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序章『青春の幕開け』

 「青春」とは不平等である。

 学生時代に不意に訪れる「青春」ではあるが、それは皆が等しく経験するものではない。

 ――ゆえに不平等なのだ。

 国語辞典などでは青春は「年の若い時代」などと記されているかもしれないけれども、確かに一般に青春とは中高生時代のことを指すことが多いのかもしれないけれども、しかし、あくまでもそれは青春であって「青春」ではないのである。

 ――やはり「青春」は不平等なものであり、青春とは似て非なる存在なのである。

 「青春」を生きている人は青春に生きているといえるだろうけれども、青春に生きている人が「青春」を生きているとは限らないのである。

 数学的に言えば、「青春」を生きることは青春に生きるための十分条件であるが必要条件ではない。

 ――それは即ち、青春に生きることは「青春」を生きるための必要条件であるが十分条件ではないということである。

 これより幕を開ける物語は青春物語なのだが、同時に「青春」物語でもあるのだ。

 この物語で描かれる世界は客観的な世界などではなく、あくまでも主人公である神山智也(こうやまともや)の主観的な世界である。

 ――ゆえに、あたかも自分が神山智也であるのかもしれないという錯覚をしてしまうかもしれないのである。

 物語は彼の青春の始まりから幕を開け、しかし、その後彼が「青春」を生きるかどうかは別問題であり、やはりその結末は神のみぞ――いや、結末を知るものなどいないのかもしれない。だが、彼は知っているのかもしれない。やはり、誰も真実は知らないのかもしれない。それゆえ、誰が結末を知っているのかなど知る由もないのである。

 しかし、諸君ら読者ができることはこの物語を繙き、読み進めることのみなのである。

 とはいえ、それこそが彼の青春を、「青春」を知るのに相応しい手段といえるのであろう。

 吃驚仰天、瞠若驚嘆、慮外千万の物語の幕開けである。

 ――彼の青春の幕開けだ。


 朝は憂鬱で辛い時間であるが、それにもかかわらず俺は朝から上機嫌だった。

 ――俺も今日から晴れて高校生の身になるのである。

 喜びの中に不安と緊張が入り混じり、しかしやはり上機嫌であった。

「入学式の道中で印象的な出会いをした女の子が同じクラスの同級生だったってパターン、よくあるよなぁ……」

 俺はそんな戯言を唱えつつ、駅までの道のりを今にも口笛を吹きだしそうな心持ちで軽快に歩いていた。

「――っ!」

「きゃっ!」

 俺は何かにぶつかった――純黒の髪を持つ可憐な少女だった。

「「ごめんなさい!」」

 俺と彼女が謝ったのはほぼ同時のことだったが、しかし、今はそんなことなどどうでもいいのだ。

 俺は先ほどの独り言を思い出しながら、思いがけない事実に気づいてしまったのである。

「その制服ってもしかして――」

「あっ、あなたも一校なんだ」

「ああ。今日から俺も晴れて一校の生徒というわけだ」

 ――県立草津第一高等学校。通称一校。俺が今日から入学する高校である。

「君も一校の一年生なのか?」

 少女はこくりと頷いたが、しかしそれでも俺は彼女の心情を察することはできなかった。

 そして、これこそが彼女と繰り広げる壮大な物語の幕開けだったなんて、俺はこれっぽっちも知らなったのだろう。


 駅に着き、俺は到着した新快速電車に乗り込もうとした。

 そのとき、誰かに呼び止められて振り返った。

 ――さっきの少女だ。

「さっきはごめんな」

「わ、私の方こそごめんなさいっ! ケガとかはない?」

「俺の方は全然大丈夫だよ。君の方こそ大丈夫?」

「私も大丈夫! あなたの方も無事でよかった」

「あっ、まだお互いの名前聞いてなかったね」

「ああ、そうだな。俺は神山智也。よろしくな」

「うん、よろしく。神山くん。私は佐山有紗(さやまありさ)。佐賀県の佐に富士山の山だよ。よろしくね!」

「うん、よろしく」

 互いの自己紹介を簡潔に済ませ、俺たちは駅に着くまでのひとときを楽しく談笑して過ごした。

 そのときに、彼女は俺の近くに住んでいること、彼女は消極的でうまく自分の意見を伝えられないこと、そして彼女は人生において恋人ができたことがないということなどが分かった。

 彼女とともに学校へと向かう道中、見覚えのある人影がこちらに向かって手を振っている。

 ――どうやら、中学時代の同級生のようだ。

「おーい! とーもーやー!」

 こちらも無言で手を振り返し、佐山も俺の真似をするように手を振り返した。

 ――別に無理に手を振る必要はないのだが。

「おっす、智也。あれ、智也くん入学初日から彼女作っちゃったの?」

「ち、ちげーよばかっ! こいつとは駅に向かう途中にちょっとあっただけで――」

「パンチラとか?」

「なぜそうなる⁉」

「おっぱい触っちゃった?」

「お前はエロい想像しかできないのか⁉」

「あ、あの、智也くんのお友達ですか?」

 ――佐山が俺を名前で呼ぶのなら俺も有紗って呼ぶべきなのだろうか。しかし、調子に乗って会ったばかりの女子を名前呼びしようものなら気持ち悪いと思われてしまう御時世である。やはりやめておいた方がいいのだろうか。

