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知って作ると気合が違う。


お弁当作りはある意味、ルーチンワークの一種だった。毎日作るもの、毎日考えるもの。

だからそんなに頭を使ったり彩をよくしたり、なんて考えなかった。

だが。

そのルーチンワークにもう一つ、何かが追加されると大違いなのだ。

自分のそれを一番おいしい、なんて何のためらいもなく言ってくれる人の分を作る、ともなれば。

普段の感覚にすこし、やる気が出てもおかしくない。

絃はカメラマンという職種を考えた。

よく知らないけれども、その場ですぐに食べられる物の方がいいのだろう。

だったらぽろぽろとこぼしてしまいそうな物ではなく、箸でつまみやすい物の方がいい、となればみじん切り食材は却下だ。

細切り食材の方がいい。

それに霧島はどうやら、絃の味噌汁がお気に入りのようだから。絃は大鷺の私物である、ハンディブレンダーをシンク下の収納から引っ張り出す。

「それ使うの? 最近大型タイプしか使わなかったからなんか新鮮」

風呂上がりのどうでもいい声を無視して、絃は細かくした昆布をさらに粉砕する。

そして使う時に楽なように小瓶に入れて、一緒にプラスチックの計量スプーンを入れておいた。

これで明日も問題ない。

お握り、豚汁それから葉物野菜のバター炒め。

豚汁に肉を多く入れれば、かなり食べ応えの出る品になる。

ちょうど明日は、大鷺が朝のメニューに豚汁を予定していた。絃にそれを作るように頼んでいた大鷺だから、ついでに霧島の分も入れておこう。

「にやにやしてるねえ、絃ちゃんが楽しそうで何よりだ」

いつの間にかキッチンのカウンターの向かいで、ビールを飲みながらニコニコしている馬鹿は、放っておいた。

明日作るお弁当が、楽しみな気持ちだなんて絶対に言ってたまるか、なんて思いながら。

この時、口に合わなかったらどうしようとか、そんな不安は絃の中になかった。だって霧島はおいしいと言ってくれるのだ。

絃のちょっと味の薄目で、出汁が強い味噌汁を。

ささやかなお弁当の具材を。

だったらそれを丁寧に作ろう、と思うだけだった。




翌朝、絃が厨房に入って最初に行ったのは、野菜の皮むきだった。大鷺の仕入れてくる野菜は、スーパーなどの野菜と違い、しっかり泥を落したりしなければならない。人参だって、スーパーの物は皮むきがいらないけれども、ここのは違う。

大鷺が用意した土間のような水道で、ゴム手袋をしながら泥を落としていき、皮をむいて切っていく。寸胴にどんどんジャガイモやらニンジンやら玉ねぎやらを放り込み、包丁でささがきにした大量のごぼうを、大型の中華鍋で豚小間と一緒に炒めていく。

自分の脂でじゅうじゅう言っている豚小間に、さっと火が通ったら。それだけで甘い肉の焼ける匂いが漂う。そしてその肉のおいしい汁をごぼうがよく吸ってくれるのだ。美味しさ間違いなしである。

だから絃は手間をかける。ニンジンなどの根菜がくつくつ煮られている寸胴にそれを全部投入し、また煮込む。

この際こまめに灰汁をとっていくと、汁にえぐみが出ない。ただし脂もとりすぎると、なんだか寂しい味になるので、注意が必要だ。

こんにゃくも寸胴の脇で千切りながら一度茹でこぼして、灰汁を抜く。灰汁は味が強いので、自宅で適当に作る時はしない処理も、人に出すためには必要だ。

面倒ならあく抜きこんにゃくでいいが、大鷺の仕入れてくるこんにゃくは、歯ごたえと味がぴか一な事と同時に、手間がかかるものだった。

煮込み過ぎるとおいしくなくなるので、ある程度根菜に火が通ってからこんにゃくもいれる。

最後にネギを細く切り、別添えの皿に盛り付ければ出来上がりだ。意外な事にネギを入れてほしくない人も多いこの頃なので、絃はあえての別添えにしてみた。

そして保温しておいた霧島用の広口魔法瓶に出来立て熱々を入れてしっかり、蓋をする。

その頃ようやく、ガス焚きの炊飯器のご飯の蒸しも終わるので、絃は湯気が顔を直撃しないように気を付けて、開ける。

あけて香るお米の、なんとも言えない甘さと親しみの持てる香。これが無ければご飯じゃない。出来立てご飯は粒も立った立派な物の方が、べっちゃりしなくて、口に入れてほどけて甘い。

