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ライジン  作者: てんの翔
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翠虎の章10

 準決勝、第一試合――サーディ対、渦響カキョウ

 第二試合――ヨシュ・アザラック対、シャイ・バラッド。

 そして、それぞれの勝者が決勝戦を闘う。

 大会も、ついにあと三試合を残すだけとなった。

 最終日の幕は、《剣神》と《翠虎》――メリルスの英雄と瀏斑リュウハンの誇る四門将の対決であけられることになる。

 シャイが控室に入ったときには、もう渦響は闘場へと向かっていた。おそらくサーディも同様に、東側の控室を出たはずだ。

 莉安リアンのことで頭がいっぱいだったから、サーディには、ろくに声をかけていなかった。怪我が心配だ。止めてもきかなかっただろうが、渦響という男の底知れぬ恐ろしさだけは注意しておきたかった。

 いや……わざわざ助言などしなくても、サーディほどの手練なら、そんなことはお見通しか。いまは、勝利を信じるしかない。いかに強大な相手であろうと、あの男ならなんとかしてくれるはずだ。

「どうなると思う、次の試合?」

 シャイは緊張をまぎらわすように、梁明リョウメイに素朴な質問をぶつけた。

「死なないことを祈るのみだ」

 その不吉な返答で、ここに籠もっている場合ではないと悟った。胸の奥に巣くう黒い影をはらうかのように、入退場口に急いだ。

「刀は使わないのか?」

 それを呼び止めるように、梁明が声をかける。

「使わない」

 シャイは短く答えた。

「いや、君は使うよ」

「使わない……絶対に!」

 ゆるぎない意志を込めた。

「その話は、もう終わりだ」

 なんとか正気を取り戻した莉安は、客席でファーレイと観戦しているはずだ。とりあえずいまは、サーディの試合が気にかかった。


       *  *  *


 闘いがはじまった。

 メリルス代表、サーディ。

 瀏斑代表、渦響。

 優勝予想ではサーディのほうが支持を集めたが、昨日までの渦響の圧倒的な強さと冷酷さを目の当たりにしたいまとなっては、むしろ渦響有利という見方のほうが一般的だ。

 それにサーディは、右腕を負傷している。

 開始直後、その痛めた腕のぶんをおぎなうかのように、サーディが先手をうった。

 左腕一本で握った剣を、縦横無尽にはしらせた。シャイの『左の速剣』にも劣っていない。鋭く、激しく、速い、剣の嵐だ。

 渦響は慌てた様子もなく、一本の長槍でそれらを完封していく。

「この試合、おりろ」

「なんだと!?」

 渦響から投げられた言葉に、サーディは怒りの念を隠そうともせず表情に出した。

「あのとぼけた騎士のように手加減はできない。このままでは死ぬぞ。怪我人を殺したとなると、寝覚めが悪い」

「フン、ずいぶん親切じゃねえか! 遠慮はいらねえ、殺せるものなら、殺してみろ!」

「わかった」

 渦響の一突きが、サーディの心臓めがけて氷のように冷たくのびた。

 正確で、凶悪な攻撃。命を奪う残虐な行為。

 晴天の闘技場に、鮮血が散った。

「……!?」

「いまのが必殺というのなら、四門将とやらもたかがしれてるな」

 サーディの肩口から流血がみられたが、心臓からは大きくそれていた。

「馬鹿な……どうやって、かわした?」

「かわしただけじゃねえ!」

 信じられないことがおこった。

 瀏斑の誇る四門将の一人が……《翠虎》の渦響が……その頬に、傷を負っていた!

 あってはならぬことだ。

 そう……ありえないはずのことだった。

 傷は浅いが、精神的な痛手は大きい。

 避けられないはずの一撃をかわされ、知らないうちに反撃をうけていたのだ。

「いいぞ、サーディ! その調子だっ!」

 導友者席のトッリュが騒いだのを合図としたかのように、場内が歓声に包まれた。これまで絶対的な力をみせつけていた渦響が、はじめて劣勢に立たされたのだ。

「きさま……!」

 しかし、歓声はすぐにやんだ。

 渦響の身体から、これまでとは段違いに迫力のある気配が噴き出したからだ。

 これが、覇王の気!?

