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当日の衝撃

これまでの業績を記念する、一大パーティ当日。

裏方の裏方の裏であるはずの絃は、ただいま真剣に悩んでいた。自分などがこんな場所にいていいのだろうか、と。

難しい顔をしかけていたが、それは根性で笑顔に変化させたわけである。

というのも、記念パーティの受付嬢が、一人急遽足りなくなり、回せる人員の一人でちょうど、その場で話を聞いていた絃に白羽の矢が立ったのだ。

誰しもが忙しく仕事がある中、絃は当日のみ割と手が空いている裏方だったため。

それもこれも滝田が過労に陥り、本番当日に季節外れのインフルエンザなどにかかってしまったのが理由だ。

季節外れ過ぎる、と思いながらもこの季節にありがちな、食中毒ではなくてよかったと思うのは絃がのんきなのだろうか。

彼女はがんばって、普段よりも大人しめの柔らかい化粧を顔に施し、目立たないけれども、嫌われない程度を目指した。

自分のような見た目の人間が、と思ってもやはり、座っている分身長は気にしなくていいのがありがたかった。

「水島さん、何処かでスポーツしていた?」

こっそりと問いかけてきたのは、小曽戸である。彼女も受付嬢になっていたのだ。

華やかな雰囲気が、滝田などと共通する。営業課が美男美女ぞろいというのは間違いのない事である。

そしてそこの事務を行っている小曽戸も、整った華やかな顔立ちだ。

こう言った場所にとても映える人でもあった。

「いいえ、どうしてですか」

「こんな長い事、ぴしっと隙もなく座っていられるから、なんかこう……迫力があって」

「受付嬢に迫力は必要ないですけれどね……」

「ううん、姿勢が綺麗ってだけでとってもプラスよ?」

小曽戸は霧島の事が無ければ、そこそこ付き合える女性だったようで、絃を仲間のように受け入れてからは気軽に会話を投げかけてくる。

同じ会社の女友達、と思うと少しうれしいのだが、霧島と二人で飲んだ事がある事を知られたらまた、泣かれそうなので秘密にしていた。

「それにしても、会場内に入れる人がうらやましいわ」

中でどんな人々が集まっているのか、と心底羨ましそうに言う彼女に、絃は笑ってこう言った。

「受付嬢がしっかりしていなければ、中の人は安心できませんよ」

大事な人が遅れてきている事に気付きやすいのは、受付嬢でしょう。

一応もっともな指摘だったのか、小曽戸が頷いた。

「そうね。ねえ水島さん。いつになったら料理を見せてもらえるの? アパートの耐久年数があれすぎて引っ越し、っていうのを聞いた後から何も知らないんだけど」

「昨日有休を使ってようやく、引っ越し作業が終わったんですよ。まあ……兄と同居なんですけど」

「え、お兄さんがいるの? 水島さんのお兄さんだからきっとすごいイケメンなんでしょ」

「その根拠はどこから……」

「水島さんは男の人だったら確実に、霧島次長とならぶイケメンな顔だから」

「それって……」

何か間違っていないか、と思う彼女だが、事実大鷺は霧島とは系統の違うイケメンだ。

あれとよく似ていると言われた子供時代を思えば、もしかしたら自分は男のような顔立ちであり、……化粧も綺麗な衣装も似合わない系列なのかもしれなかった。

そんな事を今、考えたくはなかったと苦笑いをしつつ答えを返す。

「まあ、兄は頭の中身の残念さと比例するようにイケメンですよ、ブラコンの様に聞えますけれど」

「うわー、会ってみたいかも」

目をきらきらとさせた小曽戸がいい、写真ないの、と聞いてくる。

だが。

「業務中はだめです。一枚くらいはあったかもしれないので、後でスマホの中身を探してみますね」

意外と話しやすい小曽戸なので、大鷺の写真くらいは見せてもいいかも、と人のいい彼女は思ったわけだった。

「よし、がんばる」

ぐっと手を握り、小曽戸が姿勢を正して出入口を見る。

絃もそれに続き、少し筋を伸ばしてから背筋を、また伸ばした。



常に笑顔を維持するのは大変だ、と絃は小曽戸の笑顔が変わらない事に驚いていた。

