おつかいをお願いされました
ラブコメファンタジーものです。
タイトルから考えた小説で…
読んで頂けたら嬉しいです!
「ヒルデガルト、お前初めてのおつかいやってみない?」
「ぶっ飛ばされたいようですね、お兄様」
ふざけたことを宣う魔王に自然と青筋が浮かんだ。怒りとともに愛用の斧を振り上げるとバ…ごほんっ、兄は慌てて付け加える。
「ま、待って!言葉が足りなかった、落ち着いてヒルダ!これは重要な公務なんだ!」
「どういう意味ですか?それは」
まだ愛器は降ろさず、玉座に座る主君を睨む。
くだらないことだったら即刻、叩ききってやろうと。
何せ、今日は久しぶりの母との茶会だったのだ。そのためのドレスを選んでいる途中で魔王である兄、ノアベルトからの召喚があり何事かと来てみればこれである。
ヒルダでなくとも、斧でも鉈でも振り回したくなるだろう。
「…実は我が国の男爵令嬢が何者かに襲われてね。それがマトリカリア王国の仕業じゃないかという噂が立っているんだ」
「マトリカリア王国!?」
マトリカリア王国。
我ら魔族を未だに受け入れていない異端の国。
遥か昔なら魔族は悪魔の一族と忌み嫌われていたが、今はエルフや獣人と同じように理解を示されている。
かの国、マトリカリアを除いては。
そんな国に我が国の貴族が襲われたとあれば、重大な国際問題。最悪、戦争に発展しかねない。
「幸い大事にはならなかったが、流石に国の面子に関わる。あの国なら尚更ね」
たかが男爵令嬢、されど男爵令嬢。
長年冷戦状態の国に害され、何もしないとなれば他国に嘗められる。
「それで私は初めてのおつかいと称して、何をやらされるんですの?」
「物分りがいいね、私の可愛い妹。済まないけどマトリカリア王国を懐柔してくれないか」
「簡単に言ってくれますわね…!」
本当に簡単に言ってくれる。
代々魔王が交渉して不可能だったことに、一代の王女が成し遂げられるはずがない。
「本来は許されないことなんだけどね。無理やり留学をねじ込んだんだ。とりあえず、向こうの王子でも手駒にしちゃえ♪」
「とりあえずで一国の王子を手駒にできますか!!」
言い返してから重々しくため息を吐く。
確かに探るには留学が一番だろう。疑わしいというだけで戦争はできないし、かといって何もしないわけにもいかない。
だから懐柔。
今まで敵国だったものにそのようなことをされれば、この上ない屈辱になる。
それにできたらできたで、長い間いがみ合ってきた二つの国が落ち着く。
最善の方法だ。さすがは魔王。ヘタレでも王の器か。
「ヒルダ?なんかお兄様に失礼なこと考えてない?」
「あらそんなこと微塵も、欠片も、考えておりませんわ。それより」
「いや、考えてたよね。てゆうかそれよりって」
「先ほど陛下がおっしゃていた通り、とてもじゃないほど重要な公務だったわけですが、人選は本当に私でよろしいんですか?」
お兄様ではなく、陛下とあえて言った。
王の言うおつかいの利点はあくまで、できればの話だ。できなければ戦争以上の損害を負うことになる。
故にこれは賭けだ。それも一世一代の。
国のすべてがヒルダの肩にかかっていると言ってもいい。
王族ゆえ覚悟していたことではあるが、いくら何でも最難関の問題に挑ませることないじゃないか。
ヘタレのくせに鬼畜か。ヘタレのくせに。
「やっぱり失礼なこと考えてるよね」
「いえ、そんな」
わざとらしくそっぽを向く。
あら、宰相のエッカルトが笑いを堪えているわ。いいのよ、笑って。
なんて現実逃避してみるが、それを許してくれる状況てなくて。
「はぁ、人選の話だったね。ーーーああ、私はヒルデガルトにこれを成すことができると確信している」
息を呑んだ。まさかここまで言い切られるとは。
いつも美形なのに情けないところがある、兄の毅然とした王の顔。
兄のこんな精悍な表情を見たのはいつ以来だったか。
王の就任式、その前は…あれ?かっこいい表情見たことあったっけ?
思い出せない。
いやそんなはずは。
いくら初恋の女性に五十年前の「初めまして」の一言しか未だに話したことがないヘタレの兄でもさすがに。
「ねぇ、やっぱり失礼なこと「考えてません」
ともかくこれは王命で、自分は臣下だ。覚悟を決めてやるしかあるまい。
「拝命、しかと承りました。微力ながら精一杯務めさせていただきます」
やってやろうじゃないか。背に腹は変えられない。
「よろしく頼むよ」
少し辛そうに気弱で優しい兄が笑った。
まだまだ、主人公のヒルダちゃんはマトリカリアへは向かいません。
次回は一緒に敵国に行く執事が出てきます!