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ライジン  作者: てんの翔
60/66

小鳥の章 4/5

         4


 まわりの雑音は、いまはもう聞こえない。

 ただ眼の前の男と闘っている。

 なぜ闘うのか?

 そんなことすら、忘れている。どうでもいいことだ。闘いたいから闘っている。

 それが悪いか!

〈カキンッ〉

 シャイの放った上段からの打ち込みを、アザラックが受け止めた。

 ナーダでは反則だったが、そんな戒めなど、いまは関係ない。やれるべきすべてのことをぶつけ、むこうのやってくるすべてのことをうけきるだけだ。

 だれにも、どんな闘規マニュにも、邪魔はさせない!

 アザラックが、足元を狙ってきた。これもナーダでは反則だ。

 四年前の闘いでは、おそらくむこうも遠慮してやってこなかった技だ。それとも、わざわざ出さなくても充分に余裕があったのだろうか。

 どちらにしろ、いまはやってきている。

 いいぞ!

 それだけ、むこうも本気になっている証拠だ。

 光栄だ。もう自分は、こいつにとって、取るに足らない『塵』ではないのだ。

 ただの塵ではない!


       *  *  *


 背筋が凍るほどの打ち込みだった。

 少しでも油断していたら、まちがいなくやられていた一撃だ。

 強い!

 四年前など、くらべものにならないほど強大になっている。あのときですら、圧倒されていたのだ。いまの自分に、はたして互角に渡り合える実力が備わっているのだろうか?

 この男は四年間、必死にやってきた。

 ならば、このオレは!?

 左肩が痛い。

 ずっとゾルザードのせいだと疑わなかった古傷。いまこそ、この男を倒すことによって痛みを忘れる。

 消してやる!


       *  *  *


 足への斬り込みを防いだシャイは、掌打を放った。

 剣だけの攻防が続いていたが、ヨシュも瞬時に反応できた。左腕に当てて、威力を殺した。すぐに、シャイが後方に退く。

 ヨシュは左腕を柄に戻して、両手持ちで水平に斬りつけた。

 シャイの胸の防具が裂かれた。体術をいかすために、最小限の軽い防備だった。無くなったとて、それほど戦局には左右されない。

 だが、ほんの一瞬だけ、そのことに気を取られた。

 ハッ、としたときには、ヨシュの左拳が顔面を狙っていた。

 アーノスを苦しめた、あの曲突きだ。

 シャイは頭を沈めて、なんとかかわした。おかしな角度で入ってくる突きだった。事前に見ていなければ、当てられていたかもしれない。

 必殺の一撃を防いだあとには、逆に反撃の好機がくる。

 シャイの右足が跳ね上がった。

 側頭部への回し蹴りだ。

 ヨシュも、大きく頭を沈めてそれを防いだ。同じく、独特の角度がついた変則的な蹴りだ。こちらも一度眼にしていなければ、避けられたかわからない。

 おたがいに、距離を取り直した。

「おお!」

 という声がおこっていた。

 闘技場のどこかから――。

 逃げまどう観客のだれかか……。

 殺戮を繰り返す兵士のだれかか……。

 少しずつ、なにかが変わろうとしていた。




         四


 わたしの耳は、たしかに声を聞いた。

 この試合に感嘆する陶酔の声。見事なまでの激しい攻防に、心奪われた者の、思わず口を出た歓喜の驚き。

 あの人たちの闘いに、感動している者がいる。

 この惨劇のただなかだというのに……。

 わたしのように、自分の世界のなかだけで生きている人間でも、凄まじいほどに熱いものが内部に駆け込んでくる。

 飛び出していきたい。

 外の世界に……。

 籠の外へ。

 ?

 わたしはいま、なんと……?

 籠?

 わたしを籠にとじ込めたのは、お父さまのはず。

『ウィルド家』という堅固な籠に……。

 そうよ!

 外の世界へ、羽ばたくことを邪魔しているのは……わたしをとじ込めているのは、お父さまよ!

 ち、ちがう……!?

 籠は……『ウィルド家』ではないの!?

 籠は……わたしをとじ込める籠は……。

 わたしの……なか!?

 羽ばたくことを拒んでいるのは……わたし?