総務課で鬼気迫る表情のままデータを打ち込む、そんな事ばかりしている絃とは違うのだろう。

表情筋の使い方をよく、心得ているに違いない。

事実彼女がメインで受付を行い、その補助や身分照合、雑用を絃が行っていた。まさに適材適所である。

そしてお互いの仕事を割り振ってしまった方が、混乱が少なくて助かった。

「あと招待しているひとで来ていないのは誰かしら」

小曽戸が不意に空いた時間に呟く。

「この企業の社長ご令嬢のはずです。早い段階で出席すると伺っていたはずですがたしかに、遅いですね」

絃はデータなどを眺めながら答えた。

それに対しての小曽戸は。

「いやもう、水島さん仕事が早い」

「私なんてとても、ほかの総務課の人々に比べたら、足元にも及びませんからね」

などとのんきに言っていた。絃はデータ上の出席の確認と記入された名簿に間違いがないかを、入念に確認していた。

こう言う物は後で提出するのだから、漏れがないようにきっちりとしておかなければ。

人間相手の対応は、小曽戸がとても上手にやってくれているので、自分は出来る事を最大限やらなければ、と絃はがんばっていたのである。

パーティの後半のあれこれが始まるまで、もう時間があまりない。

あの令嬢が来ないとなれば、一度電話確認だろうか、と小曽戸が連絡先を調べようとし、絃がもう一度名簿の確認のために用紙に指を滑らせたときだった。

「ごめんなさい、遅れてしまって」

一人の女性が現れた。どこかやつれた印象を受けるその女性は、とてもきれいな人だと思う。

「まだ大丈夫ですよ」

小曽戸が柔和な笑みを浮かべ、彼女が記帳するために名簿を差し出す。

差し出された彼女は、それに名前を書き始めた、

そうすると、彼女が来ない来ないと思っていた令嬢だとわかったのだが。

何か変だな、と絃は違和感を覚えた。

この記念パーティに来るにしては妙に……決意が現れているというか。

何かをしようと腹をくくっているような雰囲気、とでもいうのか。

小曽戸は気付いていないが、そんな危ない気配を感じたのだ。

ちょっと出しゃばりだが、と絃は内心で思いながら声をかけた。

「あの、すみません」

「どうしました、何か記入に問題が?」

令嬢が首を傾げたその時、絃は彼女の鞄の隅からちらりと見えたものに、自分の勘が当たっていた事を知った。

「そのかばんの中身の刃物を、お預かりしてからでよろしいでしょうか?」

絃の言葉で小曽戸は凍り付き、令嬢の相手ができるのは彼女のみとなる。

令嬢は刃物の所持を見抜かれた事で、かなり動揺しているようだった。

出鼻をくじかれたとでもいうのか。

「……」

絃はじっと彼女を見つめ、警備員を呼ぶべきか否か、と一瞬考えた後、警備員を呼んで大ごとにする前に、少し相手が冷静になるようにしなければならない、と考えた。

そして。

「一宮すみれ様、少しこちらにおかけしませんか」

と、受付の近くのソファを示し、ほほ笑んだ。

内心ではかなりはらはらとしているが、そんな事を表に出さないで。

そして自分の鞄の中身を確認してからそれを掴み、彼女をそこまで誘導した。

素直についてくるあたりで、彼女もかなり迷い悩んでいる、と判断するのは十分だった。

「後の人たちの事をお願いします」

絃はまだ時が止まっている小曽戸に、小さく言っておく。

小曽戸は緊張した顔になる物の、頷いた。




「一宮様、取りあえずどうぞ。受付なので、出来立てのお茶などをお出しできなくて心苦しいのですが」

絃は紙のコップに、コップで飲む形のマイボトルから、お茶を注いだ。

ちなみに大鷺直伝なので、味に間違いはないものである。

「……」

思う事があっても、一宮令嬢はそれを受け取り、一口飲んだ。

「おいしい……」

抽出したのち、人が飲みやすい適温まで温度を下げてからボトルに入れた手間が、ここで発揮されていた。

「……私は一宮様のご事情は何も分かりませんが……このような時に、刃物を持ち出してはならない事くらいは、分かりますよ。その刃物で一体何を決意していらっしゃったのですか」

