照れくさくて、うれしい
それを聞いた時の絃の気持ちは、複雑だった。
なんだか自分の知らない間に、自分の友人が兄貴と仲良くなっているのが、なんというか。
気に食わないわけでは、ないはずなのだが。
心のどこかに、もやりとした空気を感じながらも、絃は呆れた調子を装って言う。
「また結構な手間をかけて。最初から言えばよかったのに」
「いちいち自分の友達なんて、兄妹でも紹介しないじゃない」
「人に弁当を作らせておいて?」
それともその程度の扱いになっているのだろうか。
兄妹であるが故の、お互いに対する遠慮のなさの結果なのか。
と思っていれば。
「だって絃ちゃんが優しいんだもの。僕は楽しいし連山くんは毎日、美味しいお昼ご飯が食べられるし、誰も困らないと思っていれば言う必要感じないでしょ?」
「……感じないのか? 晴さんは。自分の妹に手間をかけさせておいて」
「弁当は一人分が一番作りにくいんだよ」
「確かにそうかもしれないが。……水島、迷惑だったか?」
大鷺に対してのツッコミを入れている霧島の、言葉が絃に向かう。
それを聞いての答えは簡単だった。
「いいえ、別段迷惑でも何でも。迷惑の九割はそこの男がかけているので」
「そんなに?」
意外だという顔をされても、絃は誤魔化されたりしない。
「これまでの数々の迷惑を思い出せば、そんな事言えなくなると思うけれど」
「修羅場に遭遇して相手を、なだめるの絃ちゃんだったもんねー。僕は思い切りかおに紅葉作って終わりだけれど」
「作るのが前提なのか? 水島、お前の兄貴は女性関係がひどすぎる人間なのか?」
「必ず女の人に捨てられるのが、全逓の恋愛しかしない物でして」
絃の言葉に、美貌が目を丸くする。
「それは生産的とはいいがたいような恋愛だな、それで幸せなのか?」
「本人が止める気ないので、そうなんでしょうね」
絃はそこまで言ってから立ち上がる。
「大鷺、台所交代」
「何か作るの?」
「冷房が効いていて寒い、味噌汁でも」
「絃ちゃんのお味噌汁、手間かかってないのに美味しいんだよねぇ」
聞いた大鷺がにこりと笑い、絃と交代する。
三人はカウンターで話し込んでいたのだ。
ちなみに大鷺は厨房側で、立ち食いである。
大鷺が霧島の隣に座り、絃の方を見始めた時。
「水島の味噌汁は間違いないから、いつでも楽しみだな」
と、男がぽつりと漏らした。
絃は出汁なんてとらない、というか出汁のために手間をかけない。
冷蔵庫から、暇なときに粉にしておいた煮干しや昆布を取り出し、味噌を引っ張り出す。
そして具材は豆腐と市販のみそ汁の具である。
市販品でも侮れないので、手軽に作りたい時には重宝する品物だ。
絃はそれらを計量スプーンで適当に測り、全部お椀に入れてしまう。
後はやかんでお湯を沸かし、それが煮立ったらお湾に注ぐだけである。
飲む事の出来る温度まで下がるうちには、出汁がとれてしまうという寸法だ。
ただし昆布の量を間違えると、味噌と合体してなんだか、とろみのある不思議な味噌汁になるという物だったが。
それを三つお盆に乗せて出せば、大鷺がまず一番に霧島に渡し、自分もニコニコとしながらそれをとる。
「やっぱこれだよね、しめはこれでなくっちゃ」
「イタリアンの後に味噌汁、というツッコミはしないのはなぜだ、言い出しそうなのに」
「いつもこれだもの、これで食事が終わった感じがするんだよね」
味噌汁飲まないと、食事をした気分にならないと断言した大鷺である。
霧島は耐えきれなくなったのだろう。
噴き出してからからと、気持ちよさそうに笑った。
そして味噌汁を口にして、言う。
「やっぱり水島のは、今まで食べた中で一番の味だな」
食事を終わらせて、せめて片づけは手伝うと申し出てくれた霧島と食器類を洗った後、彼は来た時よりも機嫌のよさそうな足取りで帰って行った。
ちょうど、弁当箱を返却して。
その弁当箱を見て、彼が一番おいしい弁当、と言った事を思い出した絃は、自分の顔に赤みがさしていくのを感じていた。
そしてそれが耳まで達した時、カウンターの向こうにはわからないように、へなへなとしゃがみ込んだ。
「照れる……」
そう、彼女はべた褒めされてうれしくなってしまったのだ。
そして照れくさくなってしまったのだ。
友達が、自分の料理を一番おいしいと言ってくれる。
それがとてもとても、うれしかったのだ。
褒められるようなところが少ない彼女は、そんな言葉でジェットコースターのように気分が上昇する。
「ふふ」
唇からそんな音が漏れた後、明日からは霧島にも作ると考えて、弁当を考えようと思った。
重たい機材を背負って歩くカメラマンは、結構な重労働だと聞く。
それに合わせたものは何だろう。
彼女は立ち上がり、自分の頭の中の弁当のおかず一覧を、探り始めた。