         5


 その闘いを冷やかにみつめる視線が、三つあった。

 五つの瞳――。

 それまでだれもいなかった闘場の片隅に、三人の姿が出現していた。まるで、存在をわざと知らしめるために、それまで閉ざしていた気配を大きく開放したような……。

 一人は、長刀をたずさえた男。

 一人は、一本の棍を手に持っている。

 残りの一人は、小型の斧を両方の手に握っている隻眼の男。無いであろう片目を眼帯で隠している。だから五つの瞳なのだ。

 いずれも、緑の鎧。

 それはつまり、翠虎スイコ軍『一二の武』を意味する。

「くくく、愚かな」

「無意味な闘いに興じているとは、この世界は平和とみえる」

 皮肉を口にしたのは、長刀と隻眼の男だ。

イチトウ、無益なことに首を突っ込むな」

 もう一人の棍の男が、そんな二人をたしなめる。

「なにを言う、ボウ。われらの意に従わぬ人間を粛清するのだ。悪くはあるまい。それに一人のほうは、例の男ではないか」

 どうやら、そう答えた長刀の男が『一』で、たしなめた棍の男が『亡』、そして隻眼の男が『十』らしい。

「亡、おまえはそこで見ていろ。俺たちがやる」

 十が言った。

 一が、表情に笑みを浮かべる。

 二人がゆっくりと、試合を続けるシャイとヨシュに近づいていく。

「一、おまえが銀髪の男だ。俺は『覇王の刃』を持つ男をやる」

「だが、気をつけろ。あいつはこのまえ、われらの姿をとらえている。油断はするな。どうする、気配を殺すか?」

「そうだな。まぐれだったことを証明してやろう」

 なんと、二人の姿がふいに消えたではないか。

 いや、傍観するはずの亡の姿もない。

 三人が空気にまぎれた。

 しかし、その気配を感ずることさえできれば、一と十が、それぞれヨシュとシャイを狙っていることがわかる。

〈くく、死ね!〉

 二人が同時に、襲いかかろうとした。

「な!?」

 狙われていたのは、逆に自分たちのほうだった。

「だれだか知らんが、邪魔は許さん」

 一の背後に立っていたのは、ゾルザードだ。

「きさま、われらの姿が……」

 十も背を取られていた。

「怪しげな野郎だな!」

 アーノスだ。

「ちょいと、あんたも動かないでおくれよ」

 亡も、動きを封じられていた。いうまでもなく、メーユブの仕業だ。

 空気に輪郭が浮かぶように、三人の身体が常人にも見えるように再び現れた。

「おまえらの相手は、オレたちだ!」

 アーノスが吠える。

「なぜ姿がわかった!?」

「なに言ってんだ? 最初から普通に見えてたぞ」

 アーノスは、不思議そうに答えた。

「ば、馬鹿な! 俺たちは、気を消すことによって、人の眼からも消える! おまえごときに見えるはずがない!」

 その疑問に応じたのは、アーノスでもゾルザードでも、メユーブでもなかった。

「リュウハンにおいて武術家とは、暗殺者という意味合いもあるという。いわば、気配を消すことにその極意がある」

「師匠!」

「おまえたちには、その資格がなかったというだけのこと」

 デイザーだった。

「な、なんだと!?」

「もっとも、アーノスたちの眼をごまかすことができようはずもないがな。達人の技も、達人相手には通用しないものだ。おまたちのようなまがいものでは、とくにな」

「おもしろい! われらがまがいものかどうかを知らしめてやる」

 一には、ゾルザード。

 十には、アノース。

 亡には、メユーブが。

「今度こそ、そこで見ていてくださいよ、もう歳なんですから」

 アーノスは、そう自分の師に軽口をたたいた。デイザーは、フッと一笑しただけだ。

 シャイとヨシュの激闘は、まだ続いている。

 一進一退の攻防。

 そして、その闘いに花を添えるかのように、新たな三つの死闘がはじまった。


       *  *  *


 ここでも、戦局が変わろうとしていた。

 サーディ対、蝶碧チョウヘキ

 天才同士のぶつかり合いは、まさしく互角だった。

《剣神》とあがめられる最強の剣士が左腕一本で攻勢に出たかと思えば、武の宝庫・瀏斑リュウハンにおいても無類の刀術使いだという《美刃ビジン》が、まるで風に身をまかせる草花のごとく、それを受け流してしまう。

