、彼女は完全に無意識のうちにこのような所業を行っていたのだ。

 彼女――佐山有紗は天性的に誰もが戦慄する――そんな性格を持って生まれてきたのではないだろうか。

 例えそうだったとしても、果たして俺は彼女のことが好きなままだった――むしろ、そんな性格ゆえに恐れ戦かれる彼女の人生を救ってやりたいとさえ思っているのである。

 彼女と一緒にいたい――もう、そんな気持ちをもう隠す必要もないだろう。

 周りから何と言われようが、園田がいくら泣き喚こうが、俺の知ったことではない。

 ――だって、俺は有紗を愛しているのだから


「じゃあ、私が園田くんを探してくるね」

「ちょっと待ったああああっ!」

 ――彼女をこれ以上傷つけるわけにはいかない。彼はおそらく彼女を見ると再び逃げ出すだろうけれども、しかし、彼女はそんなことは知らないのだ。彼がなぜ逃げるのか、そんな理由など知らないで、きっと再び彼女を追いかけるだろうから、俺はその悪循環を絶たねばならないのだ。それゆえに、俺は彼女を止めなければならなかった。

「俺の方が園田と付き合いは長い訳だし、ここは俺に任しとけっ!」

 ――俺は決め顔でそういったが、しかし、彼女からの心証は悪くなった気がする。

「なるほどっ!」

 人の心は推し量ることはできないが、しかし、純粋な彼女はきっと理解してくれたのだろう、彼女の心証が悪くなったかもしれないというのはきっと杞憂だったんだろう。

 そして、彼女は元気よく、

「じゃあ、任せたっ!」

 と、俺を見送った。

 俺は中学時代のほとんどを園田と過ごしてきた――それゆえに、彼の行動の大半は俺には予測できたのだ。

「おそらく奴の性格から察するに――」

「そこだっ!」

 俺はドアを勢いよく開き、素早く首を横に向けた。

 ――やはり彼はそこにいた。

 彼は俺たちが一緒に勉強していたそばのドアのすぐ横に、愚直な小学生の如き姿勢で座っていた。

 ――美しいほどの三角座りであった。

 しかし、俺はあたかもたまたま偶然、奇跡的に彼を発見したかのように見せかけるため、

「お前、何してるんだ? こんなところで」

 などとすっとぼけたのだが――

「佐山さんが『園田くんっどうしたのっ⁉早く中に入っておいでよ!』って言ってくれるのを待ってたんだよ!」

 ――果たして彼は俺の策略に騙された。

「んなわけあるか」

 俺のさっきの読みは外れていたけれども、まさか園田がⅯだったとは思わなかったけれども、彼女が園田を見つけていたらきっとそう言ったかもしれないけれども、しかし――それでもやはり俺が彼を見つけてよかったと、心の底から思ったのである。

「まあ、何はともあれ、勉強再開するぞ」

「うぃっす」

 何とか園田を説得し、俺は彼を連れて彼女の部屋へと向かうのであったが、この後、彼女がまさかこんな発言をするなんて俺はきっとこれっぽっちも思っていなかったんだろう。

 何はともあれ、俺は部屋へと戻り――彼女はにこやかな笑顔で俺たちを待っていた。

 なんとなく、嫌な予感がした――何を隠そう、彼女の表情はまるで何かを企んでいるかのような表情だったからである。

 いやいや、俺はいったい何を考えているのだ。彼女が何かを企んでいるなんてあるはずがないじゃないか。冷静になれ、神山智也。

 ――そんなことを考えながら、俺は、

「連れてきたぞ」

 と言った。

「あ、智也くん、ありがとう」

 ほら、何もないじゃないか。そもそも有紗はそんなことをする人ではないのだ。そう、有紗は――

「それにしてもさっきは何で急に逃げ出したの?」

 しかし、時にドSになる。

 ――この場合は単に天然なだけなのかもしれないけれど。

「あ、勉強が嫌になった?」

 ――そろそろ園田を弄るのやめましょうよ、有紗さん。

「……………」

 ――ほら、園田くん黙っちゃったよ⁉

「園田くん?」

 有紗さんそろそろ止めた方が――

「ちょっと佐山さんに構ってもらいたかっただけ」

 ――こいつ、本音を言いやがった!

