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第一話

「なぜ貴様らのような野蛮人が私の通る道で頭を下げずに不遜な態度で道をふさいでいるのだ‼」


 デブレルト・フォン・バッハムは怒鳴る。


 彼の父が治めるベイガスという名の領地。その中心地に栄えるベイティという街の大通りで彼は叫ぶ。


 横幅の広い石畳の道のわきでは領民がみなデブレルトの怒りを買わないように膝をつき平伏している。貴族であり領主の息子でもあるデブレルトに逆らえばどんな目にあわされるかわからない。過去にデブレルトに歯向かったものは、あるものは鞭で打たれ、あるものは重税を課せられたという。領民たちは生活のために、下げたくもない頭を、彼が街へ繰り出すたびに下げなくてはいけない。


 故に、彼が道を通るときは、彼とその執事であるセバスチャン以外にその道に立つ者はいない。だが、今日は違ったのだ。


「早くどかんか!」


 デブレルトは顔を真っ赤にして叫ぶ。唾を飛ばし、口角に白い泡を蓄えている。


 平民たちはただその場を離れる方法だけを考えていた。デブレルトの怒りが自身に飛び火することを恐れているのだ。皆、怒りなり恐怖なり、何かしらの感情をデブレルトに対してい抱いていなかった。


 だが、その目前に立つ青年は少しも動じない。その瞳はデブレルトに向けられているがどこか遠くを見ているようにすらうかがえる。


「……うるせえよ、クソデブ」


 青年は言ってのけた。平民たちがいくらデブレルトのことをにくく思っていても、言えなかったことをあっさりと口にして見せたのだ。


「なっ! 貴様、誰に向かってその口をきいているのかわかっているのか!?」


 思わぬ反撃にあいデブレルトはうろたえる。普段、誰も反論してこないために、いざ歯向かわれたとき彼は言葉足らずになる。だが、それだけに彼を怒らせてはならない。口論で勝てないとわかるや否や彼は権利を行使しようとするに決まっているのだから。


「うるせえな、デブ。耳の奥まで脂肪が詰まってんじゃねえのか?」


 青年は再度禁句を口にした。


 でっぷりと突き出した腹に、肉の付いた下あご。デブレルトはひどく太っていた。しかも、戦時中であるこの時分においてだ。


「っ貴様! もう許さんぞ! セバスチャン、鞭をよこせ!」


 デブレルトは執事のセバスチャンに指示を出す。


「申し訳ありません、坊ちゃん。あいにく今は鞭を持っておりませんゆえ」


 何てタイミングの悪いと周囲の平民は皆内心で嘆いた。青年が鞭で打たれさえすればそれでこの場は丸く済んだかもしれないのに。執事が鞭さえ持っていれば自分に飛び火することはなかっただろうに。同時にこれから執事もひどい目にあわされることを想像し、彼に同情した。


 だが、意外なことにデブレルトはあっさり引いた。


「ふんっ、ならば仕方がない。今回は許してやろう。次からは私が道を行くときはあのように平伏せ」


 道のわきで膝をつく領民らを指さし、続けた。


「お前らのような、野蛮で、能のない愚民どもが私の前に立つなどこの世の理に反するからな」


 デブレルトのその不遜な言葉に、民らは奥歯をかみしめ、必死に怒りをこらえる。地面につく手を握り締める。手の平の砂利が指の隙間からこぼれた。一方的にいわれのない文句をつけられても逆らうわけにはいかない。たとえ、実際には領民たちの生活が貴族の生活を支えているとしても、歯向かえば勝ち目はないのだ。


「馬鹿言ってんじゃねえよ」


 彼にしては珍しく身を引いたデブレルト。だが、青年は折れなかった。


「っなに!?」


 デブレルトは、青年の不遜な態度に目を見張った。驚きのあまり身を震わせる。腹と下あごの脂肪もそれに連動して震えた。そして、彼はソーセージのような腕を伸ばし青年をとらえようとする。だが、デブレルトの腕は空を切った。


「それじゃあな、デブ」


 青年はひらりとデブレルトの腕を避けると、そのまま駆けていった。その足は速く太ったデブレルトでは到底追いつくこともできない。彼は数十メートル青年を追いかけたのち、膝に手をつき、肩を上下させる。


「はぁ、はぁ、ゆ、ゆるさんぞ。あの愚民め!」


 そういって路傍につまれた木箱を蹴り上げる。


「いっ!」


 そして、つま先を抑え、痛みに耐えかねてはねる。脂肪の塊はよく揺れた。そんなあまりに決まり悪いかデブレルトの様子を領民たちは口角に笑みを浮かべながら見つめていた。




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