 逆に、ひらひらと舞う、まさしく蝶のような、つかみどころのない攻撃に蝶碧が出たかと思えば、それをサーディが予言者のような直感めいた身体さばきで避けていく。

「すげぇな、おい」

「ほんとに……」

 トッリュの驚嘆に、われ知らず、ミリカもつぶやいてしまった。客席のただなかという、闘うには悪環境であるはずのこの場所で、サーディたちは信じられないほど激しく動きまわっている。

 ミリカ、トッリュ、ホルーンの三人と、この蝶碧をつれてきたファーレイの四人が、なかば呆れたように、なかば感心したように、二人の死闘を見守っていた。

「いやぁ、これぞ名勝負!」

 この取り組みを、いわば演出したファーレイの口から、無責任な言動が飛び出した。背中に乗せていた莉安は、いまでは客席の一つに座らせている。眼はあけているが、どこか焦点が合っていない。

「大丈夫ですか、リアンさん」

 ファーレイが声をかけてみるが、やはり応答はない。

「なるほど……やっぱり」

 少年のような容姿を曇らせると、ファーレイは一人納得したような台詞を吐いた。

「サーディ!」

 そのとき、トッリュたちの声が大きくなった。

 見れば、サーディが大攻勢をかけている。

 暴風のような連続攻撃!

 勝負を決めるつもりだ。

 さすがの蝶碧も、美しい「受け」ばかりにこだわっていられなくなった。それまであまり聞こえていなかった耳に障る不快な金属音が発生している。

 左手に握っているだけに、左側──蝶碧からすれば、右側からの攻撃機会が多くなってしまう。サーディは、それを意識的にやった。

 わざと左側だけの攻めに固執した。

 とにかく左側から水平に打ち込んだ。

 キン、キン、キンッ!

 それはとどめのつもりだったのか、最後の一撃があきらかに大振りだった。

 並の人間であったならば、それでも充分、とらえることができたはずだ。だが、相手は藍鳳ランホウの長、鵺蒼ヤソウですら一目置く達人。

 隙が大きすぎた。

 蝶碧は、左から……自らの視点では、右側からの一振りがやって来るまえに、深くサーディに向けて踏み込んだ。

 刃の先端をサーディの喉元に突き立てる!

「!」

 いや、驚愕したのはサーディではない。

 隙をついたはずの蝶碧のほうだ。

 蝶碧の踏み込みを待っていたかのように、サーディは後退する。

 喉元へは届かなかった。

 サーディの剣が、それまでとは逆に振られた。

 つまり、蝶碧の左を攻めた。

 とどめの一撃と思われた大振りは、罠だった。右側からしか打ち込まなかったのも、作戦だ。

 いかに沈着冷静な眼と思考をもっている蝶碧でも、見抜けなかった。完全にサーディの力をみくびっていた。

 右腕が使えないことも油断の一つだ。

 蝶碧一生の不覚!

「勝ちだっ!」

 サーディの叫びが轟いた。

 しかし、サーディもまた、蝶碧の力を侮っていた。

 蝶碧の身体が消えた!?

 サーディは、一瞬、わが眼を疑った。

「上よ!」

 ミリカの声が耳をつく。

 飛び上がっていた。

 それも高い!

 サーディは身の危険を感じた。

 距離をとれ!

 頭のどこかで、そんな命令が鳴り渡ったような気がした。

 サーディは、後方に転がった。

 二転、三転。

 座席と座席のわずかな隙間を器用に回転していく。

 サーディのそれまで立っていた場所に、蝶碧の打ちおろした長刀がめり込んでいた。

 危機と好機は交互におとずれる!

 蝶碧の好機がサーディの好機を呼び、サーディの危機が蝶碧の危機を生む。

 蝶碧の刃を抜く動作が、そのまま危機に――サーディにとっての好機がおとずれた。サーディは、いったん離れた間合いを詰めるために駆けた。

「やっぱり勝ちだ!」

 二度目の好機も、無と消えた。

 背後、何者かがいる!

