颯爽とした後ろ姿と当たり前の怒りと
「で? お前、俺の身内のあの子の恋人だったはずだが。あの子はどうした」
会場内はある意味引きつっていた。
それもそのはず、遠目からでも迫力満点の美貌の男が、怒りの空気を前面に押し出していればそうなる。
会社の発表が終わった後、壇上から下りるや否や霧島に捕まった二人の人間を、皆注目していた。
「別れたのか。だが計算が合わないな。妊娠が分かるのは一か月以上前に事に及んだ時、のはずだろう」
片方は早く逃げ出したいと、その意思を前面に押し出しているのだが、それを美貌の男は無視して問いかけている。
迫力が満点過ぎて、誰もうかつに入り込めないのである。
そしてその男から、怒りの感情が可視化できそうなほど漂っていればなおの事だ。
触らぬ神にたたりなし、この場合も例外ではなさそうという空気状態だ。
そしてもっと上の人間たちは、壇上から一度下がり、この会場に戻ってくるまでにやや時間がある。
社長や会長たちは、この後少しだけ今後の確認のために、下がりさらに、跡取り娘に色々と任せた形だったのだろう。
しかしそれが大きく裏目に出る形に、なっている現状であった。
「……ひぃっ」
「たしか一か月前お前は、あの子と町中でデートをしていたな。外回りで見かけたんだが」
「ひ、ひとまちが」
男の指摘を否定しようとする男性、だがその否定を途中で鼻で笑って消し飛ばされる。
男性の婚約者の方はもう、色々呆気に取られているというか、なんというか。
完全に霧島に見とれていた。うっすらと紅潮している頬などからそれらはすぐに察せるわけだが、霧島の言葉が周りにしみ込み始めると同時に、顔色が悪くなり始めたのだ。
当たり前か、まだ成人したての令嬢である。
こんな場面にはふつう遭遇しないので、対処法も何もあったものじゃないに違いない。
「お前の眼鏡はあの子が送った特注品だったはずだ。あの子が俺に相談を持ち掛けてきた。恋人にとっておきの物を送りたい、実用品がいい、と」
霧島が恐ろしい声で笑う。
「その眼鏡だけは見間違いようがないんだが?」
この会場は霧島が制しているような物だった。
誰も止めに入れない。
ちょうどその時だったのだ。絃たちが入ってきたのは。
絃は初めに、なんだこの空気は、と引きつって逃げ出したくなった。自分が関わり合いになりたくない空気満載だったのだ。
「わあ、ド級の修羅場かしら」
小曽戸がどこか目をきらきらとさせて、背伸びをして絃をせっつく。
「水島さん、あなたの身長なら向こうが見えるでしょ、何が起きているのかしら」
「霧島次長が令嬢の婚約者を締め上げそうな勢いで、何か話していますよ、そして婚約者は今にも倒れそうな感じがにじみ出ています」
二人の声を聞き、一宮令嬢が深呼吸をした。
「兄さん!」
今にも男を締め上げようとしていた霧島に、一宮令嬢が駆け寄る。
そして。
「その人なんて、放っておいて構わないわ」
良く通る声で言い放ったのだ。
「もうどうだっていいもの。ねえあなた、妊娠してまで欲しかった人を捨てたりしませんよね? こんな人前で婚約発表してやっぱりなかったなんてそんな、どうしようもないこと」
一宮令嬢は通る声で、面倒を見ていただろう会社令嬢に言う。令嬢は霧島を見て、一宮を見て叫ぶ。
「あなたの差し金ね! 人の幸せを邪魔するなんて最低よ!」
「その言葉そっくりあなたにお返ししますね? それにわたくし、又従兄がどこの会社に勤めているのか、全く知らなかったんですもの。知っていたらこのパーティに入る事くらい、止めて差し上げたわ」
それだけを言い、一宮令嬢は霧島を見て言う。
「兄さん、お怒りはわかりますけれど、もう、十分ですわ。兄さんは人としての仁義は重んじられましたが、この会社の人間としては行ってはいけない事をしていらっしゃいます」