落ち着いた声と表情で、絃は問いかけた。

多分刃傷沙汰、と思いながらも口にも出さない。

「今日、婚約が決定してしまったら」

ぽつり、と一宮令嬢が言う。婚約が決定、という事はこの記念パーティでうちの会社の令嬢と、何処かのグループの御曹司が婚約する事に間違いないだろう。

「わたくしが、あの人に尽くしてきた三年間は一体、なんだったのかしら、と思ったの」

「あの人」

「この会社の令嬢」

皮肉気に唇を吊り上げた一宮令嬢である。

彼女が言う。

「あの人に、恋人を寝取られるなんて思わなかったから、あの人に紹介したのに」

「あの、着かぬことを伺いますが、尽くしてきたとは」

「あの人、実家に帰りたくないからと言って、わたくしの一人暮らしのアパートに暮らしていたの。それは構わなかったの。世間を知るために一人暮らしを始めたのだもの。普通の新卒の社会人は、二人暮らしをするのも大変って分かって勉強になったわ」

つまりこの会社の令嬢は、家に転がり込んで生活費は入れなかったのか、と絃は判断した。

噂ではろくでもないろくでもないと思っていた矢先だったが、まさかここまでとは。

会社の跡取りなので、変な男に引っかからないように、いい結婚相手を引っ張って来るらしいという噂も聞いていたが。

まさか取引先の令嬢の恋人とは。

泥沼過ぎてなんとも言えない絃である。

「……あの人の理想とはかけ離れている人だから、大丈夫、捕られたりしないと思って油断していたら」

ぼろりと涙がこぼれた彼女に、そっとティッシュを差し出す。

こう言う現場には、いいティッシュがあってありがたい。

「妊娠したから、別れてほしいって……そんなのって……」

ぼろぼろと泣き出す彼女は、二人の人間に一度に裏切られたから、とても心が苦しくなってたまらないのだ。

絃はまたお茶のお代わりを差し出した。

こういう時、大鷺ならそうするからだ。

哀しくてもお腹は減るし、喉は乾く、だから飲み食いしなきゃいけないと明言する、あの男は。

「……だから」

長い沈黙の後、彼女が口を開く。

「わたくしのささやかな幸せをめちゃくちゃにしたのだから、あの人たちの幸せだってめちゃくちゃにしなきゃ、気が済まないと思って乗り込んだのに、あなたに見破られてしまったわ」

絃は黙っていたものの、内心ではすさまじく怒っていた。

絃は乗り越えたものの、恋人を奪われたのはつい最近の事なのだ。

そしてこの一宮令嬢がとてもまともで、普通の感性の人間であるがゆえに、それを裏切りめちゃくちゃにした連中が許せなくなったわけだ。

「一宮様。あの、こう言うのはたきつける様で申し訳ないのですが」

大ごとにしてはいけない、と分かっていながらも、絃は笑顔で言う。

「せめて握りこぶしにしませんか、刃物はお預かりしますので」

「……え?」

「刃傷沙汰になったら、一宮様をかばってくれる方がいなくなりますので。傷害事件になれば一宮様も大変でしょう。せめて平手打ちか握りこぶしか、というのが妥協点だと思いますよ」

しかしそれでは、パーティが台無しになって会社に泥が塗られるな、と絃は考えた。

会社令嬢も許せないだろうし、男も許せないだろう。

この場合何ならば、この一宮令嬢に瑕がつかないまま、しっぺ返しができるか。

ぐるりと考えた絃は、言う。

しっぺ返しは出来ないだろうが、気分転換の方法はある、と。

「……ごめんなさいね」

一宮令嬢が言う。絃が気遣っているのを感じたのだろう。

そしてお茶をまた一口飲んで、言う。

「このお茶を飲んでいたら、少し心が落ち着きましたわ。……わたくし、やっぱり帰ります。あの人達が何の罰を受ける事もなく幸せになるのを見とどけるなんて、できませんし時間の無駄ですし」

痛いほどの笑顔だ。この人を慰めたいな、と絃は内心で思ってしまった。

単純に慰めたかったのだ。理由はよく分かっていなかったが。

その時だったのだ。

「水島さん、大変!」

小曽戸がパタパタと走ってきたのだ。

「え?」

絃が振り返ると、小曽戸はばたばたと手を振りながらこう言った。

「中で霧島次長が暴れてる! 見に行きましょ!」

「え、あの人が何で!?」

「霧島……?」

小曽戸の言葉で絃は引きつり、一宮令嬢は怪訝な顔をした。

「あの、霧島とは、霧島連山という男性かしら」

「え、ご存知で?」

「わたくしの又従兄なの」

意外なつながり、と驚く以上に、絃も小曽戸も中の事が気になり、しかし一宮令嬢を置いていけないと思ったのだが。

「兄さんがなにかしているならば、親戚として止めなくては。入れてくださいな」

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