閑話2 過去語り1 〜 地の文:彼がハグ好きになった訳 〜
短編とおなじでごんす
家に戻る≠家に帰る
オレには父親と母親、姉と妹(同い年、よく似た顔。多分オレの双子)がいた。
オレの物心がついたのはどれくらいだったのか……なんとなく他の子よりも早かっただろうと思う。必要に迫られていたからだろう。
当時はよくわからなかったが、それはそれはひどい扱いを受けていた。父親はロクデモナイヤツで、酒に溺れて平気で母親や姉にも暴力を振るっていた。
だがオレへの暴力はもっと容赦がなかったように思う、血が出て骨が折れては当たり前の日々だったし、母親と姉はそれを止めず、むしろそれが当然だという顔をしていた。
むしろ妹が浮かべていた悲痛な表情の方が逆に浮いていたくらいだった。
母親はよくオレの食事を忘れていた、というより妹がたびたびそれを指摘しなければオレに食事与えなかったのではないか?
イヤそうな心底メンドウそうな顔をした食事も他のより少なく味が悪く冷めていた。味のことを知っているのは妹が分けてくれたからだ、その時の心の底から済まなそうな表情が心に残っている。
それでも足りないので、外に出て雑草や木の実、虫、それすらないときは土や砂で飢えを誤魔化していた。
当時は毎日のように涙して泣いていた、妹があやしたり抱き締めたりして泣き止むまでよく一緒にいてくれた。悲しみや怒りに痛みにも慣れてしまうのか日を追うごとにそれらの感覚が薄れていって、泣かなくなった。
正直、妹がいなければそれに慣れるまで耐えられなかっただろう。
姉は特に何もしなかったが、とことん無視されいないものとして扱われた、いや母親も関わる理由がなければ同じようなものだった。当時は構ってもらえないことがヒドく悲しかった。ふつうに接する妹だけが救いだった。もう悲しくは感じないが。
その妹もずっと一緒にいたわけではなかった。妹は病弱のようでよく布団にこもっていたし家族に付き添われていた、そうでなくても俺は邪険に扱わらていたが末の子は可愛がられるものであるし、オレは外に放り出されて鍵を閉められた。寒い。
そんなある日、外に放り出されてオレだが、当然のようにトモダチはおろか知り合いだっていなかったので、あてどもなく彷徨うしかなかった。そんなところにクルマが急にツッコンできてオレは轢かれてしまった。
人通りの多い場所だったはずなのに、当時は5歳にもならなかったオレが大怪我で倒れて入りにもかかわらず、汚物でも捨てられているかのような顔で遠巻きにされていた。
そのまま放置されたら死んでいたかもしれないし(というかよく幼児が即死しなかったものである)、そうでなくでも人間不信に陥って世界を憎んでいたかもしれない。
だがそうはならず、一人の女の人が何もしない周囲に文句を言いながらオレに近づき、心得があったのか応急処置をして家に連れ帰って、本格的な治療をして看病してくれた。あとで知った話だが、誰も救急車は呼んでおらず、通報もなく、ひき逃げ犯も捕まらなかったらしい。彼女がいなかったらホントに死んでたと思う。
彼女は満月 輝夜といい、医者らしい。本業は薬師と言っていたが、多分薬剤師のことだろう。
白髪ロングでうさみみのきれーなおねーさんは初めて見た。
と、そう言ったら、おねーさんがすごい目でオレを見た。にらめっこかな?
と思って、ジーっと見つめ合っていたら、ガックリうなだれて、何この子──が効かないとか、ボソボソ言ってた、よくわからないけどお薬のことかな? 気にしないで寝てなさい、と頭を撫でられた。すぐ寝た。
体が治るまでおねーさん……先生の家に泊まり、先生は帰る必要はない、ここに居なさいと抱きしめながら言ってくれたが(あたたかかった)、まあ家には妹があったので気持ちはとても嬉しかったが(やわらかかった)。家に戻った(う〜ん、でかい)。おっぱいでかかった。
家に戻ると父親に殴られた、母親に罵られたし、姉は無関心だった、妹は泣きながら抱きついていた(妹の方があたたかいな)。やはり妹はオアシスだった(ぜんたいてきにぷにぷにだな)。その後、妹を泣かせからと父親に蹴り飛ばされたし、母親に怒鳴られたし、姉は睨みつけられた、妹は愛されてるな。妹はさらに泣いた(う〜ん?)。ちなみに妹はなかった。妹にも殴られた。きみにもみらいがあるさ。
もう悲しみも怒りも感じない、他の感情も薄れてきていた。痛みも苦しみもなくなったわけではないがそれに対してなんとも思わなくなっていた。
ある日、家に戻るとと誰もいなかった。と思ったら後ろから殴られて気を失った。
目覚めると、草木が生い茂っている場所、どこかの山の中にいて、あおむけで父親に首を絞められていた。呼吸が妨げられ煩わしい、動きが阻害されてうざったい。そんな感情もどんどんと慣れて薄れていく。
父親は訳のわからない言葉を乱発していたが、拾い集めて要約すると、母親が姉と妹を連れて出て言ったらしい。ふーん、まあ妹が幸せになれればいいかな? くらいの感想しか出てこなかった。
その話を途中何度か殴られながら聴き終えると、で? て目を向けると、父親は一瞬言葉がつまり、すごい形相で殺す殺すと首にかかった手に体重をかけて力を強めてきた。オレは手元にあった手頃な石を掴んで父親の頭を殴った、父親は一発殴っただけで血を流して倒れ伏した。俺に倒れられたので動けなくて、オレも気を失った。生に未練があったとは自分でも驚きだった。
次に目を覚ますと花畑だった。周りに手のひらくらいの小さな女の子達が飛び回っていた。虫みたいな羽が背中についてる?
