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男の人の秘密基地は、本当に秘密基地かもしれない。

大鷺が釣ってきた高級マンション、そこの近くには狭いながらもセキュリティがしっかりしていると評判の、割と小さめのマンションがある。

実は絃もそこの物件にしようか、下見をしようか考えていた物件である。

だがそれをする前に、大鷺が住む場所を決定してしまったわけだ。

それを機に離れればよかったのだが、離れたら大鷺が落ち込み過ぎて可哀想になる、というのは経験上よく分かっていた。

それもあるし、大鷺は絃が新しい場所を見つければそこに、転がり込む。賭けてもいい。

そう言った事情もあって、大鷺と同居しているわけなのだが。

霧島が何とか歩いているのを、引きずりそうになりながら、絃はぼやいた。

「重いです、霧島さん」

「あー。わるい」

悪いと謝る声さえ、溶けだして落っこちそうである。接着剤が欲しいかもしれない。

しかし。

「霧島さん、身なりに本当に気を使ってますよね……」

絃は感心してしまっていた。この気候で、このフォーマルな衣装で、霧島は汗の刺激臭が少ないのだ。ゼロではないが、気になるほどではない。

それが衣類洗剤の匂いと混ざり、こう言うのは変だが色っぽい感じがしみだしている。

見た目も匂いも声も完ぺきとは。

見た目が割と勝敗を左右する営業で、これだけしっかりしていると、確かに営業先には有利だろうな。

そして霧島が、営業先で失敗したという話は聞かないのだから、その実力は推して知るべし。

しかし今日、霧島は大きなことをやらかしたのだから、この後会社にいられるかというのも、実は怪しいだろう。

まさか社長令嬢の婚約をぶち壊すなど。

普通はない事だが、元を正せば社長令嬢が霧島の親戚の女性から、恋人を盗んだのが悪いのだ。

「と考えると……もしかしたら信用問題とかあるかもしれないわけか……」

絃は何度目かわからないながらも、霧島を担ぎ直してぶつぶつと呟く。

跡取りの評判が悪いものになれば、それだけ人は離れていくし、融資だ何だにも問題が発生するかもしれない。

会社の詳しい事はいまいちわからない彼女だが、評判一つでつぶれた会社などいくらでもあるのだから、この先勤め先も危機一髪になってもおかしくない。

絃が勤めている会社は中堅。中堅という事は、些細な事でぐらりと揺れる事も、大いにある立ち位置なのだ。

彼女の思考回路は悪い方に転がり、会社がつぶれたらどうしようという所まで行った。

もしかしたら、はあるのだ。

もしもの時は、意外と身近なのだ。頑張って頑張って、何枚も履歴書を書いてやっと正社員で入社できた会社だ。

だがそこが無くなった時の場合を、考えなければならない、何て。

「霧島さん、なんて事やってくれたんですか」

ぼやいてしまう絃だが、もしも霧島があの場面で社長令嬢とその婚約者に対しての評判を落とさなくとも、人間性はすぐに分かってしまう物だ。

じわじわと評判が悪くなり、立て直せない所まで行くのと、いきなり悪くなって、もう後は上がるだけの状態から始めるのと。

どちらがより大変だろうか。

分からない。

だが今の問題は、霧島を無事に彼の自宅に送り届ける、これだった。




マンションはかなりしっかりとした建物で、防音性は高いのが一目でわかった。

絃は息を吐きだし、霧島を揺さぶった。

「霧島さん、パスワード」

「あー」

入口のセキュリティのためのキーワードを打ち込んだ霧島は、そのまま歩き出そうとするも、やはり危ない。

どこまで飲んだらこうなるのだ、と彼の酒に対する抵抗力のなさに、ちょっと怖くなる。

この人の弱点はお酒なのだろう。間違いなく。

「送り狼にはなりませんから、ドアの前まで送りますよ」

絃の提案に、彼が寝ぼけたような目で呟くように、言う。

「わるいな、みずしま。いつもたすけられる」

「これを教訓に、お酒は控えてくださいね」

「お前がいない時は……のまない……」

「いやそれ、対策とかそういう次元じゃないですよね、私がいたら飲むんですか、私に迷惑かけるの前提ですか」

「おれはええかっこしいだからな……おまえに醜態をさらさないていどに……ひかえるだろうから……」

エレベーターを上がり、そしててくてくと廊下を進めばそこは角部屋、いい所である。その分値段も高そうだ。

「それじゃあ、助かった、ありがとうみずしま……」

ふらふらと鍵穴に鍵を差し込む彼は、そのまま軽く頭を下げて、彼女にお礼を言って扉を開けて、そのまま中に倒れ込んだ。

自宅に戻ったという事で、緊張が解けたらしい。

「え、ここで倒れますかね!?」

絃でなくとも突っ込むだろう事だ。

彼女はこのまま放っておくか、どうしようか、と考えたのちに……

以前自分も、酔っぱらって寝落ちした時、この人に面倒を見てもらった事を、思い出した。

恩は返さなければならない。

絃は理由が出来たため、腕まくりをして、霧島の家の中に足を踏み入れた。

踏み入れた途端に感じた事は一つ。

「昔の大鷺の魔窟……に似てる?」

兄の実家の部屋をどことなく、ほうふつとさせるような、空間だという事だった。

狭い部屋だ。絃が住んでいたアパートよりも狭い中に、彼の趣味なのかカメラや写真集、どこが中心かわからない世界地図、壁に魔除けらしき大掛かりな物、などが目いっぱいに詰め込まれている。棚には雑多な本が、どういう基準かわからないが詰め込まれ、部屋の一角には、暗い色合いの民族調クッションが詰まれている。位置関係からして、そこは本棚に近いため、きっとそこでくつろぎながら本を読むのだ。床に直置きされている本と何かの解剖図と、何かの基盤。これで床面積がある事に、感動を覚える住居だ。

せまくていろいろな物を、ぎゅっと閉じ込めたようなここは、まさに秘密基地と言っていいだろう。

霧島は以前、旅行が趣味だったと言っていたので、こう言った多国籍な物が散らばるのも、納得してしまう。

そんな中、一度は憧れる、人がダメになると評判のベッドの寝台部分には、カーテンが引かれている。

繭、という表現が似合いそうな囲われ方だった。

そこに霧島の、人に対する時の線引きが見えたような気がして、絃はここに彼を放り込むか悩んだ。

そこに触れていいのか、迷ったのだ。

だがいつまでたっても、決められないのはいけないし、眠れそうな場所はそこしかない。

絃はそこに、スーツの上着を剥した霧島を押し込み、ネクタイも抜き取ってかけてやり、やっても問題のない世話だけを行った。

そして背広の中に入ってきた鍵を使い、部屋を出て、ドアポストの中に鍵を入れておいた。

その事はきちんとメモ書きとして、小さな冷蔵庫のホワイトボードに書いておいたため、霧島が鍵を探して大変な事にはならないだろう。

「男の人って皆、冒険心にあふれているんだろうか……?」

帰る道のなか、絃は霧島と大鷺の部屋が似ている事から、そんな事を思ってしまっていた。


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