 眼光。負けの許されない闘神の輝きか。

「やっと、本気になりやがったな!」

「そうだ、おまえの死が確実なものとなったのだ」

「おもしれえ! それでこそ真剣勝負だぜ」

 サーディも引かない。正面から受けて立つ。

 命のやり取りは、メリルスの専売特許だ。

「私に傷をつけた褒美だ、見せてやる!」

 渦響の槍が風となる。

 虎砌コサイ流槍術『凄矢セイヤ』――。

 いく筋もの疾風と化した刃が、サーディを亡き者とするため、冷徹な殺戮の舞踏をみせる。

 右こめかみ。

 左の喉元。

 右肩、左腕。

 次々とサーディを裂いていく。かろうじて急所ははずしているが、この速さを見切ることは、いかに《剣神》でも不可能だ。

 右脇腹、左腰を裂かれたところで、やっと刃物の暴風はやんだ。

「死にそびれたな。運のいいやつだ」

「黙れ! オレが実力でかわしてんだよ!」

 サーディは、堂々と嘘を吐いた。

 傷はいずれも大したものではないが、実力で急所をはずしたのは二発ぐらいだ。またいまのをやられたら、どれかには確実に急所を貫かれるだろう。

「運は、もう味方しない」

 渦響の瞳が、鋭利に輝いた。

 仕上げに入るつもりだ。

 槍が、音よりも速く動きだした。

「これでとどめ!」

 絶体絶命。

 サーディに打つ手はなかった。

 いや……たった一つだけ!

「どうせ動かねぇ腕だっ!!」

〈ザクッ〉

 肉に刃がめり込む響きに、場内が凍りついた。

 サーディは右腕で、槍を受け止めていた。

 手首と肘のちょうど中間地点に、深々と穂先が食い込んでいる。

「封じたぜ、槍は!」

「きさま……腕が二度と使えなくなるという可能性は、考えなかったのか?」

「そんなドジはふまない! ちゃんと腱からはズラしてる……ま、もしそうなったとしても、それはそのとき。後悔もしなければ、あんたのことを恨みもしない」

「……」

「抜けるもんなら、抜いてみろ! そのまえにこれで終わりだ!」

 サーディは勝利を確信して、左腕を振った。

《剣神》の刃が、渦響に引導を渡す瞬間……いや、それよりも速く、渦響は動いていた。

 忘れてはいけない!

 渦響の槍は、ただの槍ではないのだ。

 一本の長槍が、三節に分かれた。

 先端はサーディの腕に刺さったまま。その逆端、柄の一番先の部分が、サーディの後頭部に激突した。

「う……」

 勝負は、あっけないほど静かについた。


       *  *  *


 勝ち名乗りをうけると、渦響は声援に応えることもなく、控室に戻った。

「礼を言っておいたほうがいいのか?」

 途中、すれ違いざまに、シャイが声をかけた。

「なんのことだ?」

「サーディを殺さなかった」

「殺さなかったのではない。殺せなかったのだ」

 渦響は、冷たく言った。

「それに……」

「?」

「見事な闘志をもった男だ。殺すには惜しい……ふ、私も甘いか」

 つけたすようにそう続けてから、渦響は医師の診断をうけずに部屋をあとにした。

 客席へと続く長い内部通路。

 人影はまばらだ。みな、次の試合のために席についているのだろう。何人かの係員がいるだけだ。

〈いつもながら、鮮やかなお手並み〉

 いずこから声がした。

 いや、それらしき人物はいないはずだ。

キョか?」

〈はい。すべての準備が整いましたので、その報告を〉

「うむ」

〈それにしても、「殺せなかった」とは、渦響様も人が悪い〉

「なんのことだ?」

〈渦響様は、勝利を優先されたというだけのこと。あの奴隷闘者を殺して反則負けになるわけにはいきませんからな。決勝を血の宴に変えるためには〉

「そのことだが、計画をはやめる」

〈なんですと?〉

「私の試合よりも、どうやら次の闘いのほうが注目されているようだ。私の闘い方は、つまらないらしい」

 少し自嘲ぎみだったのが、冷徹な渦響らしくもない。

〈それは、渦響様が強すぎるからですよ〉

 去という人物の言葉にも、渦響の表情はゆらがなかった。慰めなど、翡翠の虎には必要ないとでもいうように。

「《雷狼》と《砕牙》と称される男たち……過去に因縁があるらしい」

〈なるほど。決勝で人民がうつつをぬかしておるあいだに、すべてを実行しようという当初の計画ですが、それに匹敵する闘いであるのならば、それもまたよろしいでしょう〉

 渦響はうなずくと、眼光を鋭くさせた。

「いまから開始する。はいるか?」

 去とはちがうだれかに、呼びかけた。

〈──は、ここに〉

 やはり姿はないのに、声だけがした。

「すべての兵に伝令だ。作戦を開始すると」

〈わかりました〉

〈では渦響様、私めも自分の任を〉

 もし姿が見えていたら、最初に声をかけた去が、死と同じように、その場を立ち去ろうとしたことがわかっただろう。動きかけた気配が、しかし、なにかに気づいてとどめたようだ。

〈おや? すると、渦響様はここであの奴隷闘者を殺してもよろしかったのでは……?〉

「だから言ったのだ、殺せなかったと」

〈ま、まさか……本当に!?〉

 おびえすら感じさせる去の反応。

 それほど、信じられないことなのか……。

「もし右腕を負傷していなかったら、あの勝負……どう転んでいたかわからん」

 渦響はそう言うと、試合中に斬られた頬の傷に手をあてた。


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