「なんだ!?」

 サーディは攻撃を中断し、振り返りざま剣を立てて防御した。

〈キンッ〉

 なにかが刃に激突した。

 見えない。だが、なにかがある。

「よくぞかわした」

 声だけがした。

キョですね。あなたの加勢は必要ありません、さがりなさい」

 蝶碧が、だれもいないはずの空間に向かって言った。

「そうはいかん。こちらのほうに用がある」

 すると、どうしたことだろう。サーディの瞳に、人の姿が映った。

「ほう、どうやら見えるようになったのか。まあ、渦響カキョウ様が認めるだけのことはあるようだな」

 それは、緑の鎧をまとった男だった。サーディには、蝶碧との対決で闘場を見下ろす余裕などないが、いま下では同じ鎧姿の男たち三人が、ゾルザードたちとあいまみえている。

 男――『去』と呼ばれた『一二の武』の一人は、かわった武具を持っていた。剣なのだが、柄を挟んで逆側からも刃がのびている。

「カキョウ? あいつの手下か」

「だれと話してんの、サーディ!?」

 ミリカから疑問の声があがるが、サーディに答えられるだけのゆとりはない。それほどの強さを、この男から感じていた。

 トッリュにしても、ホルーンにしても、疑問のもちかたは同じだった。ファーレイだけが見えているようだ。

「そこに『居る』んじゃなくて、そこに『在る』んだと、考え方を変えてください」

 そう助言をうけても、簡単にできるものではなかった。

「そうだな、注目されているようだし、姿をみせてやるか。愚民どもよ、ありがたく俺様の雄姿を拝むのだ!」

 おまえは何様のつもりだ、とだれもが――蝶碧すら思ったが、みな口にはしなかった。

 次の瞬間には、見えなかった三人にも見えるようになっていた。

「だ、だれよ、こいつ!?」

「最強の男だよ、この世界でな!」

 去は、ミリカに向けて言い放った。

 もちろんサーディたちにはわからないが、渦響にたいする媚びへつらった態度とは天と地ほどの大差がある。こちらのほうが、この男の本性なのだろう。

「女、そこで見ていろ。俺様の活躍をな。涎でも垂れ流して堪能するのだ」

「……」

 あまりの気持ち悪さに、ミリカは返す言葉も忘れて、表情を歪める。

「さあ、奴隷戦士よ。俺様の強さを証明する噛ませ犬となるのだ!」

「さっきから、バカかおまえ」

「いきがっていられるのも、いまのうちだけだ。くく……いくぞ、この『日陽』の猛攻を防げるか?」

 去が、絶対的な自信をもって言った。

 二つの刃が回りはじめる。

 柄を中心として、両手を器用に使い、『日陽』という武具を回転させているのだ。

「つまらない曲芸だ」

「曲芸かどうか、その身で思い知れ!」

 サーディの鼻先を刃がかすめる。後方にさがろうとしたが、背後には蝶碧がいる。

「クソッ」

 さすがに二人を相手にはできない。

「わたしにまかせて!」

 ミリカが飛び出した。

 去に、一太刀をあびせる。

「邪魔するな、女ごときが!」

 怒りの去は、ミカリに狙いをさだめた。

「さがってろ!」

 サーディが大声をはりあげるが、『日陽』の凶刃は、ミリカの鮮血を求めようとしていた。

 サーディは、去の攻撃を阻もうとした。

 スッ、と蝶碧が距離を詰めたことを背筋の寒けで知った。

 助けにいきたくても、いけない。

 ミリカの一撃は、簡単にかわされた。

 あとに待つのは、去による惨殺か。

『日陽』で切り刻まれる美しい顔――だれもが、おぞましいそんな光景を予想した。

 風が裂かれたのは、そのときだ!

「なんだと!?」

 シュン、シュン、という音をともなったそれは、激しく回転する刃を制止させるほどに苛烈だった。

「感心しませんな、不逞の輩よ。あなたの闘い方には、美学がまるでない」

 ミリカと去に割って入ったのは、最後に残っていたこの男――。

「オッサン!」

「助太刀いたしますぞ、サーディ殿。いかに貴殿でも、一度に二人は相手にできますまい」

『日陽』を止めたのは、もちろん細長い針のようなこの武具だ。

 フェーグ――。

 大会での闘いぶりを観ていなければ、とてもこんなもので防げるとは信じられない。

「さあ、お嬢さん。危険ですので、私の後ろへ」

 ミリカを自分の後方へうながした。

「どんな卑劣な手を使おうとかまわん。好きなように闘いたまえ」

 そう去に告げた。

「なに!?」

「いかなる悪意にも真正面から挑む――それこそが騎士道なり」

《ヒゲの男爵》ロド・ハーネル・エスダナル──おくればせながら、ここに参戦する。


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