表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ライジン  作者: てんの翔
66/66

終章

 意識を取り戻したときには、もう世界は夜をむかえていた。

 生きている?

 ここは、どこだ?

 シャイは、周囲の様子をさぐった。

「気がついたか」

 梁明リョウメイの声がした。

 どうやら、木の根元で眠っていたようだ。

 焚き火の明るさが届く範囲のことしかうかがい知れないが、どうやらテメトゥースの街からは離れているらしい。家や建物は見当たらない。

「どうして、オレは生きてるんだ?」

 シャイは、上半身を起こしながら言った。

 自分の右手首を見た。

 布が巻かれていたが、その上からでも、出血が止まっていることはわかった。

 そんなはずはない。たしかに動脈を切断したはずだ。

「君の死ぬべきときは、まださき……ということだ」

「リアンは?」

 重いものを吐き出すように、シャイはたずねた。

「もういない」

 梁明の答えは、予想どおりのものだった。

「この人、気がついたんですか?」

 女性の声がした。

 シャイの瞳が、安堵の色に染まった。

「リアン!」

 まちがいない、彼女だ!

 生きているじゃないか……!

 シャイは、歓喜のあまり立ち上がった。

「人が悪いな! 無事なら、そう言ってくれれば……え?」

 言っている途中で、そうじゃないことがわかった。

 そこにいた女性は、莉安だ。

 しかし、莉安ではない。

「あなたは、だれ?」

 莉安が、そう口にした。

「わたし、初めて会うんだけど……」

「どういう、ことなんだ……!?」

「彼女は、莉安ではない」

「莉安、莉安って、さっきから……わたしの名前は、永菜エイナよ。なに言ってるの?」

 莉安が……いや、永菜がそう主張した。

 言われてみれば、顔形も微妙にちがう。

 いや、同じ顔ではあるのだが、あきらかな相違点があるのだ。

 美しさ……。

 永菜という女性も、たしかに美しい。だが莉安の、人の域を超えたような美しさはなかった。

 彼女の美は、あくまでも人間のものだ。

「彼女は、ただの人だ。その彼女に、莉安が……《名砿メイコウ》が、とり憑いていたのだよ」

 梁明の説明が、虚しくシャイの心を素通りしていく。

「ねえ、その話、本当なの? わたしにはよくわからないんだけど……気がついたら、こんな場所にいたのよね」

 永菜は意外なほど、あっけらかんとしている。性格も、莉安とはちがうようだ。

「自らの刀を託すべき者がみつかるまで、彼女は《名砿》だった。そして、託すべき者が現れたいま、彼女はもとに戻ったのだよ」

「……」

「『覇王の刃』の力を使い切ることが、その合図なのだ。君は、使い切った。だから、莉安はもういない……」

 梁明は、木の幹に立てかけてあった《雷塵》に視線をおくった。

 シャイは、その刀を手に取った。

 莉安の生命力が弱っていったのは、そういうことだったのか……。

「もうその刀は、ただ刀だ。神がかり的なことは、もうおこらない」

 シャイは、わずかだけ刀身を抜いた。

 焚き火の色に染められた自分の顔が反射していた。

 無意識だったが、気づいた。柄を握っていたのは、右腕だ。

「そんなものに頼らなくても、もう君は一人でやっていける」

 梁明の声を耳にしながら、刃を鞘のなかに戻す。

「次に《名砿》がこの世に降りるのは、何百年後か、何千年後か……そのときになれば、まただれかのなかで目覚めるのだ。男かもしれない。少女かもしれない。老人かもわからない……そのときが来なければ」

