撃沈する姿ふたつ
「水島さんのざる具合がすごすぎて、どうして滅多な事じゃ社内合コンに出席しないのかを知ったわ……もういや、これだけ度数の高そうなのざんざか水みたいに飲む人、だめだわいろいろ……」
絃はだろうな、と苦笑いをした。もっとも以前までは普通に彼氏がいたというのも理由だったが。
この状況で小曽戸が言うのはよくわかる。
今だ回収されていないグラスのウイスキーなど。
もはやツッコミが必要な状態だが、絃は小曽戸相手にとりつくろう理由もないし、彼女にこれで敵意を持たれる事もなさそうだと判断していたのだ。
男性ならば幻滅するだろうが、幻滅する男性相手に恋愛をする予定がないので、問題ない。
ちょっといい雰囲気の洋風居酒屋、それが小曽戸が案内してくれた場所なのだが、そこでおつまみもそこそこに酒をじゃんじゃん頼みだした絃とは対照的に、小曽戸は女の子らしくこまこまとした物を頼んでいた。
「自宅以外でこんなにばかすか飲むの、私もずいぶんと久しぶりですよ」
「友達と飲んだりしないの」
「飲む様な友達があんまりいないんですよね」
あの小料理店では、酒よりも料理の方を胃袋に収めたいのだし。
今度小曽戸が和食が好きなら、案内してもいいかもしれないとこっそり思う。
小曽戸は話せば話すだけいい女性で、かわいらしくてなんだか、そうだよなと思うのだ。
恋する乙女はいつでもきれいだというのは、ある意味真の事なのだと絃は心底実感したりもするわけである。
「そうだ水島さん」
「はい?」
「霧島次長とどれくらい仲がいいのかしら」
「どうしてそう思うんですか」
「なんとなく、視線の感じから」
「え?」
「気付かなかったと思っているの? 一宮様に連れていかれる時に、霧島次長が一瞬だけあなたを確認したのよ」
「え、気付きませんでした」
見ていたのか、と思うと驚く。あの状況の中で視線をやられた事に気付けというのも、絃には無理な話だったのだが。
「取り合えず、あの視線の向け方だけで私はわかったわね、水島さんと霧島次長がかなり親しい間柄だって!」
自分より飲んでいないけれども、これは酔っ払いなのではないか、と絃は内心で心配した。
思わず彼女の顔色など、いくつかの事を確認してしまった絃だ。
「でもそう言うのが問題なんじゃなくてね、たしかに水島さんが言えないのもわかる気はするんだけれどね、私次長が好きだって言っているから言えないと思うんだけれどね」
「落ち着いてしゃべりましょうよ」
絃はとりあえず水をいっぱい差し出した。
一口水を飲んで息を吐きだした小曽戸が、続ける。
「水島さんの料理がそんなに胃袋を掴むものだと思うと……解せぬ」
理解の出来る言葉で言ってもらえないだろうか、いまいちわからない。
しかし黙っていれば、小曽戸がまた何かを言おうとして。
「次長?」
と呟いた。
「え、霧島さんいるんですか」
絃も小曽戸の言葉で振り返る。
するとそこでは、バーカウンターに突っ伏す見覚えのある男性と、隣でおろおろとしている一宮令嬢がいたわけだ。
「兄さん、まさかこんなに下戸だったなんて……ごめんなさい、一度も飲んでいる姿を見た事が無かったのは、こう言う事情だったのね、兄さん、誰か迎えをよこすからまだ眠ってはだめよ」
「……」
「霧島次長!」
小曽戸が立ち上がってそちらにかけて行く。
絃はとりあえずお会計のために、清算を済ませてからその後を追った。
「あ、小曽戸さんに水島さん。ごめんなさい、兄さんが沈没してしまって」
「いったい、このお酒に無駄に弱い人にどれだけ飲ませたんです……」
絃が呟けば、一宮令嬢が言う。
「本当にすこしだったのだけれど……テキーラはいけなかったかしら」
「度数高いですよね」
「あと、霧島さんは料理を口にしていますか?」
「いえ、ほとんど手を付けてません」
絃はそこから、すきっ腹にアルコールを流すと酔いが一気に回るというあれを思い出した。
その後に、おろおろする一宮令嬢、どうすればいいかわからない小曽戸に言う。
「ちょっと見てみます、場所を開けてください」
「水島さん大丈夫なの」
「どこまで酔っぱらって問題なのかくらいは、分かりますからね、経験値で」
「経験値……水島さん酔っぱらわなそうなのに」
「酔っ払いの看病の経験値の話ですよ。……よし、まだ意識は少しある」
絃が手を伸ばして状態を確認するさなか、霧島の腕が伸びたのだ。
「……みずしまが、いる……」
ぼうっとした瞳は開いており、薄く涙がかかって色っぽい。
そしてゆるりと、理性が解放状態になっている男は笑いかけたのだ。
大変な破壊力で。
「みずしまー。なにがかなしくて親戚の女の子がひどい目に遭っているのをみなければならなかったんだきょうは」
「お話は後でちゃんと聞きますから、取りあえずお店の迷惑にならないように外に出ましょうねー」
霧島相手だがこれはもはや、手慣れた酔っ払いの扱い状態でいいと絃は判断した。
そしてほかの女性たちにはできないであろう、彼の肩に腕を回して肩を貸す、という慎重さが少ない人間しかできない事を行った。
「一宮様、お会計を」
「え。ええ」
絃の流れるような動きに目を見張っていた彼女が、清算を済ませる。
その間に絃は、携帯でタクシーを呼ぼうとした。
しかしその腕を霧島が止めた。
「この状態で……車に乗ったら吐く」
「ですよねわかりますそれ、兄貴がたまにやらかしますから。おうちはどちらで、出来る限り送りますよ」
「頼れるなおまえ……」
もうほとんど眠りそうな霧島がまた、絃にだけ笑いかけた。
「おまえみたいなしっかりした相手、滅多にいなくて助かる」
それだけ言うと霧島の体が、ずしりと重くなる。
眠ると人間の体から力は抜ける、その一歩手前の段階だと判断し、絃は明日は筋肉痛と思いつつ、、小曽戸と一宮に言う。
「すみません、この人送りますね。一宮様はこの人の自宅を知っていますか?」
「兄さんはしょっちゅう隠れ場所を変えるから……今はどこをメインに使っているのかしら……」
「隠れ場所なんてあるんですか」
「兄さん、ストーカー被害片手だけでは足りないから、隠れ場所として第四の家まではあったはず」
当てにならないと絃は判断し、霧島を揺さぶった。
「次長、次長、霧島さん、お家はどこです、住所を」
「……あー、これだ」
霧島はとても眠たげな声で住所を呟く。
しかしまともではないので、マンションの名前と部屋番号くらいしか言わないまま、落ちかけている。
「世話が焼けますね……」
絃が苦笑いしながら、そのマンションをスマホで探し当てる。
「ここから割と近い、というか……」
私のすむ事になったマンションの近くだ、と絃は思いながら小曽戸に謝った。
「すみません、小曽戸さんの方がいいかもしれないのに」
「霧島次長を担げないから、あなたでいいの……。それになんだか水島さんと霧島次長の関係が分かった気がする」
変な誤解も恨みもなさそうだ、と判断したため、絃は二人に別れを告げて、足元が危ない霧島に肩をかしつつ歩き始めた。
歩きやすい事で評判の、外用の靴に履き替えておいて正解だと思いながら。