 どうやら脳が思考を停止したらしく、俺は不意に有紗に問いかけていた。

「佐山、俺も名前で呼んでいいか?」

「もちろんいいけど、今まで名前で呼ばれたことなんてなかったから緊張するな……」

 ――今まで友達には名字で呼ばれていたのだろうか。だとすれば余計な真似をしてしまったかもしれないが、深い詮索はしないでおこう。

「ところで、その人は智也くんのお友達なのかな?」

「そうだぞ、こいつの名前は園田(そのだ)翔平(しょうへい)。中学からの友人だよ」

「よ、よろしくっ!」

 ――有紗はそう言いながら丁寧にお辞儀をした。

 さて、とても緊張するけれど、彼女の、佐山有紗のことを名前で呼んでみようとしますか。

 はぁ、やっぱ緊張するなぁ……

 というか、こんなに急いで佐山との距離を縮めようとする理由とは何なのだろうか。

 俺は今まで女子との会話は大抵慎重にしていたはずだ。

 そんな俺がわざわざ初日で、しかも第一章で名前呼びをするなんてそれは相当なお方だよ。

 崇めなければならないほど素晴らしいお方なのかもしれないな。

 とまあ、こんなに御託を並べたところで、彼女に「俺も名前で呼んでいいか?」なんて言っちゃったらそりゃあもう名前呼びしなかったら逆にキレられそうだし、仕方なくここは言っとくべきだろうね。

 あーあ、そういう状況を作り出してしまったのも俺だし自分の発言の責任はしっかりと取るべきだから、仕方なく、仕方なく名前で呼んであげましょうか。

 もう言い逃れもさすがに1ページ以上使うと怒られそうだから、さっさと済ませるとしますか。

 さあ皆の衆! 刮目せよ! 神山智也が佐山有紗を名前呼びするぞい!

「あの、あ、ありしゃっ!」

 ――噛んだ。見事なまでに噛んだ。もしも俺の名前が神田智也だったのならば「神田が噛んだ」という洒落たギャグで誤魔化せたのかもしれないが、しかし俺の名前は神山智也なので、「神山が噛んだ」という至って平凡な何の変哲もない文章の完成である。

 そして、最も深刻な問題は当の有紗自身は事態を理解していなかったらしく、きょとんとした顔で俺を見ていたことである。

 ――天然キャラは非常にかわいいけれども、せめて笑ってほしかった。

 しかしまあ、本人が気づいていないのなら、何もなかったふりをして事を済ますのが吉なのだろうから、本来俺が言おうとしていた台詞を言うべきなのであろう。

「じゃ、クラス見に行こうぜ、有紗。もちろん、園田も一緒にな」

「おう!」

「うん!」

 ――ハモった。なかなかこの2人は案外相性がいいのかもしれない。


「みんなバラバラになっちゃったね……」

 ――園田は1組、俺は5組、有紗は6組といった具合に見事に分かれてしまった。

「まあ、佐山は隣のクラスなんだしいつでも遊びに来いよ」

 ――園田とは離れてしまったけど。

 教室に入ると見知らぬ顔が大半を占めていたが、幸か不幸か中学時代の友人も何人かいた。

 ――そのせいで友達を作らないかもしれないけれども。

 それにしても、やはり現実は現実、フィクションはフィクションである。

 ――登校時に俺が立てたフラグはあっさりと折られてしまった。

 有紗とは同じクラスになれると思っていたが、そんな予想も儚く崩れ去ってしまった。

 そんなことを考えていた時、不意にドアが「ガラッ」と開き、長身の男が入ってきた。

 ――言うまでもなく、俺の担任である。

 眼鏡をかけたその仏頂面は何者も寄せ付けず、さっきまで騒いでいた男子生徒も今や静まり返り、無言で机に向かって伏していた。

 静まりかえった教室に再び音を呼び戻すように、眼鏡は声を発した。

「今日からお前たちの担任をすることになった田中圭三だ。よろしく」

「では、8時50分から入学式が始まるので指示があるまでお前たちは廊下に並んで待機しておくように」

 そう言うと、眼鏡は教室から立ち去り、生徒たちは徐に廊下に並び始めた。

 俺たちは体育館に着くと眼鏡の指示に従い、男女一列ずつで並び、三角座りで着席し、式の開始を待っていた。

 始業式が始まると校長が舞台に登壇し、落ち着いた声で話し出したが、校長の話はここで紹介するほどの内容を含んでいなかったので、ここでは割愛することにしよう。

 これで俺も晴れて高校生である。

――俺の新たな物語の幕開けだ。



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