甘い甘いを連呼するが、結局人間甘い物に安心感を覚えるのだ。おいしい匂いは、いつでも甘い匂いを少しばかりはまとっている。

腕力勝負で一気に混ぜて蒸気を飛ばして、おひつに入れれば第一陣のご飯の完成だ。

「大鷺、魚は」

「当面の分は焼けたよ」

「内訳」

「照り焼き、干物、西京漬け、あとさっぱり酢漬けの四品」

「今日は魚の日?」

「昨日魚一杯送られてきたからね」

にやっと笑った大鷺が、出来上がりの魚などをトレイに移していく。

今日は配膳の手伝いもできるらしい。

絃も配膳を行い、朝一番の会社員の人たちが入ってきて、怒涛の一日が始まっていくのである。




「じゃあ行ってくるからねー」

大鷺が昼頃、弁当箱を片手に手を振る。絃は朝の仕事の後ぐったりしてしまうのに、この男は体力を持て余す。

男女の差だけじゃないだろうと思いながら、手を振る絃。

本当は霧島に自分で届けたいが……その体力も出てこない。

一度部屋に帰って寝よう、と絃はマンションのエレベーターに乗った。

階層が上がっていくけれども、絃の家は割と低い位置、それは大鷺の我儘である。

大鷺が高い所が嫌だというのはよくわかるし、実際高いと足元が不安定な気がして、絃も好きではない。

ちん、と鳴るエレベーターを出て、掃除の人がきれいにしている廊下を歩いていく。

やっぱりこの高級なマンションは、自分の身の程に合わない気がする。

だがここを出ていくと、間違いなく住居レベルは下がる。別に下がってもいいのだが、セキュリティがいいので出ていく気にならない。

鍵はカードキーにパスコード。叩いて通して閉めれば簡単。

一人分には広すぎる空間も、二人で暮らせば若干手狭なダイニングだ。

お昼ご飯は何にしよう、絃は欠伸をしながら冷蔵庫を探り、冷凍うどんに辛子明太子、豆腐を見つけた。

「辛子明太子、絶対大鷺の知り合いが贈ってきてるよね」

見るだけで美味しそうな艶やかなピンクに、辛しの赤さ。口に入れれば魚卵のうま味に漬け汁の風味、トウガラシの辛みが三位一体でたまらないに違いないそれは、訳アリ品のように小間切れだ。そこからして、訳アリ品を大鷺に貢ぐ友人を連想する。

ここ数カ月の間、都会に用事がある地方の友人が、大鷺の料理目当てで来訪する事は、度々あったのだ。

彼等彼女らが、珍しい物、地方の物を持ってきて、大鷺をいたく喜ばせていたから、その残りに間違いなかった。

だって絃は辛子明太子を、買ってきていないのだから。

話はずれたものの、絃はこれで昼にしようと思いつく。

うどんはレンジでチンすればいい。そしてざっと水でひやして、上から崩した豆腐に明太子を乗せる。冷凍ネギはこの前まとめて刻んだものだ、それも上からかけてしまう。

あっという間に、白にピンクとねぎの緑でいい色合いの、簡単昼食が出来てしまう。

それにたらりと醤油をかける。つゆの素ではないのは、それだとやや甘すぎるから。

さあ食べよう。

絃はそれを口にした。やっぱりうどんに豆腐のシンプルな豆の味と、複雑な辛子明太子の味が絡まって、噛むとうどんのしこしこしたコシ、魚卵のプチプチした感じが何ともいえない食感だ。少し塩辛いかな、という具合も、豆腐が混ざればちょうどいい位の塩気になる。材料は大鷺チョイスの間違いなしなので、本当においしい。最後ネギの香味が口から喉を伝っていくのも、やっぱりおいしいものだった。


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