こども〜、こども〜、おさなご〜、みなしご〜、とはしゃいでいた……気がする。みなしごじゃない……父親が生きていればな。
明らかに人間でないし、そもそも言葉がわからないが、まあフィーリングでなんとかなる。みんな目を細めて目尻を下げ口の端を横に広がる妙な表情をしていた。なんとなく悪い気分ではなかったので警戒はしなかった。ピリピリする感じがないのは死んでしまったからか? そんな感じはしない。身体がズキズキしないので、それも違和感。でもお腹は空いてる、生きてる。そういうあの世とかじゃなければ。
腹が鳴った、なになに〜? なんのおと〜? 俺の周りを羽付き小人さんたちが飛び回る。俺はお腹に手を添えるしぐさで示す。おなかいたいの〜? 首を振る。おなかすいたんだよね〜、首肯。言うまでもないが言葉はわからない、ニュアンスをフィーリングでインスパイアしてるだけだ。いやインスパイアは違うかな、うん。
待ってて〜、待ってて〜、おさなご〜、みなしご〜、わたしはりょうりと〜ば〜ん、えさがかり〜、あ〜じゃ〜わたしもえさがかり〜、おさなごのかりのえものをもってくる〜、みなしごのせいかをとってくる〜、たべやすくしてもってくる〜、おおものかったね〜、おさなごだいきんぼし〜、みなしごじゃいあんときりんぐ〜、かわはぎ〜、わたぬき〜、えだにく〜、ほねぬき〜、ばらばら〜、あとはてきと〜「さいごはまでやれ〜」うけたまり〜、かしこまり〜、まぶす〜、やく〜、かける〜、もりつけ〜? そのまま〜! じゃ〜おわり〜、たべろ〜、くえ〜。
そんな感じのことを考えるな感じろしてどうにか聞き取るというか読み取る。ちなみにカッコつきはオレの言葉、フィーリングで発したがどう喋ったのかは自分でもよくわからない。
小人たちが何をしていたかは知らない。だってオレの全身にはりついてたんだもん。こいつらどんだけいるんだ? 張り付く時、めだ〜、みみだ〜、はなだ〜、とか、はらだ〜、せなかだ〜、あしだ〜、とか、言ってた?
いきなり口に何か(たぶん肉)が突っ込まれ食べさせられた。食わす時いえ〜いわたしはえんりょ〜、よ〜せ〜はにくたべな〜い、とかいってたような、言葉わからんけど。こいつら何食って生きてるんだろ、肉けっこーうまい。肉なんて食べたのはいつ以来か? 食った時、ほんと〜にたべてしまったの〜? みなしごにくくいなんだな〜、わたしはたべないで〜、とか言っていた。ような?
しばらくひな鳥してたら口に肉が入ってこなくなった、打ち止め? でもたくさん食わされた、こんなに食べたのは初めてだが、それでもまだ入りそう。満腹を知りたい。はりつくこびとがさらにふえた、そうだこいつら“えさがかり”だ。なんかぷるぷるしてる、たべないよ?
それにしてもこいつらのからだがぽかぽかしててやわらかくてほっとする。妹や先生を思い出した。泣いた。オレに涙が残ってたのかと驚きながら大声で泣いた。泣き疲れて寝た。こんなに安らかに眠れたのは……。
起きるとあおむけで頭になにかやらかくてあたたかいものがしかれている。目を開けると暗い、なにかが視界をさえぎっている。
それを見ていると、おさなごおきた〜、みなしごきしょ〜、おおぐらい〜、はらぺこ〜、とさわがしくなった。こいつらの言っていることが大体わかるようになった。気がする。
「オレサマオマエマルカジリ〜」
発声練習、内容は特に意味はない。
きゃ〜! おたすけ〜! たべられちゃう〜! わたしおいしくな〜い! と、大騒ぎだったが気にしない。
言葉わからないからなに言ってるのかわからないなー?