「本当に、人間じゃなかったのか……」

「そういうことだ」

 と、そこに二人の気配が――。

「あ、シャイさん!」

 どこに行っていたのか、ファーレイと王牙オウガだった。

「追手はいないようです」

 王牙が、梁明に報告した。

「ほかのみんなは?」

 シャイは問いかけた。サーディや、ミリカのことも心配だった。

「みな散り散りになってしまった。街から脱出するので、精一杯だったからね」

「そうか……」

「心配はないだろう。強者がそろっているのだから」

「ん?」

 そこまで会話が進んだところで、もう一人、この場にいることを知った。

「この子は?」

 見知らぬ少女だった。

 いや、知っている。

 アザラックとの闘いのさなかに見ているような気がする……。

 ハン民族の少女だった。

 少女は、梁明の後ろに隠れるようにして、シャイのことをうかがっていた。

「ラリュースの妹さんらしいですよ、義理のですが」

 答えたのは、ファーレイだった。

「これから君は、どうする?」

 梁明からそう問われたが、シャイに考えはなかった。

「あんたたちは?」

「私は、もう一度、瀏斑に戻る。こうなってしまった以上、世界は乱れる。私にどこまでできるかわからないが、少しでもまともな世の中に変えていきたい」

 それはつまり、梁明が歴史の表舞台に立つということを意味していた。

 無論、王牙もそれに従うだろう。

「あ、わたしも帰りますよ!」

《名砿》の呪縛から解き放たれた永菜が訴えかけるように言った。

 自分の国に帰りたいと願うのは、当然のことだ。シャイにも彼女の気持ちは理解できる。が、同時に、莉安はもういないんだと、心の奥がしめつけられた。

「じゃあ、オレは、オレの故郷に……オザグーンに戻ってみるか」

 さまようように、シャイはつぶやいた。

「ボクは、シャイさんについていきます」

 聞いてもいないのに、ファーレイが明るい声で宣言した。

「一〇七のなんとかは、いいのか?」

「シャイさんと旅していれば、それもみつかるかもしれません」

 シャイは、ため息をついた。

 拒否するつもりはないが、また厄介事に巻き込まれそうだ。

「あの……」

 か細い声が、そのとき流れた。

 ファーレイの妹だ。

「わたしも……いっしょに行きたい」

 少女とシャイの眼が合った。

「家族はどうする?」

 シャイの問いに、少女は答えない。

「いいんじゃないですか? テメトゥースは占領されちゃったし、お父さんのゴルバ・ウィルドや、ラリュースも、どうしているかわかりません。彼女を一人にするわけにもいかないでしょう?」

 ファーレイが、かわりに発言する。

「いっしょに、行くか?」

 あらためて、少女に確認した。

 少女は、瞳を輝かせてうなずいた。

「名前は?」

「レノン」

 ──これが、二人の運命的な出会いだった。



 翌朝、一行は日の出とともに出発することになった。

 シャイの怪我も、思いのほか悪くはなかった。まだ長距離は無理だが、少しずつの移動なら問題ないだろう。こちらには少女もいるし、ちょうどいいかもしれない。

 梁明たちとは、見晴らしのいい平原で別れた。

天鼬テンユウ、このさき世界は、必ず君を必要とする。いずれ、表舞台で再びあいまみえることになるだろう。そのときまで、精進を忘れるな、わが弟子よ」

 こうして、梁明と王牙は、永菜をつれて瀏斑へ――。

 シャイとファーレイは、レノンをつれてオザグーンへ――。


       *  *  *


 それはまだ、夜が明けるまえのこと――。

 三人の影が闇夜に溶けていた。

 八嵐衆――。

 蝶碧チョウヘキ

 菠鵜ハテイ

 猛群モウグン

 生き残った藍鳳ランホウ隊の三人だ。

「これでよかったのだな、蝶碧?」

「はい。《名砿》と『覇王の刃』のこと、梁明や孔仁コウジン老も、すべて把握はしていなかったようです」

「本当に、手に入るのか?」

「ぬかりありません。《名砿》をよみがえらせる方法があるのです」

「邪魔だった鵺蒼ヤソウも死んだ。あとは『覇王の刃』を掌中におさめるだけだ」

「そうなれば、瀏斑はあなたのもの……いえ、その言い方は、鵺蒼のようで嫌ですね。あなたのもとに戻ってくると言ったほうがいいでしょうか」

「そうだ。瀏斑を正しい方向に導かなくてはならん」

「そうです。それができるのは、新しく《藍鳳》となったあなたです。猛群様。いえ、帝室の血を継ぐ正統の帝と呼びましょう」

 蝶碧は、猛群に頭をさげた。

 菠鵜もそれにならう。

「これより、この菠鵜とともに、永遠の忠誠を誓います」


       *  *  *


「まちがいない……」

 旅立ったシャイたち一行を監視する二人組がいた。

 ともに赤い鎧姿の女だ。

紅蘭コウラン様に知らせなければ」

 ついに、みつけた。

 瀏斑の真の帝になるべき、少女――。

 遥琳ヨウリン様を……。


       *  *  *


 のちに出版されることになるディアセシソスの書物には、今回のことが次のように記されている。


 ──この第一回世界大会が、後世の格闘技界にあたえた影響は大きい。残念ながら不測の事態で中止となってしまったが、大変に歴史的価値のある大会といえるだろう。その後の格闘技大会は、すべてこの大会を参考にしたといっても過言ではない。

 記録上、第一回大会の優勝者は、中断となった時点で準決勝を勝利していた《翠虎スイコ》となっている。しかし真の優勝者は、《雷狼リダジャーダ》と呼ばれた闘者ではないだろうか。侵略のさなかにも《白鮫タニュロス》と《雷狼》は闘い続けた。その死闘が、いまも筆者の心から離れることはない。おたがいの存在をかけた最後の打ち合いで、《白鮫》の剣が折れ、彼らだけの闘いは《雷狼》の勝利で幕を閉じた。

 第一回大会を総括するときに浮かぶのは、この言葉しかない。


 雷撃、塵の如し――。


   ファーレイ・ディアセシソス著

         『格闘見聞録』より抜粋――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