「そんなもの、分かっていない方がおかしいだろうに」
肩をすくめた霧島は、自分がやっている事の問題をしっかりと知っていたのだ。
おそらく、会社を辞めるところまで見通していたに違いない。
この記念パーティをぶち壊すのだ、それ位の覚悟などはあったに違いなかった。
そして霧島を社会的な罪で訴える事は出来ない。
それは霧島側ではない方に、非があることが明らかなのだから。
まさに修羅場であり、会社にとってえらい迷惑な事だ。
しかし元をただせば他人の恋人に手を出して、その他人すら招待した令嬢が阿呆なのである。
「兄さんがここにいるならちょうどよかったですわ。ご相談がありますの。一緒に来てくださいな」
言いながら一宮令嬢が、霧島の腕を掴んで、そのあたりにいた霧島の上司に微笑む。
「兄さんをお借りしますわ」
そして颯爽と出ていく時。
「水島さん、小曽戸さん、また後で」
また後で、があるに違いないという表情をしてして、一宮は去って行った。
残された絃と小曽戸は、足早にやってきた上司たちに問いかけられた。
「いったい入口で何があったんだ!?」
「お前たち、野次馬なのか?」
「いえ、一宮様をご案内しただけです」
小曽戸が悪びれもせずに言い切り、小曽戸の上司はがっくりとうなだれた。
「そうだな……」
「水島、後で経緯を報告書にまとめておけ、何がどうしてこうなった」
「一宮様の事ですよね? 会場内の事の報告は出来ませんので」
「当たり前だ」
課長の言葉にうなずいたのは絃の基本の行動、だった。
性格がよく出ている二人の反応だ。
だが絃は別の意味で、霧島の行方が気になっていた。
本当は追いかけてみたいな、とも思っていたのだ。
一宮令嬢の親戚ならばどうして、ただの次長どまりを選ぶのか。
これからどうするつもりなのか、とか。
友人としていろいろ心配になる、そんな部分があったわけだ。
いかんせん霧島は、友人が本人曰く少ないらしいので、相談相手も少なそうだから余計に、心配なのだ。
更に家が分からなくなった現在、以前のように扉を叩けば……なんてできないのだし。
記念パーティはその後、会長社長、副社長が戻って来るまで非常にいたたまれない空気がかもしだされ、さらに祝福されていたはずの次期社長とその婚約者は軽蔑されたような、白い目で見られ続けていた。
とんでもないパーティに終わった、記念パーティだったのだ……。
受付を完全に終わらせ、報告書を明日プリントアウトすればいい所までまとめた絃は、大きく伸びをした。
「本当に、大変な一日だったわね、お疲れ水島さん」
「お疲れ様です、小曽戸さん」
「ねえねえ、今日どこかに一緒に食べに行かない? 私あなたの料理を見るの全然諦めてないんだから」
「霧島次長がこの会社を去っていく未来があっても?」
「そうよ! それに一度相手にいい印象が残れば、また相手からの連絡とか反応とかがあって、交流が続くかもしれないじゃない」
そこにかけてみるのよ、霧島次長をあきらめるつもり何てないわ、とこぶしを握り締める彼女である。
大したバイタリティだと感心しながら、自分だととてもこう言う風に話らないな、とまた思う。
この明るい前向きな感じを、後ろ向きな自分は見習いたいものである。
「で、水島さん、食べに行くの行かないの」
「……」
絃は少し考えた。
自宅には今間違いなく、大鷺がいるはずだ。
大鷺がいれば騒がしい事は間違いなし、そして家はまだ片付いていない。
招いて何かふるまえればいいと思ったのだが、それも今日は無理そうである。
ならば。
「そうですね、行きましょうか。いい所を知っていますか?」
「知っているわ!」
小曽戸の誘いを受ける事にしたわけだった。




