お互い意外な道を進んでいた。
大抵イタリア料理なのだ、大鷺が本気を出す時は基本イタリア料理。
それも家庭的な中身で、しかし味は一般人が味わった事が無いほどレベルの違う美味。
その理由は単純であり、大鷺が師事した人の中に、イタリア料理の名人のマンマがいた、という事でしかない。
大鷺が持っていた非凡な才能を高く評価し、それがさらに成長できるように育て上げた人、それが大鷺の言うところのマンマである。
このマンマの味を守る大鷺は、たぶんイタリアで店を出しても潰れずに生活できるだろう。
簡単な物が多いのに、大鷺の塩一つまみや適量が、一般人以上に”適量”であり、食べた時に心地よいため、大鷺の料理は非凡な物に変身する。
今日もそうだった。
大皿料理になっているミートソースパスタ、たっぷりのベビーリーフに塩と胡椒とオリーブオイル、さらにいくつかの香辛料を振りかけたサラダ、飲みやすい冷たいスープ。口直しに甘くてミントの香りがするジュレ。
大鷺が本気を出す時や、人生で一番おいしい夕飯という時によく出るメニューがそこにあった。
絃はそれをずいぶん久しぶりに食べたのだが、隣の霧島の食器の進み具合が気になった。
丁寧に食べる人だ、とその食事の中何度も思う。
霧島はとても美しい食べ方をする。それも嫌味がない、見とれてしまう綺麗な食べ方だ、マナーがどうであれ、見惚れるもの。
食べ方がきれいな人は、印象がいい絃である。
そしてカウンターで一人ワインを開けている大鷺も、にこにこと笑った後、言い出した。
「あー、やっぱり味が濃いんだね」
「わかるの?」
「絃ちゃんのお弁当の時と進み具合が違う。そっか、この量じゃ連山くんの好きな味じゃないんだね、覚えておこう」
「おいしいのは間違いないんだがな、舌が偏屈なもので」
霧島の言葉に、大鷺が手を振って笑う。
そこに不愉快そうな気持はかけらもないのだ。
そしてここの三人はそれを、全員がよく分かっていた。
「味が濃いと不安になる時があるんだ」
「わかるわかる、味を濃くして腐った肉を誤魔化す屋台とかあるもんね!」
「あいにくそこまで極端なのは出会ってないが……」
「霧島さん、これはそれに過去十数回は出会っているんです。ちなみに外国で。よくこんなので外国で食中毒騒ぎに巻き込まれなかったなと、感心するほど」
「店構えを見れば大体わかるよ、あと肉の色と香りを見れば、揚げていたって舌に刺さる味とかでばれる」
「……晴さんはこれまたずいぶん、というかかなりというか、あれだな、世界が広すぎてついていけない系統なんだな」
晴さん。
絃はその、霧島が大鷺を呼ぶ呼び方で、大鷺がかなり霧島を気に入っている事実に気付いた。
大鷺は自分の事を、滅多な人間には下の名前で呼ばせないのだから。
絃は兄貴もしくは、やや他人行儀に大鷺と呼ぶパターンであるが。
大鷺晴美の、晴美を許す相手は、大鷺がかなり気に入っていて、相手を身内認識している時だ。
「霧島さん、ずいぶん兄貴に気に入られましたね」
「最初からかなり友好的だったが」
「だってこの前写真撮ってたでしょ、朝食キャンペーンの写真」
「何かに生かせないかと思ったんだが、気分を害したならば……」
「ううん、逆。季節の流行を探し回る人として、なかなかいい感じだと思っただけ。後で送られてきた写真も素敵だったし、撮影の人も礼儀正しかったから」
ああ、確かに複数の団体が来ていたな、と絃も思い出した。朝食キャンペーンをイマコレ、といった具合で流す予定で撮影しに来た人たちがいて、彼等は礼儀正しくなかったことを。
ダメだというのに、大鷺の顔の写真を撮ろうとしたり、絃を巻き込もうとしたりと散々な奴らで、さらに利用者に予定外のインタビューを始めたために大鷺がけりだしたのだ。
しかし一つか二つ、大鷺が全開の笑顔で対応している、いい団体もあった。
霧島はそこに勤めていたのだろう……
え。
絃はそこまで思って、彼を見て問いかけた。
「霧島さん、今のご職業は何ですか?」
「出版社のカメラマンだが」
これまた活動的で飛び回る仕事を、と絃は呆気に取られていた。
「普通に営業とかかと思っていました、前の履歴を生かすものだとばっかり」
「最初はそうだったんだが、パーティぶち壊しの案件は結構広まっていてな、なかなか雇ってもらえないでいた所、閉鎖したブログを覚えていた出版社の知り合いがいていな。まだカメラを持つ気があるなら専属で、という事で雇ってもらった」
「閉鎖したブログ?」
「絃ちゃんも実は知ってるんじゃないかな、僕のお気に入りだったし」
絃の問いかけに答えた大鷺が、あるブログのタイトルを口にする。
聞いた彼女は目を丸くした。
「あの、写真技術極めまくっちゃってる伝説のブログ!? 理由不明で数年前に閉鎖して、新しい物もなくて、惜しまれていたあの!?」
そこではっとした。
霧島は旅行が好きだった。そしてこの前行った彼の家には、カメラの機材がいくつもあった事を。
彼はあちこちに旅行して、写真を撮り、ブログであげていたのだろう。
変質者に狙われるようになってから、身の安全のために旅行を止めるまでは。
「うわ、ファンだったんですよ! すごく気持ちのいい写真がいっぱいあって、猫とか、犬とか、時々烏とかもあって面白くて」
彼女が思わず興奮すれば、霧島が笑った。
「なら今度、データが残っている物は送ろう。色々お世話になっているし、知らなかったとはいえ弁当をもらうのを続けていたわけだしな」
「ちなみにー。弁当はどういう仕組みで連山くんに回っていたのかというと―」
彼が嬉しそうに返してくれた時、酔っぱらってもいないくせに酔っ払いの言葉遣いで、大鷺が言い出した。
「弁当を受け取れる時間の連絡が来て―。ぎりぎりに待ち合わせ場所にいきー。その時渡しておしまい! 弁当箱は同じものをいくつか使ってたし、洗い物は僕がやってたから絃ちゃんはそれ、気付かなかっただろうけれどね」
「……いつ返却できるかわからないから?」
「そうそう。だから色気もくそもないようなありきたりな、ありふれた奴使ってたんだよね」