 というか、果たして園田は有紗の言動にビビッて逃げ出したのだろうか。それとも、ただ単に有紗に構ってほしかっただけなのだろうか。甚だ疑問である。

「えへへ、そんなこと言われたらボクも照れちゃうな~」

「「えっ…」」

 ――ボクだと……?

「佐山さん、今ボクって――」

 ――彼女がそんなことを言うはずがないと思っていた俺はきっと彼女を知らなかったのだろう。

 確かに俺は彼女を知っていたけれども――しかし、俺はやっぱり彼女のことをこれっぽっちも知らなかったんだろうなあって思う。

「ああ、ちょっとイメチェンしてみよっかなって思ってさ」

 ――イメチェンというか、もはやキャラ崩壊レベルである。

「まだ第一章だよ⁉」

 俺は初めて、有紗に、女子に啖呵を切ったのだった。

 きっと彼女は単なる冗談のつもりで言ったのだろうけれども、当時の俺はきっとそんなことに気付いてやれるほど冷静ではなかったのだろう。

「まあまあ落ち着いて――」

 有紗の制止も聞かず、俺は――

「こんな時に落ち着いていられるかあああああああああっ!」

 ――発狂した。

「ヒロインの一人称は重要だぞおいっ!」

 ――語り始めた。

「そもそもお前はメインヒロインの重要性を考えたことがあるのか?」

 ――問いかけた。

「こういう消極的なメインヒロインは大体2巻か3巻くらいで積極的なキャラに変わるんだよっ!」

 ――持論を展開した。

 有紗はおろか園田の目にさえきっと、メインヒロインについて語る俺の姿が映っていたに違いないが、しかしそれは決して俺ではなくもう一人の俺であって、俺ではない俺だと信じたい。

 ――見苦しい言い訳であるが、しかし俺はこれを本気で言っているのだ。なんとも間抜けな男子高校生である。

 そんな俺に呆れた彼女は、

「ところで、今日って昨日と比べて時間が経つの遅くない?」

 ――話題を転換した。

「気のせいだから!」

「作者の都合とか関係なくただの気のせいだから!」

「ていうか、ここって小説か何かの世界だったの⁉」

 自分でボケて自分でツッコむとはまさに滑稽と呼ぶにふさわしい愚行であった。我ながら、愚かであった。

「まあ、どうでもいいんだけどね」

 ――そして、その愚行は無駄だったのだ。

「どうでもいいなら言うなあああああああああああああっ!」

「お前、このセリフがあるかないかで読者の心証は結構変わってくるんだぞ!」

「へーそーなんだ」

「(棒)が付きそうな返事をするな!」

「ほ~い」

「やれやれ」

 俺は小さく嘆息しながら、

「まず、コミュ障を治すためには人見知り云々よりコミュ力改善じゃないのか? たぶん」

 そう続けた。

「なるほどねぇ」

 有紗はいつになく真剣に話を聞いていた。

「ここだけの話、作者もコミュ障だからな」

 ――それゆえに、有紗のコミュ障っぷりはリアリティが高いのである。というか、作者は創造神ではなくただの人間だ。俺たちと同じ人間なのだから。作者は俺の物語を語り継いでいく――ただそれだけの存在なのだ。

「で、智也くん。続きは?」

「ああ、ごめんごめん」

「その先は実践を積むだけじゃないか? 俺はコミュ障じゃないからわからないけど、とりあえずお前は頑張って人と話す練習をしてみるべきだと思う」

「なるほど。分かった!」

 有紗の返事の仕方や相槌の打ち方が冷たいからそこを治してもらおうと注意しようとしたはずだが、本題を出す前に話題がそれてしまった気がした。

「もういいや。平常テスト終わってからこの話はしよう」

 ――平常テストが無事終われたらの話だが。何でも、平常テストで結果が振るわなかった生徒は、後に職員室に呼び出されるらしいのである。


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